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第四話 男装の麗人と銀の花

 ――王宮に銀の花あり。そう謳われる者達がいる。


 白銀の甲冑を纏い、腰には揃いの銀の細剣(レイピア)。白馬を跨ぎ颯爽と駆け抜ける彼女達の姿を見た人々は、その揺るぎない強さへ信頼の眼差しを寄せ、麗しの姿に惜しみない賞賛を送った。


 彼女達の名は、白銀(しろがね)騎士団。

 第一王女殿下直属の親衛騎士団にして、国唯一の女騎士団でもある。


 凛々しくも優美な彼女達が一度その手に馴染んだ細剣を繰り出せば、愚かにも彼女達を侮った多くの荒くれ者達が数分も経たずに地を這った。

 力よりも技に秀で、流れるような剣舞で相手の急所を的確に突く巧みな技力は、並いる猛者と呼ばれた男達を凌駕し、彼女達の名を国内と言わず国外へも知らしめた。



――そんな白銀騎士団の元団長であり、現在の同僚兼先輩でもあるフレデリカを前に、エマは紅茶の入ったカップを持つ手をかたかたと緊張に震えさせていた。


 なんでこの職場ってこう飛び抜けた人達ばかりなんだろう。そう遠い目で思いながら。



「どうした? エマ殿」

「あ、い、いえ! なんでもないです、フレデリカさん。ヴィクトリアさんの淹れてくれた紅茶はやっぱり美味しいなーなんて、ちょっとぼうっとしちゃって」

「ああ、ヴィクトリアの紅茶の腕は確かだからな。私も戦闘で疲れた時には、よく相伴に預かりたくなる」


 ふっと微笑んで、フレデリカが青緑の形良い瞳を細める。片手で頬づえをついた気だるげな仕草も、彼女がすると妙に様になっていた。

 白地に銀の繊細な刺繍が施された騎士服も、凛々しくありながら彼女の女性的な体のラインをも綺麗に見せていて、只ただエマの目には麗しく映った。

 髪は、落ち着いた色味の金。短く切られたその髪は襟足だけが長く伸ばされ、その中性的な魅力に拍車をかけていた。


 目が、目が眩しい。美形というのはそれだけで攻撃力になる、そうエマは思った。

 ヴィクトリアも綺麗な女性ではあるが、彼女とは美の傾向が違っていた。ヴィクトリアが癒し系知的美人だとすれば、フレデリカは微笑みひとつで若い娘の心を虜にする魔性の男装の麗人だ。


 本人は無自覚のようだが、先程からこの談話室で二人きりで向かい合っているエマはただひたすら落ち着かなかった。

 あんまり見つめていると、自分の中の大事な何かが変わってしまいそうな気がする。上手く言えないが、茨の道へ進んでしまいそうというか。そんなまずい感じだ。


 よし、ここは話をして気を紛らわそう、そう決めてエマは顔を上げて明るい声を出す。


「そういえば今日は、バレリオさんは外に行かれてるんですよね。ダンジョンに向かわれてるんでしょうか?」


 昨日知り合い、ほんの少し気心知れた存在になっている大柄な戦士は、今日は朝から姿が見えなかった。聞けば、他のメンバーから応援要請があり、朝から早駆けしているという。

 それ故、初対面ではあるが唯一残った同じアイテム支援班のメンバーということで、フレデリカが職場内の説明も兼ねてエマをお茶に誘ってくれたのだった。


「ああ。昨日から残りの三人がダンジョン近くの森で野宿をしているんだが、特殊な事態が発生したらしく、今朝がた応援要請が来てな。それであいつも向かっているんだそうだ」


 フレデリカは昨日休みだった。故に、伝聞で聞いたことをエマにもわかりやすく教えてくれる。つまり、その特殊な事態が解決しない限り、残りの三人のメンバーとは暫く会えないということだ。

 無事に治まると良いのだが……。エマが心配げに眉根を寄せる。


「えっと、フレデリカさんは行かれなくても大丈夫なんですか? あの、もしあたしがいる所為でお気を遣わせてしまったなら、すみません。あたしは大丈夫なんで……」


 新人の自分を一人にしてはおけないと、気を回させてしまったのだろうかとエマはふと心配になった。

 自分よりも余程能力も経験もある先輩が、目の前の仕事を放って新人の面倒を見るなどそんな甘い考えはしないだろうとも思うが、彼らが凄い分だけ自分との間に歴然とした差が開いているのも事実だ。


