九ヵ国首脳会談8 SIDE ミヒノ
本日二本目です。
私の声が反響する。ミスティカの時以上のコメントが渦巻いた。会場の静寂が文字の怒号で埋もれていく。
戦争が絶対悪なのは誰も善足り得ないからだ。戦争を起こすのが悪なら戦争を止めるのに力を振るうのもまた悪。まさに負のスパイラル。私の理想を体現していると言っていい。
大義名分と報酬さえあれば大半のプレイヤーは戦争に前向きになるだろう。元々戦争に勝てば通常の報酬が貰えた所へ勝敗に関係なく貰える別の報酬が増えた。それもプレイヤー全員が喉から手が出るほど欲している情報。破格の報酬に目が眩めばプレイヤーの意識は戦争の勝利から戦争の開始にシフトしていく。
また求められていることは人殺しではない。この世界の戦争は結界を攻撃する方が貢献度が高いのだ。私のクエストは参加するハードルが著しく低い。そして戦争に参加する人が増えれば嫌でも戦いは激化する。
私は他の国を知らないが始まりの国なら大体のプレイヤーと住民の比率を知っている。3:7。時間帯によっては変わってくるがおおよそこれくらいだろう。始まりの国は最初に訪れる場所だからこれでも他の国より多いはず。この三割弱の人間は一人一人のポテンシャルが非常に高い。生きた死兵ってだけで需要あるのに、レベルを上げればここにいるプレイヤー代表と同じくらい強くなる可能性を秘めている。
問題はそれだけの戦力を持つにも拘らずプレイヤーは簡単に所属国を変えられることだ。それも国の許可なく。
そのために国はプレイヤーの意向を無視できない。居難い国より居易い国に人が流れるのは当然のこと。プレイヤーの多い国と少ない国。どちらが戦争に勝つか言うまでもない。プレイヤーの意識を戦争に傾ければ住民にはもうこの流れを止められない。
クエストの対象にオーレリア王国を入れなかったのはさっき言った大義名分作りに他ならないが王国にとっては僥倖だろう。戦争に関わりたくないプレイヤーは王国に集まるし、王国を滅ぼしてもメリットが少ないというのは言葉以上の効果が期待できるだろう。少なくとも安易に争いを仕掛けられることはまずあるまい。あとはミスティカの裁量次第だ。
「貴方は踏み込んではいけない一線を越えたわね。」
刃のような声の主はエルザだった。剣呑な眼差しを真っ直ぐ私に向けている。
「その目を向ける相手は私じゃないわ。私は敵でも味方でもない。私は一人も殺してないし、戦争にも参加しない。始まりの国を救ったし、NQの情報だって共有する意思がある。君たちよりよっぽど健全にこの世界楽しんでるし今後もその予定よ?」
「それは貴女がこの状況を作ったから…」
「アハッ。それこそ私を問い詰めても何も解決しないでしょう?初めにも言ったけど君たちは私の邪魔足り得ない。勝手に争いでも何でも好きにすればいいじゃない。」
返事を遮るように話すとエルザはうつむく。そして静かに剣を抜いた。
「…だからこそだよ。この流れを作った貴女に対抗することが私たちの意志が貴女とは違う所にあることへの証明になるから。」
「それこそ逆効果なのに。今の貴女みたいに住民の意志に従わない異界者が多すぎるせいでこんなことになってるのが分からないの?
