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俺は奇跡的な遭遇を果たす


 買ってまだ何年も経っていない自分の黒い車に乗って県外のある病院へと向かう。県外と言っても、隣の県だ。車で行けばすぐにつく。目的地である病院はかなり大きく有名な病院だ。口コミも良いのが多く、他県から酷い症状の患者も送られてくるようだ。設備も充実、医者の腕はピカイチ。有名にならないわけがない。


 車を運転しながら、あまりしたくはないが携帯を片手に持って病院へと電話をかける。何コールかあとに、受付であろう女の人の声が聞こえ、もはや定例文であろう、どこどこの病院です、どう致しましたか? という台詞が聞こえてきた。


「自分は隣の県で探偵をやっております、橘花探偵事務所の橘花 晴大という者です。そちらの院長に話を伺いたいので、この後話し合いの場を設けることは出来るでしょうか?」


『少々お待ちください...』


 受付の人がそう言ってから数分後、携帯を通じてまた話しかけてきた。


『申し訳ありませんが、院長はこの後も多忙でして...できない、とのことです』


「そうですか...」


 まぁ、こんなことだろうと思っていた。誰が探偵なんかと話をするかってところだろう。でも、こっちにはまだ切れる手札がある。相手は逃げ場を失うことだろう。


 ニヤリと不敵な笑いが零れた。


「では仕方がありませんね...院長に、Sサイズと伝えていただけませんか?」


『はぁ...Sサイズ、ですか?』


「えぇ、できれば至急にお願いしたいです」


『少々お待ちください...』


 また数分間沈黙の時が流れる。再び戻ってきた受付の人の声は、どこか焦っているような雰囲気を感じ取れた。


『院長は、今から仕事を他の人に任すので来てもらいたいとのことです』


「了解です。それではですねぇ...駐車場の入口付近に黒い車があるので、そこまでお越し頂くようにお願いできますか?」


『わかりました、伝えておきます。それでは...』


 ガチャリと音が鳴って通話は切れた。主導権はこちらが握ったに近いと思ってもいいだろう。相手は暴力沙汰も警察沙汰も勘弁して欲しいと思っているはずだ。


「..........どこもかしこも、こんなことやってんのかねぇ」


 深くため息をつきながら、車を走らせること数分、目的地にたどり着いた。奥の方には行かず、入口付近に車を停める。幸いにも周りに黒い車なんてないので、見つけるのは容易だろう。


「...あれか」


 奥の方からスーツ姿の男が歩いてきているのが見えた。その男は車を見ると、歩くスピードを早めて近寄ってきた。窓ガラスを開けて、彼に挨拶をする。


「どうも初めまして、院長殿。自分は橘花 晴大という者です。これでも、探偵をやっております」


 軽く頭を下げて彼に向かってそう告げる。見た感じ、歳は40代後半から50代前半。おじさんと敬称するのがいいと思うぐらいの年齢だろう。顔もところどころに皺が出来ているが、どことなく優しい顔立ちをしている。その顔も、今や焦りのせいで軽く歪んでいるが。


「ど、どこでその話を...!?」


「おっと...焦らないでくださいよ。俺は警察にはまだ言ってませんし、それにここでは貴方も話しずらいでしょう? 移動するので乗ってください」


 身を乗り出して聞いてきた院長を押しとどめて車の中に招き入れた。助手席に座った彼は、酷く落ち着きがないように見える。


「とりあえず...この場から離れましょうか」


「ど、どこへ連れていくつもりだ?」


「ふむ......公園なんて、どうです?」


「...はっ?」




 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜




 公園の駐車場に車を停める。フロントガラスの向こう側では、子供たちが元気にボールを使って遊んでいる。規則性のない遊びで、ルールなんて物も無い。強いて言うなら、子供こそがルールだろう。自分の楽しいように、したいように。それこそが子供の世界のルール。無邪気な子供たちの遊びの世界だ。


