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第八話 火蜥蜴と偽りの魔法少女

 目の前の少女から受ける強烈な印象に暫しエマは言葉も無く固まったが、だからと言ってそのまま立ち尽くしている訳にもいかない。

 先程の行動と言葉から推測すれば、自分達の応援要請に応えてくれたのは、この少女に他ならない筈だった。

 はっと意識を戻すとエマは、メルリンと名乗った少女に頭を下げる。


「あ、ありがとう! えっと、それとごめんなさい、折角助けてくれたのにお礼も言わずにぼうっとしちゃって。あたしはアイテム支援班のエマ、今日はこれからよろしくね」


 相手は見るからにエマよりも年下だったし、彼女自身の気さくな喋り方から考えれば、変に敬語は使わない方が良いだろうと判断しそう挨拶する。

 メルリンは嬉しそうにそれに頷いた。


「うんうん、エマムーだねっ。年が近いようで嬉しいな。メル今日は頑張っちゃうよ!」


 そんなメルリンに、横からバレリオも剣を腰に納めながら声を掛ける。


「相変わらず戦闘を舐めてるとしか思えねぇ格好だが、ありがとうよ。助かったぜメル坊」


 ほうっと息を吐いた大柄な戦士は、よく見知った間柄なのか気安い口調だ。


「むー。バレリン素直じゃないっ。そこは可愛くて素敵なメル様ありがとうございますって跪くところだよー」

「誰が跪くか!」


 頬を膨らませた少女に、遠慮なくバレリオがつっこみを入れる。どうやらメルリンは、会った人を自分なりに思いついた愛称で呼ぶ癖があるようだ。バレリオがバレリンなら、自分がエマムーと呼ばれたのも特に深い意味は無さそうだ。

 そんなことを考えていたエマに、バレリオが目の前の少女を紹介する。


「エマ、こいつが今日俺達と組むことになる魔法補佐班のメルリン・セセだ。格好と性格はあれだが、魔法の腕前は確かだ。安心していい」

「一番得意なのは火炎・疾風系の攻撃魔法だけど、防御魔法も一通りこなせるよ。耐炎・耐冷・耐風・耐土なんでもござれだよっ」

「へぇ、すごい……! メルって凄いんだね」

「えっへへー、エマムーに褒められちゃった!」


 口調は軽かったが、言っている内容はレベルが高かった。通常、魔法は自分に合った属性のものしか使えない。

 水魔法が得意な者は火魔法が使えないことが大体だったし、同じように反発し合う風と土についても同様だった。だがメルリンは、四大属性すべての防御魔法が使えるという。つまりは、攻撃魔法も全属性使えると思って間違いないだろう。

 勿論得意な属性と不得意な属性で威力の差はかなりあるだろうが、それでもエマはそこまで万能な魔法使いに今まで出会ったことは無かった。


 バレリオが髪をがりがりと掻きながら、何の気なしに補足する。


「まあこいつは、これでも魔道士の塔に最年少で入った奴だからな」

「ええっ!?」


 驚いてエマは思わず大声を上げる。

 魔道士の塔と言えば、魔法に携わる者達の頂点に位置する大魔法使いや大魔道士と呼ばれる選りすぐられた人々が集う辺境の塔だ。

 広くその魔力を認められた者だけが入ることが出来、一度入った者はその生涯を魔法研究に費やすと言われる、至高の隠者の塔でもあった。

 そこにいるのは主に、経験と知識を積み重ねた老齢の賢者ばかりだと聞いていたが、まさかそこにこのメルリンがいたなんて……。

 エマは息を呑む。


 そこにバレリオがぼやくような口調で付け足した。


「ま、つっても最年少で入って、最速で破門になっちまったがな」

「へっ?」


 今度は別の意味でエマは目を剥いた。そんなエマに僅かに同情の視線を向けてから、バレリオはしみじみと呟いて顎を撫でる。


「こんなふざけた格好でふざけたことばっかしてりゃあ、まあ遠からずそうなるわな」

「むー。バレリンひどいっ。メルの格好はふざけてなんかないよ、可愛いの塊なんだから」


 愛らしく頬を膨らませるメルリンと、呆れたようにそれを眺めるバレリオを眺めながら、エマは首を傾げる。

 メルリンの格好は多少個性的だし、戦闘するとは思えない無駄の多い格好ではあるが、だがだからと言って破門される程とは思えない。


「うーん、確かに魔道士の塔にはそぐわない格好かもしれませんけど、でも破門される程じゃないような……」

「だよねっ、エマムーわかってるぅ!」


 片手を挙げて声を弾ませるメルリンを横目に、バレリオはどこか厳かに言った。


「おいエマ、騙されるなよ。こいつはな――正真正銘の男だ」

「……へ?」


 一瞬エマは何を言われたのかがわからなかった。一拍間を置いた後、油の切れたブリキ人形のようにぎぎっとぎこちない動きでメルリンに向き直る。


 普通ではあり得ない水色の髪をした、どこからどう見ても美少女がそこにいた。丈の短いフリルのスカートから覗く足も、女の子の憧れを形にしたようなふわふわの上衣から覗く手首も細い。エマよりも余程華奢なくらいだ。

