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蛇印(じゃいん)  作者: 屯田 水鏡
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十八、阿雲族の宿命

十八、阿雲族の宿命


志賀島には、神功皇后が立ち寄った形跡であると伝承される場所がある。

「舞能ヶ浜」や「下馬ヶ浜」そして「勝馬」いう集落名がそれである。

女帝が朝鮮半島への出兵に際して軍備を整えるため、志賀島に立ち寄った際に命名された地名である、というのだ。

戦勝を祈念し、舞を舞った砂浜を「舞能ヶ浜」という。

そして、馬を降りたところを「下馬ヶ浜」と呼ぶのだそうだ。

また、勝馬の至る所で、馬蹄石と呼ぶ蹄に似た窪んだ石が見つかる。

神功皇后が愛馬にまたがって縦横に駆けた勝馬の地には蹄の跡が残る。

それが馬蹄石なのだという。

「そんな話は何の根拠もない。こじつけに過ぎない。何となれば、馬蹄石でだと言われるものが、日本全国、西から東まで、至る所にある。義経の馬蹄石だ、いや、武田信玄だ、いやいや八幡太郎義家のものだと貴人や武将の馬蹄石伝説は、取り上げれば切りがない。そもそも、神功皇后という女帝の存在そのものが極めて疑わしいのだ」

と、切り捨てる学者は多い。

神功皇后が実在の人物であったか否かの議論はともかく、大和政権が金銀や鉄を求めて朝鮮半島へ進出して各地で衝突を引き起こした史実は、好太王碑文を始め、半島諸国の歴代王朝によって書き留められている。

大和の大王達が半島各地で転戦した事実を、神功皇后という偉大な一人の女帝が闊歩した功績として「古事記」や「日本書紀」に記したのであろうという説はあるいは的を射ているのかもしれない。

倭国の大王が半島に足がかりを築くには、先ず、使者を送って交渉せねばならない。

必然的に海を渡らねばならない。

その為には、航海術に長けた海人族が、先案内人として、あるいは兵士として必要となる。

さらに、半島に拠店を築く際の軋轢によって起こる戦闘を勝ち抜くには兵糧や兵を戦場に、滞ることなく、供給し続けなければならない。

倭国の中で最も朝鮮半島に近い九州北部の志賀島に拠点を置く海人族である阿曇氏は重宝されると同時に過酷な役務を負わされたことであろう。

一方、阿曇族にとって、倭国で一族が生き延びるためには、否応なく倭国の大王との良好な関係を維持しなければならず、どんなに危険で理不尽な要望にも積極的に従ったはずである。

なぜなら、大王の逆鱗に触れた途端、即座に滅ぼされた数多くの氏族の悲惨な末路を目撃してきたからである。

海から攻め来る外敵に対してこの海人族は様々な手を打つことが出来る。

卓抜な航海術やイルカのごとき泳法をもって敵を散々悩まして撃退する。

だが、陸路で蟻や雲霞のごとき大軍をもって攻められれば一溜りもない。

古来、この海人族は水先案内や物資の運搬さらには兵士として大王への貢献を惜しまなかったことであろう。

例えば、

七世紀の後半、百済救援のため、中大兄皇子は遠征軍を朝鮮半島に派遣した。

その際、皇子が将軍に任命したのは、大錦中という位階にあった阿曇比羅夫あずみのひらふという武人である。

阿曇という名から推測するに、阿曇族の長であったのは間違いないだろう。

全国の海人集団を束ねる地位にあり、しかも、強力な水軍を保持していた、阿曇族は朝鮮半島の国々と戦闘が勃発する度に大王に招集され、紛争地へ駆り出された。

阿曇比羅夫に率いられた屈強な阿曇族の男たちが操る大小の船団が壱岐、対馬の近海を風に乗って疾走する雄姿が目に浮かぶようだ。

恐らく、阿雲比羅夫はこの時、先頭の大船の舳先に仁王立ちとなってその威光を放ったであろう。

戦いは三年以上の歳月を要したが、唐・新羅の連合軍と戦った白村江の戦いを以って決着がついた。

倭国軍は唐の水軍の、統制がとれ、洗練された攻撃に、なす術もなく、完膚なきまで打ち負かされた。

湾の内外には倭国の戦士の屍が累々と浮かび、海は血で赤く染まったという。

そして、阿曇比羅夫という名は歴史から消えた。

恐らく、この大将軍は白村江の戦いまで打ち続く転戦の果てに壮絶な戦死を遂げたのであろう。


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