『M・I・A』日本語・特別編集版 ⑥
舞台中央に歩み出たあきらさんの衣裳替えは、
これまでの激しさとは打って変わって、
じわっと来る感じのスローな変化だった。
あきらさんの顔アップが映ったライブ映像が
全身でフェードアウトし、
入れ替わりに、オリ・パラの競技映像が
フェードインしてくる。
どれもが躍動感に溢れた、
感動的な勝利の瞬間を活写していた。
誰もが見覚えのある、
リオのメダリストたちのガッツポーズ集だった。
『仕合わせ』
これまでと打って変わって、
スローでしっとりとしたバラード系の曲だ。
あきらさんの佇まいから感じる通りの、
優しく量感のある声が寄り添うように響く。
歌は、意外にも男の子の心情を
表わしてるようだった。
「ぼくはきみをいつも見てた。
きみは、その高みで、何を見てたの?
きみを知りたくて、わかり合うことを夢見てた。
負けることを怖れて、きみはがむしゃらに戦ってた。
失うことを怖れて、ぼくは競うのを避けてた。
でも、競うことは、
戦って倒す事なんかじゃない。♪」
母性を感じさせる声色で
切々と歌い上げるあきらさんの歌には、
胸に迫るものがあった。
映像は、敗者の悔しそうな表情が
フラッシュバックする場面に変わっていた。
メダリストですら、金でないことを悔しがって涙し、
メディアはそれを責めるかのように、
残念だ、残念だとくり返す。
でも、競う意味は結果だけじゃない。
競うことそのものが持つ、
さまざまな気づき…
大切な何かを感じ、人として成長することには
大きな意義がある。
その思いが伝わって来た。
「仕合い…
それは、深くわかり合うための対話。
高く、遠く、翔べる気がしたなら、
翼ひろげ翔んでみるのさ。
失うものなんて、なにもないんだ。
怖れることなんて、なにもないんだ。
力の限り競って、初めて見える景色が…
夢がある。
踏み出さなければ見えない景色を見せてくれる。
その高み、その風、
その同じ景色を見る その時…
それが仕合わせ… ♪」
仕合いと仕合わせ…
スポーツの祭典、オリ・パラにこと寄せての
エールであり、忠告だった。
オリ・パラを見るすべての人に、
忘れてはいけない大切な事がある…
それを思い起こしてほしい…
というメッセージ。
あきらさんの人柄がにじみ出た
曲の暖かみも相まって、
思わず胸が熱くなり、
いつの間にか感涙が頬を伝う。
じんわりとこみ上げる感動を抑えきれない。
それは会場全体に拡がっていた。
少し長めの後奏のあいだ、
会場から波が寄せるように
穏やかな拍手が起こった。
深々とお辞儀して、
あきらさんが悠々と仲間のもとに戻り、
また、カルテットになった。
次の曲に備えるように、
四人は互いに背を預け、四方に視線を据えた。
曲が途切れ、わずかな静寂。
その後、アコースティックな響き豊かな、
ピアノソロが響きはじめる。
『unity』
ピアノの、シンプルで控えめな伴奏に乗せて、
四人がハモる。
ほぼ、四人のアカペラに近い
綺麗なコーラス曲だ。
「だれもがこの世界の大切なかけら。
欠ければ世界という絵は
全うされない〜 ♪」
ひと呼吸入れてから、
今度は一人が発声すると、
それに被せるように、
ひとり、またひとりと
コーラスの厚みを増していく。
衣裳動画には「和合」という邦題と、
それと同じ意味の言葉が多言語で投影され、
躍動感豊かに変転していた。
文字が… メッセージを載せて、舞い、躍った。
「ひととひと、
ひとと生きとし生けるもの、
ひとと地球、
世界との協和と調和を、神は望む〜 ♪」
歌は、四人すべてのパートが揃うと、
ハーモニーが最高潮になった。
それにあわせるように、
次のリフレインからは、
さらにイザナミが加わった。
コーラスは実に美しくハモっているけれど、
あれ? でも、なにか違和感が…。
それもそのはず。
よく聴くと、イザナミのパートは
日本語ではなかった。
次のコーラスでは初めから
五重奏の美しいハーモニーが響き渡り、
歌詞は同様にくり返された。
この曲『和合』は、
たったふたつのセクションだけで構成されていて、
「ひととひと〜 ♪」で始まるセカンドセクションは、
八度リフレインする。
その間イザナミは七度唄うのだが、
同じ言語で唄うことは一度もなかった。
英語、ロシア語、スペイン語、ドイツ語、
北京語、ヒンディー語、アラビア語…
の七カ国語で唄って見せたのだ。
歌詞の大半が日本語で固められているのも、このため?
翻訳歌唱との調和を考えて?
会場は驚きのあまり、騒然としていた。
しかし、ネット上…
それも海外で見ていた人たちの驚愕は、
それどころじゃなかった。
「うわぁ!」
「トリハダ立った!」
「こんなこと、イザナミ以外の誰にもできねぇ!」
「これが最強の真の威力なのか?!」
ツイッターやSNSは、ネット視聴者…
世界中にいる多くの日本びいきたちの感嘆で沸騰し、
噂と評判が光速で駆け巡り、
視聴者数が爆発的に伸びていった。
その時、我らが国民的アイドルは、
世界的アイドルとして認識された。
それ以降の曲すべてが翻訳歌唱されたことも手伝って、
視聴者の国内/海外比は、
九七対三から五〇対五〇に達し、
最後には逆転した。
『ミス・イザナミ・オーディション』は、
もはや日本人だけのものじゃない…
堂々たる国際イベントに変貌を遂げていた。