 世間では中堅どころの傭兵と認識されていたとしても、彼らから見たらエマなどきっと新兵卒並みの危なっかしさだろう。だから面倒を見る監督役としてフレデリカが残ったのかと思ったのだ。

 だが目の前の麗しの先輩は、いやと首を振った。


「そういう訳じゃないさ。バレリオが出たのは、力でねじ伏せたい魔物が現れたからなんだ。私は技と速さで魔物を翻弄する口だからな、より向いている方が向かっただけさ。人数的には過不足無い。エマ殿が気にする必要はないよ」


 そして眦を細め、ふっと優しげに微笑む。またくらっと来て、エマは思わず額を抑えた。これは危険だ。

 そしてなんとなく理解した。フレデリカの仕えていた第一王女殿下の婚期がやたらと遅れている理由が。


 身近にこんな人がいて自分を何よりも大切に守ってくれたら、男性に対する理想も高くなるというものだろう。そしてフレデリカを超えられる男性が、そうそう近くにいるとも思えなかった。


 それをさておいても、フレデリカは長年第一王女殿下に仕えていたのだと、先程紅茶を運んできたヴィクトリアから教えられていた。

 長く傍に置けばそれだけ信頼も増すだろうし、そんな気の置けない騎士である彼女の退団をよく殿下は許したものだと思う。


「そ、そういえば。フレデリカさんはどうしてこちらの法人に? 確かに勇者さま達を支援するのは他にはないやり甲斐のある仕事ですけど、白銀騎士団のお仕事も他に比べようも無いほど素晴らしいお仕事だと思うのですが」


 正直に言えば、勿体無いなと思う。勿論エマだって、今自分が就いているこの仕事を多少変だとは思いつつも誇りに思っている。

 だがそれにしたって王族直属の親衛騎士団の――それも団長の座は、誰しもが成し得る訳ではない素晴らしい仕事だと思うのだ。それを蹴ってまで何故この仕事に……と、どうしても不思議に思ってしまう。


 フレデリカは、少し考えてから口を開こうとした。

 その時だ。


 不意に辺りにジリリリリと大きなベルの音が鳴り響く。次に聞こえてきたのはどこからともなく響く女性の声だった。


『出動要請、出動要請。屋敷の北側の森に魔物が現れました。敵はオーク六体。周囲の木々を破壊しながらこちらに近付いている模様。アイテム支援班の出動を要請します。繰り返します……』


「えっ、何ですかこれ!?」


 室内には二人きりの筈だ。なおも復唱を続ける見知らぬ声にエマは驚いて周囲を見渡すが、新たに人が現れた気配もない。それにどうも声は、天井近くの方向から聞こえるような気がする。

 ベルの音が鳴ったと同時に立ちあがったフレデリカが、天井方向を睨みながら応えを返す。


「魔法補佐班の音声分散拡大魔法さ。非常時にこうやって全館の職員に聞こえるよう、常に一人は待機しているんだ」

「すごい……」


 とはいえ感心してばかりもいられない。先程魔法補佐班の音声が語った内容が本当なら今非常事態が起こっている真っ最中だ。エマも立ち上がると、向かいに立つ長身のフレデリカを見上げた。


「フレデリカさん、これってあたし達のことですよね」

「ああ、エマ殿も武器は……持っているな。よし、急ごう」

「はい! 屋敷の北側でしたよね」


 今日が初対面とは言え、二人ともそれぞれ幾度もの戦闘を経て来た歴戦の戦士だ。数秒の迷いが生死を分けることを知っている彼らにとって、迷う時間も躊躇する時間もただ無駄なものでしか無かった。

