#6 萌え出ずる悪意 (2)
「術式・風。烈風鎌」
ロングコートの男が術式のようなものを発動する。すると、彼の手の周辺から、暴風が吹き出し、いくつもの風の刃を放出する。
「おっ!? うわあああぁぁあぁっっ!?」
男はその風の刃をすんでのところで炎熱刀で叩き斬っていく。しかし、捌き切れるはずもなく、風の刃はいくつも体を刻んでいく。
「ちっくしょ……。あれは魔術系な感じなのか? 明らかに消費魔力が少な過ぎる系な感じだ」
「ずっと言っておろうが。魔人の術式だとな」
「何かに似てる系な感じだな。見たことがある気がする系な感じなんだがな」
「独り言を吐いている暇があるのか?
術式・木。這い寄る蔦」
ロングコートの男が軽く、手を薙ぐように振ると、地面から何本もの蔦が生えてきて、男を捕まえようとする。
「チックショオがあッ!!」
男は乱暴に炎熱刀を振り回して蔦を薙ぎ払う。
そして、男が飛びのこうとしようとすると、ガクンと体勢が崩れた。
足元を見ると、細い蔦が足に絡まっている。
焼き切ろうと炎熱刀を振り下ろそうとしたが、腕が動かなかった。はっとして腕の方を見ると、蔦が腕にも絡まっていた。
男は抵抗したものの、見る間に拘束され、ロングコートの男の前に晒される。
「遅いな。鈍いな。うすのろよ。先程の威勢は何処へ行った? ふん。闘いもつまらんではないか。どうしてくれるのだ」
「ワザと系な感じだろ。ワザと火に弱い系な感じの魔術を使ってる系な感じだろ」
男の言葉にロングコートの男はニヤリと笑う。
「何だ。気づいておったのか? あまりに非効率的だから愚かにも気づいていないのかと思っておったぞ?」
「はん。その油断が命取り系な感じにならないといいな……」
「ふむ。寝言は寝ていても鬱陶しいものなのだが、起きているとなおいっそうだな」
「はっ! 言っとけ。」
そこまで言って、男は詠唱を始める。ロングコートの男は余裕そうに笑みを浮かべて待っている。
「我が施す標を結べ。
炎は我の道標。
その身に炎を従えて、我はこの場に降り立ちぬ」
男が詠唱を終えると同時に男の体が炎で包まれる。男を拘束していた蔦はあっという間に燃え尽きた。男を包んでいた炎は弾け飛び、周囲五十メートルの範囲に着弾する。
そこに男の姿は無かった。
「自爆? いや、逃げた?」
ロングコートの男は腰を低くして身構える。
よく見ると、さっき弾け飛んだ炎弾が炎で結ばれ、半径五十メートルの円が出来上がる。
徐々にそれに囲われる地面も燃え出している。ロングコートの男は先程の呪文を思い出す。
「確か、我が施す標を結べ」
その時、後ろから声が聞こえてきた。
「だから言った系な感じだろ。これが俺の炎熱闘技場だ」
しかし、ロングコートの男は振り向かない。呪文を復唱している。
「炎は我の道標」
そこまで言って、ロングコートの男は振り向いた。そこには炎を纏った男がいた。
「その身に炎を従えて、我はこの場に降り立ちぬ……か」
ロングコートの男は全て復唱した。
「なるほど、全て理解した。領域支配か。これはまた、大技を残していたものだな」
「ほざいてるといい系な感じさ」
男の魔術は一流である。魔術学園を首席で卒業したほどだ。
男は何かを指揮するように腕を振る。炎がそれに従って、ロングコートの男の方に向かっていく。
「ほぉーう。成る程、成る程」
「燃え尽きろ系な感じだ!!」
炎がロングコートの男を包み始める。しかし、ロングコートの男は冷静だった。
「術式・爆音」
そう言ったロングコートの男は手を一回、「パァンッ!」と叩いた。
しかし、これは、「パァンッ!」などという生易しいものではなく、普通の人間なら音の衝撃で吹っ飛んでしまうような、そんな爆音だった。
だが、幸いにも男の体は今は炎だった。少しなびく程度に抑えるのが精一杯ではあったが。
「ちっ。化け物系な感じだな」
ロングコートの男を包んでいた炎は音の衝撃で霧散していた。よく見ると、ロングコートの男の足元の炎も吹き飛ばされている。ロングコートの男はニヤリと笑った。
