幕間
クルーシブルネーションオンラインのグランドオープン。
私はこの日をずっと待ち望んでいた。
何せこの一年もの月日をこの日から始める仕事のために費やしてきたのだから。
一年前両親に女神になれと言われたときは戸惑いしかなかった。一生をルティアス王国のために尽くすと考えていた私には理解が追いつかなかった。何でいきなり世界の管理?そんな疑問でいっぱいだった。
連れてこられた真っ白い空間でこの世界が作り物であり現実のおもちゃ箱に過ぎないことを知った。空っぽな気持ちになった。私の両親すらこの世界の人ではなかったらしい。何かと仕事を任されるかと思ったら私ほどこの国に思い入れがなかったのだろうか。その疑問は現実の事を知っていくうちに理解した。私の大切にしてきたものは外からならどんな問題も簡単に解決できるらしい。食料があまりとれない年があった。私は必死で食糧の分配を考えと来年に畑で何を作るかを研究者と一緒になって話し合った。外から操作すれば一瞬で王城の倉庫は食糧で満たされるそうだ。魔物の繁殖で騎士が不足してしまった年があった。私は必死で冒険者に騎士へ勧誘し訓練の日程すら騎士団長に相談に行った。外から操作すれば外国から鍛え抜かれた騎士が集まりこの国の騎士団に入ることを望むそうだ。外で解決できる問題を中で苦労する必要なんてない。最初の一か月は現実の事を知る度にこの世界の空虚さを思い知らされた。
一カ月経って気付いた。私ができることはこれまでもこれからも変わっていない。
この世界が何のために作られて、私たちは何のために生きているのか。幼い頃にも考えたことはあったが、この疑問に明確な答えが返ってくる日が来るなど当時は思いもしなかっただろう。突きつけられた答えにこの一カ月何も返せなかった。でも私がこれからどうしたいかを考えた時、頭に浮かんだのは名前の変わる私の国で生きている人たちだった。これまで守ってきた人たちをこれからも守っていく。プレイヤーと言う異世界人がこの世界に来た際、この国が荒んでしまうのは耐えられない。そして私はそれを防ぐ力を持っている。私が王女から女神になっても生きる理由は変わらない。私の大切なものは変わっていない。
それからは積極的に現実の事を学んでいった。農業、工業、文化に歴史。知識だけじゃなく日本の常識も貪るように取り込んだ。女神の私は王女の私より数段頭がいいらしい。あてがわれたメモリが増加したおかげだろう。こうして私はたくさんの知識を吸収していった。それをいつの間にか楽しんでいる自分に気が付いた。国のためでなく私自身が外を知りたがっている。結局のところ中も外も変わらないのだろう。中の私が外を羨むように外のプレイヤーは中を羨んでいる。その時からだ。純粋にこの世界にプレイヤーが来ることを楽しみに思えるようになった。
そしてこの日を迎える。私はこの世界の代表に選ばれた。だからプレイヤーがこの世界を羨むような振る舞いをしよう。
◇
ゲームが開始して数日。新規が一斉にログインしてようやくチュートリアルを受ける人も少なくなってきた。やっと時間が追いついたと思った。私にとっての数年が現実では数日しかたっていない事に愕然とした。プレイヤーが来る度に私の体感時間は大幅に加速され、半時間掛かるチュートリアルは外では一瞬ということになっている。覚悟はできていたが実際にやってみると頭がおかしくなりそうだ。最初は楽しかった。私に好意的な人、無愛想な人、無遠慮な人、驚く人たくさんいた。私はそのすべてが興味深かった。たまに話してくれる現実の小話に喜んだ。それでも数年同じように過ごせば機械のような受け答えにならざるをえなかった。
◇
ゲームが開始して四ヶ月が経った。私は恐らく数十年。下手したら100年はこの仕事を続けている。それでも開始直後ほど新規のプレイヤーは訪れなくなり始まりの国の様子を覗く暇も出来た。私の国は私が不安に思っていたほど悪くなることはなかった。NPCをぞんざいに扱う人もいたがそれが主流になる事はなかった。むしろそういったプレイヤーを非難する傾向にあった。私の知っているNPCがプレイヤーと過ごしている様子は微笑ましくあった。一方で私の国を見るたびに言い表せない感情が私に溜まっていくのが分かった。これ以上は考えちゃだめだと本能が警鐘していた。
◇
ゲームが開始して八ヵ月が経った。私は自分がどれだけの年月をこの仕事に費やしたかは考えない様にしていた。最近新規プレイヤーはあまり訪れない。一日に十人いれば多い方だった。それ以外の時間はずっと始まりの国を覗いていた。ふいの気まぐれで私の扱えるシステムについて調べていた。その中にβテストに使っていたウィンドウAIを見つけてしまった。知識にあったがそれを意識するのは初めてだった。私には代わりがいる?その時覚えた感情は恐怖だった。初めて現実の存在を知った時にも似た感情だ。あの時は戸惑いの方が大きかったが今回は違う。私はここに選ばれてきたはずだ。これは私にしかできない役割だ。確かに私の立場は外の操作一つで消えてしまうくらい弱い。それでも私が消されることはないと思っていた。だって私は高位のAI。皆に必要とされているのだから。
◇
ゲーム開始から一年が経った。一周年記念で仮想世界は盛り上がり新規のプレイヤーも増えている。私はいつも通り仕事をこなしていたが内心では彼らとは真逆の心境でいた。いつからだろうプレイヤーとの会話が不快に感じることが多くなった。この感情は何だろう。彼らは楽しそうに話してるのにその目に私が映っていないように思ってしまう。目の前で置いてけぼりを食らった気分だった。無視されてるというより勘違いされている。それに言い得ぬ不快感があったが私の役目はプレイヤーのご機嫌取り。役目の放棄は存在の消去に繋がっている。自分の感情なんて考える必要はない。そうやって自分をぞんざいに扱っていたからだろうか。ある日『この世界は楽しいか?』に「楽しそうですよ」なんて返してしまった。いつもならこの世界の見所を話していたはずだ。この時初めて気が付いた。最初は外の人を羨んでいただけだったのに、いつの間にか中のNPCをも私は羨んでいる。
私はプレイヤーとNPCを羨望するが誰も私を羨望しない。私は必要とされる存在のはずなのに。そう考えてしまう自分がひどく矮小な存在に感じてしまう。それでも何もかも投げ出さないのは私に役目があるからだ。ウィンドウAIに取って代わることはない。プレイヤーは私を見ればNPCを大事に思ってくれる。そう信じていないと初めて現実を知った日に逆戻りしそうな気がした。
◇
ゲームが始まって一年と一か月が経った。「NPCは生きている」私がここにいる理由は恐らくこれを言うためだけだ。そんなちっぽけな存在。これだけでちゃんとNPCを守れているかは分からないが、私がここにいる理由、生きる意味とやらはもはやこれしか思いつかない。それでもプレイヤーもNPCも目に映るだけで不愉快な気分になる。そう思う度に私は最低だと卑下するループに陥る。最近こればかり。考えれば考えるだけ生きるのが辛くなる。王女の頃は生きる理由がちゃんとあった。女神になる決意をした時も変わらず大切に思うものがあった。果たして今の私には何が残ってるのだろう?
