重なる世界
「…いへふぁい?」
私はHPポーションの瓶を咥えながらローザ様の言葉を繰り返す。右手には一つの魔石が握られていた。
≪封入≫されているスキルは【再生】だ。効果は身体系状態異常とHPの自動回復。さっきまでリアが使っており今では左腕が治っている。
自分で切った左腕の切り口から光が漏れ始める。これで後数分も待てば元通りのはずだ。
それにしてもリアのために持ってきた魔石を私も使う羽目になるとは…
そんなことを考えてるとローザ様が話の続きを始める。
「そう異世界。今までは国の中では物も人も耐久値が減ることはなかった。それはこの世界の住人も知ってるように女神の結界があったから。でもこれからは違う。女神の結界にも限界値が設定される。結界が壊れれば国の中でもHPは減るし建物も壊れる。」
ローザ様が落ち着いた声で言う。
「そしてこの世界の住民の制限がなくなる。それは住民がプレイヤーに影響を受けるようになるということ。今までは無意識に自分の思考と行動に制限を掛けられていた住民が自分で考え動き出す。」
「むしろ今までは制限されてたの?そこまで違和感がなかったんだけど…」
「始まりの国での制限は一つ大きなのがある。始まりの国になる以前のことをほとんどの住民は口に出すことができなかった。もしできるならそれはナショナルクエスト関係者だけ。」
ソフィアか。
「他にも国外に出ないとかがあるけど一番大きなのは…」
「戦争をしない」
私は今までの情報から考えたことを話す。
「よく分かったわね。褒めてあげるわ。」
「結界の説明の時点で、この仕様変更で住民に何をさせるか言ってるも同然。逆に言えば今まではそれを許していなかったということになる。」
今までもおかしなことはあった。まずこの国だ。確かにこの国は結界のおかげでトップがいなくても回っていた。でもそんなの結果論だ。リアが王女から女神になって始まりの国からいなくなるのなら、普通他の誰かを代わりに立てるだろう。
それだけじゃない。
ソフィアはこの国は周辺国ににらまれた位置にあると言っていた。結界がある時点で滅ぼされることはなかったはずだが乗っ取りは可能だと考えてる。つまり争いを示唆していたのにその対処については考えていなかった。
「この世界は戦争をさせたがっているという事でしょうか?」
「いやどうだろうね。それこそローザ様の言った異世界になるていうのが答えなんじゃない?」
「どういうことですか?」
「小説なんかは異世界に戦争はつきものなんだよ。何も起きなきゃ物語にならないし、つまらないからね。このゲームだってエンターテインメントとして戦争という要素を加えたのかもしれないってこと。」
「なるほど。」
「フフッ。そこら辺の事はワタクシからは何とも言えないから取り敢えずプレイヤーの所属国について説明するわ。」
ローザ様の説明で分かったことは…
・所属国の設定にはその国の中にいればメニューからできる。無所属に戻ると現実時間で一か月間は無所属を変更できなくなる。
・自分の所属する国以外に所属しているプレイヤーからPKされると無所属になる。この時も一か月間変更できなくなる。
・無所属にPKされても所属国の設定は破棄されない。
・所属する国の結界を自分のMPで回復させることができる。
・所属国以外の国内でログアウトする場合その場にアバターが残る。
・所属する国以外の結界の耐久を減らすことができるようになる。
・所属国を選べばその国から特別なクエストを受けることができる。
「ついでに結界について説明するわね。結界は直接攻撃するか所属するプレイヤーと住民を殺すことで耐久値を減らせるわ。一度壊されると張りなおすのに一週間も掛かる。それも張りなおせる住民はその国に一人だけ。戦争についてはめんど…ここまで言えば分かるでしょうから割愛。まぁ無所属なら今までと何ら変わりなくこの世界を楽しめるから。ハァ説明が疲れました。」
嘘つけ。こちとら女神が年中無休で働けんの知ってんぞ。ローザ様はリアと対極を行く性格のようだ。
「んーこれは本格的に戦争させる気かもね。でも始まりの国はどうするの?速攻侵略されちゃいそうだけど。」
「本来ナショナルクエストで女神であるリーア様がこの国のトップになることで、始まりの国だけは結界が壊れないようにする予定だったんだけど。いなくなっちゃったからねぇ。」
「ふーん。」
それはリアのあったかもしれない未来の話だった。それも私と出会わなかったらの話。
それを聞いても私は何の感情も湧かなかった。今更なことなのだ。リアとの出会い方次第で現状は変わっていた。始まり方が違えば終わり方が違うなんて当たり前だ。私たちが選んだのはこの終わり方だったというだけ、他の終わり方なんて考えるだけ時間の無駄だ。
「プレイヤーが最初に来る場所だからねぇ。来ていきなり戦争に巻き込まれることがないように女神が始まりの国の担当になるはずだったんだけど…」
「結局このナショナルクエストはどうなったの?」
何やら言いあぐねているローザ様に先を促≪うなが≫す。
「えーっと。お城あげましたよね?」
今までやる気ない態度だったのが一変。ローザ様が丁寧語で話し出した。嫌な予感がしたが、ルティアス城を貰ったことは事実なので頷く。
「じゃあ。城主っという事で始まりの国の女王様やりませんか?」
「「…」」
「女帝でもいいですよ?というよりもう城あげちゃってるので。返品不可なので。」
押し売り詐欺だ、これー!クーリングオフは?クーリングオフ様はいずこに?
