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異世界の魔術事情  作者: 後田池一/狸丸
第一部 Rove about the labyrinth
5/20

#5 萌え出ずる悪意 (1)

  夕たちが朝のニュースを見た日の前日、つまり、3月31日の昼、一人の男が暗い森の中を歩いていた。

  かなり大きめなリュックサックを背負ってはいるが、中身はほとんど詰まっていない。

  右手には方位磁針が握られており、あっちをウロウロ、こっちをウロウロを繰り返し、時折、真っ直ぐ進んだと思うとまた、あっちをウロウロ、こっちをウロウロを繰り返している。

  歩調もだんだん速くなっていく。

  だが、そのうち歩くのをやめた。そして、今更気がついたかのように呟いた。


「もしかして……、これって、俺、迷っちゃいましたよ〜系な感じ?

  これってやばい系な感じじゃないの? どっどうしようって頭抱えて泣きそうになる系な感じだよな? 一体誰得系な感じなんだよ!

  いや、それはいい系な感じだ。きっと誰かが喜ぶはずだ。だよな?

  いや、そんなことより、方位磁針がやばいことになってる系な感じだ!? なんかものすごい勢いで回ってる系な感じで全くもって使い物にならない系な感じになっちゃってるし、もはや、どこにいるのかよくわからないうえに地図なんて読めない系な感じの俺だし。

  そんな超ウルトラスーパー冒険初心者系な感じの俺が来る場所じゃなかった系な感じだし〜ッ!! ビギナーズラック系な感じのを信じた系な感じの俺がバカだった系な感じだしさぁ〜ッ!

  俺まだ死にたくない系な感じの人なのに、上級冒険者系な感じの人でも生きて帰れない系な感じかもしれない系な感じの場所に来た俺はどうすればいい系な感じなんだ〜ッ!!」


  最後は、もう最早ただ叫んで、そのまま座り込んでしまった。

  そう、このノーマニア大森林は、この男の言う通り、冒険初心者が一人で来る場所でも、来ていい場所でもなく、それどころか、上級冒険者がパーティーを組んでも来るべき場所ではない。

  さらに言うと、冒険にビギナーズラックも糞もへったくれもない。

  しかしまぁ、くよくよと座っていても何も始まらないし、たとえ座っていても、救助が来るはずはないから意味はない。

  男はとりあえず歩くことに決めた。

  まだ昼になったばかりのはずなのに、夜のような暗さだ。

  夜になったらどれだけ暗くなるかなど、容易に想像できる。

  男はだんだん焦り始め、早足になり、最後は走り始める。

  今までは叫んだりする余裕があった。しかし、遭難したという事実はそれだけで心から余裕をいとも簡単にあっさりと奪い取る。

  男は冷や汗を滝のように流して、息も上がり始めているようだ。


「ヤバい系な感じだよ、これは……! これはマジ系な感じでヤバい系な感じだって! 誰か……。誰かいないのかよ……。頼むから……誰か……っ!」


  男はブツブツ独り言まで始めてしまい、爪をガリガリ噛んでいる。

  男がかなりの速い速度で走っていると、近くでガサリと音がした。その音にビクウッ!! っと震えた男は、手早く手袋型の魔術道具を取り出しながら、ゆっくりと恐る恐るという風に振り向く。

  すると、ガサガサとまた草むらから音がする。

  やはり、これは男が待ち望んだような人間ではなさそうだ。


「これは……絶っっ対に人じゃない系な感じだわ……。もっもしかして……魔物系な感じ? ……だよな……? なんだろうなぁ……」


  そんなことを呟いているうちに、そのガサガサ音が一箇所から二箇所、二箇所から四箇所と、倍々ゲームのように増えていく。

  つまり、みるみるうちに取り囲まれていっているのだ。

  そして、あっという間にガサガサ音は三百六十度を満遍なく取り囲む。

  男は逃げることすら叶わず、仕方なしに、取り出した魔術道具を装備する。


「魔物系な感じ……だろうな……? 多分魔物だ。覚悟を……決める!! 俺も男なんだ!! よし、魔術道具も装備完了。いつでも来いっ!!」


  そう叫ぶと、ガサガサ音が急に止んだ。


「!?」


  男は身を固め、構えを解かずに、周りを警戒する。


「気配が……消えた?」


  しかし、男は待った。魔物相手に警戒のし過ぎなんてことはない。ありえない。しかし、何もないまま十分が経過する。


「おかしい……」


  男がそう呟いた時、草むらの隙間がキラリと光った。


 ーー来る……!


