泡沫の姫は王子様の夢を見ない2
誤字報告ありがとうございます。助かります
「海の幸のペスカトーレと黒胡椒おいしかったからカルボナーラも、あと自家製ティラミスお願いします。」
灯が運ばれてきたマルゲリータを小皿に取りながらウェイターに追加の注文をする。
『確かに何でも頼んでいいとは言ったけど流石に食べ過ぎじゃない?』
「いや~普段はそこまでなんですけど外食は別腹っていうか。」
『便利なお腹ね(;-∀-)』
瑛梨香と灯は駅一つ離れたイタリアンレストランに来ていた。ここがいいと言ったのは灯。瑛梨香は言われるがままに付いてきた。
『まだ高校生なのにおいしいお店知ってるのね』
「これでも自称食通なんですよ。ここ来るのは初めてですけど当たりですね。ピザおいしい。トマトと生地にちゃんと味がある。」
『そう、それは良かった。今更だけど家の方は大丈夫?』
「ええ。帰っても誰もいませんから。夕食代浮いて助かりました。」
『まるで一人暮らしの大学生のような言い様ね。まさかそうなの?』
「父が仕事で週の半分は家を空けるんです。だから学校と家事さえちゃんとやれば遊びでも外食でも旅行でも何でもできる優雅な身分…てね。」
『学校はどう?何で先生に目を付けられてるか知らないけど東華女子でそれって致命的じゃない?』
あの高校は品位というものに敏感だ。校風に合わないものは徹底的に叩かれるはずなのだが…。
「ご心配なくです。私成績いいですから好き勝手やれて楽しいですよ。私立はそういう所お目溢ししてくれるのがいいですよね。」
『その着崩し。もしかして学内でもその恰好なの?』
「だって勉強は自分のためのものですけど成果があった方がやる気出ますもん。それにテストの点で校則が緩むのなら利用しなきゃ損した気分になります。」
『いやそんなルールないし利用する必要もないから(-ω-)/』
私は文字ではおどけて見せたが内心では驚いていた。彼女はここまで許されるほど学校に貢献しているということだ。下げる品位以上に成績や他の分野が優秀であり、彼女に強く言えない程の結果も出しているのだろう。普通じゃ有り得ないことだ。
「瑛梨香先輩は大学エスカレータ組ですか?」
『ええそうよ。今二年生だから高校はすれ違いだったようね』
「私のクラスの担任は安藤先生ですけどもしかして知ってます?」
『うん。私もずっと安藤先生が担任だったよ。今も日本史ジョークばかり言ってるのかしら?』
「ええ。この間なんか平安時代の化粧とか言って真っ白な顔と黒い歯で授業に来てクラスでチョーウケてました。あはは、あの顔思い出すだけで笑っちゃう。」
『教え方上手いなのにそう言う所は相変わらずね』
それからは学校の話が続いた。たった一年前なのに懐かしい気持ちになるのはどうしてだろう?あとは私の大学の話。彼女は進学先を決めてないようだったが興味深そうに聞いていた。
私の方も久しぶりに楽しく話せた。こういう時間は貴重だ。私との会話を煩わしく思う人は多い。一方的に声を出すのは独り言のようで周りから変な目で見られがちだ。それが気になったり、文字を目で追うのに疲れたり、会話のテンポが悪かったりと嫌がられる要因なんて幾らでもある。そういう態度は簡単に伝わってきてしまうものだ。私にとって人と話すのは気を使うものだった。いつからか人に話しかけるのを控えるようになっていた。
でも灯は人の目を気にしないし話すリズムが途切れることもない。まるで文字を出すタイミングが分かってるかのようだ。不思議な後輩だ。この縁は大切にしたい。だからこそ隠したいことと隠したくないことがある。
『今日は色々ありがとうね。AR使ってると舐められてると思われるみたいで、今日も子供を庇ったはいいけど何もできなかったわ』
「それは違いますよ。何もしてないってのは周りの野次馬を言うんです。あの場で先輩だけは声を出してましたよ。」
『まあ王子様到着の時間稼ぎにはなったかな(´艸`*)でも人魚姫は言いすぎ(-ω-)/』
「美人の瑛梨香先輩にはお似合いでしょう?物語にも合ってますし。」
『物語ねぇ。さっきの男の子に言ってたけど人魚姫なのになんでハッピーエンド?』
原作と大幅に改変されたシナリオを聞いた時私はかなり動揺した。偶然にしては私の秘密がそのまま物語になり過ぎていたから。今も私が声を出すなんて比喩…。ま、まさか私の正体バレてる!?
