朝鮮の幻影園 ②
目の前の空中に、金髪碧眼のナミが現れた。
小人というか妖精というか、
人形サイズの専属ガイドというわけ。
ついでに陽が落ちて辺りは暗くなり、
しばし夕陽を眺めた後、ついには日が暮れて、
あっという間に星空になった。
気のせいか気温も少し下がったようだ。
さっきまで少し暑いほどだったけど。
ナミ「お着替えもできますけど、
どうします?」
朴「せっかくだから変えてもらえ。
軍服のままでは具合悪いだろ?」
李「同志少佐〜」
朴「その呼び方もやめとけ。
苗字でいいし、特別にさん付けを許す。
逢い引きのつもりでな、采玉」
李「う〜、
絶対、わたしで遊んでるぅ〜」
ナミ「日本文化の体験が目玉ですから。
お祭りデートなら浴衣とかいかが?」
李「よ、よくわからないけど…
じゃあ、それで」
ナミ「十星園では、
仮想現実と拡張現実が連続して
境目がわからないほど自然に変化する画像体験を
〝空想現実〟と呼びます。
さぁ、一緒に唱えてください。
ヴラール・ヴラール・メイクア〜ップ!
はいっ!」
李「はええぇ〜っ?」
いい大人がそんなセリフ吐けるかっ!
同じ事を言われたらしい周りの人々も、
明らかに戸惑ってた。
日本人のセンスにはついてけない。
割と慣れてるわたしですら。
朴「ヴラール・ヴラール・メイクア〜ップっ!」
李「同志少佐ッ?」
恥というモンがないのか、貴方はッ!
上官の他にも、勇者というか、恥知らずというか、
好奇心が抵抗に勝る人々が次々と呪文を唱えた。
彼らは投影眼鏡の中で光り輝いたかと思うと、
空想現実世界で変身した。
上官が選んだのは日本の着流しという奴だ。
いつの間に選択したのか
奇妙な髷まで結って、
キセルを手にして雰囲気出している。
呆気に取られていると、
焦れたように上官が言う。
朴「ほら、早く着替えないかっ。
ナミ、このカタブツをとびきり
おめかしさせっちまえ!」
ナミ「りょかいっ!」
朴「ほら、早く!采玉!」
李「ああっ、もうっ!
ヴラール・ヴラール・メイクア〜ップっっ!」
目の前が光に包まれた。
何が起こったのか、もうワケわからない。
ピュ〜ッ!
上官の安っぽい口笛が聞こえる。
李「ど、どうですか、同志…」
朴「それは禁止だってば」
李「ぱ、朴さん…
ど、どうかな?」
朴「なかなか…大した別嬪さんじゃん?
元はいいんだよな、お前。
ナミ、姿見見せてやれ」
空想現実世界では、
どんな要求もすぐに叶うらしい。
空中に浮かんだ姿見に、
浴衣姿のわたしが映し出された。
李「こ、これがわたし?」
たしかに自分だとはわかる。
けれど、自分でこんな風に化粧できるとは
とても思えない。
装いもそうだ。
ネットで見た事ならあるが、
日本の浴衣に袖を通した事などない。
物資不足で常に限られた選択肢しかない
北の女性にとって、珍しい服を着まくったり、
ただ着飾るだけでも、夢のような体験だ。
周りの女性は何度も変身し、
むろん制限に触れない範囲の…
過激すぎない服装ではあるが、
お気に入りの服装と化粧を見つける喜びを
堪能したようだった。
男性も次々に変身し、
周囲は瞬く間に和服姿で埋め尽くされた。
外ではつい先日、
南北閣僚級会談が済んだばかり。
数日前まで護衛の責任と緊張でドキドキし、
襟を正して任務に勤しんでいたというのに、
今はただ、楽しみなだけで
こんなにドキドキしている。
己が気持ちの落差に狼狽した。
わたしともあろう者が。
それでも軍人かッ!わたし!
朴「あのな。
我々は斥候。
後から来る高官の安全に障らないかどうか
確認する必要はある。
だが、それ以外はこの不思議体験を楽しめ。
軍人の誇りだの何だのは、一旦棚上げしろ。
今日だけ、俺の彼女になれ」
今日だけ?
まぁ、いいか。
どっちにしても滅多にない機会。
高鳴る鼓動を抑えきれないのは確かなんだから。




