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俺は危機に遭遇する

 ディスティニーランド。海沿いに創られたテーマパーク。人の出入りは多く、日本の指折りの遊園地だろう。モチーフとされた四本足の獣(マンティコア)空を優雅に飛び立つ鳥(グルル)が入り口に像として建てられていて、皆を出迎えてくれる。可愛くはない。むしろ男ウケが良さそうなテーマパークだ。


 人が集まれば暑いというもの。額に汗をかきながらも長蛇の列に並び、アトラクションを楽しんでいく。ジェットコースターや落下するエレベーター、体感型映画のようなもの。それらは子どもの心からすればとても楽しく映るものだろう。


「...子供からすれば、な」


 俺からすれば、なんとも思わない。いや、確かにアトラクションは楽しいものもある。黄色い熊が蜂蜜が入った壺を振り回しながら歩いていたり、鼠っぽいのがバイクに乗って爆走しているのを見ていて確かに面白いとも思う。


 だが、近頃のJKやらはあのぬいぐるみに突撃してキャーキャー言ったり写真を撮ったりと、お前中身いること知ってんだろって突っ込みたくなる。背後に回って蹴りを入れる子供の方がまだ面白い。


「ねぇ雪、あのお城の前で写真撮ろうよ!! 晴大さんも!!」


「沙耶...人多いよ?」


「...俺もか?」


 カメラマンに回った方が楽でいいのだが。まぁいいか。はしゃいでる沙耶とそれに軽く嫌そうな...といっても、頬は緩んでいる雪菜が城の前に並んだ。俺は近くにいた職員に携帯を渡して写真を撮ってもらうことにした。


「あ、晴大さんはここね」


「え、いや俺端っこの方が...」


「いいのいいの!! ほら、せっかく撮ってもらうんだから!!」


 沙耶にぐいぐいと引っ張られて二人の真ん中に立たされた。沙耶は女子高生らしく片手でピースして、もう片手で俺の腕を掴んだ。雪菜もおどおどといった感じで優しく腕を掴む。両手に花とは、こういうことだろう。いやまぁ、俺が体験することになるなんて、全く予想はしていなかったが。


 フラッシュがたかれ、職員が携帯を返してきた。フォルダを見てみると、満面の笑みを浮かべる沙耶と、可愛らしく微笑む雪菜、微妙に頬が引きつっている俺が写っていた。


「うわ、晴大さん顔が引きつってる」


「嫌そう...?」


「いや、そんなことはないんだけどね」


 ...如何せん、俺には全く縁がないものだと思っていたばかりにこういったものに耐性はない。高校時代なんて部活にも入ってなかったし、友達もろくにいない。作ろうとしなかっただけだが。いや、数人はいるとも。ちょくちょくラインで会話する程度の仲だ。


「次あっち行って見よ!! ほら、二人共早く!!」


「ちょ、ちょっと待ってよ沙耶!!」


「落ち着け、転ぶぞ」


 遊園地に来てからというもの、沙耶がとにかくはしゃいでいた。俺と雪菜の手を掴んで引っ張っていき、次へ次へと進んでいく。汗をかくなんてお構い無しだ。二人共、特に雪菜は黒い服とロングスカートのせいかとても暑そうだ。


「平気平気!!」


 笑顔で笑いながら進んでいく彼女は、まるで初めてこの遊園地に来たかのよう。


 ...あぁ、そうか。彼女は......


「...初めて、だったんだな」


 彼はポツリと呟いた。



〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜



 夜になると遊園地の中はライトアップされて、アトラクションに乗って高いところに行くとより綺麗に見える。お城はライトアップされて昼間よりも綺麗に見えた。


 私達のいる場所の高度がどんどん上がっていく。沙耶が最後に乗ろうって言ったのは、観覧車だった。夜のこの時間帯はとても混む。のにも関わらず、私達はすぐに乗ることが出来た。


「いやぁ、ファストパス取っといて良かったよ」


 晴大さんがなんてことないように言った。私達は、乗るだなんて一言も言ってなかったのに。もしかして、デートとか慣れてるのかな。私達が休憩している途中で一旦いなくなったから、その時に取ってきたんだと思う。


「晴大さん、いつの間に...。というか、もしかしてこういったの慣れてます?」


「いやなに。職業柄、かね。現代の女子高生が夜に乗りたくなるアトラクションといえば、これだろう?」


 予想が外れたらどうしようかと思ったよ、と彼は微かに笑いながら言った。晴大さんは1人で、その反対側に私と沙耶が座っていた。窓の外を見下ろしてみた。遊園地は綺麗な色で染められている。


「すごい綺麗...」


 思わず口から言葉が漏れた。そんな言葉を聞いた晴大さんは、連れてきてよかったよ、と微笑んだ。その微笑みが、とても印象深いもので、私が今まで見てきた中でも特に心の中に入り込んだのではないだろうか。


