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私と沙耶は探偵事務所に赴く

 遠くの方から車のエンジン音や夜に出歩いている高校生の話し声、酔っ払った会社員の笑い声が聞こえてくる。そんな場所とは全く違う暗い部屋で、一人の男が血を流して倒れており、その傍らには一人の男がいた。死体から流れたと思われる血は赤黒く、染み込むように変色しており、その死体は酷く腐食していて蛆がわいている。匂いも酷い。だが、嗅ぎなれたと言えば嫌なものだが、この錆びた鉄の匂いにも少しは耐性がついた。それでも、長く見ていたいとは思わない。男はその死体から遠ざかり、近くにあった小さな金庫に向かって歩いていった。男は金庫を開こうとするも鍵がかかっていて開かない。


 チッ、と舌打ちをして男は周りを見回した。辺りは酷く散らかっている。書類は落ち、コップは割れ、踏み場が少ししかない状態だ。辺りに散らかっている紙やその他の事前に調べた情報からいくつかの番号を捻り出す。そして鞄から聴診器を取り出して金庫に当て、ダイヤルを回し始める。


 数分後、カチャリと鍵の開く音が聞こえた。聴診器を取り外して金庫の扉を開ける。中に入っていたのは、札束だ。万札が何枚も重なった状態で一括りにされ、それらがいくつも入っている。それらを取り出して、目的の品を回収する。


「...不用心だな」


 男は心の奥からこみ上げてくる嬉しさに似た感情に身を震わせながら、携帯電話を取り出した。画面をつけると、暗い部屋にはなかった光が辺りを照らし出した。画面に映る顔は、本人にもこらえきれていないのか、笑っていた。そしてとある所に電話をかけ、二、三言話すと電話をやめてその場から歩き出した。





 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜





 土曜日の朝。沙耶に呼び出された私は駅前で彼女を待っていた。集合場所といえば、大体は駅になるだろう。何せわかりやすい。改札前や階段付近とでも言えば見つけるのは容易だ。新宿駅とかいう魔境のような場所は知らない。あそこは駅ではなくダンジョンだと私の友人は言っていた。


「おっ待たせー!」


 声が聞こえてきた方を見ると、沙耶が手を振りながらこちらに向かって歩いてきていた。彼女の私服を何度か見たことはあるが、今日の服装は今まで見てきた中でも1番可愛らしいと思われるコーディネートだろう。それだけでどれほど彼女がその大学生のイケメン探偵に期待しているのかがわかった。でなければわざわざミニスカートなんてスースーするものを穿いてくるわけがない。


 そんな私の服装は落ち着いた黒色のシャツにロングスカートなのだが。黒は女性を綺麗に見せるから、という訳ではなく、単純に黒が好きなだけだ。夏が過ぎて少しだけ涼しくなってきてはいるが、今も普通に気温は高い。それでも私がロングスカートを穿くのは、好きだからとだけ言っておく。母もよくロングスカートを穿いていた。暑さは気になるが、嫌という程でもない。


「よーしっ、早速噂の超イケメン探偵のとこに行ってみよー!」


「ハードル上がってない?」


 イケメンから超イケメンにいつの間にかランクアップしていた。沙耶の頭の中はイケメンでいっぱいらしい。そもそも、頼むこともないのに探偵事務所に行って取り合ってくれるのだろうか。その事を沙耶に言うと、彼女は、考えてなかったーっ!! と声を上げて辺りをウロチョロとし始めた。


「ねぇねぇ、なにか困ってることとかない!? このままじゃ、門前払い受けちゃうよぉ!!」


「いきなりそんな事言われても...」


 あるにはある、が...沙耶は私の親が世を騒がせる殺人鬼に殺されたとは知らない。だから、その話題を出すのははばかられるが...いや、別にいいか。知らないのなら、夜が怖くて出歩けないとかって理由で殺人鬼の捜索を願うのもいいかもしれない。


「...殺人鬼の捜索をお願いするのってどうかな?」


「殺人鬼って...あの浪川 鏡夜って人? そういえば、雪の苗字も浪川だよね」


「偶然よ。別に珍しいことでもないでしょ? 世の中探せば月本って苗字の殺人犯もいるわよ、きっと」


「うーん、確かにそうだね」


 なんとか誤魔化しはしたが、いつかはバレてしまうのかもしれない。いや、殺人鬼が捕まれば、バレてしまう。そういったことをテレビでは必ず報道するだろう。唯一生き残った妹、殺人鬼の温情か...とかって、私の気持ちも知らずにあることないこと報道するに違いない。


