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私はそれでも兄を追う


 水の流れる音が風呂場に響く。朝見た夢を忘れるように、頭からシャワーの水をかぶる。汗で気持ちが悪かった体は、今やすっかり爽やかだ。だが、ここから学校に行かねばならないとなると、少し気が重くなる。けど、中学校とは違い高校は義務教育ではない。やたらめったに休んでもられないのだ。出席日数や成績は将来のためには大事なことだ。


「...そもそも、遅刻が多い段階で少しグレーゾーンかもね」


 シャワーの水を止めて、風呂場から出る。棚においてあったタオルを手に取って体中を拭き始める。スラッとした身体。肩にかかる程度の黒髪。高校生の平均程度の胸。それでも他者と比べれば大きく思えるだろう。見てくれは健康体そのものだ。


「...はぁ」


 だがその実、彼女は痩せ過ぎと前までは言われていた。飯がろくに喉を通らなかったのだ。それほどまでにあの事件は心に傷を負わせた。みるみる身体は細くなり、引き取った滝川はあの手この手でご飯を食べさせ、なんとか今の状態に落ち着いている。今はしっかり三食食べている。運動は、特にしていない。あまり運動するのは好きじゃない。昔はよくはしゃいでいたが、今はそんな気力もない。部活は美術部に入っている。部員は少ないが、一人の世界に入り込むことが出来るので気に入っている。ただ問題があるとすれば...彼女は赤色を使いたがらない、というところか。思い出してしまうからだ。赤に染まったあの部屋を。


「...お昼から行こうかな」


 授業の大半に欠席になるが、仕方がない。誰だって面倒なことは嫌なのだ。行くだけマシと思ってほしい。そう思いつつ、棚においてある黒縁の眼鏡を取ってかけた。


「...お母さん」


 そうだ、母も眼鏡をかけていた。部屋に置いてある、わざと倒したままの写真たての中に写っている母の写真と今の私を比べると、やはり私は母の娘なのだと感じた。どことなく似ている気がした。それが、少しだけ嬉しかった。


「...ご飯食べて、支度を始めなきゃ」


 服を着てリビングへと向かう。テーブルの上に置かれたスマートフォンには、友達からのラインが届いていた。大丈夫?と送られてきていたので、大丈夫、少し風邪気味なだけだよ。昼から行くから、と返信する。


 数分後には、そっか、それでも来るんだから偉いね、とスタンプとともに送られてきた。私もそれにスタンプで送り返す。それを終えると携帯を置いてテーブルの上にある朝食に手をつけ始めた。近くにあったリモコンを手に取り、テレビの電源をつける。


 目玉焼きに醤油をかけて、食べようとした時だった。ニュースキャスターがニュースを読み始めた。


『先日起きた殺人事件の犯人は捕まっておらず、現在もなお行方をくらませている模様。殺害現場には、犯人が作ったものと思われる手鏡の中に三日月が書かれているカードのようなものが置かれていました。此度の事件もまた、浪川 鏡夜による犯行だと見られ、警察は近くの住民に注意の呼びかけをしながら辺りを捜索しているとのことです』


 朝食を食べる手が止まる。まただ。神出鬼没の殺人鬼、浪川 鏡夜。あれから5年は経つ。当時中学生だった兄はもう既に、順当に行けば大学生だっただろう。兄は優しかった。そして、とても頭がよかった。その兄は殺人鬼となり、今も尚逃げ続けている。5年もだ。5年もの年月をたった1人で逃げ切っているのだ。しかも、当初はただの中学生だ。それほど知識もないのに、それでも逃げ切った。兄の頭を凄いと思ってはいたが、これ程までとは思っていなかった。


「...今の警察なんて、使い物にならないのね」


 私はそう毒づいた。ただの子供1人なぜ捕まえられないのか。それほどまでに兄は人を殺して逃げることに関して優秀なのだろうか。


『被害者の身体は無数の切り傷ができており、鋭利なナイフのようなもので切られたと思われます。所持していた鞄の中身からは財布などが盗まれており、金品目的の殺害と見られています』


