ぬるま湯の恋。【読了1分】
ぬるま湯は、或るとき、人間に恋をした。
ぬるま湯は、ぬるま湯としてこの世に生まれてきたわけではなく、嘗て、水として生まれた。いや、もしかしたら水蒸気としてかもしれないし、氷だったかもしれない。
鶏が先か、卵が先か、という奴である。
しかし、三態のいずれかではあったはずだし、少なくともぬるくはなかったはずなのだ。どこかのステップでぬるくなってしまったことは確かなのだが。
ぬるま湯には目も耳も、ましてや考える頭もないのに、どうして恋なぞしたのだろうか。ぬるくなってしまったからだろうか。嘗てぬるまゆが熱かったか、冷たかったとき、ぬるま湯は“水”としての誇りに満ち満ちていて、それから時が過ぎてぬるくなった結果、水であることに飽き、人の真似事なぞしているとでもいうのだろうか。
光田はしがない新入社員だった。上司にはへこへこ頭を下げ、同僚には見下される。光田は自分に能力の無いのを知っていた。だからこそ、それを浮き彫りにされるのが辛抱ならなかった。
浴槽に溜まったぬるま湯にひとつ、またひとつと光田の涙が零れ落ちる。
――――辛い。このまま、このぬるま湯の中に溶けてなくなってしまいたい……。
光田は身体のすべてを涙にしてぬるま湯に溶けて消えた。