第九話 お母さまの想い
お母さまが優しくお腹を撫でている。
少しだけ膨らんだそこには、祝福された命があるのだ。
テーブルには、編みかけの小さな靴下。
私の時にも編んでくれたのかな。
穏やかな顔のお母さま。
窓から入る陽の光が、暖かく照らしていた。
なんて、幸福な場面だろうか。
お母さま、美しい。
「これは、ぜひとものこさないと!」
床に広げた画用紙とクレヨンが唸るのである。
今日は、お父さまはお休み。
お母さまは、いわゆる産休中。
つまり、ロジオンに会えない日なのだ。
その悲しみを癒すべく、お絵描きに没頭していたのだけど。
こんな美しい光景を見られるなんて、私は幸運だ。
「ふんふんふーん」
お母さまの空色の目を塗ったところで、声をかけられた。
「アリシアは、ロジオンが好き?」
突然のお母さまからの問いかけだ。
しかし、私は揺らがない。
「大好きだよ!」
目を輝かせて言い放つ。
お母さまは、柔らかく微笑んだ。
「ふふ、ロジオンもね。アリシアが好きなんだって」
「お!」
なんですと!!
「ライオネルがね、ロジオンから聞いたのだそうよ」
「おおー!」
これは、あれだね。
親同士が仲良しだから、お互いのことが筒抜けになるっていう、幼馴染みあるあるだね!
私は構わないからいいけど!
「うれしいけど、本人からちょくせつ聞きたいおとしごろー」
「ふふ、ロジオンは照れ屋さんだもの」
「わたしは、毎日でも言えるよ!」
「アリシアは素直だから」
お母さまは、靴下編みを再開する。
「……ありがとう、アリシア」
「ん?」
何のお礼だろう。
「ロジオン、幸せそうで安心したの」
「お母さま……」
そうか。そうなんだ。
お母さまは、ロジオンに責任を感じていたんだ。
今のロジオンは、お父さまとお母さまが起こした奇跡によって生まれたようなものだ。
本当ならば、二人で育てたかったのだ。終盤のモノローグであったもの。
でも、世界を混乱に陥れようとした存在に国は厳しかった。
ロジオンがまた悪意に染まる懸念もあった。
なかには、始末するべきという意見も出ていたはず。
お母さまとお父さまは、必死に抵抗したけど……相手は国王。分が悪い。
ロジオンを救いたいのに、どうしようもできない状況に追い込まれた二人を救ったのは、教皇さまだった。
無垢なる赤子を手にかけるのは、女神さまが悲しむであろうと。
道が歪むのが心配であるなら、我らが正しき道を歩ませましょう。
そう言って教皇さまは、ロジオンを『乙女の園』に預けたのだ。
ゲームでも、教皇さまは度々お母さまに助言をしていた。
教皇さまにとって、『乙女の園』の者たちは、我が子だからと。
こうして、ロジオンはすくすくと育つことができたのだ。
教皇さま、ありがとうございます!
それで、お母さまはロジオンのことを気にかけていたんだね。
「ロジオンになかなか友達ができなくて、私たちは不安だったわ。優しいあの子が、悲しんだままだったら、どうしようって……」
「うん……」
確かに初めて会ったロジオンは、寂しくて悲しい目をしていた。
でも、大丈夫だよ!
今は、なぜだか呆れた顔が多いから!
「アリシアのおかげね」
「ロジオンのあきれ顔が?」
「ふふっ、そうね」
お母さまは笑った。
とても楽しそうに。
「ロジオンの心を、アリシアは守ったのよ」
「アリシア、せいぎの味方?」
「そうよ。さすがお父さまの子ね」
お父さまは、正しき心の騎士さまだもんね!
「ロジオンは、わたしが守るよ!」
誇らしさいっぱいで、言い放った。
「アリシア、それは逆がいいかな」
「お?」
翌日、ロジオンに私が守るから安心しな! ということを言ったら、困った顔をされた。
「だからね?」
「うん」
ロジオンは真っ直ぐに私を見る。
真剣な顔だ。
「俺が、アリシアを守りたいんだ」
すごい台詞がきた!
ロジオン、六歳になったばかりだよね?
大丈夫?
今からそんな男前で、大丈夫なの?
「ロジオン! 好き!」
感動した私は両手を組んで、ロジオンを見た。
ロジオンは、少しだけ頬を赤く染めた。
「俺だって……」
照れたように言うロジオンの言葉は、咳払いで消された。
「……二人とも、ここは談話室ですよ」
あ、そうだった!
ソファーで休憩していたライオネルさんの言葉で思い出した。
見てみれば他にもいる神官たちが、何やら温かい眼差しを私たちに向けていた。
「あんなに小さかったロジオンが……」と、涙ぐむ人までいる。
おやおや、全て聞かれていたみたい。
困ったねえとロジオンを見れば、顔が真っ赤になっていた。うーん?
「父さまたちの、バカ!」
と叫ぶと、談話室から飛び出してしまう。
「ロジオン!」
驚いた私は、オロオロとライオネルさんを見上げた。
ライオネルさんは、深々と息をはいた。
「君も、恥じらいを持ちなさいね」
「はじらい……」
何のことだろう。
いや、今はロジオンを追わなくちゃ!
ロジオーン!!