それと勝てないと分かっていて私に挑むのは賢いやり方じゃないわ。」
せめてミスティカみたいに決闘で不意打ちみたいな策を用意して欲しい。やはりプレイヤーより住民の方が頭が回るなぁ。それはともかくエルザの考え方も正統派主人公っぽくて私は好きなんだけどね。
「俺もエルザさんの言う事に賛成だな。ソテイラさんに敵対する人もいるとちゃんと示した方がいい。それにプレイヤーには負けると分かっていても戦わなければならない時がある。」
エルザに続いたのは体が機械でできてるブルームのお兄さんだった。
「えぇ~今の私を攻撃するのはただのPKだからね?それになんで私を魔王扱いして自分達は勇者気取りなのよ。敵対すべきは向こうさんでしょ?」
「魔王ネルキアと親しく話してたくせによく言う。」
マジ?私魔王と友達に見られてた?照れるな~。
「何をほざくか。コイツとは友人などではない。それとお前も。他の王を俺と同列に魔王と呼ぶな。虫唾が走る。」
「そうよ。私たちまだ友達なんかじゃないんだからね//」
「……今日の所業いつか必ず清算してやるから待ってろよ。」
んー私は追われるより追う方が好きなので遠慮したいところ……でも魔王に追われるのは文字にして見るとなんだか楽しそうね。普通逆じゃない?まぁ捕まらなければモーマンタイ。
「【Singing_my_Song_"Rosemary"】【risoluto】」
そんなことを考えてるとエルザの声と共に聞き覚えのあるイントロが流れてきた。
「もういいや。取り敢えず貴女は斬らせてもらうね。」
綺麗な顔とレイピアを私に向けると会場全体を内から包むように何十本もの五線譜が引かれた。そこには様々な音符が散りばめられている。
『盛り上がってきた――!!』
『エルザのユニークスキルだ!初公開!初公開!』
『うおおおおおおおおお!』
『この曲ローズマリーだ。前と同じで歌いながら戦うのか?』
『いきなりエルザ様のコンサートとかヤバい!』
『歌詞職人カモン!!』
『テンション上がってキタ―――!!』
「魔王様と友人……潰す。」
魔王国のプレイヤーも参加する気のようだ。白髪の少女が白い炎を生み出すと忽ちとぐろを巻いた大蛇に姿を変える。機械青年の方は両腕に軽機関銃とアサルトライフルを構えた。カリムの犬耳サモナーさんと帝国のプレイヤーは動かないみたいだ。
前奏が終わりエルザが歌い出すと同時に大蛇と弾丸が迫ってきた。
「エルザの生歌は普通に聞きたかったな。」
私はそうこぼしてから新たに複数の剣を周りに取り出し、垂直に立て上下二段に分けた。それらに自分の血を纏わせ全力で周回運動させる。私の血は着ている服の付与特性【保護色】と付与効果【隠形】で誰にも見えていない。この空間では相手から干渉できないために絶対に見破れないアフターケア付き。
剣の残像が壁のように私を囲む。そこに二人の攻撃がぶつかった。
白と紫の光が明滅する。金属同士の連打する音がうるさい。炎の大蛇の方は円柱状の壁に巻き付き削り切ろうとしている。普通の剣ならそうそうに吹っ飛ばされていただろう。でも私の血は他と違ってプレイヤーの一部として扱える。ホームでのそれは魔法も物理もノックバックをほとんど受けない無敵の盾と化す。
何もしないのは見栄え的にね。ちゃんとガードしているぞアピールは私の精神衛生上必須だ。
私は押し広げるように周回する剣の半径を大きくした。プレイヤー判定の剣の壁が炎の大蛇を押し退ける。
「直撃受けるのも癪なんで防いでみました。一撃入れて用も済んだみたいだし…バイバイ。」
パチンと指を鳴らすと私の言葉の意味を理解したリアが二人を強制退場させた。二人分の攻撃も止み、正対すべき彼女へ顔を向ける。
AメロBメロが終わり、サビ前の一拍。彼女は小さく呟いた。
「私の歌を聞け――魔剣ミューズ 【accelerando】」
レイピアの鍔にある音符の模様が変形していく。それから壁から天井にまで張り巡らせた五線譜に飛び乗ると重力を無視してその上を走りだした。物凄い速度だ。目で追うのがギリギリ。その間もまるでイヤホンでも付けてるように歌が聞こえてくる。それに気を取られてると彼女の姿が忽然と消えた。驚きつつ周りを見ると逆側の五線譜の上を走っているのを見つける。正しく瞬間移動しているようだ。疾走感のある曲調に合わせて縦横無尽に駆け回る。さらに五線譜のラインを動かすことで私に居場所を掴ませない。
