幕間2 悪竜は待っている
『只今、[悪竜の卵]の顕界に必要規定値を超えた生贄が捧げられました。PN:ミヒノからの召喚に応じますか?』
それは目が覚めたような感覚だった。己の意識が途切れているのを理解するも、どう途切れたのかが思い出せない。そんな頭の中を引っ掻き回された思考に先ほどの質問がピシャリと突き付けられた。
……悪竜。
その単語で自分が何者かを思い出した。破壊者――この言葉が己を言い表すのに最も適しているだろう。通った後に何も残らない。残さない。機械のように目に映る全てを壊して、壊して、壊し続ける。そこに意思は存在しない。内側から溢れ出す欲望に従い消化した結果だ。ただどれだけ壊してもあの目の回るような激情の嵐が止むことはなく、飲み込まれる自意識が表に出ることもなかった。
悪竜ディアスロフィアは死ぬその瞬間まで破壊の限りを尽くした。
◇
俺は何で応えてしまったのだろう。この世界に再び降り立って一週間、何度そう考えたことか。悩みの元凶は今俺を両手両足で包むように抱くこの女だ。俺が孵るために必要な魔力が送られている最中なのだが、如何せん全く足りてない。俺を顕現させるぐらいだから相当強いと思っていたのに蓋を開ければこのザマだ。これではどれほどの時間が要るか分かったものではない。
ただこの女が普通でないことも分かった。こっちに来たらいきなり飛竜に襲われているし、曲芸みたいな奇怪な戦い方をする。おまけに血の上を滑って移動するおかしな奴だ。
まあ、そんなことは関係ない。なぜなら俺はこの女の下につく気なんて一切ないからだ。
【契約召喚】は呼び出された者の隷属度合いと引き出せる能力を一番最初に決める。俺の場合は特殊で卵から孵ってからその契約を結ぶのだが、召喚者が被召喚者を従わせようと制限をかければかけるほど被召喚者である俺の潜在能力は抑えられてしまう。また契約を反故にして俺が飼い主から逃げ出すこともできるが代償として本来の力を手に入れることはできない。
そして俺は弱体化してでも今度こそ自由を手に入れる。そのために召喚に応じた。
「こんなところにいた。ヒノはまた卵の実験?」
「うん。今度は一度魔石に魔力を蓄えさせてから卵に送るようにしてみたんだけど成果はなし。」
「へえ…もしかしなくても血で自分のMPを補うためかな。」
「そう。この一週間私の魔力を膨大に喰ってなお孵る兆候を見せないから色々試してるんだけど…私のユニークでMPそのものをコピーできれば効率良くなると思って。う~ん、中々上手くいかないなぁ…。今回は魔石の貯蔵できるMP量が少なすぎてコピーしても逆に損しちゃってるし。」
「この卵本当に生まれるのかな?ちょっと心配になってきた。」
「私は諦めないよ!折角ローゼ様に貰った報酬な上に苦労して飛竜の卵を手にしたんだ。それが全部無に帰すのはイヤ!」
「ふふ。最後だけ感情こもってるね。で?【契約召喚】だけど隷属度はどのくらいにするか決めたの?」
「あれ?言ってなかったかしら。ゼロよ、ゼロ。命令するのも命令されるのも私は苦手だからさ。」
仮初の主は俺に興味があるのかないのかよく分からないな。まあそれは都合がいい。勝手に消え去るだけだ。
「一応言っておくと隷属度が低いと発現能力は向上するけど逃亡の際のリスクが減るから高確率で逃げる。それでもいいの?」
「大丈夫!私は逃げるのも逃げられるのも得意だから!」
「だから逃げられちゃダメなんだってば!」
はぁ…この女の話の大半は奇天烈なものだ。今の言い方じゃあ自由の身になっても俺はこの女から離れないことになっちまう。それはない…と思っているにもかかわらず自分の思考に残るわだかまりに気付く。理由に心当たりがあるのなら彼女の予言めいた言動だろう。ここ一週間なぜかこの女の都合良くことが収まっている。不可思議であり今の俺には煩わしい限りだ。
「それよりもう会談の時間だ。いくよ。」
「なんで呼びにきた私が急かされてるのかなぁ…。」
◇
「みんな私に殺されてくれない?」
変装した俺の主はその笑顔と似つかわしくない冷めきった声で空間ごと凍りつかせた。八本の直剣が八人の人間の前に突き付けられ、他の人間達をも緊張で縛りつける。
この女の頭のイカレ具合は俺の想像の上を行くらしい。あの後、いつもと違う格好になったと思ったらものの数時間でこの有り様だ。コイツは世界を丸ごと手に入れたいらしい。
今世の俺はあの忌々しい破壊衝動もない。別に前の俺を否定するわけでも悔いているわけでもない、それでもこれからは壊すモノぐらい自分で選びたい。俺が欲しいのは自身にすら囚われない自由だ。
それにしても俺がただの矮小な人間一人にここまで心動かされるとは…。なんだろう嫌な予感がする。
そしてそれが決定的になるのにそう時間は掛からなかった。
「悪竜ディアスロフィアが復活して大陸全てが更地になっても私は構わないわ。史上最強が放つブレスなんて絶対カッコいいに決まってる。」
自分の野望にいきなり俺を引き合いに出すから驚いた。俺はコイツを楽しませる道具に見えているらしい。にしても生前は誰一人として俺に価値を見出すやつはいなかったのに、死んでから現れるとは…。いやいや、そんなことどうでもいいではないか。重要なのはそこじゃない。
「世界を救うのも楽しいけど滅ぼすのも同じくらい楽しめそうだもの。いつか私にもそんな力が手に入ればいいのに。フフフ。」
この女、俺を逃がすつもりが欠片もない。何が命令する気がないだ。それは自分の管理下にいること前提の話ではないか。
ミヒノ――お前ごときに絆される俺だと思うなよ。
この時の俺は自分が彼女の言葉に高揚していることに全く気が付いていなかった。