 必要最低限のことだけ確認し合い、途中通りがかった受付にアイテム支援班二名が出動する旨告げると、二人は颯爽と屋敷の外へと駆け出した。





 屋敷を出て北側の森へ向かうと、オーク六体がそれぞれ斧で悪戯に木をなぎ倒したり、兎や鳥を捕まえては生きたまま齧りついたりと暴れるに任せていた。

 そのオークを挟んだ向こうの木の根本に、腰を抜かして怯えているのだろう女性の姿が見えた。女性が守るように抱き締める腕の中には、まだ幼い少年がいた。

 だが少年はまだ事態を把握していないのか、無邪気な顔で母親の顔を見上げている。


「ちっ、不味いな。まさか村人がいるとは」


 フレデリカが舌打ちし、柳眉を顰める。

 先程の魔法補佐班の出動要請ではこのことに触れられていなかったから、エマとフレデリカが向かっている間に不運にも魔物と落ち合ってしまったのだろう。


 オークは逞しい肢体と鋭い牙を持つ人型に近い魔物だが、知能が高い生き物ではない。目の前にある物にだけ注意を向けて、それを攻撃する凶暴な性質の魔物だ。

 今はまだ女性達の姿に気付いてないから良いが、視界に入れば直ちに彼らにも刃を向けるだろう。


「エマ殿、私がオーク達の注意を惹きつける。その間に女性達の身柄の確保を」


 すらりと腰から細剣を抜き構えたフレデリカが短く指示する。同じくオークを見据えたエマの答えも短かった。


「はい、お気をつけて」


 返事を聞いたと同時にフレデリカが走り出す。


「オーク共、何をしている! そんなに破壊の限りを尽くしたいなら私の相手でもしてもらおうか」


 声を張り上げたフレデリカに、オーク達の注意が向く。手を止め持っていた兎や鳥の死骸を投げ捨てると、彼女の方向を向いてグルルルと低く唸る。どうやらより活きの良い獲物(かのじょ)に標的を変えたようだ。


 それを見留めると、エマはフレデリカが走った方向からやや斜めに逸れた方向へと駆け出した。女性達のいる場所はオーク達を挟んだ向こうだから、ここからは少し距離がある。やや遠回りになるが、フレデリカがオーク達と戦っている場所を回避して辿り着かなければならない。

 出来るだけ背を低め、足音を立てないように気を付けつつ、敵に気付かれずに女性に向かえる最短距離を目で計りながら走る。


 既にフレデリカは一戦を交えていた。


「はっ」


 一番傍にいたオークが斧を振り上げて来るのを軽やかに避けると、その空いた脇に斬りつける。ぎゃあと声を上げ、巨体が転がった。


 振り向いた先には、もう一体が待ち構えていた。斧を持っていないそれが噛みつこうとするのを、重心を低め回転して避けるとその脛を斬り上げる。うぎゃあと短い悲鳴を上げオークがのた打ち回る。

 舞っているかのように見える流麗な動きなのに、その攻撃には全く無駄と隙が無かった。確実に一刀で敵の急所を仕留めていっている。


 すごい、流石元白銀騎士団だ。走りながらちらりと見た戦いの様子に、エマは心の中で嘆息を漏らす。

 オークは魔物の中でも下等な部類に入るとは言え、一度に六体もあの巨体を相手にするのはそう簡単なことではない。六方向から来る攻撃を予測し、回避と攻撃を上手く組み合わせなければ、満足に動くことも出来ないだろう。


 白銀は力では無く技を持って制すと世に謳われている通り、フレデリカの体にもその磨き上げた技と動きが根付いているのがよくわかった。


 心の中で思いながらも、エマの足は休みなく動いていた。木と木の間を走り抜け、背の高い草に体を隠すようにして進み、漸く女性達の近くまで辿り着いていた。

 あと少しだ。

 そう思った時だった。


 一体のオークが女性達に気付いた。

 首を傾げるような動作をすると、フレデリカに向かおうとしていた足の方向を変え、女性達へとのそりのそりと歩み寄って行く。


 手には斧を持っていた。オークの牙を生やした巌のような顔が、一度にふたつの獲物を見つけてにたりと下卑た笑みを浮かべる。


 女性は腰が抜けて動けそうにない。ただ怯える眼差しで、近付いてくる大きな影を見上げている。腕の中の少年も流石に迫りくる黒い影に恐怖が生まれたのか涙を浮かべた目で母親の胸元をぎゅっと握っている。

 そしてゆっくりと斧が振り上げられた。


 まずい。


 この距離ではどんなに走っても間に合いそうに無い。だが助けなければ。エマは走りながら声を張り上げた。


「やあああああ!」


 そして腰から短剣を抜くとオークの頭目掛けて投げる。声に気を取られ振り向いた、その右目に短剣が深く突き刺さる。おおおおと声にならない悲鳴を上げてオークが顔を手で覆って暴れ出した。

 その間にエマは、暴れる巨体を避けて女性達の元に辿り着く。


「大丈夫ですか。怪我はありませんか?」

「は……はい」


 二人を守るように覆い被さって尋ねると、女性が驚いた様子でエマを見上げた。エマは早口で告げる。


「オークは右目に傷を負っただけで、まだ死んでいません。すぐに怒ってこちらに向かってくるでしょう。その前に立って逃げてください」

「で、でも……腰が……」


 やはり腰が抜けて立てないらしい。舌打ちしたい気分だが、彼女の怯えも仕方のないものだと判る。魔物は普段町の近くには寄って来ない。それなのに急に六体もの巨体のオークと出くわしたのだ。

