この世界はゲームなんかじゃない
「最近なんだか寝不足なんだよね…おかげで太っちゃって」
「ちゃんとベッド入ってセーブしろよ。それかリセットしてキャラ選択からやり直したら?」
教室であくび混じりに愚痴を漏らす僕に、武雄が大真面目な顔でそんなことを言ってきた。僕は内心呆れながら、まじまじと友人の顔を見つめた。
どこのクラスにだって、一人くらい変わり者がいるだろう。僕らにとってのそいつが、この武雄だった。武雄と僕は幼稚園の頃からの幼馴染で、昔からよく近所の公園で携帯ゲームを持ち寄っては遊んでいた。その頃の武雄は特段変わったところはなく、普通の人間だったと思う。
ところが何時からだろうか。彼はこの世界を「ゲーム」だと思い込んでしまった。まるで自分は「ゲームの主人公」で、周りにいる奴らは配置されたNPCだと言わんばかりの痛い言動が目立ち始めた。確かに彼は昔からゲームが好きだった。だけどまさかこの世界をゲームだと信じ込むほど、中学生特有の妄想症状が悪化しているとは…。彼の目が覚めたとき、自身の過去の言動に悶え苦しむことにならないだろうか、と僕は今から危惧していた。
「だけど最近、本当バグ多いよな。運営は何やってんだか…」
「はは…」
僕は申し訳程度に苦笑いを返した。彼の言うバグとは、昨今の日本を取り巻く経済状況や世界情勢のことだろうか。原発問題も難民問題も、些細な「バグ」と言い切る彼は案外大物になるのかもしれない。或いは「ゲーム脳」らしく、攻略すべき「サブクエスト」の一つとでも考えているのだろうか。何れにせよ恐ろしい。若干引いている僕を見て、武雄が馬鹿にしたように笑った。
「わりい、運営とかバグとか言っても、サブキャラには分かんねえよな」
出た。彼が時々放つ、上から目線の「自分だけはわかってますよ」発言。相変わらずなそのセリフに、僕もとうとうカチンときた。
「いい加減にしろよ!」
「!?」
机を叩いて立ち上がろうとした瞬間、後ろの席から誰かが声を荒げた。僕は驚いて振り返った。
「お前、友人のことをなんだと思ってんだよ!」
大声を出したのは、同じクラスメイトの東だった。整えられた七三の間に青筋を浮かべ、メガネをクイッと持ち上げながら彼は武雄に詰め寄った。
「この世界はゲームなんかじゃない!現実だろうが!」
如何にも真面目そうな東が、武雄の首根っこを締め上げた。武雄はというと、何故突然ゲームキャラが怒り出したのか分からないらしく、きょとんとした顔で目を白黒させていた。
東が怒った理由、「現実」にいる貴方ならお分かりだろうか。にわかに教室がざわつく中、僕は画面の向こうにいる読者を見上げて呟いた。全く、「ゲーム脳」も「現実脳」も、同じくらい厄介だよね。この世界は本当は短編小説で、僕らはその登場人物でしかないっていうのにさ。