  男は体に力を込め、一気に魔力を練成する。その直後、草むらから一盛にゴブリンたちが飛び出して来る。


 ーーゴブリンっ!?


  男は内心そう思ったが、その心の中の疑問はすぐに吹っ飛んだ。


「はぁっ!? 多っ!! いや、多過ぎねぇかこれぇっ?!」


  そう、それもそのはず、ゴブリンたちの数は多かった。

  まさに、ゴブリンたちは覆い被さるかのように、三層ほどの厚みを持ってして、押し潰しにかかって来ているのだ。

  男一人に対して、六十匹ほど。数自体は異常だが、手に負えないこともない。

  そこまで考えたところで、ゴブリンたちの真の異常に気がついた。

  よく見ると、ゴブリンたちの小さな目は焦点があっていない。虚ろな瞳をしている。


「ちっ。こいつら何かおかしい系な感じだ。操られてる系な感じなのか……? しかし、誰に……」


  男が考察しているうちに、ゴブリンたちは結構近くまで接近して来ていた。

  男は魔術道具に魔力を込め、魔術を行使する。


燃え盛る炎鞭(バーニングウィップ)!!」


  男は魔術道具から伸びる、真っ赤に燃え立つ炎の鞭を前方に向けて刺突するように思いっ切り振った。

  炎の鞭は素早くしなり、ゴブリンの体を焼き切っていく。


「グギャアアァァッッ!!」


  いちいち息の根を止めている暇はない。少々残酷な仕打ちだが、仕方がない。男はそのまま手首を返し、後方の敵に攻撃する。


「ちっ!! 多すぎる系な感じだろーがっ!!」


  男は返した反動で、踵を軸に一回転し、三百六十度全方位に攻撃する。

  炎の鞭はゴブリンたちの胴体を焼き切っていく。

  ゴブリンたちの悲痛な叫びが鳴り響く。

「本当に悪い系な感じだな。息の根を止めてやれるほど余裕がない系な感じだ。流石に多すぎる」

  ゴブリン第一波が殲滅されると同時に、第ニ波が飛び出してくる。先程の二倍はある。


「いや、マジ系な感じで多すぎねぇ……?」


  男は仕方なしに鞭を振るう。

  前へ後ろへ左へ右へ。

  何度やっても湧いてくる。

  あっという間に死屍累々の状況になる。

  魔物は生命力が強い。故に致命傷を負ってもすぐには死なない。

  男の周りから、「グギャ……ガグゲ……」とか、「グゲゲ……ギャグァ……」と悲痛な泣き声が聞こえる。

  そのうえ、相当臭い。息すら出来なくなりそうな臭さだ。


「マジヤバイ! ヤバイヤバイヤバイ!」


  いくら焼き切っても、数は減るどころか、増える一方だ。

  男はあくまで人間である。エルフ族ほど長く、魔法が使えるわけでもない。

  つまり、このままでは男の体が保たないのだ。


「クソがぁっ! 埒があかない系な感じだぞ!! これは……! ありえない!」


  男は燃え盛る炎鞭を消去し、右手の魔術道具に魔力を込め直す。先程よりも、より集中して練成した。


「食らえっっっ! 炎の波紋(フレイムリプル)!!」


  男が右手を振りかぶると同時に右手に紅炎が燃え上がる。

  そして、そのまま右手で思いっ切り、地面を殴りつけた。

  すると、燃え上がる炎の拳が爆発し、そこを中心として、同心円上に炎の壁が広がっていく。

  周囲五十メートルが焼け野原と化した。

  プスプスと燃えている木々から煙が出ている。ゴブリンたちの死骸も一緒に燃え尽きたようだ。


「はあっはあっ。やった系な感じの……はず……だ。はあっはあっはあっ」


