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VRMMO内最高位NPCは血を流さない  作者: 東ノ瀬 秋
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最終決戦!暴食のマーナガルム戦5




余裕のあった状況が一瞬にしてひっくり返った。受け入れがたい状況、それでも肘から下が動かない左手が私の意識を現実に引き戻す。


焦る気持ちを押さえて両足に血を纏わせる。周囲に血の球体を生み出しつつ片足で真上にジャンプした。自分の体が浮遊感を得るたびに足裏の血を硬化させ足場にする。そのまま上空に逃げると大狼から少し距離を置いた所にリアがいるのを確認する。


「リアは一体ずつ倒して!他四体は私が抑える!」


「はいっ!」


リアは手に持っていた槍を初期武器の細剣に取り換え一番近い大狼へ突っ込んでいく。その後ろ姿は先日私をかばったものと重なる。行くなと言いたかった。すぐに【帰還】を使えと。体の内から寒気が蝕んでくる。いつも通りにいかない。それでも頭だけは無理やり回転させる。


リアの動きに合わせて四匹のうち一匹が上空の私に向かって跳んでくる。投擲で迎撃するには時間が足りない。そう判断した時には血から直剣を取り出していた。取っ手を硬化して空中に固定。跳んでくる大狼と私の中間地点に直剣が飛んでいき向かい討つ。上空から叩き落とすように振られた直剣には今まで見たことのない赤い光を纏っていた。


『スラント』


跳びかかってきた大狼に真っ赤な三日月を描いた直剣がぶつかる。空中でくらった攻撃に大狼は体勢を崩して落ちていく。分身を消すには威力が全く足りてない。


【片手剣】の初期武技である『スラント』。スキル【武器庫】は様々な武器の初期武技が使える。それは私の血で武器を持った際も同じだ。取っ手に硬化した血を巻きつければ空中で初期武技が使える。基本は投擲のATK値を上げるために【武器庫】を取ったのだが、こういう使い方もできる。複数の武器を投擲した方が圧倒的にダメージ量は多いので普段は使わないが、こっちは細かい動きに対応できる。



もうストレージには血が残っていない。今操っているので全てだ。これが無くなったら私は何もできなくなってしまう。その前に決着をつける。


血の球体からこぶしだいのものを三つ生み出し、それぞれに直剣を持たせる。そして動き出そうとしていた大狼達に『スラント』を叩きつけて牽制した。


五匹の大狼が別々の動きを始めている。

一匹はリアが相手取っている。他四匹は今の牽制でちゃんとタゲを取れていたらしく上空にいる私の方に顔受けていた。


四匹の内隣り合っていた二匹に投擲で武器を飛ばす。空中からは水晶に射線を邪魔されない。しかし距離があったので簡単に避けられてしまった。

その間に他の二匹が飛びかかってくる。それぞれに直剣を向かわせ『スラント』で私との距離を詰めさせない。


頭はちゃんと回っている。対処の目途も立った。それなのに一度早まった動悸どうきは戻らない。手元を見ると僅かに震えていた。それを振り払うように上空の血から武器を投擲する。ばら撒くように放ったせいで当たる数は少ない。それでも私の攻撃を脅威に思ってくれたのか大狼達がこちらの様子をうかがうように動きを止めていた。


分身の数を減らす。でないとこの戦いが終わらない。でも前にやったような物量で押す作戦はもう取れない。私がやることはこのまま跳びかかってきた大狼をカウンターで落とすことだ。そしてリアが各個撃破する時間を稼ぐ。

ここからはSTM(スタミナ)管理が大事になってくる。飛んでいるだけなら足場を硬化しているだけなのでほとんど消費しないが、武技の方は少なくない量持っていかれる。いくら血の操作がMP消費と言っても乱発すればSTMの方が先に切れる。


G r r u u u U U W W W a a a a A A A A A A A A A A A A A A A


向こうにいるリアの相手にしていたであろう黒の大狼の声が響く。そっちを向くとリアのいるだろう位置に【スキルスロット】のウィンドウが数枚光っていた。まだだ。四本目入った直後の分身を倒すのにリアは私の手助けありで半分はんふんは掛かっていた。今は水晶が生えて恐らくVIT値も上がっている。時間はまだ掛かるだろう。

気を抜かずに自分の敵を見ていると四匹の纏う銀が強烈に輝きだした。そして私が警戒する前に大狼の周囲から1mはある黒い水晶が生み出される。数にして十数個。四匹まとめて数十個。


「ちょっと待って!さっきから驚かせにきすぎ!」


びっくり箱の中にびっくり箱が入ってたって需要ないから!そんなマトリョーシカはロシアに捨ててこい!


いきなり私の打開策が崩壊したことにパニックになりつつも、四本の直剣をしまい代わりに四つの大楯を取り出す。

二匹が周りの水晶をこちらへ向かわせた。数瞬遅れて残りの二匹の水晶も動き出す。


攻撃をずらしてきた。こいつら連携してるのか?


