現実世界を夢見る少女
目の前のタブレットには黒のタイトドレスを着た小柄な女の子と銀の大狼の姿があった。
銀に伸びる光の残像が水晶の上を優雅に渡っていく。
突っ込んできた大狼に、女の子は周りにある血を伸ばし前足二本にぶつけた。
そこで【硬化】と魔石のスキル【氷魔法:付与】を使い大狼の足を止めた。
横腹に槍を投擲してダメージを稼ぐ。その間に女の子自身は距離を置こうとするも足止めは数秒で終わってしまう。
吹き飛ばされた分の血をストレージから出し、余っていた血で投擲した武器を回収した。
MPとSTMが切れるまでに大狼をスタンさせ、この二つを回復させるのを繰り返す。
それでも削れたHPが2本目の後半になると、そのパターンを上回る速さで攻撃がくる。
画面の女の子は攻撃と回避をギリギリのところで踏みとどまっていた。
そんな中いきなり大狼の動きが変化する。いったん距離を置いて水晶の陰に姿を隠しながら死角から女の子へ突進してきた。
その時女の子の動きが鈍る。回避が間に合わず、敵に比べあまりにも小さな体が吹っ飛ぶ。
そのおかげで大狼とHPがギリギリで踏みとどまった女の子との間に距離が出来た。再び激突する僅かな時間にに女の子はある魔石を光らせる。次の瞬間女の子の体は光に覆われ、白亜の城の前に転移した。
私は画面の停止の表示に手を掛ける。
この映像は私が録画し、サイトに投稿したものだ。ただし一般公開はしておらず、現在私だけがこの動画を見られる設定だ。
私はこれまでのゲーム内の行動はほぼ全て録画して、メモリが不足したらこうして動画を上げて記録を残している。
今のところ、これらの動画を一般公開する気はない。ただ私の意志に関わらず、運営が独自で撮った別視点の動画が上がってしまう可能性はあるが…確かそれでも写っている人にお金が入り、音声もなくなるらしいな。ナショナルクエストは私が上げなくても、運営が勝手に上げそう。というか流石にこのゲームの見所さん運営が放置するわけがない。
まあ私は大狼に勝ったら色々な腹いせにその動画だけは上げるかもしれない。
大狼戦は私が死ぬとメモリも消えるので、これとリアと一緒に戦った分しかない。
今の私は昼を食べに現実にいるのだが、それを見越して死なないで録画を取ってみた。ゲーム内の私は【帰還】のバッドステータスでやることがない。
こうして三人称視点で大狼戦を見ているが、余り収穫はなかった。
今日はこれまで現実で4時間、向こうで8時間ずっと死に続けていた。
それも大狼のHPバー1本目で殺されることが多かった。
原因は分かっている。集中できていない。
リアの事だ。
大狼が突っ込んでくると、頭の隅で血まみれのリアがちらつく。
その度に体の内から寒気がして、体はおろか思考すら硬直する。
多分大狼を倒した後の事を考えてないせいだ。
リアをこの国から連れ出す。
それは昨夜の悪夢が現実になる可能性を生む。
私の目の前でリアが死ぬ。
CNOというVRMMORPGにおいてプレイヤーに『死んではならない』なんて制約はかなり厳しい。
それがプレイヤースキルカンストしてるリアであってもだ。初見殺しの罠一つで簡単に死ぬ。
それに自分の命を軽く考えてるリアのことだ。絶対にまた無理をするに決まっている。
私は怖いのだ。
リアが死ぬことが怖い。
リアが自分のせいで死ぬことが怖い。
そしてリアが死んだ後このゲームから逃げてこの世界のことを忘れるのが怖い。
成功だろうが失敗だろうが結果が出れば別の興味に移る。いつだってそうやって生きてきた。
リアとの今後を無意識に考えないようにしているのはそのせいだ。
私のミスでリアが傷ついた事実を自分だけで大狼に勝つことで清算しようとしている。なかったことにしようとしている。
リア自身の事を考える。
彼女は特別なAIだ。初めて会った時からそう思っていた。
仮想世界を羨望して、現実世界に夢見ていた。
彼女は普通の人にはないものを持っていた。普通のNPCにはないものを持っていた。
これから先彼女が現実世界にも仮想世界にも自分の居場所を見つけるという確信がある。
確かに私がリアと一緒にいたかったのはこの世界を回る連れが欲しかったからでもあった。けどそれ以上に、私の見つけたリアがいつか光輝く未来をつかみ取るのが楽しみだった。
それを隣で見ていたいと思ったから…私はあの時手を差し伸べたんだ。
でも血まみれで倒れたリアの姿がその気持ちに歯止めをかけている。
今の私はリアと母さんを重ねてしまう。
失くしたくないもの。
たくさんのものを切り捨てて生きてきた私が未だに引きずっているもの。
引きずりたくないから捨てようとしているもの。
リアを連れ出すか否か、それが母さんへの答えそのものになっている。
だから私は迷う。早々に考えを放棄する。
昔逃げた問題がそのツケを支払えと私に迫っていた。
◇
その日の午後一番の戦いはHPバーの一本目に水晶でレールを破壊され、体勢を崩されたところを体当たりで引きずられながら死んだ。
次も一本目で連続攻撃に予想以上に迫られ城壁まで追い込まれた後、飛んできた水晶に縫い留められ死んだ。
その次は二本目で水晶の死角から距離を詰められ、尻尾に叩き潰されて死んだ。
その次は一本目で回避が間に合わず爪で切り刻まれて死んだ。
その次も二本目で口に放り込まれて死んだ。
その次も一本目で前足に踏みつぶされて死んだ。
その次も一本目で死んだ。
その次も死んだ。
その次も死んだ。
死んで、死んで、死に続ける。
それからもボスのHPバーが3本目まで削れることはなかった。