「面白いな、貴様。人でありながらよくここまで。我はまだ飽きていない。誉めてやろう」
「ははっ。そいつぁ~、どうも」
「だが、一つ足りない」
「何だよ」
「おそれだ」
「はぁ?」
「我を畏れよ。恐れ、怖れ、畏れるがいい。生きるために死ぬ気で必死に我を攻撃せよ。貴様にその権利を与えてやろう。我は真正面から受けてやる」
「調子乗ってる系な感じか?」
「こんなつまらない問答をしているうちに我を倒した方が有意義ではないか?」
「あぁあぁそうかいそうなのかいそれじゃあ遠慮無くいかせてもらうとする系な感じだ」
男は左手を上に向けた。
「炎の突貫槍」
男の手に炎の槍が現れる。その穂先は鋭く長い。突貫するためだけの、ただそれだけのための槍だ。それをロングコートの男に向けた。そして、炎熱闘技場の端まで瞬間移動する。
「後悔するな系な感じだぜ?」
「ふむ。面白い。来るがいい」
男は体を低くし、地面に這い蹲るような、四つん這いの構えをとる。
戦意と殺気をまるで隠さないその構えは、言うなれば獣、猛獣のそれだ。
しかし、今はそれで構わない。相手は受けると言っている。
だったら、気が変わる前に喜んでさせていただこう。
「火力増強」
男の体と槍が燃え上がり、そのまま一気に炎が凝縮される。火力増強の効果で、炎が強化されたのだ。
普通はここまで効果は広くもないし、こんなに速く詠唱できない。
だが、今は違う。今は領域支配魔術、炎熱闘技場が発動している。
この魔術は、術者の体を炎に変え、この領域内の炎を思い通りに指揮できる。
だが、この魔術の真骨頂はそこではない。領域内での術者の行使する火系魔術の詠唱時間を大幅短縮できる上に、その魔術の効果範囲の拡大、威力の強化ができるのだ。
また、消費魔力ももちろんの如く減少する。
それに、領域内なら移動は自由な上、領域全てが術者の視界だ。
「加速推進」
男がそういうと、三つの魔方陣が浮かび上がる。これは衝撃が加わると、進行方向に爆発的な推進力を与える魔術だ。
「多重陣」
その言葉と同時に、もう十二個の魔方陣が浮かび上がる。
しかし、それだけでは終わらなかった。魔方陣が五つずつ、ゆっくりと重なっていく。
結果、魔方陣は巨大化し、刻まれている魔術的な紋様は複雑化している。
男はニヤリと笑う。
「今更、やっぱ止め、とか絶対聞かない系な感じだからな。いいな」
「ふむ。拍子抜けだったら許さんぞ。さっさと来い」
ロングコートの男は両手を広げ、受け止めんとばかりの様子だ。
一方男は全身に力を込め、足をずらす。
「喰らえぇっ! 鮮血を撒き散らせ!」
その瞬間、地面が爆ぜた。男の足があったところが抉れている。そのまま男は加速魔方陣をブチ抜いて、さらに加速する。
「ふははッ! いい! いい! 素晴らしい! 実に素晴らしいぞおぉぉっっ! 最高だぁっ!」
そう言って、ロングコートの男は右手を前に差し出した。
「これは期待出来るかもしれんなぁ? 貴様」
「おおおおぉぉぉっっ!!」
そして、男とロングコートの男は激突した。その瞬間、爆発が起こり、辺りに真っ赤な閃光が撒き散らされた。
土煙が舞い、視界が狭まる。しかし、すぐに男が勢い余って領域から飛び出してくる。
「はぁっはぁっ。手応えは確実にあった系な感じだな。ちゃんと当たった系な感じだが、勢いつけすぎた系な感じか。ってことは……」
男がそこまで言うと同時に炎熱闘技場が崩れていく。
「ちっ。やっぱり系な感じか。仕方ない系な感じだな。だが、これでキマって無かったらちょっちマズイ系な感じだぜ」
男が言葉の割に焦っていると、もっと焦らせてくれる声が土煙の中から聞こえる。
「読み通り、記憶通りといったところか。ふむ。次は我の番と行こうか」
言い終わると、土煙の中からロングコートの男が無傷で出てきた。髪も、服も、どこも乱れてすらいない。
「な……に? いや、ちょっと待て系な感じだ……。記憶通りって、この魔術を知ってる系な感じなのか? 魔術道具も知らないようなお前が? これは最近出来た魔術だぞ?!」
男が驚愕の声に震えた。
ーー無傷? 馬鹿な!? 嘘だろ? 何者!? ヤベェ!!
