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探偵小説の終わりというのは...

 近頃ニュースで話題になっていた殺人鬼。その正体は浪川 鏡夜ではなく、別人だった。それを究明したのは探偵である橘花 恭治らで、その助手であった息子が事件の真相の鍵を握っており...


「..........」


 そんなドキュメンタリー番組が色々なチャンネルで放送されていた。小説でしか起きなそうなこの難事件を取り上げない放送局はないだろう。


 ...報道はまだ続く。


『浪川 鏡夜の義理の妹であった浪川 雪菜は血濡れたナイフを持ったまま浪川 鏡夜の上に座り込んだ状態で発見されました』


 ...まだ、依頼は達成されていない。


 私はいつもの黒い服を着て、荷物を持って家を出た。この家は、どうしようかまだ考えていない。あまり屋根の色が好きではなかった。血の色のように赤かったから。けどまさか...本当に血濡れたお金で買われていたとは思わなかった。そう思うと、余計にこの家が汚れて見えてしまう。


「あら、おはよう雪菜ちゃん。お出かけ?」


「っ...咲華さん?」


 家を出てすぐのところにいたのは、明るい洋服を着て長い髪の毛を靡かせている咲華さんだった。すぐ側には、恭治さんが車の横で飴を噛み砕いていた。


 私を見た咲華さんは、少しだけ怪訝な顔をした。


「...全身黒服は、少し場違いじゃない? もう少しお洒落な服で行きましょう。なんなら私の服でも...」


「...違い、ます。私はこれで...」


 目を合わせることもマトモにできなかった私は、すぐにその場から逃げようとした。けど、咲華さんが私の手を掴んで引き止めた。


「鏡夜の所に行くんでしょ? なら、乗っていきなよ。ここからそこそこ遠いから」


 私はそれに答えられず、ただずっと虚空を見つめていた。兄さんのポケットには録音用の機械が入っていて、その音声は橘花探偵事務所の兄さんの部屋にあるパソコンに遠隔で送信されていた。それのおかげで、総司さんの罪は立証されて、彼は捕まった。けど、血液不足で死亡したらしい。一時的に殺人扱いとなった兄さんだけど...正当防衛で済んだらしい。相手の持つ武力以下での反撃...つまり、ナイフで襲いかかられたのをナイフで反撃し、互いに瀕死の状態になった。だから兄さんは殺人者ではなく...むしろ英雄として賞賛された。けど...その音声には、私が兄さんに向かって何か話をする音声が録音されていた。その音声のせいで...今度は私に兄さんに危害を加えた容疑がかけられた。だから、私はこの人達と会いたくなかったのに...


 ...そんな私の心境なんて無視するように、咲華さんが私に話しかける。


「...貴方は何もしてないのよ。だから、そんなに私達を忌避しないで」


「っ......」


 咲華さんが後ろから抱きしめてきて、暖かい感覚と、柔らかい感覚に身体が包まれた。なんだか、目に熱いものがこみ上げてきて...それを恭治さんがハンカチで拭ってくれた。恭治さんは相変わらず優しそうな笑みを浮かべながら、あいつはお前さんを恨んでないよ、と言った。


 ...そのまま咲華さんに手を引かれて、私は車の中へと押し込むように入れられた。後部座席に座った私を、隣に座ってくれた咲華さんがずっと宥めてくれた。そして、優しい声で私に言った。


「貴方も、鏡夜も...家族なんだよ」


 ...だから、鏡夜の家族である私達も、貴方の家族なの、と。




〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜





 病院の一室に、彼は死んだように眠っていた。私はそんな彼の近くに椅子を持ってきて座り込んだ。恭治さん達は部屋の外で待ってくれている。血だらけで発見された兄さんは、飲み込んだ薬のおかげで生きていたらしい。なんでも、流れ出る血がすぐさま凝固して血液不足を回避できたらしい。


「...兄さん」


 目の前にいる兄さんは、昔の兄さんとそっくりだった。目を隠すような長い前髪は不自然にバッサリ切られていて、おかげで顔が良く見えた。眼鏡もかけてない。本当に、昔の兄さんだった。


「......雪菜...?」


 首だけを動かして、兄さんが私を見た。どうやら起きたみたいだ。私は何か言おうと思い...けど、何も言葉が出なくて、私はただじっと兄さん目を見つめるだけだった。兄さんは、そんな私を見て優しげに微笑んで私の手を握った。


「...怪我は、ないか?」


「......うん」


「そうか...良かった...」


 安心したのか、兄さんの頬が余計に緩んだ。幸せそうな笑顔だった。兄さんが晴大さんと偽っていた時も、優しげな笑顔は見たことある。けど...その時とは全く違った、なにか憑き物がとれたようで、私の心を強く締め付ける笑顔だった。


「兄さん...ごめんなさい...私、兄さんを傷つけて...。本当は、ここに来ちゃいけないんだって、わかってたのに...。けど、兄さんに会いたくて...謝り、たくて...」


