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後編

来る者を拒絶しているような巨大な城門。常に薄暗い空と鬱蒼と生い茂る森。

もう二度と来ることはないと思っていた魔王の城。その前に俺は立っている。


兵士が簡単に追ってこられない場所をここしか思いつかなかった。

ここに来ても魔族達と結局は戦うことになるかもしれないが……人間と戦うよりはいいだろう。

魔族や魔物に殺されかけるのは慣れている。だが人に剣を向けられるのは辛い。人を切り伏せることも。





中に入ると、そこは不気味なほど静まりかえっていた。

前回……ほんの数日前に来たときは魔王の家臣達が大勢いて、俺を見るなり襲いかかってきたものだが。

今はほとんど誰もいない。時折戦士らしき魔族とすれ違っても、逃げるように走り去ってしまう。どうやら俺は、人間だけじゃなく魔族からも恐れられているらしい。

……まぁ、当然か。


そして辿り着いたのは玉座の間。魔王との決戦の場だった場所だ。

ここにももう誰もいないだろう。そう思って扉を開けると、予想に反して誰かが玉座に座っているのが見えた。

いや、誰か、じゃないか。そこにいるとすればたった一人。


「おやおや……久しぶりだな、勇者殿。気が変わって俺にとどめを刺しに来たのか?」

「……そんなつもりはない。ただ、しばらくここに居座ることにした」


俺に負けて少しは反省して大人しくなるかと思ったら、全く変わってない。

まあ、大人しい魔王というのも気持ち悪いだろうが……




あの時、俺は魔王を殺さなかった。

魔王が世界の破滅を諦めてくれれば、殺す必要はないと思ったから。

そして、今もその考えは変わってない。向こうに戦意がないならそれでいい。

人間の兵士と同様、俺を殺そうとするなら今度は殺すつもりだったが。


「勇者が魔王の元に滞在、か。あれほど俺を倒したがっていた貴様が、どういう心境の変化だ?」

「……別に」

「ふむ……そういえば面白い話を聞いたな。勇者が謀反を起こし、兵を数名殺した上逃亡したと。その噂は本当だったということか」


なるほど、俺はそういう扱いになっている訳か。

しばらくすれば俺も賞金首の仲間入りになりそうだ。それも、おそらく世界中から莫大な懸賞金がかけられて。

兵士だけじゃなく、賞金稼ぎまで相手にすることになるのか……

どこまで逃げれば、俺に安息が訪れる?

俺は、そんなに大勢を殺してまで生き残る価値のある人間なのか?

心に浮かんでくるのはそんな重苦しい考えだけだ。

思わず俯いた俺の耳に、魔王の笑う声が聞こえた。


「退屈しのぎになりそうだ。何があったのか話してみろ」

「……偉そうに」


だが、きっとこいつにならなんの気兼ねもなく話せるだろう。

魔王も人間に忌み嫌われてきた存在。今の俺と同じようなものだ。

不思議な気分だ。数日前に世界をかけて死闘を繰り広げた相手に親近感を持つなんて。




俺は、その日に起こったことを全て話した。

信じてもらえないかもしれないし、バカにされるかもしれないとも思っていたが、魔王は静かに頷いただけだった。


「ふむ……成る程。それは人の世界ではことわりかもしれんな。人は強い者に従うが、強すぎる者は異端と見なす。貴様は極端な例だが」

「じゃああんたは、俺があんな目に遭ったのは当然だって言いたいのか」

「少なくとも、予想するべき事態だっただろうな」


流石に数百年生きてることはあって、魔王は冷静だ。

だが例え予想できたとして、どうするべきかなんて分からなかっただろう。

今も。未だに分かっていない。

なのに、魔王は簡単にその迷いを突いてくる。


「それで、貴様はどうするつもりだ。その様子では、もう人の国には戻れないだろう」

「……まだ考えてない。後何日かはここで疲れを取って、それからだ」

「なら、俺に面白い考えがあるぞ?」


楽しそうな笑みを浮かべる魔王。その顔がなんだかあの王に似ていて、嫌な予感がした。

こいつにとっての面白い考えなんて、きっとロクなもんじゃない。


「貴様、魔王になってみるつもりはないか?」

「……は?」

「人の世に戻れないなら、ここにいるしかない。それなら、力はいくらあってもいい。そうだろう?」

「いや……ちょっと待て」


勇者が、いや、それ以前に人間が魔王になんてなれるのか。

魔族の王。恐怖の象徴。闇の支配者。いくらなんでも……無茶苦茶だ。

それなのに、目の前の魔王は至って本気らしい。


「……俺は人間だぞ」

「そんなことはさしたる問題ではない。魔族は己より強い者にのみ従う。そこに種族など関係ない」

「つい最近まで魔王の敵だった俺が、魔王になれるはずが……」

「我等の世界では、在位中の魔王を倒したものが新たな魔王となる慣わしだ。一対一の決闘に負けた俺は王である資格を失い、王を倒した貴様には王になる権利がある」


その言い方だと、もしかして俺は一人で戦って魔王に勝ったから王になれるってことか。

もし俺が古の勇者達のように数人の仲間と共に戦っていたら、そんなことはなかったのか。仲間を作らなかったからこそ俺は人間の国から追われる身となったはずだが。

……皮肉なものだな。


「魔王になったからといって、人の国に攻め入る必要はない。そして、王である限りはここでの生活は約束され、人の世に戻らなくても良い。今、魔王が一人の人間に倒されてこの国は混乱しているのだ。貴様が王になるならこちらも助かるし、貴様にとっても悪い話ではないだろう?」

「まあ、それは……そうだが……」

「それに何より、」


魔王は口の端をつり上げて愉快そうに笑う。

これが力で王になった者の顔なのか、と、ぼんやり思った。


「貴様の王は言ったそうだな。完璧な英雄譚の最後を。だが、『勇者は魔王を打ち倒した後、自らが魔王になった』。これほど面白い最終章は他に無いと思わないか?」

「……」


魔王、か。

確かに人々に恐れられるなら、堕ちた英雄より新たな魔王の方がいい。

それに、俺は誓ったんだ。

あんな伝統は俺の代で終わりにするって。

魔王就任。これほど華々しい舞台はないだろう。


「……分かった。魔王になってやるよ」

「フ……では、早速魔族達に招集をかけよう。戴冠式は準備が出来次第執り行う。そして……」


魔王……いや、前魔王は、突然玉座から降りてその場に膝をつき、恭しく頭を垂れた。

突然の行動に目を丸くするしかできない俺に、顔を上げてあの笑顔を見せる。


「貴様が魔王である限り、俺は貴様の忠実なる僕だ。我らが新しき王に祝福があらんことを」




こうして俺は、勇者から一転して魔王になった。

態度がでかい不遜な家臣も出来たようだし、これからはきっと追われるよりも楽で、贅沢で、色々と大変な生活が始まるんだろう。


待ってろよ、人間の国の王達よ。

近いうちに新魔王として会見を申し込んで、歴史の一ページに刻まれてやる。





昔々、魔族の王である魔王は世界を破滅させようとしていた。

魔物が人々を襲い、街を焼き、天変地異を起こす中、一人の勇者が現れた。

彼はたった一人で魔王を打ち倒し、世界に平和をもたらした。

しかし彼はその後勇者の地位を捨て、新しい魔王となった。

今でも彼の名は語り継がれている。人の身で初めて魔族の王となった者として。


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