九ヵ国首脳会談5 SIDE 王国代表NPC
剣を操っているのは何らかのスキルだろうか?
私はそんな剣に突きつけられた状況とは的外れなことを考えていた。
他七人の住民も私と同じ状況だ。ただ私含め誰もが剣に反応することはない。
「女神に選ばれた皆さんは国のために生きてきた人間だと信じてますよ。そして国のために死ねる人間だとも。」
なるほど。それで世界平和ね。確かに彼女の言う通りになれば世界平和とやらは手に入る。なにせここ二年の平和が今後も続くという事だ。この二年間は民衆にも分かりやすい確実な実績。自国が女神の管理下に入ればそれが保障される。八か国全てなら恒久的世界平和すら手に入るのだ。文句のつけようもない。
ソテイラ。本当に恐ろしい人だ。彼女はこの会談を最大限利用している。私たち住人代表の言動は世界中に見られている。勿論自国の住民にもだ。私が彼女の提案を拒否するにはそれなりの理由がいるだろう。本来なら理由なんて話さなくてもいいはずなのに全世界の目がそれを許さない。そんなことをすれば王国での私の立場が消える。国より自分の命が大事な薄情者。それが明日からの私の評価だろう。
何もかも彼女の思い通りに動かされている。
ただ主導権を取られているのはしょうがないと私は思ってしまった。戦争を起こさない具体案は本来私たちが持って来なければならなかった。私は最初に”同盟を組むのは不可能”と思いながらこの場に立ったが、それすら温かった。何としても戦争を起こせない体制を組む心づもりで臨むべきだったのだ。それ以上の事を私がこの場に不要と断じた異界者がやってのけたのだ。なら私の役回りは……
「アハハ。はてさてこの要求に何人が応じてくれるのかしら?」
「悪いけど私は一人を犠牲に勝ち取る平和なんか許せないわ!」
声と共に聖王の前の剣が叩き飛ばされた。そこにはレイピアを抜いたエルザの姿があった。それに追随するように他の異界者も剣を薙ぎ飛ばしていく。
「今彼に死なれては商会に影響があるんですよね。」
「剣帝は俺が倒す。ここで殺させない。」
「王女様には色々世話になってるからな。」
「エルザさんに同意だな。そんな平和クソくらえだ。」
「戦う理由なんてお前が気に入らないってだけで十分だ。」
「彼女を殺されると獣王様に何を言われるか。」
「魔王国は魔王様あってのもの。殺させるわけないでしょう?」
魔王国プレイヤーのシャルは手に生み出した氷の剣を宙に固定された直剣にぶつける。直剣は真っ直ぐにソテイラの元に飛んでいった。だが彼女に届く前に直剣が消えた。攻撃されたことを意にも返さず彼女は笑う。
「アハハ。カッコイイねぇ。でも私にはNQ報酬を私に奪われたくない様にしか見えないわ。私がここにいる八人殺したら八つ分のNQ報酬が私に盗られちゃうものものね。そんなの異界者は絶対に許せない。阻止したいって顔に書いてあるわよ?」
「そんなこと!」
「思ってないというの?ならそれを証明しなさい。はっきり言って正義は私にあるわ。”目の前の一人が殺されるのを見る”か、”知らないところで百人千人という住民が死ぬ”か。住民は前者を異界者は後者を選ぶ。今の君たちのようにね。本当は所属する国の事なんてどうでもいいんでしょ?何せどんなに長くてもたった二年の付き合いだものね。仲のいい住人のためには動くけど国のためには動かない。住民の意思を無視して自己満足に浸るのは楽しい?私はNQ報酬を奪われたくないって方がよっぽど健全だと思うわ。」
嘲笑う様にまくし立てるソテイラ。それは分かっていたことだ。住民はこの世界を生きているが異界者は死んでもいいし消えてもいい。そこの違いだ。国に執着がないのも自由を優先するのも全てそこに起因する。
「私は最善を目指したいの。ここにいる人たちも戦争に巻き込まれる人たちも両方守りたい。それだけ。」