「...救えない人」


 ボソリと呟いた。私が何とかしなくては。どこからかそんな気持ちが湧いてきた。相手が兄だから、だろうか。家族だから止めたいとか、そんな事じゃない。私はただ、アナタを殺したいんだ。








 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜










 皆が昼食を食べているであろう時間帯に、私は学校に登校してきた。リュックを背負って昼間の構内を歩いていると、皆から奇怪な目を向けられるから嫌だ。けど、教室にまで入ってしまえばもうなんともない。


 ガラッと扉を開けて教室の中へ入る。


「あっ、雪!」


 軽く手を挙げてこちらに向けて降ってくるショート髪の女の子は、月本(つきもと) 沙耶(さや)。朝、私の携帯に連絡を入れてきたのは彼女だ。彼女は私の事を雪と呼ぶ。他の子は大体雪菜ちゃんか雪菜さんと呼ぶ。それで分かる通り、私と沙耶は仲良しだ。


「ぼっち飯だなんて、沙耶にしては珍しいね」


「雪が来ないから1人で食べてたの!!」


「そっか...。まぁ、謝る気もないけど」


「むぅ...待っててあげたんだから何か奢れし」


「嫌よ。待っててなんて一言も頼んでないもん」


「はぁ〜...人がせっかく雪がぼっちにならないように待っていてあげたのになぁ...恩を仇で返された気分」


 沙耶が机に突っ伏してションボリとする。そんな沙耶の頭をゆっくりと撫でる。こういう沙耶は可愛いから、ついつい虐めてしまう。


「あはは、ごめんって」


「むぅ...焼きプリンで許す」


「意地でも奢ってもらうの諦めないのね」


「当然」


 沙耶は顔を上げてニヤリと笑った。それにつられて私もくすりと笑う。仕方がないから、放課後の帰り道にでも奢ってあげることにした。


「ねぇ、そういえばさぁ、カッコいい探偵の話聞いたことある?」


「...なにそれ?」


「あちゃー、知らないのかぁ...。なら、教えてしんぜよう」


 ない胸を張りながら沙耶が話をしてくる。この付近にある商店街から少し離れたところに、一件の探偵事務所が建っていて、そこには大学生のイケメン探偵がいるらしい。


「探偵だよ探偵!! なんかこうさぁ、ね、なんかこない!?」


「ふーん...探偵かぁ...」


 高校生探偵だとか、見た目は子供の探偵とかなら知ってるけど、大学生で探偵かぁ...。それってもうほとんど社会人じゃないのかな。


「でさでさ、その探偵腕がいいらしいんだよ! 難事件を何度も解決してて警察とも繋がりがあるとか!」


「それ本当に大学生なの? 背丈小さかったりしない?」


「背丈はそこそこ高いイケメンなんだって!」


「そんな絵に書いたような人がいるんだね。絶対性格悪そう」


「雪は性格と顔の比率を10で分けるのやめたらどう?」


「所詮男なんてそんなものでしょう?」


 来る途中で買ってきたペットボトルのお茶を一気に仰いで喉の奥へと流し込む。ふぅっと息を吐いてまだ話したりなそうな沙耶の話を聞くことにした。


「冷めてるなー、雪は。雪のように冷たいよ」


「雪 雪と何度もわかりにくいよ」


「まぁまぁ。それでさ、今度の土曜日見に行ってみない?どうせ暇でしょ?」


 沙耶は興奮冷めやらぬ、といった感じで、私にグイグイと詰め寄ってくる。その瞳はどこか輝いていて、まるで白馬の王子を夢見る少女のようだ。


「暇って決めつけないでよ...いいけどさ」


「やった! 正直ひとりじゃ行くに行けないから困ってたんだよぉ!」


 仕方ないなぁ、と言葉をこぼした。イケメンに会える、とはしゃいでいる沙耶の隣で、私は少しだけ考えた。


 もしも、警察でもどうにも出来なくても、探偵ならなんとかならないかな、と。警察よりもきっと捜査とかは動きやすそうなイメージがある。だから、私はその探偵とやらに頼ってみようと思った。


 ...正直、あまり期待はしていないんだけどね。


 その後も、沙耶のイケメン探偵の話に付き合い、部活の後に沙耶に焼きプリンを奢って私は家に帰ったのだ。

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