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私は彼の元へと赴く


 外では雨が降っている。おかげで学校内ではクーラーを使わなくてもいいくらいに涼しい気温を保っていた。クラスの男子は昼ごはんの時間になると皆で集まって携帯片手にゲームを始める。女子はそんなこと知らないといった感じに集まってご飯を食べ始める。


 目の前からうぅ、うぅ、と音が聞こえてくる。それは携帯のバイブ音ではなく、机に突っ伏している沙耶の呻き声だ。


「どうしよう雪...誘ったのはいいけど緊張してきた...」


「緊張って、土曜でしょ? まだ水曜じゃない」


「服どんなのきていけばいいのかなぁ...こないだ着てった奴が一番いいのに、それまた着ていったら変に思われないかなぁ...」


「考えすぎよ」


 項垂れる沙耶の頭に手を乗せてよしよしと何度か撫でる。沙耶はそれでも、うぅうぅと唸り続けている。


「しかも私なんて勝手に同行することになってるし...」


「だって1人とか絶対無理だもん...助けて雪えもん」


「もしもボックス」


「誘わなかったことにしろって言いたいの!?」


 うわぁぁんっと叫んだ後、自棄になるかのようにご飯をかき込んだ。それを微笑ましく見つめながら、私もご飯を口に運んでいく。


「雪って自分でお弁当作ってるの?」


「うん。起きるのが遅くなった時は買ってくることが多いけどね」


「凄いなぁ、しかも美味しそうだし。私のはおばあちゃんが作ってくれるんだけど、味が薄いんだよね...」


「優しい味って感じ?」


「優しさでお腹は膨れないよぅ」


 少しだけ文句は言いつつも、沙耶はいつも美味しそうにご飯を食べている。私はそれを羨ましく思った。私も...お母さんの料理が食べたい。家族が作ってくれたご飯が食べたい。美味しくなくてもいい、家族で一緒にご飯が食べたい。


「...雪?」


「っ、あ、ごめん。なに沙耶?」


「また暗くなってた。なんか、時折あるよね。気がついたら俯いてて、暗くなるの」


「...大丈夫だよ、沙耶」


 そうは言っても、沙耶は不安そうに私を見つめてくる。私はそんな沙耶から目を背けた。すると沙耶は私の手を掴んで、さっきよりもまっすぐとした目で私を見つめてきた。


「何かあるなら言って。私に出来ることなら手伝うから」


「......ありがとう、沙耶。でも、大丈夫だよ」


「...本当に?」


「...本当に」


「...そっか」


 そう言って沙耶は私の手に重ねていた手を離して、窓の外の景色を見始めた。私も横を向いて外を見る。


 雨が酷く降っていた。




 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜




「...ひでぇ雨だな」


「あぁ。こりゃあ、流石の殺人鬼も休業かねぇ...」


「本当にそう思う?」


「いいや、全然。むしろ殺るなら絶好の天気だろうよ」


 事務所の窓から外を見ている親父はそう答えてきた。俺はカフェオレの入ったマグカップを口に運び、ゆっくりと冷ましながら喉に流し込んだ。


「雨に濡れれば匂いが消える。匂いが消えれば警察犬は役に立たん。それに雨の音で周りの音が聞こえにくくなる。そして人はあまり出歩かないから目撃者が減って被害に遭う候補者だけが増える。まったく嫌な天気だ」


「俺らもあまり動けないからなぁ...」


「仕方ねぇよ。風邪ひいちまえば本末転倒だ。むしろ殺人鬼に風邪ひいてほしいもんだがね」


「それには同意するよ」


 後ろの方からは事務所に設置してあるテレビからの音が聞こえてくる。ニュースキャスターがニュースを読み始めた。


『本日のニュースです。昼頃に〇〇建設の建設現場で20代前半とみられる女性が死体で発見されました。死体は無残にも切り刻まれ、服も切られており、強姦されたと思われる痕も見つかっています。そして死体のそばにはまたもあのカードが落ちており、犯人は浪川 鏡夜であると判明しております』


