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俺は彼女を送り届ける

 大学何年の頃だったか。今や忘れかけてた記憶でもあるが、ラインで適当に寄せ集められたその当時入学した男子メンバーで作られた大きなグループがあった。そのグループで、突然告白した男がいたんだ。


『俺は相川(あいかわ) 海音(かいね)さんが好きだ』


 突如としてその女の人の写真とともに送られてきたグループラインは、男どもを刺激して、ひゅーひゅーだの、なんだこいつ馬鹿じゃねぇの、と色々と飛び交った。そんで、送られてきた次の文章には俺も驚いた。


『今彼女は大学の中庭にいる。今から想いをぶつけてくる』


 夕方ぐらいだったか。そもそもそんな時間にいる奴は多くない。俺はその時講義室で作業していたんだが、送られてきた文を見て、面白そうだ、見に行ってみようって思い立った訳だ。その時俺は二階にいたから、窓から中庭を見ようと思って移動したんだ。ところが、中庭を見ても人っ子1人いやしない。周りを見ても、特に誰かいるわけでもない。


 なんだ、つまんねぇの。そう言って俺はその場を去ろうとしたんだが、倉庫として使われている部屋のある方の通路から、突然女の人が飛び出してきた。慌てた様子だったが、その後から素早い動きで追いかけてきた男に捕まって無理やりまたその通路へと引き込まれて行った。


 おいおいおいおい、やべぇんじゃねぇのコレ。告白失敗したから襲うって、馬鹿じゃねぇの? いやまさか、想いをぶつけるってまさかそんな物理的に?


 混乱していた頭だったが、周りの連中つっても、皆友人と話したりしてたから気がついてない。恐らく、俺ぐらいだったんじゃないか。しかも通路の場所は案外見えにくい場所が多い。


 警察、呼んでる時間はねぇな。仕方がない。俺は階段を駆け下り中庭へと入ってその女の人が消えていった通路に向かって走っていった。奥へ奥へと進み、倉庫として使われている部屋までたどり着いた。開けようとしたが、鍵がかかってあかない。中からは女の人の呻き声のようなものが聞こえてくる。小さな声で、助けてと聞こえた気がした。


 まぁ、俺は元々探偵業を親父から継ぐ予定だったからな。元から色々と知識は技能はあった。ん? 親父? あぁ、お前が産まれてすぐに死んだよ。孫の顔見せることが出来たからよかったさ。


 んで、当時からピッキングだの何だの練習してた俺は、鞄から道具を取り出してピッキングを試したのさ。なかなか焦っていた俺はそれでも素早く開錠することに成功した。扉を勢いよく開けて中を見れば、服を脱がせられた女の人と、一人の男がいた。


 何やってんだお前って、俺はその男に殴りかかった。ところが、相手はナイフをもって応戦してきた。なんでそんなもんをって思ったが、脅すために持っていたんだろうな。一応徒手空拳でも戦えるっちゃ戦えるが、ナイフ持ったやつが相手だとなかなか怖かった。いやまぁ、女の人を助けたいって一心で戦ってたもんだから、後に引けなかったんだがね。


 んでまぁ、何箇所か傷は負ったものも、ボコボコにすることが出来た。男は何度も謝ってきて、それを聞いた女の人...海音はあろうことかその男を蹴り飛ばした。なかなかにいい音がしたとも。


 蹴り飛ばされた男はそのまま逃げてったんだがね。海音に、お前俺がいなくても勝てたんじゃ、と聞いたが、怖くて無理だったとか。まぁそりゃそうか。俺が来たから安心して蹴り飛ばしたらしい。


 その後なんやかんやあって、助けてくれた俺に惚れたらしい海音と付き合うことになった。んで、結婚して子供が出来たのはいいんだが、喧嘩が増えてなぁ...離婚しちまったわけだ。


 ん? その男はどうしたのかって?


 さぁ、その後何かするわけでもなかったし、警察沙汰もあれだしってことで、学校側からも止めがかかったしたな。通報はしなかったが、退学させられてたよ。名前が確か...坂巻(さかまき) 総司(そうじ)だったか。


 あぁ? 海音のことが聞きたい?


 あぁそりゃまぁ...可愛かったよ。はっきり言ってかなりタイプだったし、襲われてた時のあの表情と姿がとてもそそられて...


 あ、ちょ、ちょっと待って咲華、頼むから殴らないで...!!




 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜




「軽く時間を無駄にした気がしなくもない」


 隣で咲華さんにマウントを取られてる親父を見てそう呟き、俺は事務所のほうへと戻っていった。相変わらず外は酷い雨が降っている。こりゃもう客もこないし、店を締めるかね...