 私の手を握っている兄さんの手に、涙が落ちた。私の手がより強く握りしめられた。兄さんはただ笑っていた。


「謝る必要なんてない。それに...お前は何もやってないよ」


「けど私は、兄さんにナイフを...」


「それが違うんだよ、雪菜」


 ...ズルい。そんな所で私の名前を呼ばれたら...私、何も言えなくなってしまう。


 兄さんはもう片方の手で、自分の髪を触りながら言った。


「...意識を取り戻してから、ずっと考えてたんだ。雪菜が言った言葉...見つけたって。あれは気のせいじゃなかったと思うんだ。だから、何を見つけたのかなって」


 兄さんは私の目をじっと見つめながら話す。私は...恥ずかしくなって少しだけ目を逸らした。顔が熱くなってしまっているのがわかる。


「雪菜がナイフで切ったのは、俺じゃなくて俺の髪の毛だよ。じゃなきゃ俺の髪の毛が切られていた理由がわからない。全身確認したけど、俺の身体につけられた傷は全部滝川 総司によってつけられた傷だ。雪菜がつけた傷は何も無かった」


「...私が切ったのは、髪の毛...だけ?」


「そう。実際めちゃくちゃ怖かったが...あの時の状況と雪菜の心境を考えてみても、俺を殺さなかったのはおかしいとすら思えた。兄さんを殺したいって願い、それが雪菜の願いだったはずだ」


 兄さんはバツが悪そうに顔を顰めて言った。私のことを案じて言ってくれているんだろう。その優しさに、私は手を強く握ることで返した。


 ...そういえば、あの日からずっと考えていたことがあった。依頼のことだ。何故かずっと、その事が頭から離れなかった。確か...ぼんやりとしていたけど、あの日もその事を考えていた気がした。


 私が彼にした依頼。それは...私と一緒に前に進んでほしい、といったものだったはずだ。けど、それよりも前に私は依頼をした。兄さんを探し出してほしい、と。


「......依頼、かぁ」


 懐かしいもんだな、と兄さんは私の話に笑って返した。そして何かを考え始めると...何か考えついたのか、頬を緩めて笑い出した。


「...急に笑い出すと、怖いです」


「ハハッ、すまん。いやなに...ちょいと面白い推理ができてね。聞いてみるか?」


「...うん」


 なんだか探偵っぽいな、って兄さんは笑う。兄さんは探偵でしょって言うと、こんな感じで説明する機会は中々ないからって笑った。私も自然と笑ってしまった。


「...例えば、雪菜は俺...変な感じがするから、鏡夜とするか。雪菜は鏡夜を殺したかった。これはきっと変わらない。深層心理に潜んでいたのは、鏡夜への復讐心だったからだ」


 まぁ、これは橘花 晴大として過ごしていた間に雪菜から感じたものを照合した結果と思ってほしい、と言った。気を悪くするな、と兄さんは謝ったが、私は気にしてないと返した。


「さて、じゃあ雪菜が思っていた鏡夜への復讐心だが...前提条件を考えてみようか。雪菜が恨む兄としての前提条件は、両親を殺していること、だ。だが、あの場で鏡夜は両親を殺害していないというのが証明された。さて、その場で雪菜の心は不安定になっていて、深く考えることは出来なかったかもしれないけど...その事実は、きっと重要なことだったんだろう」


 兄さんはベッドから身体を起こした。まだ身体が痛いようで、軽く悲鳴をあげながらだったが、それでも我慢して起き上がって、私の頭を撫で始めた。突然のことで、私の頬がさらに熱く、緩んでしまった。歪んだような笑顔だけど、涙が流れ落ちて汚れたような笑顔だけど...兄さんは愛おしそうに頭を撫でている。


「つまり...両親を殺害していない鏡夜を、雪菜は恨めなかった。そして、雪菜は鏡夜をずっと探していた。確かに、目の前に鏡夜はいたんだろう。けど、それは昔の兄とは姿が違っている。だから、雪菜は俺の髪の毛をバッサリ切ったんだよ」


 ...そういう、ことだったんだ。どこか、納得出来ないような部分もあって、無理やりな感じがした推理だったけど...