と、ともかくそれを確認するために夕食に誘いこうやって探りを入れてるのだが…。
「だってあの童謡、人魚は王子を助けるけど王子の方は何もしないでしょ?」
『確かに王子様の役割って修道女に騙されるだけね』
私は素直に肯定する。子供の頃は王子様が活躍するのを期待したまま話が終わっちゃって凄くガッカリした。溺れていたのを助けた恩人が人魚だと気付かないのがね…。最後の方は気付け気付けって必死で唱え続けてたのを覚えている。
「そう!私あの肩書だけの無能王子大っ嫌いなの!という訳で王子様にも活躍の場を与えてみました。男なら悪党倒して最愛の人の大切な物を取り返すぐらいしてもらいたいじゃない?」
それで魔女から声を取り返す展開か。どうやら話の内容は本当に偶然の産物らしい。結末変えるほど王子様が気に入らなかったとは。まあ私も人が死ぬ話は苦手なので彼女の話に文句はない。あるとすれば…。
『私を人魚姫なんて嘘吐くのは感心しない。あの子完全に騙されてたじゃない!』
「え~私は人魚姫だと思ったんだから嘘じゃないです。」
『それこそありえない。私は泡になってでも王子様への愛を貫く人魚姫みたいな心の強い人間ではないわ』
「そうですか?大したことない人は見知らぬ男の子なんて助けませんよ?」
『あれは私のためにやったこと。人助けをすれば私を普通の人と同じに見てくれるから。障害を患ってる私と対等に話してくれる人なんてほんの一握りしかいない。でも私に助けられた人は私を憐れまない。昔はそれが楽しかった。今はその名残で後先考えず渦中に飛び込んじゃうだけ』
これは習慣みたいなものだ。褒められたものじゃない。
「それの何がダメなんです?面白半分に首突っ込んだ私よりよっぽどいい人ですよ。」
『ヒロインはいい人がなるんじゃなくて強い人がなるの。子供に声がないと言われただけで傷つくほど脆い私にお姫様は力不足よ』
冷めたコーヒーの底を覗く。そこに映っていたのはいつも通り口を一文字に閉じた私の顔だった。
「声のない自分は嫌ですか?」
直接的な言葉にもかかわらず私は嫌悪も傷心も抱かなかった。それは彼女の声音に嘲りや憐れみの色がないから。やはり声というのは人間を構成するのに重要なファクターだ。そして私には欠けている。
『嫌』
先天性の構音障害。生まれた時から私の声帯が声を作りだすことはなかった。物心ついた頃に医者からお前の喉はもう使い物にならないと遠回しに宣告された。
自分が欠陥品だと言われたようで単純にショックだった。それだけじゃない。親も医者も私を見る目が可哀想なものを見るそれだった。その時に気付いてしまった。自分はこれから一生この視線に付き合わされるのだと。
「で、どうしたんです?」
『悔しかった。だからその場で医者の持ってた書類にペンで書き殴ってやったわ。私の将来の夢は歌手だって』
「ふふ、あはははっ――。」
私の答えに灯は腹を押さえながら笑った。
「ですよね。そりゃ腹が立つに決まってる。コンプレックスは自分が悩むものであって他人に悩まれるのは言葉の暴力ですよ。私だって身長で苦労させられてますけど他人に背が低くて可哀想だなんて思われたくない。」
そう言ってトマトジュースの入ったグラスをカンと指で弾く灯。彼女の私への態度が普通な理由が今分かった。彼女にとって私の声は自分の背と同じ程度の問題でしかないのだ。
『皆が皆灯みたいだったらいいのに』
私はただありのままの私で普通に接して欲しいだけ。灯もこれまでの話からそこを察してくれたようだ。でも返ってきた答えは意外なものだった。
「そう言ってもらえるのは嬉しいですよ。でも…瑛梨香先輩の望みは本当に普通になる事ですか?」
『そうよ。なんで違うと思うの?』
「先輩みたいな良い人は損な考え方に陥りがちです。一つ言っておきますけど願望と不満は違いますよ。」