「あ、あの......」


「...ん?」


 後ろを振り返ると、多少髪が濡れたままだが、俺の黒のジャージに身を包んだ雪菜が現れた。綺麗で長い髪の毛が濡れていたままの状態なわけで、どこか扇情的に見える。


「お風呂、ありがとうございました」


「いやいいよ、風邪ひかれても困るし。そんで、このあとはどうすんだ? 外はすげぇ雨だ。時間もいい感じだし、多分そろそろあそこでじゃれ合ってる人達も終わる。そしたら夕飯にするんだが、食ってくか?」


「さ、流石にそこまでは...」


 彼女は胸の前で手を左右に降って拒否の意を示した。けどまぁ、こんな雨の中返すのも可哀想だ。せっかく乾いた体がまた濡れちまう。


「なら、送っていくよ。流石にまた濡れるのも嫌だろうし、その格好で外歩くのも嫌だろう?」


 そう言って彼女の着てる服を指さす。彼女はキョロキョロと視線を動かして迷っているようだ。


「わ、私は別にこれで外歩いても大丈夫ですけど...それに、この服何だかいい匂いがして好きです」


 そう言って彼女はジャージの裾やらを鼻のところまで持っていき、すぅっと息を吸いこんだ。顔が熱くなっていくのを感じる。


「...一応それ、俺の服なんだがね」


「......へ?」


「いや...それは俺が休みの日に着たりしてるやつ...」


「え、あっえ? 咲華さんの、じゃないんですか...?」


「...俺のです」


 彼女の顔が見る見るうちに赤く染まっていく。あぁ暑い。外はこんな雨だっていうのに、中はまるでお日様が照ってるようだ。


「あ、うぅ...その、すみません...」


「いや、別にいいよ。そもそも俺が無理言って風呂に入れちゃったわけだし。それで、どうする? 帰るなら送っていくよ」


「じ、じゃあ、その...お願い、します...」


「あいよ。ちょっと待ってな」


 そう言って未だ赤くなっている彼女から背を向けて入口から外に出た。傘をさして外においてある俺の黒い車を取りに行く。冷たい雨と気温が、暑くなっていた顔を冷ましていく。


「...何を赤くなっちまってるんだ俺は。童貞かよ」


 童貞だよ。悪かったな。こちとら色々あって彼女なんざできた試しがねぇっていうか、俺が片っ端から蹴り飛ばしてきてるんだけどさ。そりゃまぁ可愛い子に告白されたこともあるさ。断ったけどな、何度も。


「はぁ...何もかも終わったら、彼女作ってゆったりと暮らしたいなぁ...」


 車の扉を開けて乗り込み、エンジンをかける。そして事務所の入口前まで動かして、扉を開けて彼女を呼んだ。車から降りて彼女に傘をさしてあげる。彼女は赤いまま、ありがとうございますと呟くと、そのまま車の助手席に乗り込んだ。俺も車に乗って、以前聞いた彼女の住所の場所まで車を走らせた。



 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜




 車を走らせること20分弱。俺は何度か、あっちです、こっちの道ですと指示されながら彼女の家までたどり着いた。家のある前の道路の脇に適当に車を停める。


「...なかなか大きくて良い家だな」


 目の前に建っている家を見て、そう呟いた。その言葉が聞こえた彼女は、この家は私が引き取られて何年かしてから建てられたんですよと答えた。


「築何年の新築ってわけか。良いもんだねぇ」


「はい...総司さんには頭が上がらないです。私を引き取ってもらえて、お世話までしてくれて...」


「その総司さんとやらは、まだ帰ってきてないのか?」


「えぇと...車がないので、まだ帰ってきてないようですね」


「...そうか」


 できれば顔を見たかったんだが...まぁいいや。とりあえず彼女を家の中まで送りますかね。


 俺は先に車から降りて傘をさして彼女を車から下ろした。とりあえず彼女にも傘をさして、相合傘のようになってしまうが2人で家へと向かう。一応彼女も傘を持ってるが、こういうことは男がやった方がいいものなんだろうと思ってる。


「...今日は、ありがとうございました。服はまた後日お返ししますね」


「あぁ。いつでもいいよ。それじゃあまた」


 彼女は袋に入った制服を持って扉を開けて家の中へと入っていった。俺は車に戻って、もう1度彼女の住んでる家を見上げた。綺麗な一軒家だ。


「未婚のまだ若い部類の男で、それでいてタダのリーマンが、ひとりでこんなデカイ家建てられるもんなのかねぇ」


 最近のリーマンは給料がいいのだろうか。そしたら変わってほしいものだ。俺の場合は給料じゃなくて、未だにお小遣い制だよ、まったく。


 働いて得た金くらい、自分のものとして使わせてもらいたいもんだ。全部事務所のお金になっちまう。

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