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異世界の魔術事情  作者: 後田池一/狸丸
第一部 Rove about the labyrinth
8/20

#8 日常、時々、非日常 (1)

  慌ただしく人が走り回っている。皆が皆忙しそうだ。一体何があったのだろうか。


「所長! 全世界に迷宮が出現致しました!」


「そんなこと分かっていますよ。今は原因究明を急ぐべきでしょう?」


  慌てふためく研究員に所長と呼ばれた男性は冷静に応じる。

  男性は目の前の画面に映る、たくさんの点を見て、忌々しげに呟いた。


「もうお目覚めですか。少し早すぎる気がします」


  所長はコツコツと画面に近づき、見つめる。


「まだ、何も分かりませんね。あの方は、何がしたいのか、行動原理はなんなのか。

  まぁ、私たちに理解出来るとは到底思えもしませんがね。

  さて、あのときは先先先代方が、あの方の目的を阻止したそうですが、今回は何がしたいのか、ふむ。やはりオルフェウス・リングのレプリカを早急に揃えるべきですね。

  最悪の状況を常に考えなければなりません」


  所長はくるりと振り返り、研究員全てに号令をかける。


「皆さん! 時間は限られてきました。早急に残りのレプリカ・リングを完成させるのです!

  あの方の考えは我々には理解不能! ならば、最悪の事態を想定して動くべきでしょう。迷宮の事は王立研究所に丸投げします!

  我々がするべきはオルフェウス・リングのレプリカを作るというあの方への挑戦です! すぐに取り掛かりなさい!」


「所長。一つ疑問がございます。よろしいでしょうか」


  研究員が質問の許可を願いでた。


「構いません。なんでしょう?」


「奪われた九つのレプリカ・リングはまた作るのですか?」


「構いません。作る必要はありません。残りを早急に完成させなさい」


 ーー何故なら、私が流したのだから


「はっ! 承知致しました!」


  研究員はお辞儀をし、他の研究員とともに退出した。


 ーーさて、上手くやってくださいよ? キング? いや、ボスでしたか? まぁ、いいでしょう。私はもう、あの様なミスは犯したくないのですから……


  そうもの思いに耽りながら、アストマ王国にある、極秘研究所の所長たる霧村一は退出した。

  * *

「大丈夫だよ、ソフィー。俺はここにいるから。ソフィーは一人じゃないんだ」


  夕がずっとそうやって宥めていると、ソフィーの落ち着きが戻ってくる。


「あぁ、うぅ……。おとーさん……?」


「あぁ、あぁ、そうだよ。俺だ」


「うぅ。よかった……。まだ……、ソフィーはまだ……ひとりじゃないんだね……。よかった」


  ソフィーは蚊の鳴くような声で独り言を呟く。当然、夕の耳には入らなかった。


「おとーさんっ! ソフィー、元気になったよ!」


  ソフィーは出来るだけ明るく振る舞った。これ以上心配を掛けたくなかったから。


「良かった。目を覚ました!」


  夕はソフィーの頭を優しく撫でた後、先程の地震と今の現象について、何か報道されてないかと、テレビをつけた。


「新着のニュースです!

  先程の地震の規模は世界中だということがわかりました。地震の原因については不明ですが、どこも、被害は少ないとのことです。

  また、それとほぼ同時に起こった魔術現象ですが、それも世界中で起こっています。しかしながら、各地で起こった現象はそれぞれ内容が異なり、国際テロリストの犯行の可能性もあると、国連は発表しています。

