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第三話 成り立ちは紅茶の香りと共に

 そこまで語ったヴィクトリアの顔には、漸く僅かながら微笑みが浮かんでいた。先程よりもやや柔らかい声音で彼女は続ける。


「まずヘルマンは国王陛下に進言し、国内の貴族達を牽制しました。みだりに勇者様方に近付かないよう、彼らの旅を足止めしないよう。貴族達に節度ある行動を取るようお触れを出すことと、陛下直々に勇者様方の周囲へ特別な配慮をくださるよう求めました」


 国王陛下に進言まで出来るなんて、本当に有力貴族なんだなとエマはちょっと驚く。勤め先の代表の人だからいずれ必ず会うことになるだろうが、ヘルマンの前に出たら何だか緊張してしまいそうだ。


「そしてその一方でヘルマンは、この『特定非営利活動法人ゆうしゃ』という団体を育て、大きくしていったのです。……ここまではご理解頂けましたか?」


 漸く口を休め、ヴィクトリアも紅茶のカップに手をつける。知らず息を詰めていたらしい、エマもほうっと息を吐いた。


「はい……。ヘルマンさんは勇者さま達の支援をしたかった。けど、正攻法で贈り物をしても逆効果だった。だから別の方法を模索した……そういうことなんですよね?」


 エマの答えは及第点だったらしい。ヴィクトリアが菫色の瞳を和らげて微笑む。


「ええ。そして『特定非営利活動法人ゆうしゃ』の中でも、真っ先に作られたのがこのアイテム支援班だったのです。彼らの重荷にならずアイテムを渡す方法、それを模索し漸く形へと変えて。……続きはバレリオさん、お願い出来ますでしょうか?」

「おうよ」


 頷いて、バレリオが話し出す。彼の片目しかない灰色の瞳には、興味津々に見つめるエマの姿が映っていた。


「エマも、冒険者ならダンジョンには何度か入ったことがあるだろう?」

「はい、あたしは盗賊なんで、お宝が眠ってるって噂の高い洞窟や鉱山跡なんかを中心に探索してました」

「なら、そこに落ちてる宝箱も見たことがあるだろうな」

「あります。といっても、滅多に落ちてませんでしたけど。宝箱はあっても、他の冒険者が既に取った後で空っぽだったり、箱ごと持ち去られた跡があったり」


 世は冒険者時代だ。魔物を平定する為、もしくは財宝を手に入れる為や己の名声を高める為。理由は様々あれど、数多の冒険者がダンジョンへ足を向け未踏の地を名の知れた冒険の地へと変えていった。

 それ故、余程ダンジョンの深層部でもない限り、多くの道には他の冒険者達の手が既に付き、宝箱などのアイテムもほぼ取りつくされているのが現状だった。


 だが、全くない訳でもない。苔に同化して緑の塊に見えていたものが、苔を取り払うと実は宝箱だったり。壁のくぼみを押した先に隠し部屋があったりとやや頭を捻った仕掛けが施され、その先に宝箱が眠っていたり。

 抜け目ない目を持っていたり、運が良かったりすれば、まだ宝箱にありつけることがあった。

 エマも盗賊であるし、それを差し引いてももともと目端の効く人間なので、そうして運良く幾つかを手に入れてきたのだった。


「つまり――俺達アイテム支援班が利用してるのは、それな訳だ」


 バレリオがにかっと笑う。


「例えば、だ。俺達があるダンジョンに宝箱を置いて、『さあさ勇者様、どうぞここを探索してください』なんて言ったら、勇者達はあやしむだろう。しかも、そこに誂えたかのように宝箱が山程あったらびんびんにおかしいと思うだろうよ」

「怪しさ抜群ですね」


 こくりとエマが頷く。


「けど、他の誰に指図された訳でもない、勇者達が自分達で行くと決めて潜ったダンジョンだったらどうだ? 誰かに行くと話した訳でもない、そこに財宝が他よりちょっと多くあったとしても、お、ラッキーぐらいにしか思わねえんじゃねえか?」


 なるほど、とエマは思った。つまり、勇者達が向かうダンジョンを事前に把握し、彼らが気付かないほど自然な流れでアイテムを置き、それを知らず知らず手に入れさせるということだ。

