美奈子ちゃんの憂鬱 指輪と呪いとカッコ書き
●桜井美奈子の日記より
昼休み。
水瀬君が考え込んでいた。
「どうしたの?」
「うん。これ拾ったんだけど」
水瀬君が手にしているのは、銀色の輪―――指輪だ。
宝石も何もないけど、精緻な彫刻が施されていて、かなりキレイ。
「結構高いんじゃない?」
宝石とか貴金属には疎い私の目にも、それが「高い」ことはわかる。
ところが、
「使い道がないし……捨てちゃおうかなって」
水瀬君は、そう言うのだ。
信じられない。
「もったいないじゃない。何?シルバーでしょ?これ」
「ううん?銀なら僕が持てない。これプラチナだよ?」
「もっと高いじゃない」
触っていい?
水瀬君に許しを得て、私も手にしてみた。
触った途端、何かピリッとしたショックが走ったけど?
「水瀬君、これって?」
「うん。何か呪いがかけられているのは確か」
私は即座に水瀬君に叩き返した。
どこの世界に呪われた指輪を女の子に渡すバカがいるの!?
「やっぱり、捨てた方がいいかな」
「鋳潰したら?呪いも消えるんじゃない?」
「プラチナは融点高いから鋳潰すの難しいんだよねぇ……しょうがないか」
水瀬君は机の中に、指輪をしまいながら呟いた。
「おばあちゃんにでも売りつけようかな」
「人に売ったらダメ!どこか、迷惑にならないところにでも埋めちゃないさい!」
「……せっかくお金になるのに?」
「そういうもんじゃないっ!」
……水瀬君、最近、セコい。
私が瀬戸さんに話しかけられたのは、4時限目の体育が終わった時、更衣室でのことだ。
「お願いがあります」
開口一番、瀬戸さんはそう言った。
「5時限目は幸い自習です。水瀬君を教室の外へ連れ出してください」
意味がわからない。
「私に授業をサボれと?」
「そうです」
ちょっと待って欲しい。
5時限目の佐藤先生は出欠席の管理にはうるさいんだ。
自習とはいえ、サボったことが知れたら。
「水瀬君はすでに協力を取り付けています」
「ど、どうやって?」
「言うこと聞いてくれなきゃ怒ると言ったら二つ返事です」
「……」
「桜井さんも、お願いします」
「……あ、あのね?」
水瀬君は暴力で、
私は何で動かすつもり?
断って置くけど、私は報道を志す者。
当然、暴力やお金に屈するつもりはない!
「先のコミックマーケット78、BL系壁際サークルの新刊を全部」
やっぱり、友達の頼みだもんね。任せて瀬戸さん!
「言ってくれると思いました」
私達は、ダイヤより固い握手を交わした。
五時限目が始まる直前、水瀬君と私は教室を抜け出して図書館の奥、資料室にいた。
閉架図書の棚が並ぶ奥のさらに奥。
こんな所に部屋があること自体、ほとんどの生徒は知らないだろうって場所だ。
机1つと棚、それとパイプ椅子、体育倉庫から盗んできたのは明白なマット。
後は冷蔵庫と、その上に雑然とお茶の道具が並んでいるだけ。
本当に殺風景な部屋だ。
「よくわかんないんだよね」
そんの部屋でお茶を入れてくれながら、水瀬君は首を傾げた。
「普段なら、授業サボると怒るクセに」
「そう……だよね」
瀬戸さんは仕事でもマジメで売っている清純系だ。
どんなに忙しくても、時間さえあれば授業はちゃんと受けるし、居眠りしてるところなんて見たことがない。
そのマジメな瀬戸さんが、私達にサボれときた。
何故?
「桜井さんでも、おかしいと思う?」
「当然」
私はお茶を受け取りながら頷いた。
「よりにもよって、その相方は私よ?私と一緒にサボったなんて知ったら瀬戸さん、斧かチェーンソーでも持って水瀬君を探し回るでしょ?」
「……考えただけでゾッとする」
水瀬君はお茶に口を付けながら言った。
「このお茶が末期の水に思えるくらい」
「でしょ?切り刻まれて富士の樹海か、コンクリ詰めにされて葉月湾か」
「……僕の死体をどう処理するかは考えなくていいよ」
水瀬君は小声で言った。
「大体、その程度で済めば……どれほど……」
「心当たりはないの?たとえば、5時限目に教室にいてもらっちゃ困る理由とか」
「……うーん」
水瀬君はまたも首を傾げた。
「理由なんて、思い浮かばないけどなぁ……」
ああでもない。こうでもない。可能性を探した挙げ句、
この部屋におびき寄せて私達を爆死させるつもりかもしれない。
爆発物が仕掛けられている可能性は?
