西福寺門前で
九、西福寺門前で
西福寺の門前まで戻った時であった。
なぜか、そこに喪服姿の女性がいた。
法事でもあっているのか。
藪の中から現れた私の気配と風を背中に感じたのだろう、ぴくん、と跳ねるように彼女は振り返った。
年の頃は二十を少し超えたくらいだろうか。
驚いて声を上げそうになった口元を、無意識に、喪服の袖で隠そうとするその仕草は、女性の本能なのであろうか、匂うような色香を醸し出していた。
あどけなさと艶やかさの入り混じったその涼やかな瞳に私は思わず釘付けになってしまった。
不本意ながら、年甲斐もなくときめいてしまったのだ。
彼女は、多分、反射的に小さく会釈をして、私を一瞥したあと、鼻先に微妙な気色を浮かべた。
颯爽とした若者ではなく、くたびれた年配の男であることを見届けて、落胆した為であろうか。
そっと目を伏せた後、くるりと背を向けると、白い襟足を見せて、小走りに寺の中に消えた。
一しきり風が吹いて寺の背後の原始の樹々が若草色に輝いた。
その時、私は、ようやく、忘れ物を思い出した時の様に、はっと、我に返った。
気が付けば、かなりの時間を費やしてしまった。
坂下に駐車して運転席で待っている妻のもとに急がねばならない。
長い間待たされて、今頃は業を煮やしている頃だ。
「いつまで待たせるのよ、すぐ帰ってくると言っていたじゃないの」
激昂してののしる言葉を甘んじて受けなければなるまい.