最終決戦!暴食のマーナガルム戦4
銀に輝く黒の大狼は塔の尖閣から私に向かって真っすぐ跳び降りる。
それを向かい討つ様に私は両手から血を取り出す。取り出す。取り出す。
濁流のように生み出された血はそのまま押し返すように大狼を覆い拘束する。触れて数秒しないうちに血の耐久は消される。だがそのたった数秒。それが私の欲しかった時間。
「取り敢えずあなたには墜ちてもらおうか。」
私は背後に待機させた血から武器を投げる。ストレージにある残りを一切気にせずに大狼の動きが鈍るまで放っていく。
重力を逆さまにした滝のように真っ赤な血が下から上へ流れていく。
激流となった血の中で金属と金属がぶつかり合う音が聞こえる。
自由を奪われた大狼が私の目の前に落ちた。
「もう動けると思うなよ。」
私まだ血を取り出すのをやめない。見る見るうちに大狼の周囲を覆いつくす。
「時間も手間もかけるつもりはない。ゲームの攻略方法なんて八割嵌め技なんだから。」
私は三つの魔石を左手に持ち魔力を注いだ。手から瑠璃色と翡翠色と水色の光が零れる。
同時に大狼に張り付く血も変化していく。緋色の血に藍白の靄、翡翠の紫電そして空色をした透明な膜が現れた。
「綺麗ですね。」
「偶然の産物だけどね。対暴食のスキル構成なんだから。」
血の変化は些細なものだった。だが効果は目に見えて現れる。
それまでが嘘のように大狼は倒れたまま動かなくなり、すごい勢いで消えていた血もなだらかになっていた。
「効果テキメン!」
「聞いてた通り本当に動かないですね。」
「そりゃ何度もやったもの。HP四本目だけ対応されたら私は怒り狂うわ。」
「まぁそうでしょうけど。それより【血流操作】に最も合わない魔法は水魔法だと思ってましたが、ヒノは私の予想をいつも覆してきますね。」
リアには褒められた?がやったことは単純だ。血に付与魔法をかけただけ。今の私のMP総量を考えると付与魔法でも魔石三つ分が限界だ。そして選んだスキルは次の三つ。【雷魔法:付与】【氷魔法:付与】【水魔法:付与】。
【雷魔法:付与】はスタン確率を上げるため。【氷魔法:付与】は大狼のステータス低下を狙っている。
そして【水魔法:付与】は血の耐久を守るためだ。
魔法付与には付与した魔法自体に耐久値を持つ属性がある。水と地と木だ。この三つは武器をその属性で覆うことで物質として顕現する。簡単に言えば剣を蔓や蔦で覆ったりするという事だ。これは耐久値を持たない他の属性よりATK値は落ちてしまうが武器そのものを保護する役割が持てる。そして魔法で生み出されたものはMPを注げば耐久値は増やせる。
この増やせるが肝なのだ。
今回大狼に触れれば耐久値は消える。ではこの大狼の体に触れるにはどうすればいいのか。まず耐久値がないもの。そもそも耐久がなければ触れても壊されることはない。初期武器がこれに当たる。もう一つは耐久値を生み出すもの。消すより早く生み出せば触れ続けていられる。ただし耐久値を回復し続けるものは無理だ。耐久値の上限が減らされていると言えば分かりやすいだろうか。上限以上は回復しないのだから回復しても無意味だ。こう考えると付与魔法は、この耐久値を生み出すというものに合致している。そして三つの属性の内最も消費魔力が低く燃費のいい【水魔法:付与】を血に使うと血の耐久値を削る速度を大幅に減らせる。
「まぁ他二つは血を完全に覆うことはできないから黒の大狼相手なら水魔法一択なんだけどね。」
「水魔法は防御が優秀ですから。血を守るという見方をすれば道理とも言えます。」
「水魔法万歳!こんな使い方は実際やってみないと分からないから私の地獄の大狼ツアーも馬鹿にできないでしょ。」
「はいはい。それでも効率を追いすぎて周りが見えなくなるのは直した方がいいですよ。」
「もうスキル上げの件は許してよ。」
私はそう言いながら立ち上がりかけていた大狼向かって初期武器を取り出し突き倒す。そのまま地に縫い留めた。ダメ押しで上から大量の血を叩きつける。
「リア。五分で仕留める!リアの新必殺技もお披露目だね。」
「任せてください!」
前足二本、後ろ足二本、胴、首から上の六カ所それぞれの血を一斉に硬化した。大狼の体には紫電が走り靄が付きまとった。完全に大狼の動きが停止した。その瞬間を見計ったかのように…
一筋の流星が走る。
薄暗くなった中庭を照らす翡翠の一線。大狼を貫通し黒い水晶すら破壊してなお止まることのないその光は、城壁とぶつかるまでその速さを緩めることはなかった。洞窟を震撼させるほどの轟音に思わず耳を塞ぎたくなる。その衝動に必死に耐え光の始点を見ると何かを投げ終えた体勢のリアがいた。