 誰かがこっそり裏で支援してるなんて思わせず、勇者達に気がねさせないように。


「だがな、口で言うのは簡単だが、実際はそう楽なことでもねえのよ。何せ、勇者以外の冒険者もダンジョンにはやって来るし、魔物だってちらほらいる。宝箱を置くだけなら簡単だが、それを奴らに取らせるのは一筋縄じゃいかねえのよ」


 頭の後ろで両手を組んだバレリオが、少し渋い顔をした。

 ヴィクトリアがその後を引き継ぐ。


「折角宝箱を置いても、他の冒険者に先に拾われてしまうことも、そもそもその前に魔物に気付かれて破壊されてしまうこともございました。それ故、わたくし共は研鑽に研鑽を重ね対策を練りました。――勇者様方の直前にダンジョンに入り、魔物や冒険者など他の者の邪魔が入らぬ最善の時を見計らい、宝箱を置こうと」

「だから、素早さが何より大切な訳だ。勇者達に気付かれちゃならない。けど、気付かれるぎりぎりくらいまで直前に置かなけりゃ、そもそもアイテムを渡せない、ってな」


 バレリオが苦笑する。少し引っかかる部分があって、エマは首を傾げた。


「あの……他の冒険者に見つかったら不味いっていうのはわかるんですけど、魔物は倒してしまえばそれまででは?」


 そうしたら、そもそも宝箱を破壊される恐れも無いのでは。そうエマは思うのだが、屈強な男の首が横に振られる。


「いや、倒しては駄目だ。勇者達の近くにいる魔物に限っては、出来る限り倒さないようにしなきゃならねえんだ」

「どうしてですか? バレリオさんなら、ダンジョン内の魔物すべてだって討伐出来そうなのに……あっ!」


 話してる途中で気付き、エマが声を上げる。バレリオがにやりと笑った。


「気付いたか? そうさ、俺達があいつらの近くにいる魔物を倒しちゃ意味がねぇんだ。折角の獲物を減らしたら、肝心の勇者達のレベルが上がらなくなるからな」

「そうか……それで」


 漸く、バレリオが言っていた「できるだけ戦わないようにしなければならない」の意味がわかった。勇者の旅を支援したいのに、その支援のためにレベルアップの機会を阻害しては本末転倒だ。


「つまり……勇者さま達が入るダンジョンを事前に何とか察知し、なおかつ先回りし、他の冒険者や魔物の目を盗んで勇者以外の者に発見されないよう宝箱を置かなければならない。それも出来るだけ戦闘にならないよう気をつけながら。そういうことなんですね……」


 考えてみると、物凄い縛りだ。

 勇者達の先の行動を読む、情報収集力および推測力。そしてダンジョンに向かった際には、彼らに先回りするための駆動力と素早さ。魔物と落ち合った際には、戦いにならないよう上手く切り抜ける回避力も必要だ。

 そして、どうしても戦わなければいけない事態に陥れば、ある程度の戦闘力も必要になってくることだろう。


「……これ、かなり難しいんじゃ」


 考えている内にエマは、だらだらと汗を流していた。最低条件レベル40以上は伊達ではないと思った。確かにそれくらい無ければ、強敵が潜むダンジョンでは全滅する可能性もあるだろう。

 そんなエマに、ヴィクトリアが安心させるように微笑む。


「ご安心ください。その為に我が『特定非営利活動法人ゆうしゃ』には、的確な作戦の立案及び指示を行う“作戦参謀班”、勇者様方の情報をいち早く察知し本拠地に知らせる“情報偵察班”、早急な移動の難しい遠地に対しては転移魔法によってアイテム支援班を送る“魔法補佐班”がございます」

「い、色々あるんですね……」


 エマの笑顔が微妙に引き攣る。

 そこまで作ってしまった代表のヘルマンに驚きだ。彼はのめり込んだらきっと、とことんまでやるタイプだ。


「他にも、破壊されにくい宝箱や魔物を眠らせる武器、軽く防御力の高い防具などを開発する“技術開発班”もございます」

「まだあるし!」


 凄い。何が凄いって、思いつきを形にしてしまうヘルマンが凄い。そしてその案に乗っかり、物凄い精度でそれを実行しようとする凄腕の部下達も凄い。凄い凄い言い過ぎて、エマの脳内は若干ゲシュタルト崩壊しかけて来た。