男の中に色々な言葉が浮かんでは消えていく。
ロングコートの男はこともなげに答える。
「知らんよ。今、初めて見たぞ?」
「だったら、どうして、記憶通りなんだよ!」
ロングコートの男は「くくく」と笑い、声を出す。
「あぁ、聞こえておったのか。何度も言っておろう? 魔人の術式だとなぁ」
「はぁっ?!」
今度ばかりは意味がわからない。何がどう魔人の術式と繋がるのか。男は混乱する。
そして、ロングコートの男は左手を男に向けた。
「術式・砂。砂塵散弾」
その瞬間、男の周りに砂塵が舞い始める。男は逃れようと移動したが、囲まれたままだ。
「ちっ。何系な感じだよ! これ!」
男は混乱してはいるが、そんな状態で敵う相手でもない。男はとりあえず疑問を置いておく。
そのとき、ロングコートの男がニヤリと笑った。
「こうする」
ロングコートの男は左手をぎゅっと握った。
すると、それと呼応するように、男の周りを舞っていた砂塵が収束し、男を襲う。
それはすなわち散弾のようで、男は錐揉みしながら吹っ飛んだ。
「うっぐはぁっ!」
「まだだぞ?
術式・水。鉄砲水・三重撃」
ロングコートの男は向けていた左手を引っ込め、今度は右手を突き出す。
それに導かれるように、ロングコートの男の足元から、三本の水の柱が飛び出してきた。
その水の柱は、もはや鉄砲水の域を優に超えていて、その圧倒的物量を持ってして、男に襲いくる。
男の方は何とか立ち上がりはしたものの、避ける余裕が全く無かった。水の柱は男を押し潰すかのようにして男を飲み込んだ。
その水の柱は男を飲み込んだまま、一つに纏まった。
「……!! ……!!」
男は息をすることも、叫ぶことすらも出来ない。出来ることはただもがくことだけだった。
「術式・冷気。絶対零度」
ロングコートの男の詠唱と同時に、水の柱が一瞬で凍り付き、氷の柱となった。当然の如く、男は閉じ込められることとなり、指一本動かすことも叶わない。ロングコートの男はそれを見て微笑む。
「実に良かった。素晴らしかったぞ。久しぶりに様々な術式を試すことが出来た。聞こえないかもわからんが、感謝しよう。
術式・重力。重力操作」
ロングコートの男はフワリと浮かぶ。天高く、そして、氷の柱から距離をとった。
そこから、左手を空へと向けた。
「術式・雷。ゼウスの雷霆」
空に掲げた左手がスパークし始め、段々と、霆の形を作っていく。
それは、とても巨大で、そして、ものすごく、圧巻だった。
神々しくもありながら、それでいて、禍々しくもある。
巨大な雷霆が出来上がる。バチバチとスパークし、近づくことすら躊躇われる。ロングコートの男は思いっきり息を吸った。
そして、
「おおおおぉぉぉぉっっっっ!!!!!!!!」
と、これまた思いっきり振りかぶり、雷霆を投げ放つ。
それは、ビュゴウッと風を切り、音を立てて、飛んでいく。
しかし、それと同時に巨大な氷の柱が「バギン!」と音を立ててひび割れる。男が炎を放って脱出したのだ。
そして、男は両手を下に向けて炎を噴射させてさらに高いところに逃げ、雷霆を避けようとする。
さっきまで男が居たところに雷霆が深々と突き刺さり、大爆発を起こす。
その結果、半径百メートルほどのクレーターが出来上がった。
男はその災害の跡を見る。
「なん……だよ……。この馬鹿げた威力は……」
「最初から言っておろうが。魔人の術式だ、とな。いやしかし、まだまだ踊れそうだなぁ。うん?」
「ちっ。
我の施すしるぇっ?! うぐぁっ!」
ロングコートの男が男の顔面を、握り潰さんばかりに握り、もちあげていた。移動速度は、わからない。見えなかったのだ。
「唱えさせんよ。如何せん、それは面倒だ」
そう言って、ロングコートの男は身を屈ませ、投げ上げの構えをとる。
「ふんぬらぁっ!!」
「うああぁぁっっ!?」
ロングコートの男は男を投げ上げた。男は首が引っこ抜けるかと思った。
「術式・氷。鋭利な氷塊」
ロングコートの男の左手に、鋭く尖った、細長くて、巨大な氷塊が現れた。ロングコートの男は、円盤投げの構えを見せる。
そして、氷塊を真上に投げ上げた。
目指す目標は、男だ。
「さて、どうする? 我を驚かせてみよ」