「……綺麗。」
リアの投げたのはリュースさんのところで買った槍だ。だがただ投げたわけではない。今のリアが腕輪につけている魔石は【投擲】【雷魔法:付与】【電流操作】の三つだ。詳しくは知らないがレールガンの弾丸を槍に見立てて放ったらしい。今も紫電の砲の名残がリアの前を照らしている。
【電流操作】は使うのに結構なコツがいる。私も使ってみたが一朝一夕で使えるものではないことだけは分かった。このスキルはあくまで電流の流れを操作するだけ。つまり導線を引くだけのスキルだから電気がないと始まらない。電力もこのスキルでは上がらない。人が電気を扱うにはいくつものスキルを併用するのは勿論、ひとつひとつを使うにも慣れと集中と知識が必要だ。
それでもリアは実践で使えるレベルで【電流操作】のスキルを使いこなしている。今回は磁場を計算して作り出し槍を放った。
「こういう計算がらみでリアは本領を発揮するね。他のプレイヤーに今のは無理。」
「そうですね。理論的にレールガンを打つことはできても打つまでに私の数千、数万倍の時間が掛かるでしょうね。その分莫大なMPも消費しますし。これが人間技ではないのは確かですッ!」
話しながらすでに二本目の槍を放った。一本目同様初期武器でなくATKが高く電気を通すもの。二つ目の星が流れ、大狼が槍の耐久値を削る暇なくその体を通過していく。
「リアが自分のチートさ加減を告白してる。」
「私はできることを話しただけですよ。」
「人はそれをTASと呼ぶ。」
「前にも言いましたが私はデータベースにアクセスできないからランダム関数については計算に入れられません。今回なら一番威力の出る槍は分かりますが一番威力の出る投擲のタイミングは分かりません。よってTASとは呼びません。」
「リアさんは律儀だねえ。これ以上をお望みですか…さて私の方も今まで血の消費を最低限に抑えた戦法を取ってきて鬱憤が溜まってるんだよ。それをこれから発散させてもらうから。」
「私もずっと防御主体でしたから全力攻撃というのはしたことがありません。このクロスケに試せるのは面白そうですね。ふふ。」
「…リアが黒い笑顔してる。一体誰があの純粋なリアは変えてしまったんだ。」
あの犬のせいだな。そうに違いない。
私たちが話してる間にも徐々に血は消失している。だがそれを上回る勢いで私はストレージから血を吐き出す。大狼の体を繋ぎとめている血が消える度に血を補給し【硬化】を使う。リアの攻撃で余裕ができたら初期武器で攻撃。そのサイクル。
こうして大狼は血と初期武器による拘束か魔法によるスタンで一歩も動けずにいた。
「これが理不尽に対抗する理不尽。最初にあなたが付きつけた絶望。自分が一方的に攻撃される気持ち味わいなさい。」
この物量戦。はっきり言って賭けの分は半々といったところだ。勝負の分かれ目は私の血が無くなる前に大狼のHPをゼロにできるか否か。要するに時間が勝負。さらに一度逃げられれば、この黒水晶が乱立する中を動き回るのはリアでも厳しい。
だから絶対にこの拘束を外すわけにはいかない。それでいて血を節約しなければ時間が稼げない。私が考えるべきはそのバランス。
血のなくなるまでの五分間。私は何度も計算した。このペースでダメージを与えればちゃんと倒せるか。このペースで血を消費しても時間は足りるのか。何度も何度も確認した。一度だって間に合わないという答えは出なかった。だから少し気を許してしまったのかもしれない。私はこの状況が最後まで続くと信じて疑っていなかったのだから。
突き刺さった初期武器で剣山と化した大狼。散らばった武器を回収する余裕もなく。残った血もあとわずか。それでも私は勝ちを確信する。
「リア!ラスト!」
「はい。これで終わりですッ!」
放たれた流星はHPが数ドットとなった大狼を…貫く。
目の前の暴食のマーナガルムは歪んだようにその体を崩す。既視感が私を襲う。理由を考える前に私は右後方に体を投げた。
銀の風が私の左を駆け抜ける。その衝撃で地面に叩きつけられた。
「ッくハ」
「ヒノ!」
私がため込んだ息を吐き出す音とリアの声が重なった。それでも直撃を避けたおかげかスタンすることなく、すぐに四つん這いで起き上がる。
力の入らない左手が黒ずんでいるのを目の端でとらえながら辺りを見回すと…
黒水晶の生えた銀を纏う大狼が五匹、私たちをにらみつけていた。