「雪、どうしたの?」


「へ?」


「なんか暗い顔してたよ?」


 沙耶に心配されてしまった。そんな顔にならないようにもっと気をつけなくちゃ...。私は軽く頭を横に振って答えた。


「ううん、なんでもないよ。それじゃあ、行ってみよっか」


「おーっ!」


 なんでもないと分かればすぐに明るくなるのも、沙耶の特徴だ。羨ましく思う。早く早くっ、と前を歩いて急かしてくる沙耶に、待ってよ、と言いながら私は追いかけた。





 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜



 流石にあれだけはしゃいでいれば、汗もかくというもの。私達は額から流れる汗をタオルで拭きながら、目的地の場所まで辿り着くことが出来た。


 橘花(たちばな)探偵事務所。ここがその目的地だ。窓から中を見てみると、大人びた女性と髭を生やした男性が仲良さそうに話し合っていた。服装は2人ともスーツを着ている


「うーん、イケメンというよりダンディー...」


「いやあきらかに大学生って風貌でもないでしょ。事務長さんか何かだって」


 ボソッと呟いた沙耶に私は軽くツッコミを入れた。男はどこから見ても父親のような出で立ちだ。銀色の指輪をつけてるのを見て、既婚者なのかと判断した。よく見れば女性の方も同じく指輪をつけている。夫婦だろうか。


「...あっ」


 男の人がこちらを見て、目が合ってしまった。不思議そうに見ていたが、何を考えたのかニッコリと笑った。私と沙耶は反射的に窓から離れた。


「み、見つかっちゃったよ...どうしよう、どうしよう雪!?」


「そりゃ、こんなマジマジと見てれば見つかるよ...。とりあえず、中に入ってみる?」


「えぇ!? ちょ、ちょっと待ってまだ心の準備がっ!?」


「諦めなさいよ。いつも貴方言ってるでしょ? 女は度胸って」


「ちょっ、待って、お願い待ってぇ!?」


 私は尻込みする沙耶を無理やり押して、事務所の扉を開ける。カラーンッと音が響き、先程の男性と女性が出迎えてくれた。


「いらっしゃい。君達みたいな女の子が何の依頼かな?」


「えっ、えぇっとぉ...」


 男の人に尋ねられて、沙耶が目線で助けてくれと訴えながら私の服の裾を引っ張る。可愛い。むしろこの場で助けを出さない方が役得じゃないかな。


「とりあえず、入口じゃなんだし外も暑かったろう。飲み物入れるから、そっちのソファーにでも座っててくれ」


 促されるままに私達は指で示されたソファーに向かって歩いていき、腰を下ろした。歩き疲れていたのもあり、ソファーに座った途端、ふぅっと息を吐き出した。座り心地がとてもいい。それに、事務所の中はとても涼しく、珈琲のいい香りがする。


「飲み物は何がいい? 麦茶と、珈琲と、林檎ジュースくらいしかないのだけれど...」


 女性がたずねてきた。私と沙耶が、麦茶でお願いしますと言うと、女の人は奥へと続く廊下に向かって行き、消えていった。


「さてと、飲み物が来るまでゆっくりしていようか。といっても、おじさんは最近の子の話題なんてよく分からないんだけどね」


 笑いながら男の人が机を挟んだ反対側のソファーに座ってマグカップに入れた珈琲を口に含んだ。


「いい匂いですね」


「だろう? うちの家内が淹れた珈琲はとても美味いんだ。っと、自己紹介が遅れたね。私は橘花探偵事務所のオーナー、橘花(たちばな) 恭治(きょうじ)だ。宜しく頼むよ」