 ...私はその推理を信じたかった。


「だから、雪菜が何か思うことがあっても...それは違うと否定できる。雪菜は何もしてないよ。だから...な? 泣くなよ。笑顔の雪菜が見たいんだから」


 そんなことを言われても...泣きやめるわけがないよ...。


 声を上げて泣き始めてしまった私を、兄さんは優しく抱きしめた。片手を頭の後ろに、もう片手で背中を引き寄せて。兄さんの抱きしめ方で、私をぎゅっと抱きしめた。兄さんの匂いだ...安心できる、兄さんの匂いだ。


 やっと見つけた。やっと会えた。私の兄さん...私の、大好きな兄さん。


「...長い間、いなくなってごめんな......ただいま、雪菜」


「...おかえり、兄さん」


 私の泣き声が病室に響いて、外からも泣き声が聞こえた。咲華さんも、泣いてくれているみたいだった。私を抱きしめて撫で続ける兄さんの胸に顔をうずめて、息を深く吸って...私は言いたいことも沢山あったけど、とりあえず、一番言いたいことを、言うことにした。


 兄さんに抱きしめられながら、上目遣いになる形で兄さんを見つめながら言った。


「助けてくれてありがとう、兄さん。......大好きだよ」


「......俺も、大好きだよ」


 ...恥ずかしくて、目を逸らそうとしたけど、珍しいものを見て、私はずっと兄さんを見続けることになった。


 ...幸せそうに笑いながら、兄さんも泣いていたから。


























 ...とても気持ちがいい微睡みの中に、俺はいた。ずっとここにいたいような、そんな気分だった。


 ...目の前にたっているのは、紛れもなく俺だ。ただ差異があるとするならば、ソイツは俺と違って格好よく笑っていた。


 終わったよ、と俺は言う。そうだね、とアイツは返す。



 ───さん



 どうやら夢も終わりのようだった。長く話を続けられるわけじゃないようだ。アイツは、俺に親指を立ててサムズアップして言った。


 ...カッコよかったぜ、兄貴。


 不意に、笑みがこみ上げてきた。俺はそれに、笑いながら返した。


 当たり前だろう? お前の兄ちゃんだからな。


 その言葉を聞いたアイツはより一層笑い始めた。俺も、さっきよりも笑う声が大きくなった。



 ───兄さん



 ...どうやらもう時間のようだ。アイツは身を翻し、じゃあな、と手を振りながら背を向けて歩いていく。


 俺もそれにならって、背を向けて手を降りながら歩き出した。だが、どうにもぎこちなくて...。やはり、アイツの方が格好良かったようだ。俺は優しく微笑んだ。





〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜




 ...眠りという幸せの時間が過ぎ、目を開けてみると、すぐ隣には雪菜がいた。どうやらまた勝手に俺のベッドに入ってきたみたいだ。


「おはよう、兄さん」


 そう言って俺の返事も聞かずに腰に抱きついて、胸に顔を埋めて息を深く吸い始めた。もはやいつもの事のようなものなので、俺は苦笑いしながら彼女に返した。


「おはよう雪菜。なに、そんなに俺の匂いって変? 同じ洗剤使ってるんだけど...」


「兄さんの匂いは兄さんの匂いなんです」


「兄さんがゲシュタルト崩壊しそうだぁ」


 困り果ててしまった。一緒に住むようになってからいつもこうだ。ブラコンを拗らせ過ぎたか...いやまぁ、俺もファミコンなんだけどさ。ゲーム機じゃないよ。義理の妹とはいえ、好きなことには変わりない。晴大同様、好きだとも。


「...えへへ」


 頭を撫でてやると、幸せそうに笑った。そういえば、あの事件の時、雪菜は裸でナイフを持って俺の上に跨っていたな...。雪菜はヤンデレ妹だった...?


 まぁそれでもいい。何せ俺は兄弟愛溢れる兄だからな。そんなものも許容してこそ優しき兄だとも。それが、アイツの目標としていた兄だろう?



 ───それは何か違うと思うよ、兄貴。



 なにか聞こえた気がしたが、まぁきっと天国から笑っている事だろう。さて...さっさと準備をして事務所に出勤しなくちゃな。


「ほら、起きて。俺は仕事だし、雪菜は学校でしょうが」


「むぅ...」


 渋々と言った様子で身体から離れる雪菜。少しだけ頬がぷくっと膨れていた。最近この私怒ってますよアピールが流行りらしい。


「...ここを第二の事務所にしたいなぁ。そうすれば、兄さんも出て行かなくて済むし、私は兄さんの補佐をここでしながら過ごせばいいわけだし」


「まるで父さんと咲華さんみたいだな」


 そう言うと、雪菜は顔をみるみるうちに赤らめていき、また幸せそうに笑った。そんな笑顔を見れて、俺も幸せだ。


 雪菜が作った朝ごはんを食べて、俺と雪菜は一緒に家を出る。赤い屋根が象徴のような家が、俺達が今住んでいる家だ。こうしたほうが、アイツも喜ぶだろう。


「......しかしまぁ、終わりとしては些か足りない。探偵の終わりといえば......」


 あぁ、こんな感じでいいだろう。車の助手席に座る雪菜の鼻歌に耳を傾けながら、俺はこの事件を終わらせることにした。


 こうして、事件は幕を閉じたのだ。


 ほら、事件は探偵が締めないと終わらないものだからな。




The end.

 これにて終わりとなります。


 ここまで読んで下さった方、及び評価してくださった方、ありがとうございました。

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