朝鮮の幻影園 ⑤
李「お、終わったッ!」
〝対話ムードを盛り上げよう〟との意図は南北とも同じ。
利害一致した両国が、十星園を見逃すはずがない。
南北閣僚級会談の後、双方の高官はここを訪れた。
テーマパークという会場のムードも手伝い、
和やかな雰囲気の中で
視察という名の会場体験は進んだ。
園特有の驚愕ゆえの騒動も、
多少はあったけれども。
それも、無事終わり、
わたしたちの任務も終了しようとしていた。
ビシッとした面持ちを保ってはいるが、
警護隊員は誰しも、
内心でほっと胸をなで下ろしているはず。
ところが、南北の高官が握手を交わして別れを告げ、
それぞれ帰途に就こうとしたその時、
この施設のホストから呼び止められた。
訪問が終わる直前になって、
思わぬ申し出があったのだ。
ホスト「なかなかない機会ですので、
ボクはもう少し、北朝鮮の方とお話してみたいのですが。
ご無理は承知で、護衛官をお貸し頂けませんか?」
高官「は、はい。
それは…構いませんが。
警護上佐、誰か残せるか?」
上佐「はッ。もちろんです。
誰なりと、仰って頂ければ」
ホスト「では、この方々をお願いします」
北側の高官も、警護責任者の上佐も、
明らかに躊躇っていたが、
ロシア軍武官まで立ち会っている状況では、
強く出るわけにもいかず、断れるはずもない。
先方から示された名簿を手にした上佐は、
努めて平静を保ってはいたが、一度固まり、
しぶしぶという体を隠さないまま高官に示した。
そして、了承の首肯を受けた後、
軍隊式の敬礼を返した。
その後、つかつかと歩み寄り、
立ち止まると告げた。
上佐「同志少佐、朴恩星」
朴「はい!同志上佐」
上佐「お呼びだ、行って来い。
失礼のないようにな」
朴「はい!」
それから上佐はこちらを向き、続けた。
思いもよらぬ言葉だった。
上佐「お前もだ、同志少尉」
李「え、え〜っ!
わたしでありますか?
ど、どうして?」
上佐「私が聞きたいがな、それは。
ともかく先方のご指名だ。
五輪の事もある、事を荒立てるな。
復唱!」
朴・李「はい!
先方の招きに失礼なきよう対応。
承りましたッ!同志上佐ッ!」
***
十星園階上、広めの部屋に通された。
全周に展望窓が開かれ、
停戦ラインを含む、三十八度線近傍の様子が一望できる。
五〇人程度がゆっくり会合できる広さ…
そこに寛げる調度が誂えてあり、
前日行われた南北閣僚級会談ですら行えそうな部屋。
貴賓室と説明されたが、
高官すら通されなかった場所になぜ我々が?
部屋には我々も含めて、八人しかいない。
護衛官や軍人もいたが、
害されるような空気は微塵もない。
料理や飲み物まで用意されている。
ホスト「無理言ってすいませんね。
朴さん、李さん」
李「ど、どうしてわたしたちの名前を?」
ホスト「初回から3回連続で入場されてるのは、
あなた方だけですから。
来場者リストでも当然目立ちますよ。
そちらは職務でしょうけど、
北朝鮮で一番ここに詳しいのは間違いなくあなた方。
ホストとして興味を持つのは、
さほどおかしくないでしょう?」
朴「そうですね。わかりました。
観念してお話におつきあいします。
ただ、機密に関する事だけはご容赦を。閣下」
ホスト「閣下はやめてください。
ボクはもう民間人なんで」
道理で見た事あると思った。
任官前の要人だったとはいえ、
迂闊すぎる自分を恥じた。
警護官として、力も経験も不足し過ぎだ。
ホスト「李さんもそんなに硬くならないで。
客人も含めて、女性の方が多い事ですし」
これも経験か。
朴さんを見ると、
「観念しろ」という視線を返してきた。
李「はい。
では、凪さんとお呼びしても?」
ホスト氏はニッコリ笑ってこう言った。
俊「もちろん。
ついでに無礼講と行きましょう。
お土産もあるんですが、いかがです?」
紐で結んで手に下げられるようにした
日本酒二升。
こんなところであり得ない手土産…
酒瓶を目の前に出され、
驚愕した上官の顔は見ものだった。
しかし、次の瞬間、
彼はニマ〜ッとして応じた。
朴「もちろん受けて立ちましょう。
勝敗は兵家の常。
酒呑み合戦、負けても恨みっこナシですよ、
凪さん」