 そう言うと恭治さんは軽く頭を下げた。私と沙耶も自己紹介をすることにした。


「わ、私は月本 沙耶といいますっ。商店街を抜けたところにある高校に通っていますっ」


「私は、浪川 雪菜といいます」


「......浪川...?」


 恭治さんが私の名前を聞くと、軽く眉間にシワを寄せた。が、すぐに元の表情に戻って笑いながら謝罪してきた。


「いや、すまんすまん。君の苗字は今はちょいと有名だからね。私の所にも、あの殺人鬼の依頼というのは来るんだ。疑うような目で見てしまってすまないね」


「いえ...大丈夫です」


 こんなことになるのは少しは予想していたことだ。そんな所に、コトっと目の前に飲み物が入った容器が置かれた。置いた人物は先ほどの女性だ。


「あぁ、紹介するよ。彼女は私の妻の橘花(たちばな) 咲華(しょうか)だ。私の補佐をしてくれている」


「宜しくね」


 咲華さんは私達に優しく微笑んだ。私達も軽く頭を下げて、自己紹介をしてから淹れてもらった麦茶を飲んだ。冷やされた麦茶が喉を通っていき、暑く感じていた体もどんどん涼しく感じてきた。


「あともう1人いるんだが...徹夜の仕事でまだ寝ていてね」


「そ、その人...会わせてもらえませんか!?」


「ちょっ、沙耶!?」


 いきなり言い出した沙耶に、恭治さんは笑いながら、そうかそうかと言った。見れば咲華さんも笑っている。


「なるほど、噂のイケメン探偵ってやつだね? この頃、息子見たさに押しかける人たちが多くてねぇ...」


「あはは...沙耶がすみません...」


「良いのよ、私はうちの息子が世間様から見て目に入れても痛くない子でホッとしてるわ。気遣いもできて優しくて、いい子なのよ?」


「また始まっちまったよ...。すまんな、家内は息子のこととなるといつもこうなんだ」


 乾いた笑みで返す。何かと苦労していそうなお父さんだった。そんな話をしていると、奥の廊下から、一人の男の人が現れた。


 背丈は170後半と見て取れるくらいに高く、髪の毛は片側は目が隠れるように伸びていて、もう片側は黒い髪留めで止められていた。そして、黒い額縁の眼鏡をかけていて、その眼鏡を通して見えるその目は、とても眠たげだ。フラフラと前傾姿勢のままで歩いてきていた。その他の顔のパーツは、確かに整っていると言えるだろう。


「おぉ、晴大(せいだい)。起きたのか」


「話し声が聞こえたからな...お客さんか?」


「まぁ、そんなところだよ。とりあえず、紹介するから座ってくれ」


「あぁ。咲華さん、カフェオレお願いします」


「はいはい」


 優しげな笑みを浮かべて咲華さんは部屋から出て行った。この人が、噂のイケメン探偵さんだろうか?


「紹介するよ。息子の橘花(たちばな) 晴大(せいだい)だ。大学生でうちの仕事を手伝ってくれてる。今噂のイケメン探偵だ」


「その紹介に悪意を感じるんだがね。まぁいい、親父から紹介があったとおりだ。宜しく頼むよ」


「こっちのショートの子が月本 沙耶ちゃんで、こっちが浪川 雪菜ちゃんだ」


 恭治さんが晴大さんにそう紹介すると、晴大さんの眠たげな目が大きく開かれた。瞳孔が開いており、驚いているように感じる。


「あぁ失礼。彼も事件を追っていてね。少し神経質なんだよ。ごめんね」


「いえ、大丈夫です」


「...すまないな。まぁあれだ、探偵の(さが)とでも思ってくれ」


 多少言葉は荒いものも、それでも確かにイケメンの部類に入るのだろう。それが珍しい探偵をしているのだから、噂になるのも仕方の無いことかもしれない。沙耶は先程から隣でずっと目をキラキラとさせている。


「それで、どんな依頼だ?」


「この子達は依頼じゃなくてお前を見に来たんだとさ」


「...親父、そろそろ営業妨害で訴えてもいいんじゃないのか」


「客足が少ないんだからするわけないだろう」


 恭治さんはケラケラと笑っている。それに反して晴大さんはどんよりといった感じで、気落ちしているようだ。開いていた目もまた眠たげになっており、疲れていることが伺える。


「夜中までパソコンなんていじってると、目悪くするわよ?」


 咲華さんが甘い香りのするカフェオレを晴大さんの前に置いた。甘党なのだろうか。それとも単にブラックが飲めないのか。置かれたカフェオレを晴大さんはゆっくりと飲み始めた。そして何口か飲むとマグカップを置いて深く息をついた。