「女王って二人とも?」
「女王というのは言葉の綾ね。この国に所属して欲しいってこと。別に国を運営してくれという訳じゃないから安心して。本来異世界人は始まりの国だけは所属国に選べないからあなた達だけよ。プレミアムよ。お得でしょ?ただ何しても無所属に戻れないってだけ。結界も女神仕様なので壊されないから放置安定で。」
「それって私たちが始まりの国に所属する必要ある?」
「あるから頼んでるんですぅ。一週間後にこの世界の全ての国の代表者が集う会談があってね。始まりの国の代表として出てほしいの。」
「…元々この国は女神担当の区域なんでしょ?ローザ様が王女やればいいじゃん。」
「いや。対外的には今もこの国はリーアのもの。それを私がやるのは色々まずいわ。」
「面倒じゃなくて?」
「…そんなことあるわけないじゃないですか。フフ。」
この女笑ってやがる。まぁ最初の理由も嘘ではないだろうし、今後の事を考えても案外いい立場になるかも…
「分かった。出ればいいんでしょ。」
「ありがとうございます。今回はナショナルクエストクリアした人として出てもらいますのであしからず。」
「えーそれ言っちゃうの?」
「じゃあハリボテ女王様になります?」
適当だなぁ。まぁ別に二人共所属する必要はないようだしリアがどうするかだな。
「女王は嫌。かといってナショナルクエストクリアした人として目立つのも嫌。」
「しょうがないですね。ちょっと他の女神にも相談してきますから少しの間ここで待っていてください。」
そう言い終わるや忽然とローゼ様の姿が消えてしまう。別にそこまでしなくても私が今後この世界で窮屈にならなければそれでいいんだけどな。匿名で会談に出るとか色々対策はあるだろうに。
「リアはどうする?王女から進化して女王になる?」
「…」
振り向くと少しうつむいたリアがいる。気軽に聞いたつもりが色々思い出したのだろう。
『リアの道はリアが決める』いつか言ったあの言葉に嘘はない。まぁいくらリアが希望を言っても私が無理やり連れて行くから結果は変わらないが。それでもリアの気持ちぐらい知っておきたい。
「ヒノは私を手に入れてどうする気ですか?」
さっきの私の目標の事だろう。手に入れてどうするかって?そんなこと決まっている。
「そりゃもちろん毎朝モーニングコールで私を起こしてもら…」
「ヒノ!」
リアの顔が膨れている。
こ、これはやるしかないのか。逡巡なく私はリアの頬を人差し指で突いた。
ふすぅー
「もー真面目に答えてください!」
「あぁリアいじりは楽しいなぁ。」
冗談はそこまでにして。
私は両腕を後ろで組みながら一歩後ろに下がる。
「リアはさ。現実の私見てみたくない?」
「ッん!?」
ビクッとはねたかと思うと目を逸らした。わかりやすいなぁ。
「リアが私のものになれば、私の見ているのと同じものをリアにも見せてあげられる。最近はAR電話みたいなものもあるからね。片方がスマホを介してARで、もう片方がアーバティオンを介してVRで本当にその場にいるかのように対話できるんだって。それを使えばホログラムのリアと並んで登校とか旅行なんかもできるかもしれない。」
私の話にリアは目を見開いて驚いていた。
「リアは私に現実の事よく聞くでしょ。私もこの一年間現実にいる幼馴染共にこの世界の色々な話聞かされてきたんだよね。だから今のリアみたいに別の世界に期待や憧ればかり積もってた。」
「…実際この世界に来てどうでした?」
リアはどこか不安そうな顔を向ける。
「色々あったよね。この世界に来てすぐに空を飛ぶという夢が叶った。」
「えっ!?夢だったんですか?」