  男が滴る汗を拭いながら顔を上げると、煙の中に影が見えた。

  だが、男はそのとき気づくべきだった。ゴブリンたちが操られている可能性に行き着いたのなら、その術者の存在に……。


「はあっはあっ。しぶとい系な……感じの……奴だな……。はあっはあっはあっ……。ふぅー」


  男はひとまず息を整え、今度は左手で魔力を練成し、炎の手槍(フレイムピルム)を作り出す。

  無詠唱であるが故、威力の低下は免れないが、ゴブリン一匹程度なら余裕で倒せる。

  男は左手で影に目掛けて炎の手槍を投げつける。

  しかし、槍は役目を果たせなかった。影の目の前で霧散したのだ。


「はぁっ!? なっ!? うそ……だろ……?」


  そして、次の瞬間、その影を中心に風が吹いたかのように、煙が一気に晴れた。


「ひ……と?」


  それは男が待ち望んだ人そのものだった。

  その人はロングコートを着ており、前を上半分だけボタンを締め、下半分をたなびかせていた。それだけではない。着ているシャツもズボンも靴もロングコートすらも、見たことのない材質で作られているようだ。

  その人が、ゆっくりと顔を上げた。男だ。二十代くらいに見えるが、年齢に見合わない圧倒的な貫禄を放っている。

  髪は短めで、青緑色をしている。染めているようには見えず、とても自然な感じだ。

  目の色は淡い紫色だ。

  そして、最悪なのは、明らかに友好的な雰囲気ではないということだ。まぁ、いきなり炎の手槍を投げつけられたらそうなる。


 ーー何者系な感じだよ……。こいつ。俺の炎の波紋を受けた系な感じのはずの上に、炎の手槍まで……!? どうして!? どうして無傷系な感じなんだよ!?


  男が考えをまとめようとしていると、ロングコートの男は口を開いた。


「ふむ……。『何者か』か。至極真っ当な疑問だな。まぁ、言葉遣いが乱れていないのを見ると、余裕はあるか」


「っ?!」


 ー俺は一言も話してない系な感じだぞ!? どうして分かる系な感じなんだ!! 心を……読んだ……のか? いや待て、そんな魔術聞いたことがない系な感じだぞッ!

  ロングコートの男はゆっくりと頷いた。


「うむ。間違ってはいないぞ。小僧。聞いたことがあるはずがなかろうよ? これは魔人の術式なのだからな」


  男は聞くことしかできなかった。


「お前は……誰系な感じだ……」


  ロングコートの男は頷くようにして答える。


「ふむ。教える理由が全く以って見つからぬなぁ。よって、我が名を教える必要はない」


  男は溜息をついて、もう一つ質問した。


「俺の、炎魔術を受けた系な感じのはずだろう⁉︎ どうして無傷系な感じなんだよ……」


  ロングコートの男は、ゆっくりと応じた。


「ふむ。考えれば分かるはずなのだがなぁ。まぁ、いい。それもまた一興よな……。当然であろう? 我の周りに障壁バリアを展開しているからに決まっておろうが」


  男は驚くしかない。読心といい、全身障壁バリアといい、現在の魔術ではありえないものばかりだ。

  読心の術式も、全身に張れる障壁の術式も存在しないのだ。

  障壁など、全身どころか、局所的に張れる者も中々いない。

  上級魔術師でも難しいのにこのロングコートの男は、軽々と、息を吸うように、吐くように使いこなす。


 ーーおかしい系な感じだろ……っ!! こいつは……こいつは本当に何者系な感じなんだよ!! ありえない術式を行使して……! くそったれ系な感じな状況だよ!!


