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異世界の魔術事情  作者: 後田池一/狸丸
第一部 Rove about the labyrinth
3/20

#3 日常の中で (2)

 紅葉が手早く料理を済ませ、ダイニングテーブルに朝飯を並べる。

  その朝飯は極めて日本的で、白米に味噌汁、焼き魚に納豆だ。


「おー。すげー。はえー。うまそー」


「何よ。その気の抜けた賛辞は……」


 いやまぁ、実際物凄く美味しそうだ。

  昨日の夕飯を作り置きしていたから紅葉が料理が上手いのは知っていた。

  が、実際目の前で作られると、敗北感が拭えなかったのだ。


「いただきま〜す‼︎」


 一人ソフィーが元気に合掌し、食べ始める。それを見た二人も、「いただきます」と食事を始める。


「なぁ、ソフィー」


「なに? おとーさん」


 ソフィーが口をムグムグさせながら、夕の方を向く。その愛らしさについ夕はほっこりしてしまう。


「魚ほぐせるのか? 小骨刺さったら痛いぞ?」


 夕が心配そうに尋ねると、むんとソフィーは胸をはった。


「もちろんできるよ! ちょちょいのちょいだよ! おとーさん! くれはに教えてもらったの!」


 ちょちょいのちょいていつの言葉だよ……


「そうなのよ! 私が教えたの!」


 紅葉さんも胸をはっていた。あまり盛り上がらないのはご愛嬌……か? 怖いからそうしておこう。うん

 しかし、すぐに紅葉は遠い目をする。


「でも、すぐ覚えちゃって、あーんすらできなかった……。悔しい!」


 紅葉の叫びに夕は顔を引きつらせる。


「あっ、さいですか……。そりゃ良かった……」


 そしてまぁ、夕も紅葉もソフィーも食事中に積極的に話すタイプでもないので、夕の手は自然にテレビのリモコンへと向かう。夕がつけると、ちょうど、ニュースをやっていた。


「では、次のニュースです。

 今日未明、ノーマニア大森林で、巨大なクレーターが発見されました。これについて、アストマ王立魔術研究所は、クレーターを調査した結果、濃い残留魔力が検出されたと発表し、それに合わせて、クレーターの原因はなんらかの魔術の可能性が高いとも発表しました。研究所は、神聖ソリムラリア帝国の新しい魔術兵器の可能性も踏まえ、調査を続け、分かったことは、随時発表していくとのことです。

 では、次のニュースです。……」


 夕が少し興味深そうに呟く。


「ふーん。新魔術兵器……ねぇ」


 それに追従するように紅葉が紡ぐ。


「さしもの軍事大国もナパジンド連邦の新兵器に焦ってるんじゃないの? たしか……」


 そこに夕がすかさず割り込む。


「『機動要塞ライオットフォート』だろ? でもなにも明かされてないんだよな〜。なんかものすごそうなのに……。見てみたいな〜」


 夕だって年頃の男子だ。そういうものが好きだったりする。


「でもさ、その『機動要塞』だっけ? それがどんな代物かは知らないけど、あのクレーターの大きさは明らかにオーバーキルな気がするんだけど……」


「敵はまとめて殲滅するもんだろ?」


「うわぁ……。こりゃアストマ王国も危ない……?」


「そうだなぁ。うちの国も危ないかもなぁ」


 夕たちが世間話をしていると、ソフィーが夕の服を引っ張っているのに気づく。


「ソフィー? どうしたの?」


「ノーなんとかかんとかってどこにあるの?」


 夕は驚いた。ソフィーが時事に興味を持ったことに。

  今までは勉強させようとしても、魔術以外の勉強をしたがらなかった。

  それはもう壮絶に。

  だから、たとえ、『ノー』しか覚えていなくても感激だった。感激ついでに、世界の国々について教えよう。


「ソ、ソフィーっ!! やっと……。俺は嬉しいよ……!」


「お、おとーさん……?」


 ソフィーは、夕のあまりのリアクションに軽く引き気味だった。

  夕は咳払いで気を取り直す。


「えー、こほん。ソフィー、ノーマニア大森林ってのは、北の果てにある前人未到の大陸、暗黒大陸にある広大な森林だ。もう大陸全部を覆っていると言っても過言じゃない」


「ぜんじんみとうって、なに?」


 ソフィーはぽかんとしている。夕は苦笑いする。


「まぁ、簡単に言うと、何も分かってないんだ。危険すぎて誰も行きたがらない。分かってるのは魔物の発生場所ってことぐらいだな」


「魔物の工場?」


「まぁ、そういうことだ」


 夕はソフィーの頭を撫でる。


 そして、ここからが本番だ。


「そしてだな、さっきも話に出た神聖ソリムラリア帝国なんだけど、この国は圧倒的な軍事力を持ってるから、世界最大の軍事大国って言われているんだ」


「おー。なるほど〜」


 思いの外、ソフィーの食いつきがいい。だが、隣の運動バカは今にも寝そうだ。何だよこれ。


「で、ナパジンド連邦は、宗主国、ナパジンドを中心として集まって、連邦国家を形成してる。世界で二番目の大国だな。そして、俺たちのいるアストマ王国は……別に普通だな。特に何もない。強いて言えば、忠義的な国民が多いか」