「当たり前じゃん。一度は空を飛んでみたいと思うのは子供の頃の通過儀礼だよ。だから私もスキルを選ぶ時どうにか飛べないか考えたんだから。」
「そんなこと考えて選んでたんですか!」
―たった二週間前の話なのにすごい遠い日に思える
「リアもまだまだ私という人間が分かってないね。スキル確認の次は始まりの国のメインストリートを歩いた。」
「初めて食べ歩きというものをしました。食べながら他の屋台を見るのはなんだか得した気分になりました。」
「なんじゃそりゃ。あとはクマ狩りや対人戦もやったなぁ。戦術考えるのは面白いし実戦で上手くいけば気持ちよかった。」
「冒険者ギルドの受付の人。私たちが最初に依頼出す時に何とも言えない顔してましたね。」
「それも私たちが勝ち続けるとどんどん顔色が悪くなるんだから、噴き出すの我慢するのが大変だった。」
―頭をよぎるのはこんな些細な事から楽しかった事、そしてつらかった事
「血まみれのリアを見るのはもう嫌だな。」
「一番最初に血まみれにしたのはヒノですけどね。初日に血の雨とか言ってたの忘れましたか?」
―それでもどんな思い出も色鮮やかなのはリアが隣にいたからであって
「でもそうですね。オオカミはもうこりごりです。」
「いーや。当分は屋台で狼肉食べるから私!」
―だからそれはこの世界に限った話ではなく
「リュースやソフィアにも再会できました。」
「どっちにもすっごいお世話になったなぁ。主に武器とリアの左腕関連で。」
―私の望んだ未来では
「…あとはヒノに会えました。」
「そこは違うね。私はリアに会えた。」
―こんな会話が現実でもできるはずだから
「……ッ…」
リアが引きつった顔になる。そのまま顔を隠すよう腕で覆ってうずくまってしまった。
「フフッ、今日のリアは余裕がなくていじめ買いがあるわね。」
私の煽りにも首を振って返すだけだ。私は膝立ちになってそんなリアとの距離を詰める。
「まぁこの世界は私の期待に応えてくれたよ。うんうん。期待以上だった。私の想像をいつも上回ってくれた。だから今度はリアの番。」
私はこの世界に来る時のことを思い出していた。
それは雑誌にあった言葉。私をこの世界に導いた一言。
「『この世界はときに現実より夢あるリアルと化す』
この世界のうたい文句らしいけど、こうも解釈できない?
『現実にも仮想より夢ある瞬間がある』
この言葉がリアにとって現実世界のうたい文句になればいいな。」
そして願わくば私のように未知の世界に心躍る気分になればいいなと…
「…ヒノの気持ちは嬉しいですけド、私には過ぎた願いですヨ」
震えた声だった。相も変わらずリアの目には自分自身が映ってない。言葉でいうのは簡単だが正直リアの気持ちを私は理解できない。リアのそれは私の考え方とは正反対のものだから。
「勘違いしないでよ。ローザ様に言ったようにこれは私の望み。私がリアに現実世界も見てほしいの。」
リアが伏せていた顔を上げる。その目には大粒の涙が溜まっていた。リアが感情を扱いきれていない姿は初めて見た。
パシっとリアの顔を両手で押さえる。
「私さ、休日は色んなとこ出掛けてるけど。基本一人旅なんだ。それも楽しいんだけど最近は二人でいることが多かったからちょっと寂しいんだよね。」
初めて会った時に感じたリアだけが持つ輝きは依然としてそこにあった。
リアなら現実世界にも付いて来てくれる。
そう思ったからあの時と同じ様に誘うことにした。
「どう、私と一緒にあっちの世界も謳歌してみない?」
リアは泣き顔だったが、口だけは何とか笑おうとしていた。普段の綺麗な顔がひどいものになっていたが、私にはただただ美しく感じた。