「大体戦争は起こらないのに何で彼らが死ぬ必要がある!」
「それを決めるのは本人でしょうに。いやーホント異界者の癖に出しゃばるねぇ。身の程をわきまえなさいよ。」
「お前も同じプレイヤーだろうが!」
「ハァ。私は女神代理兼司会者だって何度言わせるの?今の私は女神と同じ場所に立ってる。それに女神はこの世界の調整しかしないけど私は違う。言わば女神の権限を持った利己主義者。フフ。そういう意味なら制限がない分女神より上かもね。」
「さっきから好き勝手言ってんじゃねぇ!」
叫んだのはローゼの異界者だった。一瞬で体に炎を纏いながらソテイラに突っ込む。ここに呼ばれるくらいだ。戦闘力はこの世界でも上位なはずで、それに見合うだけの速度だった。持っている曲刀が振り落とされる。
パチン。
三度目の指が鳴る。同時に彼の姿が消えた。それはもう纏った火さえ陽炎だったかと思わせるほどあっけなく跡形もなく。甲高く鳴ったその音は窓のない閉鎖された空間でやけに大きく聞こえた。残されたのはむなしく反響する音と口元を歪めるモノクロ少女だけ。
「この場で誰が一番強者かも分からないなんて、本当に愚かね。アハハ。私の意志一つで退場させられるほど弱い立場なのに粋がってて笑っちゃう。ああ、安心して。彼は元の場所に返しただけだから。」
「ソテイラさん。貴方の言い分は分かった。確かに私の行動は住民のためにならないのかもしれない。それでも私にも譲れないものがある。異界者だからこそここは引けないね。」
「アハハ、流石歌姫。いいね、異界者は欲張りでなくちゃ。何せ死んでもいいんだもの。だからこそ死ぬ気になれる。」
一触即発な雰囲気に割って入ったのはのんびりとした欠伸だった。
「はぁ~あ。ん?つまらん会議は終わったのか?」
「あら、おはよう魔王。詳細は君の所の子から聞いてね。まぁ魔王は絶対に断ると思ってるし………手も出せないから。フフ。」
「あん。何か雰囲気変わったなお前。まあいいや。シャル!」
さっきまで寝ていた魔王ネルキアはソテイラの態度に怪訝な顔をしたが現状の確認を優先したようだ。
「君たちも席に戻って。強制送還されるにはまだ何の結果も出てないでしょう?」
「そうね。まだ強引に行く時ではなさそうね。」
エルザのソテイラの脅迫ともとれる指示にエルザがしぶしぶ従う。他の異界者も彼女に合わせて武器を収めた。
「クッハハハ。おい俺のお気に入りは俺の首まで求めたのか?サイコーだな!」
「はい。あの女、不遜にも魔王様に剣を向けたのです。絶対に許さない。」
「黙れシャル。俺は今実に気分がいい。おい、白黒娘!残念ながら俺は殺されてやらん。俺なくして魔王国なし。大体誰がクソ女神の世話になんかなるか!」
「いいねぇ。期待通りの答えだ。フフ。早く私を見つけてね。その時はきっと友人になれるもの。」
「友人だと?俺が求めてるのは部下だ。友など要らん。」
「あら~フラれちゃった。でもそれはお互い様かな。私も人の下に就くつもりないもの。それも口だけの人なんてまっぴらごめんね。」
「ああ?そりゃどういう意味だ。」
ネルキアの真っ赤な瞳がソテイラを射抜く。それに怯むことなくむしろその視線すら楽しむように口を開いた。
「だってこのままだと他の国が女神の結界に守られちゃうじゃない。そうなれば支配どころか二度と手出しできなくなるわね。フフッ。今の魔王はそれを指くわえて見てることしかできない。」
「……。」
「ほらほら~ここにいる人たち説得しなくていいの?死なないでくださいって。アハハハ。さっき全員殺す宣言した人が今は生きてくれと懇願してるなんて。クククッ。面白すぎて息できん。」
「なるほど”私の邪魔にならない”とはこういうことか。」
「いや、あれはそのままの意味なんだけど……」