「うんうん、それでそれで」


 わお。ソフィー、成長したな。隣に寝始めた天然娘がいるけどもう無視だ。


「そしてあとは、アストマから独立した新アストマ皇国。民主国家のミラレヤヌス民主国、共和制の体を取っているものの、軍事総統による独裁政治が行われているフマチト共和国がある。あとは、国じゃないけど新アストマ皇国の隣に巨大な反政府組織があるくらいか」


「おー。ぜんぜんよくわからなかったよ。おとーさん」


「おっおう……。そうか、でも、友達にこういうことが言えるとかっこいいよ?」


 夕はちょっとした無力感の中、食事を再開した。

  タイミングよく起きた紅葉も、難しい顔をするソフィーもそれに続いた。

 皆の何事もない朝食が終わり、紅葉は帰っていった。

  それを見送った二人はリビングに戻る。夕がソフィーを見ると、何だか微妙な顔をしていた。


「どうしたんだい? ソフィー」


 夕が不思議そうに尋ねると、ソフィーはバツが悪そうに答えた。


「いたい。こぼねがいたい……」


「……。うまくなったんじゃないのか……?」


 夕が呆れ気味に言うと、ソフィーはもっとむくれた。


「ちょうしのった……。こぼねがこんなにいたいなんて……。うぅ……」


 ソフィーはむくれるのをやめて涙目になる。

  夕はそれを見て、ソフィーの頭に手を置いた。


「おとーさん?」


「ほら、取ってやるから口を開けて」


 ソフィーが素直に口を開けると、夕はソフィーの喉を指差した。

  そして、人差し指から細い魔力の糸を紡ぐ。魔力を直接形にして扱う魔力操作の技術だ。この程度なら魔術道具を使う必要もない。

  そのうち、刺さっている小骨を見つけた。


「あっ、あった。ちょっと痛いかもな。抜くよ」


 夕は小骨を糸で引いた。すると、小さい小骨が出てきた。


「え、ちっさ! 超ちっせぇ! ソフィー、これ、小さいよ」


「むぅ。ちいさいからこぼねだもん。おおきいこぼねとかこぼねじゃないもん」


「……。そうだな。ソフィーは繊細だな」


「あー! いまばかにしたー! ソフィーをばかにしたー!」


 ソフィーは夕の腰辺りをポカポカと叩く。

  それを夕は微笑みながら見て、ソフィーの頭を優しく撫でてやる。


「悪かった悪かった。本を読んでやるから許してくれよ」


 夕がそう言うと、ソフィーはパァッと目を輝かせた。


「ほんと!? ほんとに!?」


 ソフィーはぴょんぴょん飛び跳ね始めた。

  尻尾があればものすごい勢いで振られていそうだ。

  ちなみにアホ毛はビュンビュン回っている。


「あぁ、一年ぶりだしね。何がいい?」


 すると、ソフィーはシュタタタとばかりに走り去り、一冊の絵本を持ってきて、夕に押し付けるように渡した。


「これっ! これがいいっ! これ読んでっ!」


「はは。またこれか。好きだなぁ、ソフィー。飽きないのか?」


 ソフィーはぶんぶんと首を振る。


「あきない! ソフィーこれだいすき!」


 夕は肩をすくませ、その場に胡座をかいた。


「お、おう……。そう? ならいいんだけどさ……」


 ソフィーはさも当たり前のように夕の胡座の上にちょこんと座った。

  夕は苦笑しつつも、咎めない。これも日常の一コマだ。

  夕が読み聞かせを始める。ソフィーは目を輝かせた。


「昔、世界は混沌に満ちていた……」



 ソフィーが持ってきた絵本は、この世界全域に伝わる、『世界神話』と言われる神話の童話バージョンだ。

  いや、まぁ、伝わるとか言っても、内容は全然解読できていない。作者も不明で、表題と目録は研究者が伝承と挿絵を元に想像したもので、全くもって事実ではない。

  内容もこれを元にしたと思われるお伽話や、各地の伝承を元に推測したもので、つまり、想像に推測と何一つ分かっていないのだ。

  よくもまぁ、これの童話を作ろうというか、作ったものだ。

  いや、作れる理由が一つだけあった。神話の中で、分かっていると言えることが一つだけあった。

  それは、各地の伝承やお伽話で必ず登場する、魔導師(魔術師ではない)、ガパロリウス・シグ・シュバルツマイトの存在だ。

  ガパロリウスはどの伝承・お伽話にも、救世の魔導師として語られている。魔術師ではないのは、彼が使えたとされる魔法が魔術だけじゃないからだ。