「晴大さん...今日は、ありがとうございます」


 沙耶が彼にお礼を言った。沙耶の目は外の景色に向いていて、どこか潤んでいるように見える。


「私...小さい頃に、お母さんとお父さんが死んじゃって...ずっと、お婆ちゃんが育ててくれたんです。だから、遊園地なんて、来たこと...なくて...」


 隣からは嗚咽する声が聞こえる。それでも彼女は言葉を続けた。外の景色から目を外して、頬から涙が落ちるのを指ですくいながら彼に顔を向けた。


「だから...今日、本当に楽しくて...雪と、晴大さんと、三人で、楽しくて...だから、だから......」


 ひくっ、えくっ、と声が漏れている。そんな家庭の事情、私は知らなかった。今日、沙耶がとてもはしゃいでいた理由がわかった。そんな泣いている彼女の頭を、私は優しく撫でた。


「...そっか。なら、また来ようか。君さえよければ...また、連れていくよ。それとも、彼氏との方がいいかな」


 晴大さんが少しだけ悪戯をする子供のような表情をしながら、彼女に聞いた。けど、それを聞いた沙耶は顔を綻ばせて、より一層泣きながら答えた。


「っ...わ、たし...また、来たいです。晴大さんと...雪と、三人で...」


「...そっか」


 晴大さんがポケットからハンカチを取り出して、沙耶の涙を拭いた。沙耶はお礼を言って、晴大さんに聞いた。


「なんで...こんなに、優しくしてくれるんですか...? 私は、家族でも、何でもないのに...」


 不思議に思ったんだろう。事実、私もそうだ。彼は何故私達に優しくしてくれるのか、分からない。だから知りたい。彼が何を思っているのか。


 ...けど、そう思ったことを後悔した。次に彼が発した言葉は、私の心にとてつもない痛みをもたらしたから。


「...君が、大切な子だからだよ」


「......えっ...?」


 みるみるうちに、彼女の顔が赤く染まっていく。しきりに、えっ、えっ? と呟いていた。


 ...そんな沙耶とは反対に、私は心にズキリと痛みが走った。大切な子。それは、そういう意味で...? 彼は、晴大さんは沙耶のことが好きだ、と...?


「え...と...それ、は...どういう、意味で...?」


「...そうだな......」


 彼はチラリと私を見て少しだけ悩んだ後、彼女に言った。


「今度、二人だけの時に話してあげるよ」


「...あ...ぅ......」


 顔が真っ赤になり、やがて彼女は完全に茹で上がってしまった。視線はおぼつかなくて、頬は緩んでいて、口からはあぅ、あぅ、と言った言葉にならない声が漏れていた。


「...さてと。じゃあ、帰ろうか」


 そう言った彼の顔を見た。その顔は、女の子に告白をしたとは思えない、無表情に近い表情をしていて...


 ...どこか、苦しそうに思えた。


 苦しいのは、私なのに。




〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜


 外は既に真っ暗だ。ディスティニーランドから出て、車を運転しながら帰路へついていた彼は観覧車での出来事を思い返していた。


 ...今度二人きりの時に、とは言ったものの。彼女に話していいものなのか。私と接していたのは、ただ単にそういった繋がりがあったから、好意的だとか、そういった理由じゃなくて、貴方の弟の臓器があったから、私に優しくしてくれたんですね、なんて言われたら、返す言葉に困る。


「..........」


 赤信号になり、後ろの座席を見てみれば、二人共疲れたのか眠ってしまっている?


 ...雪菜の頬に、涙の跡が見えた気がした。


「..........」


 俺は何か、彼女を悲しませるようなことをしただろうか。したならば、謝らなければ。彼女は大切な子だ。無論...沙耶以上に。だが、沙耶のことも大事だ。内臓だとか、そんなものも抜きにして。


「...歯痒い、な。こういう時に、何も出来ないのが腹立たしい」


 信号が変わる。近くにはパーキングエリアがある。一旦休憩しよう。流石に俺も疲れたからな。ここからは一時間程度で帰れるだろうし...


「...はぁ」


 車を駐車して鍵をズボンのポケットにしまい、息を吐いた。辺りに車は少ない。こんな時間にあまり人はいないだろう。それに、場所が場所だ。近くに家がある人も多い。俺は飲み物を買うために店の中に入っていった。


「おっと、すいません...」


 後ろからいきなり小走りの男がぶつかって、そのままトイレに向かって消えていった。そんなに漏れそうだったか。まぁ、運転する側には辛いものだよなぁ。


「...珈琲でも買って、戻りますか」


 そう言って、財布を入れたポケットに手を突っ込んだ。確か鍵の入れた方に財布は入れてある。しかし、手を突っ込んでみても、財布の感触はおろか、車の鍵も見つからない。


「......落とした? いや...」


 来た道を戻り、駐車場を見回した。鍵や財布は落ちていない。だが......


「...なっ...!?」


 黒い車がひとりでに動き出し、パーキングエリアを去っていった。見間違いでなければ、あの車は...


「......クソッ、あの野郎ッ...!!」


 ...間違いなく、自分の車だ。


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