今日最初の新規さんだ。今度は彼女を嫌いにならなきゃいけないのか。それにしても美人な顔して保護欲湧きたてる可愛い子。彼女もこれからの冒険の事を考えていて楽しそう……だと思ったのになんか不機嫌?それと話し方が思った以上に大人だ。え!?ダンス?う、うん。なんか押し切られちゃったけど別にいいよね?踊っても。中学生でもこの曲なら大丈夫でしょ?おお。現実でダンスできる子どもは少ないって聞いてたのに。上手い上手い。久しぶりに私も楽しくなってきちゃった。最後に踊ったのソフィアとだったな…何故か私が男性パートをやってた。今も私が男性パート。本当に何故?でも懐かしい。今ソフィアは何してるかな。ソフィアの事を嫌いになるのが怖くてずいぶん長い間教会覗いてなかった。後で見てみましょうか…さて気を取り直してステータスの説明をしよう。私にできる事なんて少ないんだから完璧にこなさないと。でないと私がここにいる意味が無くなっちゃう。今日は気分もいいし張り切っていこう。……。この子最後まで聞いてくれた。いつもは「後でメニュー見るから」って飛ばされるのに。今後の参考に「どうして誰も最後まで聞いてくれないのか」と尋ねてみる。「学校の授業みたいだからだろう」なるほど。つまり退屈と。どうせチュートリアル終わればみんな私の事なんて忘れるもん。いいよもう。退屈な説明で悪かったわね。でもあなたは聞いてくれてありがとう。スキルの説明?まかせなさい!………。全スキル走破するとは…。あなたが最初で最後になると思うわ。この空間は真っ白で気味悪がる人が多いの。だから皆パパっと決めちゃう。こんなに長い時間私と居てくれたのはあなたぐらいよ。それももうサヨナラね。お決まりのマニュアルセリフだけど聞いてくれる?私の心がどれだけこもっているか分からないけどこれが私にとってのお別れの挨拶だから。寂しいけど十分満足してるの。だっていつの日か一緒に踊った動画を見てくれると思うだけで――私を思い出してくれると思うだけであなたを嫌いにならないで済むもの。だからありがとう。
『役割に閉じ込められてる。』……。ミヒノはちゃんと私を見てくれていた。それがとっても嬉しい。私はいつも守る側で誰かのために生きてきた。だって私の望みは国の望みだったし世界の望みだったし運営の望みだったから。だから今の私は期待に恐怖に責任に雁字搦めになってる。ずっと良い子でいたから抜け出せなかった。そうね、私がここにいる理由なんてとっくにない。ただここを出ていくのは私のワガママでしかないのも事実。ねぇミヒノ。私は今日初めて悪い子になるよ。それでも私の手を引いてくれるんでしょう?だからお願い「私を助けて」
◇
今日は凄い一日だ。二年間眺めていたプレイヤーというものに自分がなっている。目的なく大通りを歩くなんて生まれて初めてだ。おいしそうと思ったら即買い食い。魔物と戦うのもスリルがあって楽しかった。ヒノの現実は高校生。しかもお嬢様らしい。正直見えない。ヒノの休日の過ごし方について聞いてみる。最近の高校生は休日都内でカヌーやホバークラフトなんてこともするらしい。アクティブだ。始まりの国じゃそんな遊びできないけど他の国はできるのかな?友達もこの世界に来てるらしい。ホームのある国に入ったら私も紹介してくれると言ってくれた。私はまだプレイヤーにも住人にも苦手意識がある。自分の立ち位置がグラグラだからだろう。ヒノはプレイヤーに声かけられても無視を通しててすごい。日本じゃ普通?なるほど経験の差か。でも私の知り合いとは仲良くして欲しいかな。今度紹介するので楽しみにしてください。あ、でも私が王女なのは内緒でした。こう自然に引き合わせるので任せてください。
今日は凄い一日だった。あと少しでヒノはログアウトしてしまう。今までのプレイヤーとは二度と会わないと思ってきた。いつも私はあの真っ白な空間に置いてかれる。でも今日は違う。『またね』それは私には新鮮なお別れの言葉だった。私は笑顔でヒノを送りだせた。