  また、アストマ王立研究所は、同時に出現した迷宮にも何か原因があるのではないかと声明を発表しており、情報は錯綜しています。

  国民の皆様は慌てて取り返しのつかないことにならないようお気をつけください。

  では、次のニュースです」


「世界……中……? 迷宮の……出現……? 何が起こっているんだ⁉︎ 今、この世界に何が起ころうとしているんだ? 地震についてはどういう……?」


  クイッ、クイッ。


「……。フム」


  クイッ、クイッ、クイッ。


「……」


  夕は思考の世界に落ちていく。

  クイッ、クイッ、クイッ、クイッ。


「もう! おとーさんっ! ムシしない〜!」


  ソフィーが夕の服をクイクイクイクイ引っ張っている。


「へ? あぁ、ごめん。気づかなかった」


「ふぬぬぬぬ」


「ごめんって。それで、どうしたの?」


「めーきゅうってなぁに?」


「迷宮? あぁ、そっか。まだ教えてもらってないのか。

  えっと、迷宮っていうのはそれぞれ違う特徴がある。そうだね、迷宮の中は、最奥の秘宝、オルフェウス・リングの中に眠ってる力と関係があると言われている。で、まぁ、今はそんな迷宮がたくさんあるってことだ」


「???」


  ソフィーはよくわからなかったようで、表情が芳しくない。


「あー、つまり、だ。火の力を持つオルフェウス・リングがあるとする。

  すると、中はあら不思議。火系の罠や火系の魔物がいっぱい! というわけだ」


  キラキラキラキラキラ。

  ソフィーの目が輝いている。


「んで、迷宮の最奥部まで行くと、宝物庫がある。そこにオルフェウス・リングがある。

  でも、そこまで行ったからといってそれが手に入るわけじゃない。認められないと、拒否されるらしい」


「なんで?」


「さぁ? 未熟者に渡さない為かなぁ? 現に、迷宮の攻略者に中にも、オルフェウス・リングに認められなかった人も居たらしい。ちなみに、今のオルフェウス・リングの所持者は、知られているだけでも、十人ぐらいしかいない」


「リングってどんなものなの?」


「オルフェウス・リングは一つ、強力な固有能力を秘めている。それはもちろん魔力効率だっていいし、長ったらしい詠唱も必要ない。

  その代わり、魔術とか気術とかが使えなくなるらしい。魔力操作は使えるらしい、けど」

  ボンッ!!

  ソフィーの頭がクルクルしている。アホ毛はもっとクルクルしている。どうやら、途中から難しくなったようだ。


「うーん。難しかったか? まぁ、春休みが終わったら、きっと学校で授業もあるだろうし、大丈夫だろう」


「ふみゅ〜」


  ソフィーがぐたぁ〜っとしていると、夕がスッと持ち上げた。


「よしソフィー! 気分転換に外出しようか」


「でーと?」


「アホか。 百年早いわ」


  夕はソフィーをソファーに落とした。

  ボフッと、ソフィーはソファーに着地し、着替えに走って行った。夕は微笑んでそれを眺める。

「うん。やっぱり、子供は、楽しく笑っているのが、正義のはず、だよな」

  夕も外出用の服に着替えに行った。

  * *

「えっ。嘘ぉ」


  つい、夕の口から間抜けな声が出る。いや、だって、


「なんで、町が少しも傷ついてないんだ? いくら被害が少なかったからって被害ゼロはおかしいだろう!?」


  夕も最初は気づかなかった。地震があったことすら忘れていた。だから、あんなに簡単に外出を提案出来たし、外出した後も、全然気づかなかった。

  町並みがあまりにも変わっておらず、とても不自然なまでに自然だった。地震があったにしては皆がいつもどおりすぎる。おかしいだろう!


