堂山古墳3
八、堂山古墳3
横たわった男女は、互いをいたわるように支えながらゆっくりと立ち上がった。
それから、射るような目つきで、私をじっと見た。
私の体は凍り付いたように動けなかった。
たじろぐ私を、不思議な微笑みを浮かべながら見つめる女の姿は、貴やかで、しかも、誇り高さが匂い立っていた。
丹と呼ぶ顔料を塗り、勾玉を首に、管玉を腕に絡ませていた。
鮮やかな衣装が、その身を包んでいる。
だが、私が、強く魅せられたのは、男の鋭い眼差しであった。
「あっ、墨か」
思わず叫んだ私を、一層、激しい眼差しで、男は「口を慎め」と言わんばかりに、睨み付けた。
入れ墨で黒く縁どられたその眼で魅入られると、体はさらに金縛りにあったように緊張する。
古代の歴史書、「日本書紀」の一節が、雲間から現れた月のように、私の脳裏に浮かびあがった。
「『汝、仲皇子と謀りて国を傾けむとす。罪、死に当れり。然るに大いなる恵みを垂れ給いて死を免して、墨に科す』とのたまひて即日に黥に科す。時の人、阿曇目といふ」という件である。
黥とは眼のふちに入れ墨をする刑らしい。
刑罰を受けたのは阿曇連浜子という人物であるが、氏名から推測するに阿曇族に違いない。
古代において、国家、つまり大王への反逆罪を犯せば死を免れることはない。
それにも拘わらず、黥とはいかにも軽すぎる。なぜなのだ。
その理由は二つあると私は思う。
一つは、皇位をめぐる権力闘争に心ならずも巻き込まれてしまった阿曇連浜子の事情を斟酌した末に科した刑罰に違いない。
もう一つの理由は、各地の海人族を指揮監督する立場にあった阿曇族を滅ぼせば、大陸や半島との交易あるいは戦いに支障を生じることは明らかである。
さらに、全国の海人族を束ねる上でどうしても阿曇族は必要で欠かせない存在であったのだろう。
しかし、この事件が発端となって、阿曇氏は権力の中枢から遠ざけられることになったのは否めまい。
「それは阿曇目か?」
私の問いに二人は微笑み、その唇が僅かに動いた。
「えっ、今何と言った?聞き取れない、もう一度言ってくれ」
彼らは何も答えず、ただ微笑むばかりであった。
その体に触れたいという強い衝動に駆られた私は懸命に手を伸ばした。
もう少しで指先が触れると感じたその刹那、二人の姿は蝋燭の炎を吹き消すように消えた。
願いは届かなかった。私は脱力感に見舞われながら、空疎な石棺の中をじっと見ていた。
痕跡があるはずはない、所詮、私の妄想が生み出した幻覚なのだから。
相変わらず木漏れ日が病葉の上で踊っていた。
これは阿曇族の首長の墳墓にまず間違いあるまいという確信が私を包んだ。
女はその妻なのであろう。
恐らく、夫を埋葬した数年後、死に際して愛しい夫のもとに追葬されることを強く望んだのだ。
或は妻に先立たれた夫が愛する妻の元に葬るよう命じたのだろうか。
円墳や前方後円墳では、先の埋葬者を慕って追葬される例を見かけることはある。
だが、同一の箱式石棺に夫婦が埋葬された例は聞いたことがない。
天に住まば比翼の鳥、地に住まば連理の枝とならんと願う二人の愛の絆の証か。
凝然と立ち尽くす私は、先日、妻が吐き捨てた言葉を思い出していた。
「あなたと同じお墓に入るなんて、まっぴらよ」
もう少し瞑想に耽っていたい、そんな思いを振り払って、私は小径を下った。