  魔術は魔法という大きな体系の中の一技術であるのだが、今、魔術以外を使える人間はいないと言っても過言じゃないほどに少ない。

  だが彼は、錬金術に降霊術、その他諸々の魔法という体系に分類されるその全てを極めていた(らしい)。

  そして、何故それと神話が繋がるかというと、神話の挿絵に魔術を使ったり、錬金術を使ったり、降霊術を使ったりしている挿絵が多数描かれているからである。

 だから、童話を作ることが出来たのだ。

 童話の内容は典型的で、世界に災厄が降りかかり、それをガパロリウスが救ったというものだ。

  こんな簡単な内容だが、いや、だからこそ、幼い少年少女は憧れるのだ。

  救世の英雄に。

  夕だって憧れた。

  そして誓った。

  親友と一緒に、「この人に近づこう。二人で一緒になろうよ! この人みたいになるんだ!」と……。



「世界は再び平和になりました、とさ。めでたしめでたし」


 夕はパタンと絵本を閉じた。ソフィーは「ふぉー!」と声をあげている。


「おとーさんよむのじょうずー! だからこのえほんすきー!」


「……。内容は? 内容褒めてあげて?」


「くれはがよんでもおもしろくなかったー」


「それ、絶対に紅葉に言っちゃダメだよ?」


「かなしそうなかおしてたよー?」


「おおぅ……」


 夕はソフィーを足の上からどかし、トイレに行った。そして、すっきりした夕がリビングに戻ろうとしていると、


「ああああああああああああぁぁぁぁぁっっっ‼︎」


 ソフィーの悲痛な叫び声が聞こえた。


「ソフィーっ?! おわっ!?」


 夕が駆け出そうとした瞬間、視界が揺れた。否、揺れているのは地面だ。とても大きな地震。


「くっ、ソフィーッ!」


 夕は揺れる中、ソフィーのもとに駆けつけた。

  ソフィーはリビングの中央で頭を抱えて震えていた。時折、「うぅ」とか、「うぁ」と呻いている。


「ソフィーッ!? 大丈夫かっ!」


 夕は駆け寄り、ソフィーを抱きしめる。


「うぁぁ……。お……とーさん……?」


「あぁあぁそうだ。俺だ。大丈夫だ。安心していいんだ」


 しばらくすると揺れが収まった。

  しかし、ソフィーは震えている。


「うぅ……。うぁあ……」


 今にも泣き出しそうだ。夕はソフィーの頭を優しく撫でる。


「もう揺れてないよ。安心していいんだ」


 しかし、夕はそこで気がついた。


  ソフィーは揺れる前に悲鳴をあげていなかったか?


「ソフィー! 何があったんだ! 答えてくれ!」


「パパァ……。ママァ……。おねえちゃぁん……」


「っ?! どういうことだ……。何故、今……?」


 夕がそこまで考えたとき、夕の頭の中に昔の記憶が蘇る。


「うぁっ!? なんだ……? これは……?」


 それは幼い頃の記憶。


 夕を抱えている母。


 夕を叱っている母。


 夕に御飯を食べさせている母。


 夕の手を握って散歩に連れて行っている母。


 夕に絵本を読んでくれている母。


 夕と一緒に笑っている母。


 悲しそうな目で夕を見つめている母。


 場面だけは浮かんでくるのに母の顔がどうしても思い出せない。


「な……んで……だ!? なんで……今更……死んだ母さんのことを……!? なんなんだよ……! これ……!」


 そして、最後に浮かんだのは、目の前に広がる紅い炎だった。その中心にいるのは……親友だ。

  薄く、辛そうに笑っている。

  唇がほのかに動く。


「うぐぅ……」


 つい、ソフィーを抱きしめる力が強くなる。腕が震えている。


「まさか、そんな……」


 これは、辛い記憶、トラウマを思い出させている……?

 ということは、ソフィーはあの夢を今見ているということだ。どうしても語ってくれない、あの夢を……


「ソフィー。大丈夫だ……! 俺はいなくならないから……。どこにもいかないから……。ずっと……ずっと一緒だから。安心していいんだ。安心していいんだよ……」


「うぅ……。あぁ……。おとーさん……」


 夕はソフィーを包むように抱きしめた。


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