朝鮮の幻影園 ⑨
二十七杯目を干した彼に、
自分は丼を投げ出し、
白旗を上げた。
朴「こ、降参…っす。
か、敵いません…ヒック
どんだけ…酒豪なんです?」
もう呑めん。
へべれけ。
意識があるのが不思議だ。
辛うじて意識を保ててるのは、
ただ意地ゆえと言っていい。
完敗だ…
口には出せないが、人間的にも。
俊「何をおっしゃる。
こんなに長く付き合ってくれる人なんて、
滅多にいませんよ?…ヒック。
もう、ボクらは〝呑み友〟ですよね?
北朝鮮に来る楽しみが増えました」
彼は丼を置き、
すッと…手を握った。
拒否なんてできるはずもない。
するつもりもない。
握手なんて久々だ。
仕事抜きとなると特に。
楽しくなって、思わず訊いた。
朴「北朝鮮に来る楽しみ…
というと?」
俊「あなた方が応じてさえくれれば、
南北は、終戦協定だって結べます。
そうなれば戦争は終わり。
我が国との国交回復はもちろん、
それに連なる貿易や企業誘致も、
労働力の国際展開だって大っぴらにできる。
そうしましょう…と、
あなた方の指導者を説得するつもりです」
握手を放した彼は、
外の風に当たりに、テラスへ出た。
そう大きくはないが、
テーブルのひとつやふたつ
置けそうな広さはあった。
そこへ立ったのは自分と彼、
それぞれの護衛官ひとりずつ、
ロシア軍派遣武官の五人。
俊「もし、そうなったら
ぜひ協力させてください。
そしたら南北の経済格差…
十五対一とも言われる差を縮める事だって、
いや、追いつくのさえ夢じゃない。
ていうか、実現させてみせます。
それで南北の民族統一も、
グッと現実味を帯びて来ますし、
それまでにお手伝いできる事は
山のようにあるはず」
朴「経済侵略…って訳ですか?
なるほど」
俊「ハハっ、そうなりますかね?
でも、悪いようにはならない…と思います。
タッキーの独裁で、
日本は空前の繁栄を謳歌してます。
侵略されて、一緒に繁栄してみませんか?」
風を孕んだ上着の裾を軽やかにたなびかせ、
爽やかな笑顔を浮かべて気分よさげに語る彼は、
本当に楽しそうだった。
浴びるように呑み、泥酔してるはずなのに、
それを感じさせない。
朴「ぜひ…
そう願いたいですね」
その、鮮やかなまでの楽観主義に、
つい、つられて返事してしまったが、
決して嫌じゃなかったな。
今思えば、自分も本心だったのかも。
俊「必ず再び、来ることになるでしょう。
その時はぜひ、また一杯やりま…」
それは…突然、
狙いすましたかのように降りかかった。
ビシッ! ガンッ! ガキィッ!
ギャイィッ!キュラララ!
ガガッ!
ドッ! バンッ!
ダッ ダダシッ!
ダンッ!
混乱の中、転倒し、
一瞬… 目が眩んだ。
そして目を開くと、
上にのしかかるように、影が。
そこから滴るように、
雫がパタパタと頬に落ちた。
ヌルリとした感触。
上から声が…。
俊「だ…大丈夫?
朴さ…」
朴「な、凪さ…」
私は目を見開いた。
頭から出血した彼は、
傍らのロボを手かがりに足を踏ん張ったようだったが、
支えきれず、身体ごと床に昏倒した。
無理もない。
身体を支えるはずの足は、
右のくるぶしから下が失われていた。
まだ、断続的に弾着音が響いている。
反射的に彼を抱きかかえ、
屋内に飛び込んだ。
隊「カーテン閉め!
シャッター閉め!」
ロボ③「了解」
すぐ床に寝かせると、声が聞こえた。
俊「良かった、みんなケガ…
なく…て」
右眼が開けられないようだった…
出血が多い。
たぶん… 潰れて…
隊「俊さまァぁあッ!」
護衛官の悲痛な叫びが室内に響く。
外では止んだ銃声の残響が…
遠くこだましていた。