私には差異が分からなかった。その二つは結局同じところに結びつくのではないだろうか。
「どっちも求めるものは一緒とか考えてる顔ですね。視点を”どこから求めるか”に移せば分かる。願望は自分に、不満は他者に。性格いい人はどうして自分の欠点ばかり焦点を合わせるんでしょうね?」
『私は内心じゃあ願望ではなく不満を抱えていると?でも普通に接してもらいたいというのは外部への望みでしょ?』
「いやいや、先輩は誰かに求めてるようで自分が変わることしか考えてないですよ。周りの人に一度でもいいから怒ったことあります?私を下に見てんじゃねぇって。」
「…。」
それは無理な話だ。私を憐れむ人は皆、本人は無意識な上に本気で心配してくれているのだ。それを私が怒るのは筋違いだろう。
ん~灯に上手く丸め込まれてる気もする。それにたとえ灯の言う事が正しいとしても……では私は何を不満に感じているというのか。
「私は先輩と同じで背が低いことを言い訳にしたことありません。そうですね…。私は中3の時にバレー部を学校初の都大会ベスト4まで連れていったし、高1じゃあ毎夏初戦負けだった弱小バスケ部を地区大会優勝に導いて都大会でも3勝させました。どっちもチビの私には不利なスポーツです。それでもバレーなら一試合全得点を私のサーブだけで勝ったこともあったし、バスケは今でもスリーポイントが日本一上手い女子高生である自信があります。」
灯はおよそ信じられないようなキャリアを淡々と言う。そういえば大学の新入生が高校に色々ぶっ飛んだ娘がいると言っていた。なるほど、間違いなく灯のことだったのだろう。無茶苦茶だ。そろそろ不思議という枠に収まり切れなくなってきた。
『あなた何者?』
「東京華爛女子大学付属高校 二年一組出席番号二十四番 日御碕灯!現在帰宅部に所属中であります!」
『それは無所属でしょうに(-ω-)/』
茶目っ気たっぷりに笑う目の前の女の子はトンデモ少女には見えない。
「先輩は声がないことを虚空のように考えてますけど違いますよ。それは余白って言うんです。」
ウェイターがちょうどデザートを持ってくる。灯が美しく飾られたティラミスを丁寧に切り分ける。少し大き目の皿にポツンと移されたそれを私の前に置いた。
「余ったキャンバスには色を塗ることができる。私が背の低さをカバーするのにバレーでサーブやバスケでロングシュートを強みにしたように、先輩も声を使わないことで得られたものがたくさんあったはずです。例えば…。」
そこで灯はスマホをいじる。少しして準備が整ったのかそれを掲げる様に持ち上げた。次の瞬間、私の前にある白の多いお皿が沢山の赤いバラで彩られた。
「…思考入力の速さとかですね。普段の会話でここまで思考と時差なく表示できるのは凄いことですよ。他にもARの知識が多そうに感じました。私が今日ホログラム使った時すぐに偽物だって気付いてましたし。」
私は何も言い返せなかった。プロジェクションマッピングは綺麗だったが気を取られるほどではない。
嬉しく思ってしまった。それはつまり私が今の言葉を欲しがっていたということ。その事実で見えてきたものがある。私はずっと正当な評価を求めていたのだろう。誰もが私の無いものばかり注目するのが不満だったのだ。自分たちにだってできない事はあるはずなのに…。そんな中彼女だけは見ている世界が違った。初めから私に無いものではなく私に有るものを見てくれていた。
私は手元にあるフォークでよそられたケーキを一口すくうと灯の口元に持っていった。不思議そうな顔をする灯にどうぞと笑いかける。彼女が口を大きく開けもう少しで届くという所でヒョイッとフォークを反転。そのまま自分の口に放り込んだ。
『おいしい( *´艸`)』
「その意地悪はズルいです。」
