第十一話 王子さま
この世界は、身分制度がある。
お母さまは、もとは庶民。お父さまは、貴族。
本来ならば、結婚が不可能と思われる二人。
でも、現在結婚して、私という娘までいる。
もうすぐ、二人目も生まれるのだ。
身分を超えた結婚だが、お父さまの兄ーー伯父さまも祝福なさっているし、表立って文句を言う輩もいない。
それは、この国の王さまが、二人の結婚を認めてくれたからだ。
でなければ、自分だけが祝福しても意味がなかったと、先日遊びに来た伯父さまが言っていた。
王さま、ありがとうございます!
私は勝手ながら、恩義を感じているのである。
ロジオンが『乙女の園』で育つことも、最終的には認めてくれたし、今も干渉されている様子はない。
だから、概ね好意的なのである。
と言っても、私が王族と会うことなど、まずないので。心のなかでお礼を言うのに留める。
今日も、私はお母さまに甘えて、お父さまに付いてロジオンに会いに行く。
平和な日の始まりだ。
花畑で、ロジオンと一緒に花冠を作る。
ロジオンは真剣だ。
私も真剣だ。
花冠をより綺麗に作れた方が、遊びの主導権を握れるのだから。
「絶対、俺が勝つからね」
「わたしが、勝つの!」
二人とも譲らない。
本日の遊びは、お姫さまごっこだ。
お姫さまがいれば、王子さまが必要になる。
それゆえ、真剣になっているのだ。
「アリシアが、素直に役を演じてくれればいい話なんだよ?」
「わたし、王子さま似合うよ」
「全然似合わない!」
ロジオン頑固だな。
私に王子さま役を譲ればいいだけなのにー。
お姫さまなロジオン、ときめきが止まらないよ!
「いいもん。すっごい花冠作って、王子さま役やるもん」
「俺、全力で阻止するからね!」
「むー!」
花冠は繊細な作業だ。
集中しなくては!
黙々と作っていると、かさりと草を踏む音がした。
誰か来たのかな。
癒し手なら、おやつの時間を知らせに来てくれたのかも。
ちらっとロジオンを見れば、すごい集中力だ。本気の目だ。ごくり。
すまない、誰か。私たちは、真剣に勝負をしているのだ。少し待っててほしい。
「そこの君たち」
声をかけられたが、今難しい箇所だから。
ちょっと待って。
「あの」
うん、ごめんね。
花の繋ぎ目が、ちょっと難しいの。
ロジオンも苦戦しているみたいだ。
「ねえ……」
くっ、茎が絡まった! ぬうう!
意外と手こずる!!
「君たち! 私を無視するな!!」
「ひゃっ!」
「わっ!」
突然の大声に、私とロジオンは飛び上がった。
び、びっくりした!
声の方を見ると、ロジオンと同じ歳ぐらいの男の子が立っていた。
おお。キラキラの金髪に碧眼。立派な服。まるで……。
「王子さまみたい」
「え!?」
私の呟きに、男の子はぎょっと目を見開いた。
そして、慌てて服をあちらこちら見ている。
「お、おかしい! 質素な服を選んだというのに!」
男の子の言葉に、私とロジオンは顔を見合わせた。
「質素のていぎを、知りたい」
「あの、充分立派な恰好だよ」
「嘘だ!」
男の子は叫んだ。
ふるふると震えている。
「ちゃんと、ダンに言った! 市井を見たいから、地味な服を用意しろって!」
泣きそうな顔をした男の子は、拳を握りしめた。
「そうだ! 市井を見たかったのに! ダンのやつ、教会に連れて来たんだ! 騙された! だから、抜け出してやったんだ!」
おお、相当ご立腹だ。
見た目に気品あるから、迫力あるなあ。
「えっと、勝手に出歩いたら、怒られるんじゃないかな?」
ロジオンが恐る恐る問いかける。
視線は下を向いている。
「怒られるものか! ダンは従者だ。私に従う者だ。私は高貴な存在だからな!」
あー。
従者がいて、高貴な存在で、立派な服装。
なんだろう。嫌な予感がする。
「あの、お兄ちゃん」
「ん? 私のことか。なんだ?」
「お兄ちゃんのお父さんって……」
聞いても大丈夫かな? すごい回答きそうだけど。
あ、でも。そう簡単には言わない……。
「父上は、王太子だが?」
「え……!?」
「あー……」
王太子の息子。すなわち、本物の王子さま。
私は平伏した。
「へへー!」
「え? え?」
ロジオンは戸惑いながらも、私に倣い頭を下げた。
まずいよ。王族だよ。王族って、身分制度の頂点なんでしょう?