私は飛んできた水晶に当てるつもりで初期武器を投擲する。流石に動いてる水晶にはほとんど当たらないが、後ろで立ち止まっていた大狼には少なくない量当たったようだ。

その様子を視界に入れつつ私は意識を迫ってきた水晶に向けていた。そして最も射線密度の少ない方向に見つけると、そのままそこへ向かって飛び出す。

しかし焦る心で思ったように体が動かず、つまずいたように体を投げた。

それでも私と射線の交差点に先ほど取り出した大楯を構える。


『シールドバッシュ』


赤に光る四つの大楯はそれぞれ複数の水晶を叩き壊し、その軌道を逸らした。私は空中で前転するように体を一回転させ足の血で体勢を立て直す。ただその分高度を下げてしまった。

すぐに高度を取ろうと血の板を蹴る。追撃が来ると思っていたが、大狼達は皆頭を低くしていた。


背筋が凍った。

直感というのは経験から来る無意識の警告だ。すでに私はあれを経験している。

大狼の口から光が漏れる。


ブレス?いや今までのブレスは空中には届かなかった。まて!まだ地上に一人いる!


「リア気を付けて!」


そこまで言った途端。大狼達から銀の光線が地面と水平に放たれ、それを追うように結晶の暴風が地上を薙ぐ。やはり空中には届かない。

視界にあるリアのHPを見るが少し削れているだけだ。というより四方向からのブレス全てが私の真下でぶつかった。


リア狙いじゃない?どう考えても私を狙ってる…


真下の銀光の坩堝に追いついた黒結晶の生成が四つ重なり合う。

その瞬間結晶が爆発的に盛り上がった。それは私を取り込もうと直径20mはある大きな口を開いて襲い掛かる。


「まずっ!?」


反射で四つの大楯を真下に配置する。再度行使した初期武技で赤く光る壁はいとも簡単に飲み込まれた。それでも私が避けるには十分の時間を稼いだ。数秒遅れて洞窟の天井に結晶ブレスがぶつかる爆音が鳴り響く。洞窟そのものを揺らすかのような衝撃に思わず上を見ると、一直線に伸びた黒銀の柱を中心に天井から大輪の花を咲かせていた。


その迫力ある光景にくぎ付けになってしまい、大狼二匹が近づいてくるのに遅まきながら気づいた。

血は退避させてあるが迎撃はおろか回避も不可能。ヤバッ!


その考えを断ち切るように――再び星が流れる。

引かれた一線は二匹の大狼を貫通していた。


「リア!」


喜色を含んだ声でそちらを振り返ると大狼二匹が狭い道を縦に並んでリアに向かっているのが見えた。黒水晶で逃げ場のないリアは持ってる槍を投擲する構えを取る。

レールガンを打つには相応の準備がいる。二十秒という戦闘ではあまりにも長い時間その場を動けないのは致命的だ。このままじゃ間に合わない。それはリア本人も分かっているはずなのに投擲の構えを解く様子はない。


「もう!」


私は大狼の進行に割り込もうと踏み出すが、何をしてももう遅い。

前を行く大狼の口がリアを飲み込む寸前。まだ未完成の状態でリアの右手が前に突き出された。収束しきってないもののリアが起こした翡翠色の爆発はギリギリ後方の大狼を巻き込んだ。貫通力も威力も劣っていたが二匹を倒すには十分な威力だった。

一方でリアがボロ雑巾のように吹き飛ばされる。そのまま乱立する黒の水晶の一つに体を叩きつけられた。


「……いや…まって!やめて!」


怯えが私を支配する。全身の肌が裏返ったかのようだ。

動かない体を引きずるようにリアの元へ辿り着く。HPポーションを浴びせながら状態を調べた。HPバーが一時は半分を切ったが何とか持ちこたえている。

しかしさっきの大狼の牙がリアにも届いていたらしく、リアの右半身にはその傷跡がまざまざと残っていた。

装備はボロボロ。右手全体と胴、腰でそれが顕著で、私の動かない左手以上に真っ黒になっている。背は叩きつけられた水晶のせいで服には大穴がき肌すらも黒に染めている。派手に動かしたら体が崩れてしまいそうだ。


「……ヒノ…まだ…終わってません。」


かすれ声で私にそんな言葉を投げる。向けられた瞳は私が失敗するなど露ほども疑っていなかった。冷え切っていた体の感覚を取り戻していく。


「…後は頼みました。」


「分かった。」


薄く笑うリアに背を向け7本の塔を見回す。思った通り一番高い尖閣にいた大狼はまた様変わりしている。

頭の先から尻尾の先まで黒い水晶で覆われている。紅玉に輝く瞳が銀のオーラにまでうつったように赤く光っていた。


見えた残りHPはほんの数ドット。一撃入れれば勝ち。ただ全身から突き出た水晶を攻撃してもほとんどダメージが入らないのは分かっている。前の形態では水晶に当たってもVITが高いせいか傷一つ付かなかった。しかも私がいるのは大狼にいる塔の真下で射線が通りづらい。投擲の準備をするか迷っていると赤く輝く黒の大狼の周りに同色の水晶が生み出される。無数にも及ぶ30cm程の水晶が大狼を中心にゆっくりと渦巻く。