 これが男の子だなんて……ない、ありえないとエマは思う。いや、そう思いたかった。


「あの、バレリオさん。冗談ですよね? 冗談だって言ってください」


 ややすがるように言ったエマに、バレリオが無念そうにゆっくりと首を振る。


「残念なことに冗談じゃねぇんだ、これが。こいつは魔道の申し子やら魔法界の神童やら呼ばれてるが、その変態的な格好で至高の塔を破門になった魔法界の問題児でもあるんだ」


 それにメルリンが元気よく反論する。


「あっ、違うよバレリン! メルが破門になったのはこの格好の所為じゃなくて、メルの親衛隊に五長老の内二人が入ってたのがばれて、塔の風紀を乱すからって理由で破門になったんだよ」

「マジかよ……。魔道士の塔終わったな」


 げんなりとバレリオが呟く。

 どうやら本当のことらしい。


「メルって、メルって色々な意味で凄いんだね……」


 エマはもう遠い目でそう呟くことしか出来ない。

 少年の身でありながら女装して魔法界の最高峰の人達を魅了したことも凄ければ、破門されてそれでもへこたれずに生活している所も凄い。どう見ても13,4歳くらいにしか見えないのに。生き急ぎ過ぎじゃないかと思う。

 そんなエマの何とも言えない眼差しに気付かず、メルリンが可愛らしく身体をくねらせる。


「えっへへー。エマムーったら、そんなに褒められるとメル照れちゃうよぅ」

「あんまこいつを甘やかすなよ、エマ。際限なく調子に乗りやがるからな」


 そんな二人に、エマは力なくあははと笑い返すしか出来なかった。





 「さてさて、バレリンにエマムー、これからどうするのかな?」


 賑やかな自己紹介も終わり、漸くメルリンがこれからの行動指針を尋ねて来る。考えてみれば彼は応援要請に応えてくれただけで、その内容がどのようなものかまでは聞かされていない。当然の質問だった。

 バレリオが表情を改めて真面目に頷く。


「そうだな。こんな入口近くまで子火蜥蜴(ベビーサラマンダー)が来てるってことは、他にも端々にちらほら溢れてる可能性がある。とりあえずどんどん先に進んで、見掛けた子火蜥蜴どもを一掃し、最終的にそいつらの親玉の火蜥蜴を倒すのが今の俺達の目的だ。今回に限っては、勇者へのアイテム設置は二の次だ」

「そうですね……でも、それなら宝箱とその中身の武器やアイテム、どうしましょう。それ所じゃないし荷物になるから、いっそここに全部置いて行きましょうか」


 エマが背負っている荷物に視線を向けながら問い掛ける。これを背負ったままでは戦闘が幾らか不自由になるし、ならいっそ思い切りよく置いていった方が得策ではないかと思ったのだ。


「いや、念の為軽い武器だけ各々一つずつ持って行こう。1、2個勇者達に取らせることが出来れば儲けものだし、そうじゃなくても子火蜥蜴の数によっては俺達に替えの武器が必要な状況が出て来る可能性がある」

「ああ、そっか。そうですね。じゃああたしは、短剣を一個余分に持って行きます」

「じゃあメルは樫の杖~。可愛くないけど、あって困るものじゃないもんね!」

「なら俺は鋼の剣を持って行くことにしよう」


 勇者パーティーの現レベルに合わせて選ばれた武器は、どれもエマ達熟練の冒険者達から見ればかなり攻撃力の低い武器だ。だが、それでも使えない訳ではない。

 もし子火蜥蜴や火蜥蜴以外の魔物に不意に襲われたら、これらで難なく倒せるだろう。


「よし、じゃあさくさく進むとするか」


 バレリオの合図に、エマは頷き、メルリンはおーと片手を挙げた。





 メルリンの耐炎魔法は、エマとバレリオの戦闘を飛躍的に効率の良い物に変えた。

 子火蜥蜴と出会う度、まず威嚇で炎を吐かれるのだが、それを防御しないで良いのは大きい。そのまま炎を身に受けながら突っ込んで斬りかかれば、大体の子火蜥蜴は一度で討伐出来た。