気安い態度取ったし、無視までしてしまった!
無礼すぎる!
「王子さま、ロジオンだけは許してください!」
「アリシア!?」
「たくさん無礼はたらきました。わたしの命だけでかんべんしてください!」
王族は雲の上の人だと思っていた。
まさか、こんな簡単に会ってしまうなんて!
ロジオンだけは、絶対に守る!
悲壮な思いで顔を伏せていた。
「お、おい! やめないか!」
「いいえ! みぶんは、怖いから!」
「た、確かにそうだが!」
「あ、あの! アリシアじゃなく、俺の命を!」
ロジオンまで悲痛な声で訴える。
だめだよ! ロジオンは、幸せにならなきゃ!
「ああ、もう! 顔を上げろ! 私は暴君じゃないんだ!」
「で、でも!」
「これは、命令だ!」
王子さまの声には迫力があり、私たちは震えながら顔を上げた。
王子さまは、眉を下げて私たちを見ている。
「ああ、ほら。君たち、顔に土が付いているぞ。ちゃんと、私の話を聞かないか」
「はい……」
私とロジオンは、項垂れた。
確かに暴走してしまった自覚はある。
恥ずかしい……。
「いいか? 君たちは私が王子だと知らなかった。合ってるな?」
「そうです……」
「何も知らない子供をいちいち罰していたら、国は滅ぶだろ」
王子さまは真面目な顔で言う。
「父上が言っておられた。子供は国の未来だと。大事な未来を簡単に失うわけにはいかない。だから、君たちも気にするな」
「で、でも」
「俺たち……」
「あー……、その。私はルークレスという。君たちの名前は?」
王子さまの問いかけに、私とロジオンは戸惑いつつも口を開く。
「アリシア、です」
「ロジオンです」
王子さまは満足そうに頷いた。
「名前を交した。もう私たちは友達だ。友達は気安くていいだろう?」
「え、え?」
「とも、だち?」
王子さまと、私たちが?
え、大丈夫なの?
私たち、出会ったばかりだし。
無礼も働いた。
なのに、王子さまは寛容だ。
いいのかな……。
王子さま……ルークレスさまを見れば嬉しそうにしている。
「友達……いい響きだな!」
ルークレスさまは、無邪気な顔を向けた。
本当に怒ってないみたいだ。良かった……。
「アリシア、ロジオン。私をルークと呼べ! 友達だからな!」
「い、いいの? あ! いいのですか?」
「ああ! 友達だからな! あと、もっと気安くていい」
「え、と。うん」
大人がいる時は、態度改めよう。うん。
良かった。ルークさま、優しい人だ。
ほっとして、ロジオンを見れば表情は堅いままだ。ロジオン?
「ロジオン、俯いてどうした?」
「あ、あの。俺……目が……」
ロジオンの言いたいことがわかり、胸が痛んだ。
ロジオンは、同年代に赤い目を疎まれた。それがトラウマになっているんだ。
ルークさまは、不思議そうにしている。
「ああ、ロジオンの目は変わった色だな」
「あ……」
覗き込まれ、ロジオンはさらに俯いた。
「変わっているが、それだけだな」
「え……」
「ルークさま!」
ロジオンを認めてもらえた気がして、私の声が弾んだ。
「ロジオンもアリシアも、私が守るべき民なんだ。目の色など、些細なことじゃないか」
当然のように言ってのけるルークさま。
王族のオーラが見えるよ!
私はロジオンの手を取った!
「ロジオン! 良かったね!」
「う、うん……」
ロジオンは嬉しそうに微笑んだ。
私とロジオンの新たな友達は、素敵な王子さまでした!
「変な二人だな」
不思議そうにするルークさまに、私は本当の王子力を見せられた気がした。