「ん? それってわるいことなの? おとーさん?」


  ソフィーが首を傾げる。


「いや、悪くはない。むしろいい事なんだけど……」


  ふむむ、と夕が思考を始める。


「もうっ! おとーさんってば〜! ソフィーとがいしゅつ〜!」


「ん? あっ、ごめんごめん。よし、じゃあ、行くとしようか」


「いこーう!」


  ソフィーは嬉しそうに手を振り上げた。アホ毛もぴょこぴょこと跳ねている。


「そうねっ! そうしましょう!」


「はうあっ!?」


  夕は素っ頓狂な声を上げる。何故なら、いつの間にか紅葉が居たからだ。


「あっ! くれはー!」


  ソフィーが諸手を挙げて喜んでいる。


「いや、えっ?」


  夕は未だに驚きが拭えない。


「なんでおるん!?」


  つい、変な口調になってしまった。


「えー。いやだって、アホ毛をぴょこぴょこさせてる可愛い女の子と、それと不釣合いなほどにアホ面かましてる男子を見つけて、あっ、あなたたちだって思ってつい」


「ねぇ、俺だけ悪意あったりする? ねぇ」


「いや? 別に、これっぽっちも」


  そう言って、紅葉は手を思いっきり広げた。


「悪意有りまくりじゃねぇ!? それ!」


「いや、まぁ、そんな些細なことは横に置いておくとして、行きましょう! ソフィたん!」


「おー!」


「おい……」


  そんなこんなで一騒動あったものの、三人は市場へと足を向けたのだった。

  そして、それを見つめる一対の眼光があった。


「ん?」


  それは、夕が振り返ると同時に路地裏へと消えた。


「どうしたの?」


「……。何でもない……気がする」


「何よ、それ」


「いいさ、行こう」


  夕はさっきの眼光を気にしつつも、二人に先を促すのだった。

  * *

  夕たちは住宅街を歩いていた。この辺は普通の住宅街である。

  しかし、少し裏に入ると、そこはスラム街である。そこでは、いつものように闇市や人身売買などが行われている。

  まぁ、ソフィーをそんな所に連れて行くわけにもいかないので、そこは華麗にスルーさせてもらう。

  もちろん、住宅街の周りには、普通の市場もたくさんある。ただ、今回の主な目的はソフィーの新しい服なので、大きな服の店、アウトレットモールに行くのである。

  雑談しながらてくてくと歩いていくと、アウトレットモールが見えてきた。

  それを、ソフィーのアホ毛レーダーが感知したようだ。いや、見えてから感知って不良品な気がする。

  おそらく、これから高感度になっていくのだろう。


  「おおお〜〜! 見えたよ〜! おとーさん!」


  ソフィーのアホ毛が振り切れんばかりにぶるんぶるんと回っている。とてもはしゃいでいるようだ。夕はそんなソフィーを宥める。


「こらこら。ソフィー、落ち着いて。ここぐらい何回も来た事あるだろう?」


「むー。わかった」


「まぁまぁ、良いじゃない、夕。ソフィたんは一年ぶりのおとーさんとの外出なのよ? はしゃぐのも当たり前でしょう?」


「あっ、そうか。それもそうだね。よし、ソフィー、帰りに何か欲しい物を買ってあげよう!」


「ほんとっ!? じゃあじゃあ……」


「それに、家族との外出は幼い子供にとってはイベントよね」


「その言い方だと、俺たちとお前が家族になるぞ……」


「あっ! それもいいわね!ソフィたんのお姉ちゃん……。いや、お母さん? 素晴らしいわ! なってみる? ねぇ、なってみましょう!」


「お前もう、隠しすらしなくなったな……。それに表情がもう犯罪者のそれになってるぞ……」


「うふふふ……。ソフィたんの為なら私は……ってあいたぁっ!?」


「ソフィーの教育に悪い。よし分かったか? それ以上言うな分かったか? オーケー?」


  夕の手刀が紅葉の頭にキマった。


「ちぇー。分かったわよ」


「本当に残念そうだな……。つーか、固ぇ……」


  夕が手をプラプラさせる。


「誰の頭がダイヤモンド級よっ!」


「いや、そこまで言ってねぇし」


  ジー。


「「……」」


  ジー。


「「……」」


「あっ、おわった?」


「「あっはい」」


「じゃ、いこ〜よ! おとーさん!!