おお、いいね。楽しくなってきた。確かに計り知れない力の差を感じる。でも何故だろう。この状況なら手に持った剣でも一撃防ぐだけならできる気がする。
そして剣の守りに囲まれた今の私に攻撃を通すなら………真上だ。
気付けたのは5mの位置まで近づかれてからだった。予想通り上から突き刺すフォームで落ちてくるエルザと目が合う。
待った。今更だけど敵の剣速に私が追いつける訳ないじゃん。ダメじゃん。かといって魔王の時のように見えない血の膜を覆って防ぐのは負けた気がして嫌だ。
むぅ~、こうなったら意地でも剣を当ててやる!そう思いグリップに力を込めた。
――その瞬間、視界が朱色に染まった。
歌声が遠のき、世界が緩やかに流れる。目の前のエルザが宙に張り付けられた。何だ?何が起きてる?私の体も泥の中にいるかのように動きが鈍い。突然始まった”思考以外が止まる感覚”に頭が混乱した。咄嗟にこうなった原因を明らかにしようと意識が逸らされそうになる。それでも私が自分の目的を見失うことはなかった。
引き延ばされた時間の中で突き出された切先に集中する。武器種を鑑みるに一撃防いだとしてもすぐに二撃、三撃目が飛んでくるはず。だから一撃で封じる。
レイピアの特徴の一つに曲線状の鍔で相手の剣を絡めとり折るというものがある。ソードブレイカーと同じ原理だ。本来なら強みのはずのそれを今回はこちらが利用する。私はレイピアの右スレスレをかすめるようにして直剣を突き出した。リーチの差で先に私の剣先が向こうの鍔に当たる。
「――捕まえた」
私は間をおかずに必死に脇を開き、腕も突きから切り払いにモーションを変える。そのまま限界まで広げた後に剣を手放した。剣の挙動の続きを血での操作に引き継ぐ。すると剣先に絡まった鍔を支点にてこの原理でレイピアの軌道がぐるんと変わった。本来人体には無理な方向の動きに加え、縦へ力を入れている所を文字通り横やりを入れたのだ。耐えきれず彼女の手からレイピアが離れる。エルザの顔が驚愕に歪んだ。
間髪入れずに周回していた剣をエルザにけしかけた。逃げ場のない一斉包囲攻撃がパーカー少女を襲う。だがそれが届く前に再びエルザの姿が消えた。
数十の剣が一点を目指して衝突する。同時に世界が音と色と時間を取り戻した。
視線をさまよわせると真上の天井に張り付くエルザと目が合う。敷かれた五線譜の上に逆さまで「Rosemary」のサビ後半を歌っていた。何故か戻ってるレイピアを手に見たこともない獰猛な笑みを浮かべている。私も対抗して笑ってやった。遅れてバクバクと仮想の心臓が働き出す。
ふわ~、何だかよく分からないけどシビアな戦い過ぎて神経が擦り切れそうだった。思った以上に私は緊張していたようだ。ちかれた。
『ファ――!!wwww』
『みんな強すぎww』
『早すぎて何が起こったか分かんなかったww』
『歌いながら戦うの何度見てもエルザ様スゲーわ。ファン続けます』
『でもソテイラも最後剣あわせてたよな?』
『だなw見えてて対応したってことだろ?ヤバくね?ww』
『ああ流石NQクリアしただけはあるw』
『エルザの剣見える奴なんて近接職でもほとんどいないだろw』
『初心者疑ってたヤツいたけどこれ絶対ユニークスキル使ってるなw』
『剣操るスキルなんて知らんwwどんなスキル掛け合わせたんだ?』
『NQの動画見ればソテイラのスキルも分かるんじゃね?』
『やっぱり戦争かぁ~』
『ソテイラ様見つけたら下僕にしてくれますか?』
『エルザ様カッコいい!!歌もサイコー!!』
「最後思わず手が出ちゃったけどそこはお相子ってことで。楽しい時間をありがとう。じゃあ私の好きな歌に合わせて終幕にしましょうか。」
私は取り出した全ての剣をインベントリにしまってからスカートの裾をそっと摘まみ優雅に見えるよう一礼する。
「現時刻をもって第一回ノネットサミットを閉会致します。皆様がこれからも楽しい時間が送れるよう心よりお祈り申し上げます。」
そして流れるラストフレーズ。私が好きな歌詞。
『♯追憶の花が咲き示す方へ』
いつも私にとって大事な人を思い起こさせる。
『♯きっと君が待っているから』
ローズマリーの花言葉は―――「記憶」「追悼」「あなたは私を蘇らせる」
願わくば…いつかもう一度貴女と出会えた時、私の抱える思い出が今日のような楽しいものばかりでありますように……。
――パチン。今日何度目かになる乾いた音は参加者や願いと一緒に会場から消えていった。