 だがエマは諦めなかった。真摯な声で続ける。


「短剣を投げたから、あたしはもう丸腰です。このままここにいても、貴方達二人を守れない」


 そしてエマは彼女の瞳を真っ直ぐに見つめた。


「あなたにも、腕の中に守るものがあるでしょう? だったら、何としてでも立って。そして向こうに走って」


 女性ははっとしたように腕の中の少年を見つめた。泣きじゃくり母親の胸にすがりつく幼子の姿に、彼女の表情が変わる。さっきまでの怯えるだけの女性の表情では無い、それは恐れの中にも強い意志が覗く母親の顔だった。


「はい、立ち……ます」


 言うと、彼女は震える足を叱咤して立ち上がろうとする。何度も途中で地べたに尻をつくその姿は無様で、時間も掛かった。だが彼女の足は今、地面を踏んでしっかりと立っていた。

 その姿にエマがにっこりと笑う。


「その調子! あとは走るだけです。向こうの方角に走ると大きな屋敷があるから、そこに駆けこんでください。あとはその子をぎゅっと抱いて離さないで」


 最後の部分は、彼女なら心配せずともやり遂げるだろう。今も彼女の細腕は少年を抱き上げ、何者からも守るようにぎゅっと胸に閉じ込めていたから。


「さ、行って」


 とんと背中を押したエマを、駆け出そうとした女性が逡巡の眼差しで振り返る。


「でも、あなたは……?」

「あたしは大丈夫。貴方達が逃げるのを見届けたら、ちゃんとあたしも走るから」

「わ、わかりました」


 力強い笑顔でその背中をもう一押しすると、漸く彼女は迷いを捨て駆け出した。最後に振り返りエマにひとつ頭を下げると、後は後ろを振り向かずに前だけを向いて走って行く。

 時折転びそうになりながらの危なっかしい駆け足だが、この分なら時間は掛かるがいずれエマの職場である屋敷に辿り着くだろう。


 その背中を見送ると、エマはすぐに魔物の方へと向き直った。

 足の速いエマなら、本当ならオークが痛みに気を取られている今、彼の魔物が辿り着けない所まで瞬く間に駆けることだって出来た。

 だがそれでは、エマは逃げられたとしても、代わりに足の遅い女性と子供がオークに追いつかれ食い物にされてしまう。それでは駄目なのだ。

 だから彼女達の姿が完全に見えなくなるまで、ここに留まっていなければならない。


 右目の潰れたオークは、そろそろ痛みよりも怒りが勝ってきたらしかった。

 顔を掻き毟り右目に刺さった短剣を抜いて地面に投げ捨てると、ぐるるると殺意の籠った唸り声を上げてエマへと向かって来る。

 手には古ぼけた大きな斧。対するエマは丸腰だ。

 たとえレベルが38あろうとも、武器を持たない冒険者――それも女の攻撃力など雀の涙だ。斧を持った剛腕に腕力で敵う筈もない。


 エマの額を一筋、細い汗が流れた。

 だが彼女の瞳は諦めていなかった。緑の瞳は未だ活き活きと生命力に溢れていた。


 エマは何も持っていない。

 だが、彼女には足があった。今まで幾度もの危機を回避してきた、すばしこい足が。


 オークが斧を振り下ろす。間一髪、エマは横に転がってそれを避けた。地面に突き刺さった斧を抜き取ると、オークはまた怒りのままに斧を振り上げてエマの肩口目掛けて振り下ろす。

 背後に跳躍し、またそれを紙一重の差で避けるエマ。彼女の髪がひと房刃に持っていかれ、ぱらりと地に落ちた。


 なおもオークはエマを追い詰めていく。今度は髪と言わず骨ごと砕いてやろうとでも言うのか、振り上げた斧はエマの頭を狙っていた。

 頭上に迫り来る刃。

 じりじりと後退する彼女の背が樹の幹に当たる。それを感じた瞬間、エマは反射的に真下にしゃがみこんだ。

 咄嗟の彼女の行動をオークは読めなかった。エマの頭があった位置の幹に、力の限り振り上げた斧が深く突き刺さる。


 その合間にエマは横に転がり、オークから出来る限り距離を取る。

 外套と言わず全身が土埃に汚れ、その格好で片膝と両手を地につけ油断ない構えでオークとの距離を計るエマは一見、狼に育てられた野性児のようだった。

 だがその緑の瞳には、理性が宿っていた。どんな状況でも活路を見出し、生き抜いてやるという強い闘志と理性。


 フレデリカを見遣れば、彼女は四体のオークを相手に剣を舞わせていた。地面には既に五体のオークの死体が血だまりを作っていたから、敵に増援があったのだろう。それを全て受け持ってくれている彼女に援護を頼めよう筈も無かった。


