忍び寄る影
「これはひどいな。」
ミヒノの視界には久々に始まりの国の大通りが広がっていた。マリアにメールで聞いていたがちょっと見ない間にずいぶん人が多くなっている。そして相も変わらず異界者は様々な種族と派手な格好で目立っているのだが以前とは違う点が一つある。それは異様に黒のローブを着ているプレイヤーが多いことだ。中には白いロングヘアーに黒布で目隠ししている女の子もいる。
「皆ヒノの真似してる。大人気だなぁ~。」
「いやいや、全身ローブはリアだから。」
「それはヒノの真似できないから仕方なくでしょう?本当はヒノのコスプレしたいんじゃない?」
「コスプレって…。そこは成りすましって言おうよ。」
ともかく、これなら身バレの心配はないだろう。何せ私のフリをしてる偽物がこんなに居るんだから。それと…。
「始まりの国に高レベルプレイヤーが集まったおかげでこの装備でも目立たなくなったのは僥倖ね。」
「確かに私たちも派手になっちゃったから。でも昔からそういうプレイヤー多かった気がする。」
私も少なからず見てるんだよなぁ。上半身裸の格闘家とかスクール水着の幼女とか。それこそ何かのコスプレだろうか。もしくは私のように性能優先の効率厨か。…後者であることを祈ろう。
「ソフィーは心配してたけどプレイヤーはある程度派手な方が目立たなさそう。」
「だね。あとソフィアも何だかんだヒノとやっていけそうで安心した。」
「なにそれ。でもリアの首輪見て突っ掛かってきたのは笑っちゃった。これリアの趣味なのに。」
「好きで使ってる訳じゃない!」
「そ?ネーミングセンスも微妙だし。」
「まだ言う!ギルド名に関してはヒノにだけは言われたくない!」
私が装備狼祭りだし「ウルフ」でいいじゃんって言ったのが始まりだった。それにリアがシンプル過ぎると反発。結局、現実の国際機関の如くWOLFのアルファベットにそれぞれ単語を当てたリアが『Wanderlust Origin Liberation Familiar』と決めた。意味は「旅する始国を解放した盟友」ってところかな。凝ってるなあ。ま、赤の他人から見れば意味不明だし大丈夫だろう。正直名前を決めるのに時間をかけたくないので即可決したが、私は名前はシンプル is ベストな人なので略称が「ウルフ」じゃなかったら強引にそっちにしていただろう。
「長いのは嫌いなの。さて、ソフィーも神殿に送り届けたし冒険者ギルドに寄ったらいよいよ出国だ。」
「おー、何だかんだ遅くなったけどようやくね。」
神殿を出て歩き始める私たち。都内の駅前以上に賑わう大通りではやはり私たちに気を留める者はいない。ビキニアーマーとか金ピカ鎧とか目移りするものが多すぎる。眼帯ビキニと軍服マフラーには言われたくないだろうが。
「作っといてなんだけどこの服装で馴染むのがすごい。」
「リアはあんまりキョロキョロしない。堂々としてれば誰も話しかけてきたりなんか…。」
「そこの美少女二人組!レベル高そうだしウチのギルドに入らない?」
言ってるそばから話しかけられた。リアはこの無法地帯ですら目立つほど美人らしい。が、川に流れるが如く私たちとすれ違い人ごみに消えていく。
「人が多い場所はこれだからいいね。中には酔うから嫌だとか言う人いるけど私は結構好き。」
「私も賑やかな所は好き。」
「うんうん。なんか人一人の価値が相対的に下がった感じで自分もちっぽけな存在だなと思えるよね。こう…何しても大丈夫って気分?」
「いやそこは同意しないよ?ヒノは民主主義国家で生まれたのに何故そういう思考で育ったんでしょうね?」
「自分より自己主張が激しい人が傍にいたからね。ってちょっと待って。」
さっきからずっとある一点からの視線のようなイメージが頭に沸く。もちろん現実の私にそんな人間離れした能力はない。このリアルでは味わったことのない感覚は…スキル?【空間把握】の時もそうだったが今回も同じようだ。あれから手に入れた感覚系のスキルは…もしかして装備の付与特性?