あーもう!遠距離対策とか意地悪にも程がある。


私は投擲で倒すイメージを放棄した。ストレージには武器がほとんど残ってない。この暗闇でやみくもに武器を探し回収するのも不可能。大体私の投擲が漂う水晶と体の水晶の二重防御を貫通するとは思えない。


それでも最後の希望を手元に取り出す。


初期武器同様、耐久値の存在しない一本の直剣。

赤の上に黒の二重彫りで描かれた禍々しいさやを放り投げる。鞘の意匠続きなつばからは透明で桜色の光沢を返す美しい剣身けんしんが伸びている。明らかに剣身の輝きが私と初めて出会った時よりも増していた。


私はそれを天高く突き上げる。


「私の血を吸え!トワイライト!」


私の周りにあった最後の血が魔剣に取り込まれていく。徐々に透明だった剣身が文字通り血色に染まる。

私に残されたものは魔剣と足元の血だけだ。これであの大狼に一撃を入れる。こっちは死んでもいい身。勝てなくても相打ちに持ち込めれば…


「それじゃあ保身に走ってるだけ!」


私は『いつも通り』を考える。

ここで私が求めるものはなんだ!

リアの安全か?それとも確実に大狼を倒すことか?

違うでしょ!


この強敵相手に完全勝利する。


ならやることは簡単だ。

ずっと止まらなかった全身の震えが嘘のように無くなる。



「死なずに倒す!」


G r r R R R R a a A A A A A A W W W U U U U A A A A A A A A A A A A



私の声に合わせたかのように真上にいた赤黒い大狼は城壁を駆けるよう飛び降りた。

対をなす様に私も血を足場にして城壁を駆け昇る。


先に無数の黒紅色の水晶による面の攻撃が迫る。

激突する直前、足の血を短いレールにして城壁に沿って配置。足を上に突き出してレール上をスライディングした。面攻撃唯一の穴である足元の隙間に自分の体を押し込んむ。

真上を通り過ぎる水晶群。

直後、自分の数倍の大きさはある狼が私の視界の全てだった。

かわせない。それでも命をやるつもりは微塵もない。


代わりにリアと同じものをくれてやる!


私は動かない左手を前に突きだす。

大狼がそれを口にくわえ首を振りかぶった。


「残念ながらそいつはハズレだ。」


その行動パターンは私の脳裏に焼きついている。リアの左手を奪ったその動きだけは。

大狼の咥えていた私の左手がポリゴンと消えた。投げ飛ばされる寸前に自分で切断した左肩から血が噴き出す。それすら剣の糧にして私は大狼に飛び込む。


がら空きとなった首元は水晶で覆われてはいなかった。


「これで終わりだあああ!!」


右手に握りしめた魔剣を振りかざす。その剣身は強い赤で塗りつぶされる。


「すらぁんとぉぉおおおおおおお!!!」


懐に入った勢いのまま私は魔剣を振り抜いた。


G G u u U U U G Y a a r r R R R R A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A


断末魔。

命というものが無くなる瞬間を感じながら落ちていく暴食のマーナガルムを目の端で追う。

地面に触れる前には体内まで真っ赤な結晶となっていた。そして落ちた衝撃でバラバラに崩れポリゴンと消えた。

ガラスの割れる大音響でようやく自分のしたことへの実感が追いつく。


「……終わった?」


静寂を取り戻したルティアス城中庭。

私の問いに答える様に今まで真っ黒だった結晶が元の青白い輝きを取り戻していく。

中央にある光の柱と天井に咲く花の迫力ある輝きに目を細める。

数秒の間光っていた結晶が一斉にポリゴンの欠片と散らばった。

白い欠片たちが降り注ぐ様はまさに夜桜を思わせる絶景と化す。

次々と様変わりする光景に私は意識を奪われていた。


それはいきなりだった。

足元が無くなる浮遊感と共に視界が反転する。

足元の血の硬化が解けたせいとだけはかろうじて理解した。


「え?…まずい!まずい!落ちるうう!!」


どうやらSTM(スタミナ)が切れたみたいだ。真っ逆さまに落ちていく体。私にはもう何も残っていない。


あーもう!死なずに倒すまでは良かったのに!落下して死んだら元も子もないじゃん!


思わず目を瞑って落下の衝撃と幾度いくども体験している死に戻りの浮遊感が訪れるのを待った。

しかしやってきたのは柔らかい感触。

恐る恐る目を開くと笑った顔のリアがいる。私は片手で横抱きにされているようだ。大狼の呪いも解かれたみたいで体中の黒ずみはなくなっていた。それでも二人して左手がなく、見るからにボロボロだった。


「お疲れ様です。」


リアのねぎらいの声で心の中の様々な感情が溶け出していくのを感じた。


「本当に疲れた…でも。」


「でも?」


そして残った今の気持ちを素直に口に出す。


「あー楽しかった!」


「ヒノってば相変わらずなんですから。」


しばらく二人の笑い合う声だけが静かな中庭に響いていた。




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