その瞬間ソテイラの傍で紫色の光が弾いた。そこには無表情の魔王が長く伸ばした爪で振り切った姿勢をしていた。ただ1mは離れており彼女には届いていない。爪の先は揺らいだ膜に阻まれ光を撒き散らし続けている。この特徴的な光の色は…
「アハ。ここは私のホームだからね。私には傷一つ付けられないわよ。」
「ふん。それだけじゃないだろ。普通の結界なら【識別】やら俺の目やらでお前のステータスが見えるはずだ。何故見えない?」
「ああ。ここは普通のホームでの機能に加えて他人に干渉するスキルやらアイテム、付与効果なんかも無力化するの。ネタバレはつまんないから女神に頼んだんだぁ~。まぁ落ち着けって。まだみんな殺されてくれるか分からないでしょ?」
「…お前次会ったらマジで覚えとけよ。」
「友人になろうってやつ?」
「百回殺す!」
「フフ。その罵倒、異界者には実現可能なところが冗談になってないよね。ハァ、魔王との会話は楽しいけど進行進まないからさ。シッシッ。さっさと席に着いた。」
「…机の中央に陣取るお前にだけは言われたくないが今は従ってやる。今途中退場するのは勿体ないからな。」
「ヤバ、魔王を無下に扱うの癖になりそう…。じゃなかった、そろそろ他の住民たちの答えを聞かせてもらおうかね?」
中々なドS発言を漏したソテイラはくるりと一回転して私たちの顔を見た。それに最初に返したのはシャーレの老歳だった。
「ソテイラ嬢と言ったかの。確かにお主の提示した未来は儂等が生涯をかけて作り上げるべきものじゃ。老いぼれの命一つで手に入るのならこんなに安いものはないな。…お主の話がすべて本当の事なら、の。
女神様はお主のゆうとった結界の仕様を話さんかった。何故儂等はそれを知らされなかったんじゃ?」
「フフ。いい所に気が付いたわね。でも残念。私は理由を言わないし女神が直接言及することもないでしょうね。」
「なら儂にそのルールが確かだと証明することはできん。そして儂の命は無駄死にできるほど軽くないんじゃ。シャーレを代表する命はな。」
「私嘘は吐いてないんだけどなぁ。」
「じゃが隠し事はしとる。」
確信したような言い方で話す老人。それすらもソテイラははぐらかす。
「アハハ。そりゃ私は声も名前も見た目も全て偽ってるからね。でも私の信用は女神の信用だよ?疑っていいの?」
「お主のことは信用しとるよ。今のお主は。」
なるほど。この会談が終わればそれもなくなると言ってるのだろう。結界が本当に女神仕様になれば彼女はそれこそ国の救世主だ。恩ある彼女の声を国は無視できないだろう。信用のない彼女は国を荒らす原因にもなり得ると考えているのかもしれない。
それを理解したのかソテイラは首を振るようにして答える。
「私は表舞台には出ないと言ったでしょ。いらない心配よ。」
「儂等商人は一方的施し程警戒しないものはないんじゃ。それに声も名前も見た目も分からん不審者に救われたら国営だって悪影響が出ろう。戦火が向かん限り女神の結界とやらも不要だしの。この状況でその提案は流石にやりすぎじゃな。」
「女神の結界は戦争の相手として見られなくなるのが肝だと思うけど。でも絶対に壊れない結界は要らないんだ~。フフ。なんだかその言い方は不適切な気がするわ。そうね、むしろ邪魔…とか?」
初めて老人の顔つきが変わる。私はあれが監査長ベルクルードとしての顔だと直感した。
「……どういう意味だ。」
「フフ。ちょっと思っただけよ。女神の結界は貴方の命の他にNQも国から奪ってしまう。貴方が問題視したのは後者。これからもNQを餌に異界者を自国に誘き寄せたいと考えてるのでは?異界者は夢に生きてるもの。NQという夢を取り上げられたら貴方の国に寄り付かなくなる可能性が出てくる。人の集まらなくなった商業国家なんて国が傾く事態よ。それにそこまでお金に執着するなら戦争屋を始めるっていう皇帝の話もあながち間違いじゃなかったのかも。アハ。それにしても住民の安全より戦争やお金を優先させるなんて…。それは貴方の言う”やりすぎ”に当たるんじゃないの?」