「...こんなところまで連れてきて、何がしたいんだ」


 会った時よりも少しは落ち着いたように見える院長。先程教えてもらった名前でいえば、染野(そめの)院長というようだ。


「さぁ...でも、微笑ましい光景だと思いませんか?」


「...一体何が」


「目の前の光景ですよ。子供が無邪気に遊び回ってる」


 ハァッとため息をついた。ダメだな、最近ため息が多くなって仕方が無い。幸せなんてものと程遠い人生だが、なけなしの幸せを手放すなんて以ての外だ。


「...染野院長。率直に聞きましょう。貴方、内臓を買っていますね? それも、裏のルートで」


「...調べも、ついているんだろう?」


「さぁて、どこまででしょうね」


 俺は相手を揺さぶるためにニヤリと含み笑いをした。だが、俺の予想に反して院長は割と早く口を開いた。


「...あぁ、そうだとも。買ったさ」


「...素直に認めるんですね。もっと粘るかと思っていましたが」


 少しだけ拍子抜けした。まぁ、話が簡単に進んでいくのならそれに越した事はない。染野院長は話を続ける。


「Sサイズ、などと言われてはな...隠せることも無いに等しいところまで調べがついてるんだろう?」


「自分がどこまで調べがついてるかなんて、貴方の脳内の物と一致するとは限りませんよ」


「それでもだ」


 染野院長の顔は酷く疲れたように見える。俺はそんなことを気にすることもなく、話を続ける。聞きたいことは沢山あるんだ。


「何故買ったんです? それが、裏のルートで...誰かに売られたものだったと分かっていながら」


「...医者なら、当然だろう」


「...なに?」


 院長が重々しく放った言葉は、次第に大きく、そして感情的になっていく。


「救える命が、目の前にあるんだ! けど、臓器の提供先なんてものは数少ない...ドナーだって簡単には見つからない! なら、どうするべきか分かるだろう? だから買ったんだ、目の前の命を助けるために、それが、非人道的なものだったとしても...!!」


「...なるほど」


「助けられる命を助けて何が悪い!? どの道、提供元のところで臓器の元となった人物は事切れてるさ。なら、使ってやるのもその子のためじゃないのか!?」


「...話を合理化しないでくれますかね。使ってやるのがその子のため? 残された側が、必死こいて探しているというのに?ふざけるのも大概にしろよ」


 染野院長を強く睨みつけた。染野院長は返す言葉に困りながらも、それでも諦めてなるものかと言った感じで返してきた。


「だ、だが、助かる命は沢山あった! なければ、助からない命が沢山あった! 未来のない者と、未来のある者、どっちを取るか分かりきっていることだろう!?」


「...言ってることは正論だよ。アンタのやってる事は人として間違ってる...だが、医者としてのその心意気だけは間違っていない。何が何でも助ける。そのために裏ルートまで使って必要なものを手に入れた。だが、もうそんなことは出来ない」


「...なぜだ?」


「死んだからだよ。アンタが使っていた店...ヒューマンショップ、言っちまえば人身売買所。あそこの人間は皆死んだとも」


「死んだ...だと?」


「あぁ、俺が行って確認した。中にあったのは店員だろう男どもの死体だけだったよ。んでもって、こいつが落ちていた」


 そう言って携帯を取り出してある画像を見せつける。その画像は、白いカードに描かれている手鏡の中に映る三日月。殺人鬼の残した証拠品だ。


「まさか...今話題の、浪川 鏡夜が...?」


「あぁ。話題に上ってはいるが、実際こいつは初の殺しである5年前から何度もやってる。殺害現場にカードを残し始めたのは、最近のことだ。おもしれぇもんだよな、まるで、俺がやったと皆に見せ付けたいみたいだ。それまで誰が殺したのかもわからない事件が多かった。けど、殺人鬼は唐突に皆の前に名乗りを上げたんだ。俺はまだ捕まってない。俺はまだ生きているってな」