「なんかあたし……もしかしたら、凄い所に就職しちゃったのかも……」


 どこか遠い目でエマが呟く。

 いや、勇者様達の役に立てるのは嬉しいんだけど。同僚の人達も能力が高く尊敬出来るタイプの人達が多そうで嬉しい限りなんだけど。でも、思う。


 斜め上だ。この職場の人達がやっている活動は、世間一般の仕事の斜め上をいっている。


 ダンジョン内に宝箱が置いてあって、誰がそれを置く仕事を本業にしていると思うだろうか。その様子を偶然見かけた魔物にだって、カルチャーショックで色々と人間を誤解されそうだ。

 違う、人間全般がこういうことをしてる訳じゃないんです、とエマは脳内魔物に弁明する。する必要も無いのに。

 ヴィクトリアがおっとりと微笑んだ。


「大丈夫ですよ、エマさん。魔物に言葉は通じませんから。誤解されるに任せておいて」

「脳内思考読んだ!?」

「あら、申し訳ありません。エマさんの表情の変化がとても興味深かったもので、思わずスキルを使用してしまいました」


 怖い、鑑定眼スキル怖い。

 普通なら鑑定眼で見ることができるのは相手のレベルや体力、攻撃力といった一定の戦闘能力だけの筈なのに、スキル上限を振りきっているヴィクトリアにはそれ以外の情報も見えてしまうらしい。

 いやしかし鑑定眼で見れるのはあくまで数値だけの筈だから、これはまた別のスキルなのか。

 とにかく下手なことは考えないようにしようと、肝に銘じておくエマだった。


 そんな二人を面白そうに眺めつつ、バレリオがぱんと手を打つ。


「さーて。ともかくとして、今日はエマの歓迎会だな。つっても、皆出払ってて人はあんまいねえんだけど」

「そうですね。折角ですので、人が多く集まる日に催したい所ですけれど。ここ最近は勇者様方も頻繁にダンジョン入りをしているので、丁度良い機会がないのですよね。残念ながら」

「あっ、あの! お気遣いなく。あたし、少しずつ皆さんと知りあっていけたらそれで嬉しいですから。まずは皆さんの業務を優先させてください。あたしも早く実戦を積んで仕事に慣れていきたいし」


 自分のことに時間を割いてもらうのは申し訳ないし、それに沢山いる仲間達と一堂に会しても名前を覚えられるかが心配だ。そんな思いもあってエマは歓迎会を辞退した。

 二人が企画しようとしてくれただけで、それだけでほんのり嬉しかったし。ああ、職場に勤めるって、同僚が出来るってこういうことなんだなぁと、エマはほわほわ微笑む。


「ですが、折角ですので……」

「本当にお構いなく、ヴィクトリアさん。でも、それでももしお祝いしたいって思ってくださってるなら……これ」

「これ?」


 ヴィクトリアが菫色の瞳を瞬く。エマはにこっと笑って、手に持ったカップを差し出した。綺麗に飲み干したそれは、白い底が覗いていた。


「ヴィクトリアさんが淹れてくれた紅茶、すごく美味しかったから。もう一杯いただいて良いですか? お祝いに」

「まあ……」


 一瞬目を見張った後、ふふっとヴィクトリアが微笑んだ。


「もちろんです、エマさん。わたくしの給仕スキルを総動員して、とびきりの紅茶をお淹れしますね」

「そんなスキルも持ってたんだ!?」


 まだまだ同僚というか先輩達には謎が多いようだと思いつつ、その日二人の仲間との顔合わせをエマは終えたのだった。




≪特定非営利活動法人ゆうしゃ職員名簿≫


【登録名】バレリオ(35歳)

【レベル】63

【所属班】アイテム支援班

【称号】迅雷のバレリオ、鷲頭獅子殺し

【前職】傭兵(戦士)

【愛用武器】大槍

【所持スキル・アビリティ】

『見切り』……敵の攻撃を見切って避ける。

『居合い斬り』……覇気をこめた一撃で震撼させ、敵を数ターン行動不能にする。

『槍の達人』……槍装備時、攻撃力+10。

『大物殺し』……敵のレベルが高いほど、クリティカルヒットが出やすい。


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