「リア。【月狼真影】の詳細を教えてくれる?」
「いきなりどうしたの?」
突然の話題変換に一瞬戸惑うマリアだったがミヒノの真剣な顔にすぐ答えを返す。
「【月狼真影】はヒノに影響するスキルを使用した者がヒノを認識した場合にその人物の位置を特定する特性。砕いていえば【遠見】なんかで監視されたら分からないけど【隠形】で隠れながら見ている人なら特定できる。【隠形】はヒノに見えなくするっていう影響を与えるからね。」
「なるほど。大体理解した。なら今現在隠れながら私たちを監視している奴らがいるようね。」
「え?さっき声掛けてきた人が追ってきただけじゃなくて?」
そういって振り返ろうとするリアを私は止める。
「いや。今感じてる視線は二つ。それも位置的に屋根伝いについて来てるみたい。」
「それはおかしい。ヒノの頭装備の特性忘れた?【月狼烟嵐】――これはヒノの認識を阻害するスキルを発動した者はヒノを認識できなくなる特性。もし仮に隠密系スキルを使ってヒノを尾行する場合、向こうはヒノを見つけることができない。つまり隠れながらの尾行は不可能ということ。」
「それは本当に完璧?種族レベル高い人には効かないんじゃ?」
「確かに【月狼真影】は相手によっては位置が把握できないこともある。でも【月狼烟嵐】は違う。少なくとも普通のスキルじゃあこれを看破し得ない。ユニークでもない限りね。あと考えられるならヒノの軍帽以上の装備特性かな。そしてそれはないと言える程にはこの装備のランクは高い。」
「え?この装備そんなにやばいの?」
「当たり前でしょ?最高の素材を最高の施設で最高の職人が作ったんだから。最高のものができないはずがない。」
「この子、服飾に手を付けてちょっとのはずなのにもう頂き自称してる。」
「からかわない。その二人は視認できないくらい遠いの?」
「いや。そこまでは遠くない。」
「なら追跡系のスキルを使ってるのかも。だからヒノの【月狼真影】に引っかかった。」
「逆に隠密系のスキルは使ってないのか。私たちを追えてるんだから。」
「はい。」
「目的は何だろうね。私たちただ歩いてただけなんだが。」
私たちのステータスがおかしい(Lv100未満でユニークスキルを持っている)ことがつけられている理由ではないだろう。会談の参加賞として貰った称号の【ステータス偽装】は他人の【識別】を偽れる。私とリアは既に偽装済みだ。
「さあ?でもこれからどうする?さっきみたいに無視?」
「ん~面倒事を先にするか後にするかの問題になりそうだし。片づけちゃおうか。」
そのミヒノの言葉を聞いたマリアは眉間に皺を寄せた。
「ヒノ、今度こそ先に何するか言ってよ。」
「えーただ捕まえるだけだよ?」
「御託はいいから!ちゃんと言う!」
リアは会談の事を未だに根に持ってるらしい。不満げな顔のリアに私は作戦を告げた。
◇
「あの異世界者二人組何者かな?」
「さあ。でもグランドール司祭と並んで歩くなんて普通じゃない。」
「どうだろ?装備は良さそうだけどレベルも低いし、隠れてる人たちにしては素人丸出しじゃない?」
「俺のやり方に文句言うなんて100年早い。異界者なんて皆素人ばっかだろうが。あとおしゃべりが過ぎるぞ、ジェミニ。プロを語るなら今すぐその口を閉じろ。」
「チェックの方がしゃべってるのに。それにパーティ会話だから声が漏れることだって…。」
「ジェミニ?」
「はいはい。」
そこには大通りから見えないように屋根を伝う男女のペアがいた。ローブで顔を隠しているため視界が限られているのに、その身のこなしは軽やかだ。
「おっとアイツら道を折れたみたいだよ。向こうは人通り少なくなかった?」
「まさか気付かれた?いやいやレベル差もだが【追跡】を看破するスキルを二人は持っていない。そして視線どころか【空間把握】の範囲にも入らなかった。」
「なら人目を避けたのは私たちじゃなくて別の理由。もしかしたら二人の秘密が暴けるかもね。」
「ああ、だといいな。」
チェックは少しの違和感を飲み込み、住宅街の陰に潜みながら追跡を続ける。そして本格的に人の気配のない細道に足を踏み入れた時だった。
「チェック!」
「…ッチ。」
チェックはジェミニの『目標をロスト』したハンドサインを受け『各個離脱』を返す。だが逃げるより先に変化が起きた。それはたくさんの瓶が一斉に割れる音。二人の目に入ってきたのは赤い水が檻のように家と家の隙間を塞ぐ光景だった。
これで俺たちを捕まえたつもりか?家は結界に守られているから破壊不能だがこんな水ごとき…。
チェックは懐から短刀を取り出すと力一杯水の檻に打ち付けた。だがチェックが思い描くように水が吹き飛ぶことはなく、紫色の光を伴ってそれを弾いた。
「魔法もダメみたい。」
「クソ、なんだこれは。」
「もう!何がプロよ!口だけじゃない!」
「黙れ!昔から減らず口のお前だけには言われたくない!」
そういってる間に水の檻は狭まっていきとうとう二人で立ってるのがやっとの大きさになってしまった。そこに鳴り響く新たな足音に気付いて騒々しかった二人も黙り込む。現れたのは自分たち同様何やら言い合いをしている先ほどの少女たちだった。
「リアが先に言えって言ったのに文句をつけるのはおかしい!」
「だって結局私は何にもしてないじゃない!これじゃあ事前報告ないのと同義でしょ!」
「これが一番確実に捕獲できる方法だったの。リアが役に立たないとか言ってない。はい、もうこの話は終わり。捕虜さんたちも待ってるから。」
目が合ったのは俺より一回り小さい女の子の方だ。眼帯のない片目からは鋭い意志が感じられた。その見た目にそぐわない威圧に息をのむ。そして口だけを笑みの形にして少女は語り掛ける。
「さて、君たちには二つの道がある。黙って死ぬか、私に生かしてもいいかと思わせるまでしゃべるか。…さっさと決めてね?」
ここにきてようやく、自分が彼女たちを見誤っていたことを自覚した。