さっき私が手も足も出なかったベルクルードを軽くあしらうソテイラ。私は確信した。彼女は悪魔だ。もしかしなくても一人ずつ説き伏せて殺していくつもりらしい。
「…それは国を思っての発言じゃ。自分の命のためのものではないことだけは言っておかねばな。」
「ふん。小娘にいいように言われるとは…もう年かジジイ。まあよい。そこの老骨じゃないが俺も女神の結界など要らんな。敵は自分の手で排除する。最初からそう言ってるだろう?」
口をはさんだのはセーレの皇帝だった。その開き直った態度には感心する。これには反論しようもないと思っていたがソテイラの反応はまたもや私の想像の上を行った。
「アハハハハハハハ。それ!その言葉が聞きたかった!さあ他の皆さんはどうします?」
あーもうわけが分からん。これでも王国の内政を束ねて来たはずなんだが…。自信失くすなぁ。
「カリムはワラワが導いておる。これからもそれで問題なかろうて。」
「我の命は我だけのものではない。ここで命を絶つことはできんな。」
「儂は死にたくないから無理じゃな。」
次々とソテイラの提案を拒否していく他の住民たち。
「ムフフ。ヤバい、変な笑い出る。なんか人が思い通り動くのをつまらないみたいに言う漫画沢山見るけど…普通に楽しいじゃん。私そう言うのあまり興味なかったけどちょっとハマっちゃいそう。」
言ってる意味はよく分からないがこれは彼女の思惑に沿ったシナリオらしい。自らの提案を断られてるのに彼女の機嫌は上がっていくばかりだ。
「でも期待外れは変わりないわね。私の知ってる住民なら私の提案に即答するのに。死すら温い境遇にあって尚人のために行動できる。そういうのを君たちに求めてたんだけどなぁ。君たちのこころざしって自分の死より低いものなの?」
彼女の目は隠されていたがその声音で理解する。彼女の私たちに向ける視線は興味の失せたおもちゃに向けるそれと同じだった。
「大体自分が死ねば国が立ち行かない?何それ?始まりの国見なさいよ。王族が消息を絶って三年も経つのに平和なものよ?でもそれは彼女が自分がいなくても大丈夫な国を作ったから。自分の死すら予定調和だった。結局彼女はルティアスの名を失っても国の民を守ったわ。今じゃあ始まりの国は女神の庇護のもと世界一安全な国ね。
ここにいる誰よりも年少だった彼女にできて君たちにできないなんて…。あげく自国は自分がいないと乱れるほど貧弱だなんて…。言ってて恥ずかしくないの?」
エルフィ・ルティアス。女神の勅命で天界へ導かれたルティアス王国最後の姫君。『氷の才女』と呼ばれた彼女は内政だけじゃなく農地改革やら騎士団編成にも手を出し、挙句の果てには通常なら国との繋がりを作りたがらないギルドをも自陣に加え他国に一切頼らない国家を作り上げた。それもたった一代いや数年でだ。彼女が消えて一年、周囲の三か国には異界者が現れる国という事で目を付けられたと聞く。それでもどの国にも操られてないのは確実に彼女の残したものが大きかったからだろう。他にも彼女の活躍は遥か彼方にあるオーレリア王国にも届いている。当時の私は同じ王女として勝手にライバル視してたものだ。そしてなにより勇気をくれる存在だった。
なるほど。即答する住民とは彼女なのだろうな。私は彼女と意見が合って嬉しい半分最後まで彼女には追いつけなかったと少し気落ちしてしまう。でもまあいいか。自分の意志は最初から変わっていない。あの悪魔は私の答えにどんな反応をしてくれるかしら。それが少し楽しみで意気揚々と言ってやった。
「全員を非難するのは早計ですね。私はまだ何も答えていないというのに。
ソテイラさん。私ミスティカ・フェア・オーレリアは貴方の提案を受けますわ。」
その瞬間。一人の少女の頬が赤に、一国の住民達の顔が青に染まった。




