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私は疑えない/俺は偽り続ける

「...ただいま」


 玄関の戸を開けて家に入る。男物の靴が脱ぎ捨てられていた。総司さんのものだろう。靴を揃えて扉の方に向けた。リビングの方から、声が聞こえてくる。


「おかえり」


 総司さんの声だ。とりあえずリビングに向かってみると、テレビを見ている総司さんがいた。スーツ姿で、ネクタイを緩めた状態だ。


「今日、橘花探偵事務所に行ってお礼を言ってきたよ」


「...そうですか」


 私達が誘拐されて、救出されたあと。総司さんはとても慌てた様子で私の事を心配してきた。何も無かったのか、怪我は、盗まれたものは? まるで実の親のように心配してくれる総司さんに、心が温まった。私を心配してくれたのが、とても嬉しかったんだ。


「...雪菜。悪いことは言わないから、彼と交遊するのは控えなさい」


「...どうして、ですか?」


 これまでしたいようにすればいいと、私の想いを尊重してくれた総司さんが、初めて控えろと忠告してきた。彼の何がいけないのだろうか。彼といてはいけない理由は...?


「危険だからだよ。君に何かあったら困る。それに、彼は探偵だ。そういったことに首を突っ込むだろう? 下手をすれば君まで巻き込まれかねない」


「...けど、彼は...晴大さんは護ってくれました」


「そもそも、危険な目に遭わなければ護られる必要も無いんだ。わかってほしい。君に危険な目に遭ってほしくないんだ」


 総司さんが酷く懇願した目で私を見つめてくる。けど...その物言いは、あんまりだ。だって、晴大さんは悪くない。今回のことだって、警察側の不備だって話だった。なら、晴大さんは何も悪くない。そうやって、総司さんに言ってみた。すると総司さんは顔を顰めながら言った。


「...やけに、彼のことを持ち上げるね?」


「...そういう、わけでは......」


「......はぁ」


 総司さんが深くため息をついた。そして、私を諭すように優しい声で言った。


「恋は人を盲目にする。雪菜、君の彼を信じようとするその想いは、盲目的だ。周りを見なさい。そして、考えなさい。何が正しいのか。ただでさえ、近頃は物騒なんだ。自分の身に危険が及ばぬようにしなきゃいけないんだよ」


「...けど、晴大さんなら護ってくれる。約束もした......」


「...そういえば、彼と約束...というか、依頼をしたんだって話を聞いたよ。その時に、住所も書いたようだね」


 総司さんが額に手を当てながら聞いてくる。確かに、私は彼に依頼をするために家の住所や電話番号を書いた。けど、それが一体どうしたというのか。


「...依頼をしてから、家の近くで不審者が発見された。テレビじゃ最近、殺人鬼は多重人格者じゃないのかって話が上がってる。それに、彼は大学生で、年齢も合致する......なぁ、怖くないか。嫌っていうほど、条件に合わないか?」


「...それ、は......」


 言葉が出なかった。だってそれは...嫌なことだ。ありえてほしくないことだ。いや、そう。ありえない。そんなことは絶対にない。彼はそんなことしない。あんなに優しいのに、私の事を多少なりとも想ってくれているのに、するわけがない。


「...橘花 晴大が、君の兄さんなんじゃないのか。偽名を名乗り、人格を切り替えて過ごしているんじゃないのか」


「...でも、それじゃ話しが合いません。彼は、ちゃんとした恭治さんの息子です」


「もし、橘花 晴大という男がいて、それが浪川 鏡夜と似ていたら? 殺して成り代わって、人格をそっくりコピーして。それで過ごしているんだとしたら? 世の中には、似た人が三人いると言われている。もしも...なんて話はキリがないが...なぁ、もしもそうなら、どうするんだ?」


「...そんなの...ありえないです。晴大さんは、兄さんなんかじゃない。絶対に...」


 ...私は、言葉をなくしてしまった。リビングから去り、自室へと向かった。後ろから呼びかける声はない。


「......うぅ...」


 目に、熱い物が登ってきた。持っていた荷物を放り出し、ベッドにダイブする。


「..........」


 そもそも、兄さんはもっと髪の毛が短かったし、眼鏡なんてかけてなかった。確かに、眼鏡を外して、髪の毛をあげているところは見たことないけど...違うだろう。ただ、どことなく似ている気がするだけ...


