亡霊
左右の光が私を追随する。私にはそれが何かに追い立てられるように感じた。
相も変わらずこの城の檻は来るもの拒まず、返すもの許さず。
二つ目の扉を超えると、灰色の戻った大狼の姿が見えた。
レベルは一つ上がって53だった。私のレベルは23になっているから、やっぱりこれはリアの言ってた通り、挑戦者のレベル依存確定ね。
さて今回は大狼の動きを調べていこうか。この前は後ろから見ていただけだし、リアは攻撃をパリィで何とか耐えていた。
私は回避一択で色々工夫しないとすぐに捕まるだろう。そしてミスひとつでゲームオーバーな戦闘を何時間も続ける必要がある。タイムリミットは私がログイン制限を受ける4時間。よってじりじり削るのもなしだ。昨日の経験からそれが不可能なのは明らかだ。
とりあえずパターンをつかむことから。前回のHPバー2本目の後半は良かった。リアが受けて私が先を読んで攻撃、これの繰り返しが安定していた。
まあリアのノーミスのおかげではあるが。あれを私もしなければならないのかあ。やっぱり回数こなして行くしかないな。
私が城の中庭に入ると、大狼が突っ込んでくる。私は着地点に槍を置く。
そして血のレールで右に逃げる。罠にかかった大狼がいきなりスタンし、幸先よく攻撃を加えていく。私の右手には魔石が握られていた。
【氷魔法:付与】の魔石に魔力を流し、武器に魔法を付与していく。リアよりINTが高いので前回リアが使ってるよりダメージ量は大きいはずだ。まあ視覚情報ではミリほどしか削れてないので実感がわかないが。そのまま私は大狼と距離を取る。
首元に刺さる攻撃を受けると三回に一回はスタンするようだ。まあ普通はそんなところ攻撃できないので私と大狼の相性は良い方なのだろう。
ただ今のフィールドに水晶がない。大狼の一回目の攻撃はともかく連続で攻撃されたとき、頭が何度もかすりそうになるほど近づかれてしまう。私は大狼と自分の間に何度も武器を入れて攻撃をそらしつつ、首元を狙う。そして私が躱しきれなくなる前に、大狼がスタンで動けなくなる。
これはスタンの発生というかなり運の要素が大きいが、繰り返しの作業にできている。こういう作業の方がミスが減るので1本目は予定通りこれで行こう。あとは回避の仕方を体に覚えさせる。水晶攻撃は大狼の周りを待機中にハンマーで潰す。血の消費は考えない。ただ一つ気がかりだったのは私の攻撃で大狼が出血のバッドステータスにならないことだ。突き刺さった剣から血のエフェクトが出ない。それが攻撃が効いてない様に錯覚して私を不安にさせた。
◇
一時間近くかけて一本目をクリアする。綱渡りすぎるが突破できることが分かっただけで儲けものだ。ただ絶望的に遅すぎる。
灰色の全身が銀に輝く。出てくるであろう水晶を潰すためにハンマーを出す準備をする。
周りに三つの光る円。やはり行動パターンは変わらないか。私は上空の血を回収し、白亜の城内部にレールを張り巡らせる。ここからは物量戦。私は大狼の近くのレールを動かし数本の剣を投擲する。大狼は水晶を飛ばしてくるが、別のレールに乗り換えることで回避する。
その水晶で血が吹っ飛ばされるが気にしない。消された分だけ血をストレージから取り出す。大狼が血のレールを跨いでこちらへ来ようとするが、跨ぐ直前でランスを固定し魔法を付加。そこに突っ込む大狼がのけ反る。そこに再び剣を投擲する。
スタンが終わると同時に地面と城壁が光り出す。慌てて大狼に近づく。大狼は私に向かって残っていた水晶を飛ばす。私は目の前に血と盾を取り出す。そこに水晶がぶつかり大音量の金属と水晶が砕ける音が重なる。私は前から突っ込んでくる大狼を躱そうと体を低くし右に滑走する。
しかし体長三m越えは伊達でなく、私の左手を大狼の爪が切り裂く。
そのせいで体勢を崩し私の体は地面を転がる。そこに追撃で下から水晶で突き上げられ、私のHPは消え去った。
気が付いたら教会の前にいた。
このゲーム初めての死に戻りだが、体が重い。メニューを開くとステータスが半分になって、行動制限というステータス異常になっていた。行動制限は言葉の通り体を動かす際に負荷を与えるものである。これらのデスペナルティは30分ほど続くらしい。
重い体にため息をこぼしながら、見回すとそこには真白いポンチョを被ったリアがいた。
「ヒノ…」
「ごめん死んじゃった。とりあえず西の平原で血の補充してくる。あそこなら今の私でも大丈夫なはずだし。リアはできればお金集めてくれる?あと【調合】スキルの魔石はあったはずだからMPポーション作ってくれるとありがたいかな。でも戦ってお金集めるのは禁止ね。」
まくし立てるように言う。今のリアは私だけ戦ってるのは嫌だろうし何かしら貢献したいと思ってくれてるだろう。
「分かりました。武器もこちらで一通り買っておきます。」
「ありがとう、リア。じゃあ行ってくるね。」
「行ってらっしゃい、ヒノ…」
見送るリアに終始目線を合わせる事はなかった。
次の大狼戦は一本目の途中で欲張って攻撃し続け、逆に反撃を受けて死んだ。
その次も一本目で血の制御を誤ってこけてしまい、大狼の口の中で死んだ。
その次も一本目で大狼の攻撃がかすって体制を崩されて、前足で踏みつぶされ死んだ。
その次は二本目で水晶に囲まれ動けなくなったところを後ろ脚で蹴り飛ばされ死んだ。
その後も死に続けたが、一度も3本目のHPバーには届かなかった。
こういうものは何か目に見える成果がないと本当にやってられない。さすがに武器や消耗品をあれだけポンポン使っておきながら、得られたのが情報だけだからなあ。
それも一度もHPバーが3本目に割り込まなかったのだ、いくら情報が大切なのを知っていてもこの結果は少々堪える。
明日からゴールデンウイークで四連休だ。そろそろ何か糸口を見つけたいなあ。
◇
低いうなり声が聞こえる。自分の攻撃が二人に当たらないことへの、もしくは二人に自分がここまで攻撃され続けたことへの怨嗟の声。
他の色を飲み込みながら光を放つ黒銀の毛。それを纏うその巨体に、怒りで真っ赤に燃える二つの瞳。
開いた口からは蒼銀の輝き。それは私のすぐ隣を過ぎていく。
それを追うように一足で近づく大狼が見え、必死に体を動かす。
動け。もっと速く動かせ。じゃないと…
目の前に白いスカートをはためかせながら女の子が飛び出してくる。
いや、やめて!なぜかばう。私は死んでも大丈夫だったのに。
あなたは死んだらそれで終わりじゃない!
剣を噛み砕いた黒銀が女の子の胴体に噛みつく。そのまま地面に叩きつけると、私のところまで血だまりが広がる。
受け入れがたい光景に寒気がし、私の体が強張る。
未だに私の中に燻る感情が蒸し返す。
私の目には倒れた女の子が母さんの姿と重なっていた。
「いや!」
私はベッドの上で体を起こす。
ハァハァ。
過呼吸気味の息を整える。
少しの間呆然としながら、頭を働かせていく。
私のミスで有り得たかもしれない未来に恐怖した。
私と一緒いることでいつか夢と同じことになるのではないのか。
リアの言った『私の楽しめなくなる理由』を的確についてきた今夜の悪夢。
それが私を追い込んでくる。
それを見て見ぬふりしかできない私はゆっくりとベッドを降りた。