「...どう思う、親父?」


 俺はそのニュースに対する意見を親父に聞いた。親父はなんともない、といった表情で答えを返してきた。


「模造犯だな」


「やっぱりそうだよな。強姦なんてすれば腟内に残るもんは残っちまう。DNA鑑定でもされれば身バレする」


「そうだ。警察は模造犯の捜索までやらなきゃいけなくなる。そうなると殺人鬼の捜索にさける人数が減る。そうしてまた殺人鬼は殺人を繰り返す」


「あぁ...そうだな」


 そうやって親父と話をしていると、チリーンッと音が聞こえた。こんな雨の日に客が来たようだ。入口の方を見れば、そこには雨に濡れた浪川 雪菜が立っていた。


「...こんにちは、晴大さん、恭治さん」


「...随分と濡れたもんだな」


 傘はさしていたんだろうが、それでもこんな雨の中風でも吹こうもんなら雨に濡れてしまうだろう。とりあえず棚に入っているタオルを持ってきて彼女に手渡した。


「...俺はお邪魔そうだし、退散するとしよう」


 親父はそう言うと、立っている俺の方をポンッと叩いてから居住スペースの方へと消えていった。そんな親父に対して、はぁっと深いため息が出た。


「まったく、あの親父は...」


「私、お邪魔してしまいましたか?」


「いいや、大丈夫だ。とりあえず拭き終わったら渡してくれ。それと、何か暖かいものいれてやるよ。何がいい?」


「カフェオレでお願いします」


「はいよ」


 棚からマグカップを取り出してカフェオレを作り始める。作り終えて彼女の元まで持っていくと、彼女は吹き終わったタオルを持ってソファーに座っていた。


「あの、洗ってお返しします」


「いや別にいいよ。それにここ自宅だしさ。ほら」


 そう言って手を差し出すと、彼女はおずおずといった感じでタオルを手渡してきた。その時に軽く彼女の指に手が触れたが、とてもひんやりとしていた。


「冷たいな。雨で冷えて風邪ひくんじゃないのか?」


「大丈夫です」


「しっかしなぁ...」


 拭いたであろう服を見ても、まだかなり濡れていることがわかる。制服は多少なりとも水を弾くが、それでも多少だ。濡れてきてしまえば重くなってきてしまうし、変な匂いもつく。


「...風呂にでも入っていくか?」


「...え?」


「服なら多分あるし、制服が濡れたままってのはダメだろう。干しといてやるからさ」


「で、でも...」


「ちょっと待ってなよ」


 そう言って俺は台所にいる咲華さんのところに行き、話を伝えた。こういった手合は無理やりにでもその状況を作ってしまえばなんとかなる。それまでまごまごと考え続けてしまうのが欠点だが。話を聞いた咲華さんは笑顔でOKだと答えたので、俺はカフェオレを飲み干した彼女を風呂場まで連れてきた。


「タオルはそこにあるし、後で咲華さんが服持ってきてくれるから」


「い、良いんですか?」


「あぁ、気にせずに入るといい。君は依頼人だし、それに...」


「...それに?」


「...いや、何でもない。とりあえず俺はまた事務所の方にいるからさ」


 そう言って俺は風呂場をあとにした。事務所の方に行く前に台所に寄ると、咲華さんがニヤニヤとしながら立っていた?


「覗かないの?」


「...するわけないだろ」


「あらそう。もうそんな年齢でもない?」


「...言い方が悪過ぎる。まるで俺が前までしていたみたいじゃないか」


「お年頃なんだし、少しは浮いた話でもないのかなって」


「ないよそんなもん」


 この場にいるとまた変なことを言われかねないので、その場から立ち去ろうとするが、咲華さんの持っている服を見て目を見開いて立ち止まった。


「ちょ、咲華さんそれ俺のジャージ!?」


「あら、ダメかしら? 流石にあの子の方が小さいから入ると思うけど」


「いやいやいやそういう問題じゃないって!!」


「服はあるとか言ったのは貴方よ?」


「ぐっ......」


 そう言われると何も言い返せない...。そのまま咲華さんは黒のジャージを持って風呂場に行ってしまった。


「...守れなかった」


 親父が突然横から現れて言い出した。


「なんで襲われてる人を助けようとして戦っていたのに結局助けられなかったシチュエーションの勇者みたいなセリフ言ってんの」


「いや、なんとなく」


「なんだそれ...」


「お前も鍛えておくんだな。大事なもんを守れなくなるぞ? ちなみに、俺は守ったとも」


「常日頃鍛えてるって...。んで、何から誰を守ったって?」


「お前の母さんを強姦魔から」


「...マジで?」


「マジで。昔の話だがな」


 そう言う親父の目はどこか遠くを見ているようだ。親父は軽くため息をついてからポツポツと話し始めた。


「もう何年も前のことだ。大学生だったな、確か。お前の母さんを襲ってやるってラインの男だけのグループでぶっちゃけたヤツがいてな。皆信じなかったんだが、当時の俺はそれが嘘だと思っていながらも一応確認だけしに行ったのさ」


 そうして親父の独白は始まった。

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