「..........」


 あぁ、ダメだ...。考えれば考えるほど、私は晴大さんの事がわからなくなってしまう。もっと知りたい。彼を心から信頼できるような何かが欲しい。彼が違うという証拠が欲しい。


「..........」


 けど、何があるんだろう。優しい、頭がいい、強い。どれも殺人鬼にも当てはまるものだ。晴大さんだけの、何か特別なもの...


「...見つからない、なぁ」


 ボソリと呟いた。放り投げた荷物の中から、携帯を取り出す。画像フォルダを開くと、ディスティニーランドで撮った写真が保存されていた。三人で撮ったもの。二人で撮ったもの。沙耶と晴大さんの二人が写ったもの。そして...何気なく撮った、彼の横顔が写ったもの。


「...ふふっ」


 笑いが零れた。あぁ...私はここまで、彼に心酔していたのか。きっと、ここまで想いが強くなったのは...あの時助けられたから、かな。疑いたくない。疑えない。皆が彼を否定したら、私は肯定したい。そう、思ってしまった。


「......晴大さん...」


 ベッドのそばに畳んでおいた、彼から借りたジャージを手に取って、顔を近づけてスーッと息を深く吸い込んだ。


 ...落ち着く香りがする。懐かしい、優しい、そんな匂いがする。


「..........」


 そうして、私は彼のジャージを抱き抱えるようにしたままベッドに横になった。窓の外の景色は、橙色。夕日がもうすぐ沈む頃合だろう。少しだけ、眠くなってきた。


「...晴大さん」


 呟く。隣に彼がいてくれたらどれほど幸せだろう。どれだけ安心できるだろう。


 ...一緒に、いたいなぁ......


 ..........



〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜



「..........」


 退院して、事務所に戻ってきた。まさか迎えも寄越さないとは思ってはいなかった。普通にタクシーで帰ってきたのだが...


「...なにこれ」


「見りゃわかるだろ。地方公務員の成れの果てだ」


 目の前にいる親父はそう返した。親父の足元には缶ビールが数本、焼酎数本、そして酔いつぶれた秀次さんが転がっていた。


「...クビ?」


「減給だと。拳銃ぶっぱなして、挙句ボコボコにされて、カーチェイス紛いのことして良くクビにならなかったもんだな」


「...何日目?」


「二日おきくらいに来てる」


「えぇ...」


 酔いつぶれて動かない秀次さんを見下ろす。なんて酷い有様だ。余程堪えたのだろう。けど、秀次さんがいなかったら、俺たちはもっと酷い目にあっていたに違いない。そこは感謝している。俺達のために、クビになるかもしれないような行動をしてくれて、正直助かった。


「...俺もうこの酔いつぶれたの連れて見張り行くの嫌なんだが」


「いや知らんよ。仕事だろ」


「お前一日でいいから変わってくれよ。警察がどれだけブラックな職場かわかるぞ」


「恐らく手を借りられてるアンタだけがその境遇なんじゃないのか...」


「いや、殺人鬼事件に関わった奴らは皆この境遇のはずだ。じゃなきゃ俺は楽してる奴を憎しみで半殺しにする」


「...溜まってんなぁ」


 親父も親父でフラストレーションが溜まっているようだ。目元を見れば、隈がひどくなっている。そろそろ親父を寝させてあげてくれ。いくら身体能力が人外のソレとはいえ、基本構成は人間と同じだ。疲れりゃ寝るし、腹が減れば飯も食う。