ううん。毒ガスかも。
細菌兵器の可能性は?
そんな話になって、二人でおっかなびっくり部屋の中をあちこち調べ始めた頃だ。
ピーピーピー
携帯の呼び出し音に二人して飛び上がって驚いた。
し、心臓、止まるかと思った。
「ご、ごめんね?」
水瀬君が慌ててポケットから携帯を取り出す。
「……あれ?」
「どうしたの?」
「おばあちゃんからメールだ」
「?」
「……へぇ?おばあちゃん。メールなんて使えたんだ……あ」
「何かあったの?」
「あの指輪の呪いの意味、わかった」
「へっ?」
「……うわ。どこの誰だろ。こんな意地の悪い呪い作ったの」
「何?そんなにイヤな呪いなの?」
「うん。女の子限定で」
「女の子、限定?」
「うん……男ならどうでもいいような、でも、女の子なら100%を敵に回せそうな呪い」
「……指輪?」
あれ?
そういえば、綾乃ちゃん。
お昼に何していたっけ?
ご飯食べ終わって、水瀬君が机で指輪を見ていた時……。
そう。
教室にいた。
つまり―――
「水瀬君っ!」
私は怒鳴った。
「と、とんでもないことになったかも!!」
キーン
コーン
カーン
コーン
5時限目の終了を告げるチャイムが鳴ったのは、まさにその時。
私達は、大慌てで教室に走り出した。
5時限目で終わりの今日。
クラスのみんなが荷物をまとめて教室から出ていこうとしていた。
「綾乃ちゃん!?」
「瀬戸さん!?」
……クラスに飛び込んだ時には遅かった。
自分の机に座ったまま、うっとりとした目で瀬戸さんが見つめるのは―――
「あ……あああっ!」
水瀬君は卒倒寸前。
「つ……つけ……ちゃった?」
私達に気づいた瀬戸さんが、ニコリと愛らしい顔を微笑ませた。
「悠理君―――いただいちゃいました」
本当に細くてしなやかな指にはまっていたのは―――あの指輪だ。
「本当は、悠理君にはめてほしかったのですけど……」
「……あ」
「指輪は本来の意味で私がいただきます。桜井さん?恨みっこなしですよ?」
「べ……別な意味で恨まれそうなんだけど」
「私は……恨みはしないわ……その、気の毒がるけど」
「?」
全て、何が悪いかといえば―――
学校に指輪を持ってきた水瀬君が悪い。
そういうことになる。
だけど、確かめもせずにそれを自分のモノにした瀬戸さんが悪くないワケじゃない。
瀬戸さんがまず考えたのは、自分に水瀬君がプロポーズしてくれるという(瀬戸さん限定で)人生の幸せ絶頂イベント。
でも、水瀬君が指輪を私に平気で渡したことでそれは打ち消された。
次に考えたのは、水瀬君が私にプロポーズする。
それはそれで私も困る。
私にだって心の準備というか、結婚までは清いおつきあいでいたいし、何より卒業まで結婚は約束だけで十分幸せだし、その……って、私、何言ってるんだろう。
水瀬君と私を殺すために、ロッカーに隠していた軽機関銃をとりにロッカーに向かったところで、瀬戸さんは「それも違うのでは?」と思いついた(た……助かった)。
最後に思いついたのは、「別なオンナにプロポーズするつもりでは?」ということ。
瀬戸さんは断固、これを阻止しようとした。
軽機関銃では火力が弱い。
もっと強力な火器がいる。
瀬戸さんは自らの武装の弱さを嘆き、現有戦力で最も有効な戦果を挙げる方法を考えた。
とにかく、プロポーズを阻止する。
どうする?