 時折子火蜥蜴より大きい、幼火蜥蜴とでもいうべきものもいて、これは身体も炎も幾分大きい分一撃では倒せなかったが、その時はメルリンの水魔法がかなり役に立った。


 水流を受けて弱った所を、横からバレリオなりエマなりが斬りかかる。あっという間の共同作業だ。


「よし、討伐完了! っと。……もう数がわからなくなってきちゃった。これで何匹ぐらい倒したでしょうね」


 はぁ、と息を切らせて額の汗を拭いながら、エマがバレリオを仰ぎ見る。効率は良くとも間断ない戦闘の連続に、バレリオの額にも僅かに汗が滲んでいる。


「大体22、3匹か? まったく、よくこんなにうじゃうじゃ発生したもんだぜ」


 呆れたようにバレリオが肩で息を吐く。


変則発生種(イレギュラー)にしてはちょっと多すぎるよねぇ。これはあれかな? とうとう魔王が動き出しちゃったかな?」


 愛らしくふわりとフリルを揺らして回転しながらも、メルリンも汗を手で拭っている。だいぶ彼も疲れて来ているようだ。

 その台詞に、バレリオの眼光が鋭くなる。


「魔王が勇者潰しに力を入れ出したってことか?」


 低い声で問い、唸る。確かにありえない話では無かった。


「だって、普通溶岩が多いダンジョンにしか現れない筈なのに、こんなにいっぱい生まれちゃうって偶然じゃ考えられないよぅ。それに勇者の名前も姿かたちも前より知られるようになってきたし、メルが魔王ならここらで一発叩いちゃうね!」

「お前が魔王ならもっと過激なことしそうな気もするけどな。まあ、でもそれも一理あるかもな……」


 バレリオの脳裏では静かに、これから自分達特定非営利活動法人が取るべき次の行動が算段されていた。

 もし今まで勇者に特に目に見えて手を出して来なかった魔王が動いたとしたら。彼らにこれまで以上の危険が降りかかる可能性が高いとしたら。

 自分達も今までと同じ行動をしている訳にはいかない。魔王が先手を取ろうとするなら、自分達は更にその先を読んで動かなければ。


「ちっ、まったく厄介なことだな。さっさと倒して報告しなきゃならねぇことが増えちまったぜ」

「バレリン、文句言わなーい。こんなに可愛い美少女二人が横で補佐してあげてるんだから、三国一の幸せ者だと思って涙ながらに戦わなきゃだよ!」

「どんだけ感謝して戦闘しなきゃならねぇんだよ! そんでもってちゃっかり自分を美少女の括りに入れてんじゃねぇよ、このくそ坊主が!」


 そんな二人の会話を聞きつつ、エマは凄いなぁと心の中で感心していた。自分なんて目の前の戦闘に手いっぱいで、その裏に何があるのかなんて考えていなかった。

 勿論今まで幾度もダンジョンに入り勇者達を襲う魔物の様子を見て来たからこその考察でもあるとは思うが、それにしたって自分は彼らほどの観察眼が身についていない。悔しいし、そんな自分が口惜しいと思う。

 けど、ここで腐っていても何も始まらない。


 メルリンの言葉ではないが、手本となる人達がこんなに身近にいるのだから、自分はそれこそ三国と言わず五国一の幸せものだろう。

 だからどんなに差があろうとも、どんなにスタートが遅くとも、エマは力いっぱい前を走る人達目指して走るのみだ。

 顔の前で握り拳を作ると、エマはきらきらと輝く緑の瞳で二人を見返す。


「バレリオさん、メル。あたし幸せです! がんばります!」

「お、おう」

「うにゃっ、エマムーが素直過ぎて、メル不覚にもちょっと動揺しちゃったよぅ……」


 二人の偉大なる先輩を動揺させたことに気付かず、エマは一人ごごごと闘志に燃えるのだった。



《特定非営利活動法人ゆうしゃ職員名簿》


【登録名】メルリン・セセ(14歳)

【レベル】41

【所属班】魔法補佐班

【称号】魔道の申し子

【前職】魔道士の塔の隠者

【愛用武器】魔法のステッキ(※技術開発班製作武器)

      使用魔法:火・水・土・風・転移魔法

【所持スキル・アビリティ】

『混乱』……敵を混乱させ一時行動不能状態にする(稀に仲間も混乱状態になることがある)

『可愛いは正義』……パーティー内に10代の少女がいると、魔法攻撃力+10。

『詠唱短縮』……通常長い呪文が必要な高位魔法の呪文詠唱を短縮することが出来る。

『MP吸収』……魔法攻撃時、与えたダメージの半分の値のMPを敵から吸収する。

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