鹿野屋家の受難 ④
「K・Kん家なんだ、
あそこ」
「あの?
“第四の波”の…ですか?」
「うん」
ナギりんと隊長は、
抱き合ったまま、ひそひそ声で耳打ちし合う。
ナギりんは一応、首相経験者なんで、
国家最高機密に触れた事がある。
その中で、特にユニークな機密があった。
軍事や安全保障、警察関係など物騒な事項が並ぶ中で、
それは妙に浮いてた。
その機密とは…
「ある一般家庭を、国を挙げて護ってほしい」
というもの。
それが… 鹿野屋家だった。
「あのお父さんが、
こんな凄い人だったなんて…」
…と、ナギりんは言った。
昔から親しくご近所づき合いしてたナギりんにとって、
彼は近所に住んでるおじさんに過ぎなかったから。
お父さん…
鹿野屋貴一氏は、
著書に経歴を明かさない
謎のベストセラー執筆者「K・K」…
そして、あの「那由多」開発責任者の片割れで、
SHGの現社長…なの。
要は那由多の生みの親、
…という事は、控えめに言っても最重要人物よね。
行政・立法・司法を始めとする国家運営の実務を掌り、
身辺も清廉潔白なVGに弱点なんてないように見える。
けど、開発者なら思わぬ弱点を知ってるだろうと、
それを理由に狙われる可能性はある。
つまり、数少ないVGの泣き所というワケ。
もともと単身赴任で、都心の研究所に務めながら、
休日を九州の自宅で過ごすスタイルだったのを、
那由多自立を機に、
実家に引っ越して在宅研究という形にした。
生まれ故郷が、ある意味
「日本一、影が薄い農産県」なのは、
隠れ蓑的にうってつけだった。
…だったんだけど。
「娘が、よりによって最高に目立つ
国民的アイドルになっただけでもアレなのに、
この上、ロシア大統領の秘蔵っ子がそばに…とか、
危険すぎるっしょ?」
「!」
隊長の身体がこわばるのがわかった。
喜色満面から一転、
驚きで固まり、サァーっと青ざめた表情に。
事の重大さは伝わったみたいだ。
「リリューシャはウチに滞在させる。
隊長は普通に接して?
事情に気づかれなきゃいいだけなんだから」
「俊さま、もう一民間人でしょ?
そこまでして護る義務が?」
隊長の声には、すがるような響きがある。
ナギりんはフッと笑って、小声のまま続けた。
「タッキーに従い、護るのは市民の義務だよ?
ぼく自身は…恩返しだって思ってる」
義務だけで言ってるんじゃない…
ナギりんはそういう人。
無理を承知で援けてくれる気だ。
横目で懇願するようにナギりんは言った。
「力になってくれない?
隊長と副長…警護課一係しか頼れる人いないんだ。
未成年のリリ子は巻き込みたくないし、
リリューシャだって楽しい思い出のが良いっしょ?」
「俊さま…」
隊長がナギりんをギュッと抱き返す。
「親衛隊の私たちが、
あなたのお願い、断れるわけないでしょ?
でも、約束してください。
無茶はしないって」
「うん。
でもぼく、無茶なんてした事ないっしょ?
めっちゃビビリなんだから…」
耳元から離れて、
隊長の瞳 見ながらニッコリ笑う。
ホントにわかってないのか、
実はわかってるのか、
全くわからない。
「俊さまの…ばか…」
言葉とは裏腹に、
隊長は潤んだ瞳で、愛おしそうに微笑み返す。
蕩けるような表情が艶かしくも美しい。
これほど愛情溢れる視線を
平然と直視できるなんて、
ナギりんの鈍感ぶりは罪だと思う。
でも、そんな彼だからこそ出来る貢献でもある。
プライバシー消滅の身代わりだなんて、誰にも出来やしない。
だいたい、ナギりんだって
最重要人物のひとりなんだから、
代わりになったらいけない気もするケド。