「うむ。だからな、さっきから言っておるではないか。魔人の術式であるのだとな」


  男はロングコートの男の顔をじっと見据えた。

  ロングコートの男はそれを気にする風でもなく、続けて口を開く。


「ふむ? 貴様、消耗が激し過ぎやしはせんか? あの程度の魔術で根を上げていては、エルフ失格なのではありはせんか?」


  ロングコートの男は、はてな、と首を傾げる。男の方は少し不審気に返答する。


「そりゃそうだろうよ。俺は人間系な感じなんだからな」


「ほう……?」


  男の言葉に初めて口ごもったロングコートの男。少し考えているようだ。男は少しだけだが、勝ったような気分になる。

  そして、少しして、ロングコートの男はおもむろに声を出す。


「ふむ。人間にしては魔力練成精度が高過ぎやせんか? 人間はそれほど上手くはなかったはずだが」


「は? そのためにこれ、魔術道具がある系な感じなんだろうが。お前、知らなかった系な感じなのか? 普通は知ってる系な感じのはずなんだけどなぁ。ふざけている系な感じなのか?」


  男はロングコートの男の答えにどんどん不信感が募っていく。このロングコートの男はありえないことばかり言ってくる。魔術道具すら知らない節がある。


「はは。すまない。しばらく俗世間から離れていたのでな。残念ながら、本当に知らんのだ。魔術道具とはなんだ?」


  いちいち、心の声に答えてくるのも悪質だ。圧倒的に心理戦で不利だ。だが、だが、そうも言っていられない。ロングコートの男は危険そうな感じがする。


「……。しばらくって、これが出来て五十年は経ってる系な感じなんだぞ。お前、どっからどう見ても二十代前半系な感じだろう。ふざけている系な感じだろ」


  男が吐き捨てるように言うと、ロングコートの男が表情を冷たくする。


「はッ! 図星系な感じだろ?」


  ロングコートの男が口を開いた。


「よい。もうよいわ。つまらん。つまらんぞ。貴様は非常につまらんぞ。我がこれほど好意的に接しているというのになぁ」


「ほーう。だいぶ上から目線だなぁ。若い系な感じなのによ」


  ロングコートの男が戦闘態勢をとると、男の方も拳を構え、魔術を行使する。


炎熱刀フレイムブレード


  男から炎が吹き出した。それは、縦に一メートルほど伸び、少しずつ形が整っていく。現れたのは、長い和太刀だった。

  刀身は炎が燃え上がり、小さいプロミネンスを起こしている。それほどまでに高温で、完成度が高かった。


「ふむ。貴様……。会話はつまらんが、闘いは楽しめそうだ。寝起きの準備運動程度に考えていたが、存外、いい『物』に出会ったものだ……」


「寝起きって、もう昼だぞ。あと、人をコミュ障系な感じな人みたいに言わないでくれるか」


「これはこれは失礼したな。軽く百年ほど寝ていてね。正直過ぎたようだ。調子に乗っていたよ」


「おい……。俺を馬鹿にするのもいい加減にしろよ」


  男はロングコートの男をギロリと睨む。俺は遭難してる系な感じなんだよ! 早く帰りたい系な感じなんだよ! ゴブリンたちに襲われたばっかで疲れてる系な感じなんだよ!」


  男は愚痴のように叫ぶ。それを意に介さないロングコートの男。


「ふむ。本当は『支配』と『洗脳』と『身体超強化』の術式さえ試せれば良かったのだが……。所詮はゴブリンか。まぁいい。まだ踊れそうだな。

  それに、魔術まで発動してくれたことだしなぁ。まだまだ試せそうで嬉しいよ。この僥倖に感謝せねばなるまいなぁ」


  ロングコートの男はそう呟き、左手を男の方に向ける。


「? 何系な感じだ?」


  男がそう言って首を傾げていると、ロングコートの男は口を開いた。


「術式・風。烈風鎌ストームサイズ


  その瞬間、鋭い切れ味を持った数多の風の刃が男に向けて殺到した。

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