 エマは瞬時に頭を切り替え、先程オークが右目の痛みに暴れていた辺りの草原へ走る。確かこの辺りに抜き取った短剣を投げていた筈だ。

 それをしゃがみ、手探りで探す。


「確かこの辺に……」


 だが草の丈が高くて目では見つけられそうにもない。ひたすらに虱潰しで手で探っていく。


 背後では、樹に深く食い込んだ斧を引き抜くのを諦め、拳で小娘を血祭りに上げることにしたオークが近付いて来ていた。黒い大きな影が近付き、しゃがんでいるエマの上に徐々に被さっていく。


「お願い、出て来て……!」


 祈るように口にした瞬間、エマの指先にかつんと硬質な何かが当たった。

 これは。


「あった……!!」


 エマが短剣の柄を握り締めるのと、オークが拳を振り上げるのは同時だった。だが、そこから先の動きはエマの方が断然速かった。

 血に濡れた短剣を構えると、振り仰ぎ様にオークの拳をその切っ先で受け止める。巨大な拳の指から甲にかけてを、刃が貫通した。

 激痛にオークが咆哮のような声を上げる。凶暴な大音量がびりびりとエマの鼓膜と身体を震えさせた。


 刃で受け止めたとは言え、オークの力はなおも強かった。受け止めた構えの体勢のまま、エマは力に押され足の裏がずずずと土の上を滑った。

 だがそれも長くは続かなかった。

 痛みに耐えきれなくなったオークが拳を解き、最早なりふり構わずがむしゃらにエマに体当たりして来る。

 理屈も何もないやぶれかぶれの行動を、流石のエマの足も読めなかった。


 ぶつかる、そう思った瞬間。

 間に横から影が入り、細く長い刃が巨体を受け止めた。


「エマ殿、遅れてすまない! 加勢する」

「フレデリカさん!」


 全身に返り血を浴びたフレデリカが、それでもなお麗しさを損なわずにそこにいた。僅かに息が切れているが、彼女の行動は鋭敏だった。

 エマを背に庇うと、一旦痛みに離れた巨体の急所を狙っていく。脛、左胸、首筋。流れるような剣舞でオークの動きを鈍らせる箇所を斬りつけていく。

 フレデリカが舞う程にオークの動きが鈍っていく。咆哮も小さく細くなって行き、終いには途絶えた。

 そして血だまりの中、立っているのは最早フレデリカだけになっていた。

 はぁ……と荒い息を整えながら、頬についた血を拭う。


「漸く終わったな。まさか援軍まで来るとは思わなかった」

「はい、危ない所でした……。ありがとうございます、フレデリカさん」


 最後は流石に避けきれないと思った。フレデリカがいなかったらどうなっていたことだろう。土と埃だらけの汚れた格好で、エマは安堵の息を漏らす。


「しかし、私達二人ともひどい格好だな」


 フレデリカが皮肉げに言うのに、エマは肩を竦めて答える。


「本当に。さっきまで優雅にお茶してたのに」

「違いない」


 ははっとフレデリカが愉快げに笑う。そして草で刃を拭うと、彼女は漸く細剣を腰の鞘に納めた。


「さて、それでは我らが職場に帰ろうか。私達には報告と、女性達の無事を確認する義務がある」

「はい」


 同僚の的確な言葉に、エマはしっかりと頷いた。




≪特定非営利活動法人ゆうしゃ職員名簿≫


【登録名】フレデリカ・リベラ(26歳)

【レベル】54

【所属班】アイテム支援班

【称号】流麗のフレデリカ

【前職】白銀騎士団団長

【愛用武器】細剣

【所持スキル・アビリティ】

『かばう』……自分より低いレベルの仲間がパーティーにいる場合、一定確率でかばう。

『魔性の微笑み』……敵が女(魔物においては雌)の場合、高確率で悩殺状態にする。

『利剣乱舞』……先制攻撃時、敵全体に連続斬りでダメージを与える。

『白銀の教え』……白銀騎士団固有の特殊アビリティ。

         (※退団してもアビリティは消えずに継承する)

         レベルアップ時、技と素早さにボーナス値が付く。


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