「お……おう」


「ちょっと妬むソフィたん。いい……」


「お前はちょっと黙れ」


  三者三様、アウトレットモールに入って行くが、その姿を凝視する一対の目があった。

  * *

  アウトレットモールの裏では


「クハッ! 準備はいいか? てめぇら。逃亡奴隷を捕まえるぞ。頭はチャンスをくださった。行くぞ!」


「おおーー!!」


「制圧、開始だぁっ!!」


  * *

  一方その頃、夕たち三人はとりあえず、ウインドウショッピングを楽しんでいた。正直なことを言うと、ウインドウショッピングをしているソフィーが面白い。

  色々な服を見ては「ふぉー」とか、「ふぁー」とか感動しているからだ。どうやら、夕が留学しているうちに、リニューアルしたようだ。


「ほら! 夕! あんなのとかソフィたんによく似合うんじゃないかしら!?」


  紅葉が指差すその先には、ナース服やメイド服、バニーガール服にゴスロリ等々、俗に言う、コスプレ用品が所狭しと並んでいた。


「お前、ソフィーに何させる気なんだよ……」


「古今東西のコスプレ用品が完備してありますよ」


「ほら! 店員さんもそう言ってるし!」


「そういうことを言ってるんじゃないんだけど……」


「……。おとーさん。ソフィー……、いってくるよ……」


  ソフィーは悲壮な感じに声を出す。


「ソフィー……。お前が犠牲にならなくてもいいんだぞ……?」


「ううん。いいの……。これでみんながしあわせになるなら……」


  ソフィーは儚げににこりと笑った。

「ねぇ……。なんか違う感じの空気になってない……?」


  紅葉は困惑気味にそう言った。だが、だが……、帰ってきたものは二人の視線だった。二人はただ紅葉を見つめる。

  だが、それはまるで、何かを求めているようにも見えなくもない。そんな気がする。


「う……。何……? この……抗い難いプレッシャーは……」


  じー。ひたすらじー。

  二人はただ見つめる。

  紅葉は「う」と顔を赤らめる。


「あ……え……と。ふ……、フハハハハハハッ! その娘をこちらに寄越すがいいッ!」


「「「……」」」


  二人だけじゃなく、店員すらも、黙ってしまった。


「……。え……と」


  紅葉は顔を真っ赤にして硬直する。


「で、ソフィー。ここに何か欲しい物はある?」


「ん〜。見て来ていい? おとーさん」


  夕とソフィーは会話に移行した。


「ち、ちょっと! 無視は止めてよぅ〜」


  紅葉が泣きそうな感じに夕に詰め寄った。それをのらりくらりと避ける夕。


「ねぇってば〜!」


  ついに紅葉の手が夕を捉えたその時だった。


  パァン!

  パァンパァン!


  乾いた破裂音が聞こえた。


「今のは……」


「銃声……?」


  紅葉にも聞こえたということは空耳ではない。

  夕はソフィーに叫んだ。


「ソフィー! 戻ってこい!」


  焦り気味だったので、荒っぽい口調になってしまったが、そのおかげで、ソフィーもことの重大さを理解したようだ。

  夕は駆け寄って来たソフィーを抱き抱えて出入り口へと走った。

  * *

  少女は走っている。表情は悔しげだ。あと少しだったのに、アウトレットモールに入って行く男共を見つけてしまったからだ。


「なんで……、なんであいつら……!」


  少女は唇を噛み締めた。

  彼らは違法奴隷売買組織。少女の家族を、平和だった村をぶち壊した憎むべき組織の下部組織。


 ーー許せない……!


  少女はさらに強く唇を噛みしめる。血が滲んで来た。無力な自分にも腹が立つし、どこまでも邪魔してくる彼らが許せない。

  実際問題、少女は彼らぐらいなら簡単に打ち倒せる。ただし、それは本来なら、という注釈がつく。今は奴隷用の首輪が嵌められているのだ。

  よって、どんな人間であろうと危害を加えることは出来ない。だったら、また捕まってしまうよりも、逃げてまたの機会を待つ方が賢明だ。そう、少女には、逃げることしか出来ない。


 ーーいつも、逃げてばっかりだ。いつも、奪われてばっかりだ。

  やっと、やっとここまで来たのに、あと一歩が届かない。

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