「仕方がない。ようやく見つかりそうだったからな。明日の昼頃また出かけるよ」


「早めに帰るのよ?」


「善処はするよ」


 探偵の仕事というと、張り込みとかだろうか。しかし様子を伺う限り、凄腕というのは確かなようだ。目の前で捜査の話などをする晴大さんからはそう感じ取れた。


「あっ、あの...」


 沙耶がおどおどといった感じで口を開いた。ポケットから携帯を取り出して、晴大さんに向かって頭を下げて頼んだ。


「れ、連絡先交換していただけませんかっ!?」


 それを聞いた晴大さんは困ったような顔をして頬を指でかきながら答えた。


「あぁー、すまないな。捜査の最中に鳴ったりするとあれだから、基本依頼人以外の連絡先はいれないんだ」


「そ、そうなんですか......」


 ショボンっといった感じに沙耶は項垂れた。そんな沙耶を見て軽くため息をついた晴大さんはポケットから携帯を取り出して言った。


「まぁ...夜中にメールとか、頻繁にしてこないなら別にいいよ」


「ほ、本当ですかっ!? やったぁ!!」


 一変して笑顔になった沙耶を見て、晴大さんは苦笑いをした。2人は携帯の赤外線を使い連絡先を交換したようだ。


「良かったじゃないか。現役女子高生の連絡先だぞ」


「あまり変なことを言うなよ親父。変態っぽいぞ」


「あら、貴方は昔から変態よね?」


「咲華!?」


 ふふっ、と口元から笑いがこぼれた。見れば沙耶も笑っている。明るく楽しそうな家族を見て、私は羨ましく感じた。こうやって笑い合える家族でありたかった。両親を取り戻したい、と強く思った。けれど、黒魔術が使えるわけでもない。私に出来ることはやはり...兄を追うことだけなのだ。






 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜






 カラーンッと音を立てて扉が開かれ、女子高生達は事務所から出ていった。俺は深く息を吐き出した後、未だ机の付近で作業をしている親父に声をかけた。


「...親父、あの子は......」


「あぁ、わかってるとも。妹だろうな。前に調べた物によれば、親戚ではなく父親の友人を名乗る男が引き取って育てているとのことだったが、まさか地元とはね」


「果たして偶然か...。普通、殺人鬼のいるであろう範囲から逃げようとは思わないのかね。捉えようによっては、たまたま殺されなかった。けど、今も尚命を狙ってるって考えてもおかしくはないが...」


「心配か?」


「...わかんねぇんだよ。なんで殺されなかったのかが。それに、なんで親戚ではなく友人が引き取ったんだ?」


「親戚は皆断ったらしい。殺人鬼の妹なんて、ってな」


「...なるほどね。どこからどう見ても、関係ないだろうに...」


「んで、どうするんだ? 殺人鬼の捜索依頼を片すのか。それとも別の物か?」


「...別の物、だな。親父も調べてくれてるんだし、俺はこっちを先にかたす。時間かけるとめんどそうだしな」


「どっちの依頼も時間かければかけるほど厄介だっての。強いて言うなら、犠牲者が出るこっちの方がやばい」


「...警察も動いてんだし、ちったぁこっちよりマシでしょう」


 マグカップに残っているカフェオレを飲み干す。甘い味と糖分が頭に染み渡っていく。苦いのは苦手だ。世知辛い世の中だ。飲み物くらい甘くたっていいだろう。


「俺もそっちを手伝ってやりたいが...如何せんこっちの方が俺にとっては大事なことなんでな」


「良いんだよ親父。親父は親父の理由で。俺は俺の理由で依頼をこなしてんだ」


「...せめて、見つかるといいな」


「まったくだ。できれば提供先の子も見つけたいところだ」


 窓をチラリと見やる。こんな晴れ空の中、殺人鬼は闊歩しているのだ。誰にもバレずに。誰にも気付かれずに。一体どんな手で? どうやって姿をくらました?


「...謎は深まるばかりだな」


「迷宮入りしないことを願おうぜ、親父」


 そう軽口を叩いてから、俺はまた自室へと戻って行った。さて、情報をまとめ直して、明日に備えなくてはな。

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