プロポーズのアイテムを奪う。
これだ。
本来なら、プロポーズされるのは(自称)婚約者の自分だ。
だから、この指輪の本当の所有権も自分にある。
所有権が自分にあるなら、奪おうが何しようが私の勝手。
それが瀬戸さんの論法であり、行動原理だったんだけど―――
「ど、どうしたんですか?」
私達は、瀬戸さんをさっきの部屋へ連れ込んだ。
「ゆ、悠理君?あの……ベッドがそんなマットというのはちょっと……それに、オジャマ虫も」
……言ってくれるわ。相変わらず。
「綾乃ちゃん」
水瀬君は、どこからか一升瓶を取り出し、コップに並々とお酒を注いだ。
「気付け薬の代わり。まずはぐいっと」
「そ……そうですか?あの……初めてはやっぱり痛いということですね?それで、コレにみせつけてやると?わ、私、露出の趣味は……でも、いい気味ですから、恥ずかしいですけど、協力します」
こ……殺してやろうか。このド貧乳アイドル。
「問題は、その指輪……なんだけど」
「あっ」
瀬戸さんははにかみながら指輪をさすった。
「宝石が就いていないことなんて、私は気にしません。大切なのは心です」
「……」
逆に水瀬君が一升瓶をラッパ飲みした(こらっ!)。
「瀬戸さん……その指輪なんだけどね?」
「わ、私のものですっ!」
「欲しければあげる……そう言いたいけど、その指輪はね?」
水瀬君、覚悟を決めたらしい。
「―――実は、呪いがかかっているんだよ」
「呪い?」
「そう」
「ああ!」
瀬戸さん、ポンッと手を叩いた。
「幸せになれるっていう!?」
「……一部が、体の一部がね?」
瀬戸さんを無視する形で、水瀬君が言った。
「成長するのを阻害する呪いがかかっているの」
「―――えっ?」
「とりあえず―――かけつけ一杯」
……あ、ああっ!
瀬戸さん、そんな一気飲みしなくても!
「……な、何が、どう……そ、阻害されるんですか?」
水瀬君が、心底辛そうな顔をして自分の体の一部を叩いた。
……大変だった。
うそです!
そんなのあんまりです!
どうして私が!?
わんわん泣いて泣きまくる瀬戸さんをなだめすかしてやっと家に帰ったらもう10時過ぎ。
瀬戸さん、すごい泣き声なんだもん。まだ耳がキーンってする。
気分転換にお風呂。
服を脱いで、鏡に映った自分の体を少しだけ眺めてしまう。
……そうか。
私は少し自信がある。
対して瀬戸さんが全く自信がないどころじゃない部分に視線がいく。
女の子にとってそれはショックだろうなぁ……。
本当に気の毒だと思う。
きっかけは自業自得だけど、これはあんまりと言えばあんまりだ。
……
まぁ。私から言わせてもらえば、今のまま一生いてもいいんじゃない?
どうせそれ以上悪化はしないんだろうから、瀬戸さんの場合。
それが、本当に正直なところだ。
水瀬君は、そんなモノを拾った責任をとる形で、呪いの解除方法を見つける約束をしていたし。
……失敗したら責任とって婚姻届にハンコを押すっていう約束もさせられた以上、水瀬君には意地でも解除に成功して欲しい。
「美奈子ぉ」
廊下からお母さんの声がする。
「明日、早いんでしょぉ?」
「うん。6時には起こして。電車あるから」
「一人で取材旅行なんて大丈夫?あの水瀬君って男の子でも」
「水瀬君は忙しいの」
「泊まりだったらお父さんは反対するけど、お母さんはあんたの味方よ?……どうなの?本当のところは」
「お母さんっ!」
湯船につかって、ゆっくり考える。
明日は仕事。
河内時雨の慰霊碑写真に収めて、聞き込みやって……。
はぁ。
忙しいなぁ。
いけない。
終わったら、瀬戸さんに励ましのメール送らなくちゃ。
文面は……こんなんでいいか。
瀬戸さんへ。
おっぱいの成長がとまる呪いにかかって、ショックだと思うけど(ザマみろ)
気にする必要ないよ(それ以上貧しくならないんでしょ?)
瀬戸さんは瀬戸さんだもん(貧乳は貧乳だからね)
水瀬君も頑張ってるし(迷惑って言葉、知ってる?)
私も応援するから(解除に失敗することをね)
だから、頑張って!(さっさと諦めて水瀬君の前から消えろ!)
……こんなところか。
メール本文には書かれていないカッコの中は何か?
関わっちゃいけないことって、世の中にはあるのよ。
そういうこと。
わかる?
……なんか、美奈子が随分黒くなっちゃったなぁ。
あ。補足ですけど、美奈子が綾乃に送るメールの()内は、美奈子の本心であって、メールの文面ではありません。ご了承下さい。
久々に短編書けました。いかがでしょうか?感想・評価いただければ嬉しいです。