ティラミスの香ばしい苦みと控えめな甘みを味わってると灯の仏頂面が目に入った。
『これで分かったでしょ?残念ながら私はいい人じゃないよ。後輩を夜に連れまわしてる時点でね』
「そこは私にとってプラス査定なんです!お嬢様は基本夕食を一緒に食べてくれないですから。」
灯は夕飯のお誘いOKっと。今日も無理やり誘った割には喜んでくれたみたいだし、なら…。
『よし灯!電話番号教えて!!』
「別にいいですけど私連絡付かないことも多いですよ?」
『大丈夫。私も頻繁に連絡する方じゃないから。そうね…「(ーヘー;≡(*゜∇^*)ノ夏休みどこか一緒に遊びに行かない?』
「それはいいですね!いっそのこと旅行でもどうです?」
『楽しそうね。時間作ってみる。でも今日知り合ったばかりなのにこんな約束していいの?』
「同級生にそういうの期待できないんで嬉しいです!私の中で大学生は世界一周できるぐらい自由なイメージなんで長期旅行になることを楽しみにしてますね。」
『了解したけどその幻想は忘れなさい(-ω-)/』
流石に世界一周をした友人はいないので灯の意見には賛同できなかった。
◇
「こんにちは~エルザ。一昨日来たばかりなのに忙しくないの?」
「こんにちはネフ。ちょっと仕事量調整したからね。当分顔出せるかも。」
定位置であるベッドに腰かけたネフライトにエルザが挨拶を返す。白巫女服に褐色肌の少女とパーカーにヘッドホンを首にかけたセーラー少女。二人がいたのは一部を除いて生活感にあふれた広いワンルームだった。
「それは良いこと聞いた!エルザはいつも忙しそうだから偶にはウチとゆっくりおしゃべりして欲しかったんだ。」
「しょうがないわね。」
ネフライトは自分の隣に座るよう促す。叩かれたベッドにエルザが座るとネフライトはあどけない顔で笑った。二人の間には仲のいい姉妹のような気安さがあった。
「ネフの方は相変わらずぐーたれてるわね。もうすぐ例の日なのに大丈夫なの?」
「ウチは慣れてるからね。評議会はサミット以降忙しそうだけどウチはお飾りだし…。そういうエリザは?結局ウチを止めなくていいの?」
ネフライトは黄金の瞳を部屋の一角に向けていた。そこには緻密なステンドグラスに囲まれた聖堂があった。
「前にも言ったでしょう。あなたの考えを尊重したのは私の意思だって。」
「でも会談にいた目隠しの異人さんも言ってたじゃない。異人さんは個々の感情を優先するって。女神からの依頼にだって関わってくるんじゃない?」
エルザは目隠しの異人の所で自分の眉間に力が入るのが分かった。それでもエルザの意見が変わることはない。
「確かにアイツの言う通り私はネフの私情に加担している。でもそれは私にネフを救うだけの力がないから。傍観しかできないのにあなたの邪魔はしたくない。それにNQのことも気にしなくていい。私がこの世界にいる理由はあなたも知ってるでしょう?」
「…そうだった。エルザは歌う事以外興味ない人だったね。」
ネフライトはベッドに仰向けに倒れた。
「でもありがと。」
ネフライトの照れ隠しがあからさま過ぎてエルザは笑ってしまった。
「何もできないことを感謝されてもね。それより歌いたい気分になっちゃった。ネフお願い。」
「いいね!ウチもパイプオルガン弾きたかったから!」
エルザの声にネフライトは飛び起きながら返事を返した。さっきまでの真面目な雰囲気はもう霧散している。
私は聖堂と一体化している大型のパイプオルガンの方へ駆けていくネフを目で追った。私がCNOにいる理由は聖王国のためでも聖女ネフライトのためでもない。歌うこと…ただそれだけのためにここにいる。
エルザは今日会った彼女の作り話を思い出していた。
『王子様が人魚姫の声を取り戻す』
私にとって王子様はCNOだった。