「...そういえば、君は探偵だったか」


「あぁ、そうだ...っと、そうですね。まぁ、自分が聞きたいことはまだあるんで、答えてもらっていいですかね」


 口調が荒くなっていたため、多少無理やりとはいえ柔らかい口調に戻して話を進める。


「...それはいいんだが、その後どうするつもりだ。警察に言うのか?」


「いいえ、ンなことはしませんよ。まぁ、貴方の道理もわかる。警察が自力で突き止めた場合は知りませんけど...」


「...そうか」


 染野院長は深く息を吐いてから、何が聞きたい? と尋ねてきた。


「自分が知りたいのはひとつ。4年と5ヵ月程前に貴方が買ったSサイズの用途についてです」


「..........」


「覚えておいでですか?」


「...あぁ、覚えているとも。買ったものは、全部覚えてる」


「それは良かった」


 この優しそうな院長のことだ。恐らく罪悪感か何かで、忘れたくても忘れられなかったんだろう。酷く落ち込んだ様子のまま、彼は話し始めた。


「小学校6年生の女の子だ。両親と夜ご飯を食べに行った帰り道に、車の運転中に事故にあった。大型のトラックが居眠り運転で、突っ込んできたらしい」


「...それは、また」


「酷いのはここからだ。事故にあった両親はそのまま即死、乗っていた女の子は後部座席だったからか、重傷を負いながらも生きていた」


「...それで」


「大きな硝子の破片が突き刺さっていた。その硝子の破片は内臓を貫き、一命は取り留めてもその後の生活に支障が出て、生きづらいものとなるだろうと予想はできた。病院の中では、このまま殺してしまった方が、幸せなんじゃないのかって意見も出た」


「両親は他界して、子供だけが取り残された、か」


「それでも、私は諦めたくなかった。私にも孫がいる。当時、丁度その女の子と同じくらいのだ。そのせいもあって、私は助けたいと強く思った」


「...で、買ったと」


「...あぁ」


 話を終えた染野院長は、後悔はしたが、それでも助けられたんだと言った。間違ってはいない。間違ってはいないというのに...。院長が悪いのか、それとも人身売買側が悪いのか...言っちまえば両方悪い、か。けど、綺麗事だ、そんなの。彼は綺麗事で済ませられなかったから、汚したのだろう。それでも助けたかったのだろう。その心は...悪いとは思えない。


「...それで、この話を聞いてどうしたかったんだ?」


「...弟なんですよ。そのSサイズの子は」


「...そう、だったのか...済まないことをした...」


「いや...いい。その話が聞けてよかった。少なくとも、酷い扱いをされたわけじゃないからな。それで、俺が本当に聞きたかったのはここからだ。その助かった女の子は、どこにいる?」


「...当時はこの県にいたんだが、今は祖父母方に引き取られて隣の県に移り住んだらしい」


 隣の県っていうと...俺の住んでる県の方か。なら探すのはまだ楽でいい。


「名前は......月本 沙耶と言ったか」


「...なんだって?」


「知り合いか?」


「...まぁ、そうですね」


 軽くこめかみを抑える。まったく、とんだ奇跡が起きていたもんだ。あのお転婆っぽい女の子が、まさかアイツの臓器の提供先だったなんてな...。当時の年齢から逆算しても、今高校2年。ビンゴだろう。


「...良かった。本当に......」


「...その子は、今元気にしているかね?」


「えぇ......っと、失礼」


 携帯からメールの着信音が鳴り響いた。送り主は...月本 沙耶だ


『来週の土曜日、私と雪菜とで会いたいんですけど...空いていませんか? あ、空いていなかったらいいんですけど...私達みたいな高校生じゃ、合わないですかね...? もしかして、このメールお邪魔になってたりします...? そ、そしたらごめんなさい!!』


 文面を見て、思わず笑ってしまった。なんてタイムリーな子だろうか。別に、ここまで改まった感じじゃなくてもいいんだけどな。


「何か面白いことでも...?」


「えぇ...そうですね。その子は元気にやってますよ」


 少なくとも...今を楽しんで生きてはいるだろう。きっと...


 そうであってもらいたい。弟の臓器が移植されてるんだ。だから...せめて、アイツの分まで幸せに生きてほしい。それは、俺からの願いでもある。


 どうかその道の先に幸あれと、俺は願うばかりだ。


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