「なんか失礼な事考えてないか」


「いや別に何も。それより、何か掴めたことは?」


 一瞬怪訝そうな顔をした親父に少しだけヒヤッとしたが、ポーカーフェイスでやり過ごす。尋ねたことに対して、親父は胸ポケットから手帳を取り出して渡してきた。


「尋問してわかったことだ。目を通しておけ」


「...できたのか」


「...頭が飛んだような話ばかりだったが、信憑性の高いものだけをピックした。後は調査で確定したものとかだな」


「なるほど」


 手帳をパラパラと捲っていく。書かれた最後のページを見ると、尋問で得られた様々な内容が書かれていた。その中に書かれていた一文に、流し読んでいた目が止まった。


「...バイヤーが見つかったのか?」


 ここでいうバイヤーは、一般的な貿易のことではなく、麻薬の密売者のことを言う。親父はゆっくりと頷いた。


「主犯格の自宅を捜索したら、バイヤーに関する紙が出てきた。誰かから聞いたんだろうな。メモ用紙に、裏路地の場所と時刻、それと値段が書かれてた」


「...危機感の欠片もねぇ。普通処分するだろ」


「身体だけが取り柄のパッパラパーだったんだろ」


「警察は調べに行ったのか?」


「いや、お前に任せると。警察じゃ行ったところで姿を見せないどころか、周りの連中になにかされるかもだとよ」


「なにかされたら公務執行妨害で捕まえろよ。何考えてんだ」


「人員さけねぇってのもあるんだろうよ」


 未だに続く殺人鬼による殺人事件。その被害者は今も尚出続けている。警察も、事後でしか動くことが出来ていない。完全なイタチごっこだ。


「...それに、警察は麻薬を使えない。フォームを使われたらなすすべなくやられる。そのためのお前だ」


「..........」


 恭治が苦々しい顔をして言った。それはつまり、体のいい使い捨ての駒ということだろう。毒薬にもなるソレを使わせて、争わせる。毒を以て毒を制す、とはこの事か。別に、警察にそんな感じで扱われようが、どうでもいい。俺は俺のやりたいことを、やるべきことをやれるのなら、それでいい。その対価として、自分の身体を壊すことになろうが、構わない。後ろ楯として、警察がついているわけだし、捜査にもその後ろ楯が生きることが多いわけだしな。


「...俺の息子は、代替のできる駒じゃねぇんだぞ...クソッタレが」


 恭治がそう吐き捨てた。俺の息子...か...


「...ただの出来損ないだよ、俺は」


 きっと死んだアイツの方が、俺よりもっとうまくやれた。俺よりも強かった。俺よりも勇敢だった。俺よりも...


「...いつまで、そのフリを続けるつもりなんだ」


 突然、親父から言われたその言葉に晴大は目を見開いた。眼鏡の奥から除く目が、恭治の目と合った。恭治は、どこか悲しそうな、でも、優しそうなその瞳で晴大を見つめている。


「...前にも言ったよ。捕まるまでって」


「...そうか」


 いつもの、芯の通ったような声で恭治は言った。そしてその後、何も言うことなく事務所から出ていって自宅の方へと戻っていった。残された晴大は、鏡の前に立って眼鏡を外し、髪をかきあげた。


「...俺は、橘花 晴大だ」


 まるで自分に言い聞かせるように、そう言った。


 ──俺が、鏡夜だ


 いつか聞いたあの声と同じように、繰り返した。


「俺が、橘花 晴大だ」


 その言葉は、聞く人からすればまるで、自己暗示をかけているようにも聞こえる。


「..........」


 眼鏡をかけ直し、髪をかきあげていた手を下ろす。そして、恭治の後を追うように、晴大も事務所から出ていった。




〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜


 電気の明かりが全くないその部屋で、男は笑った。周りには、何か植物のようなものが多く植えられている。だが、この場所は室内だ。天井部分はガラス張りになっている。月の光が真っ直ぐに差し込んできていた。


 男はその場から歩き出して、ある部屋へと向かった。その部屋もやはり電気はついていなく、真っ暗な暗闇だけがそこにあった。左手に持った懐中電灯で中を照らしながら入っていく。


 ...あぁ、どうにも最近はイラつくことが多い。それを発散するために、何人か殺してみたが...どうにも晴れない。早く彼女の顔が見たい。彼女の顔をじっと見つめると、少しだけサッパリした気分になる。例えるなら綺麗な黒。彼女は、やはりとても可愛らしい。


 ...早くひとつになりたい。けど、その為には...まだ、足りないものがある。彼女をもっと墜すためには、アレの完成が不可欠だ。フォームは完成と言ってもいい。効果は素晴らしいものだった。


 男はポケットから赤い正方形の紙を取り出した。とても小さく、一口サイズの大きさ。フォームと同じだ。だが、フォームは白色で、これは赤色だ。その点だけが違う。


 ...後は何度か試すだけ。いつも通り、あの売人に売り渡して効果を試してもらうことにしよう。名前はもう決まっている。『Birth(バース)』だ。これが上手くいったら......


「......く、ククッ......」


 男の喉から堪えきれない笑いが零れた。男が片手で持っている懐中電灯が、部屋の一部を照らした。


 その部屋の壁には...浪川 雪菜の写真がたくさん貼られていた。制服、寝巻き、はたまた風呂に入っている時の写真まで。


「...俺が、必ず君を幸せにしてみせるからね......」


 男の歪んだ想いが、実態化したかのような部屋だった。

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