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そうして私は兄を...

 ある日、友達と遊び終わって家に帰ってきた。玄関を開けると独特な匂いが鼻についた。幼い私はその匂いがなんなのか分からず、ただいま、と一言言って家の中へと入った。けれど、帰ってくる返事はなかった。いつもは優しい母の声が聞こえるというのに、何故なのだろうか。


 おかあさん?


 幼い私は玄関で声を上げた。


 いないの?


 靴を乱雑に脱ぎ捨て、トテトテと早足に廊下を移動する。リビングへと続く扉を開くも、そこには誰もいない。


 おにいちゃん?


 半分しか血の繋がっていない兄を呼ぶ。兄は母が離婚して連れてきた男の子だ。私は再婚した父との子供。歳は3つ程離れている。それでも、幼い私を優しく撫でてくれたり、一緒にゲームをしたり、遊んだり。私のことを大切にしてくれる大好きな兄だった。


 だれもいないの?


 遊んで汚れた靴下のまま歩き回って家の中を探し回る。ふと、この鼻につく匂いが気になった。この匂いは...兄の部屋から漂ってきていた。兄の部屋に向かうと、扉は固く閉ざされているように感じた。重く冷たいように見えた。


 おにいちゃん?


 見た目に反して、扉は簡単に開く。ゆっくりとその扉を開けた。


 え.....?


 真っ赤だった。赤。朱。紅。緋。見回す限り赤く染まっていた。クローゼット、襖、机。どこを見ても鮮血がこびりついていた。ピチャリ、と音が鳴った。梁から血が滴って落ちてきた音だった。


 おかあ、さん...


 それだけではなかった。


 おとう、さん...おにい、ちゃん...


 目の前で血だらけになって死んでいたのは、父と母、そして...包丁が突き刺さったまま死んだ兄の姿だった。


 あぁ...あ、あぁ......




























「いやぁぁぁぁッ!!」


 布団を跳ね除けて起き上がる。汗が滴り、酷くうなされていたのだろうと思った。ピンクのカーテン、飾られた制服、勉強机。ここは、私の私室だ。


「はぁ...はぁ......」


 何度も同じ夢を見る。あの時の...私がまだ、小学生だった頃の夢。家に帰って、皆死んでいた最悪の日。


雪菜(ゆきな)...大丈夫かい?」


 扉を開けて、男の人が顔を出す。滝川(たきがわ) 総司(そうじ)。あの悪夢の日。あの日以降私の世話をしてくれている人だ。母の友人らしい。あまり、ぱっとしない男だ。歳は30代半ば辺り。私も詳しく知らない。私が今住んでいる場所も、総司さんの家である。新築感が漂う綺麗な家だ。この歳で、更に独り身でこれほど綺麗で大きな家を買えるだけの財力はある。何の仕事をしているかと聞くと、ただのリーマンだと答えられた。


「...はい、大丈夫です」


 私──浪川(なみかわ) 雪菜(ゆきな)──は呼吸を落ち着かせながら答えた。その言葉を聞くと、総司さんは心配そうにしながら、手に持っていた水の入ったコップを渡してきた。何度目かもわからない私の叫びによる起床のせいで、総司さんはその後のことを色々としてくれるようになった。水をくれたり、落ち着かせようと背中を撫でたり...まるで、優しかった兄のようだ。


「ご飯、できてるから。後でゆっくり食べな。学校には連絡しとくよ」


「......はい」


 そう言うと総司さんは部屋から出ていった。総司さんにも仕事があるのに...迷惑をかけてばかりだ。しかし、私にどうこうできるものでもないのも確かなことだ。


 あの悪夢の日。そう、父と母が死んだ日。あの日のニュースは今でも覚えている。


 とある一軒家で殺人事件が起きた。私の父と母は兄の部屋で包丁によってズタズタにされて死んでいた。現場には凶器に使われた包丁が落ちており、その指紋からは兄──浪川(なみかわ) 鏡夜(きょうや)──のものが検知された。そう、その殺人事件の犯人は、私の兄だった。私はあの惨劇を見て、気を失ってしまったが...起きた時には、警察に身を引き取られていた。そして聞かされた。その部屋には兄の死体はなかったのだと。


 ...私が見た時には、確かに兄の腹には包丁が突き刺さっていた。とても生きているようには思えなかった。けれど、近所の人たちからは、血塗れた男の子が走っていった、という証言があった。近所のおばさんは、警察に言ったらしい。


 間違いないよ、あれは確かにあの家の息子だ、と。


「..........」


 大好きな父と母の死。そして...大好きだった。いや、大好きでは足りない。私は確かに、あの時、幼いながらも兄に恋心を抱いていた。だが...それは裏切られた。嫌いだ。あんな兄なんて...大ッ嫌いだ。


 ...今も尚、その事件の犯人...兄は捕まっていない。辺りを詮索しても見つけられなかった。山や川の中までも捜査は及んだ。だが、見つけられない。なんて無能な警察なんだ。


 早く捕まえてほしい。早く捕まえて、私の前に連れてきてほしい。


 そして...そして...






 ......あの男をズタズタに切り裂いてやるのだ。アイツが父と母にやったように...


 私は、あの日からずっと、兄を憎み続けていた。


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