第一話 天職との出会いは突然に
「エマ、急げ! 奴らが来る……!!」
「は、はい!!」
バレリオが後ろを振り向き、押し殺した声で注意を促す。エマは同僚であり先輩でもある彼に頷くと、急いで小脇に抱えていた宝箱を草むらの中に隠した。
真っ赤な塗料で表面を塗られ、金縁の飾りのついたそれは、いかにも宝箱といった様相だ。草むらの中に隠しても、元々の派手な色彩が葉と葉の隙間からちらりと見え隠れする為、少し見ればそこに何かあるのがすぐに判ってしまう。
そもそもこの洞窟内は岩肌が多く、草むらといっても岩の隙間から染み出した水で自生した、ささやかな緑が僅かに生えるばかりだ。この少なさで満足に隠せよう筈もない。
だがそれでいい。完全に隠してしまっては、見つけられないまま放置されてしまうから。
宝箱には、あたかも以前からそこに打ち捨てられていたものであるかのように、埃を模した汚れがくまなくつけられていた。更にその上から、エマは近くから掻き集めた砂を掛ける。砂塵に汚れた宝箱は、もはや三日前に作られたものとは思えないほど歴史ある重厚な雰囲気を醸し出していた。
これなら彼らも怪しみはしないだろう。……今日の首尾も上々だ。
焦りの中にも確かな達成感を感じ、エマはほくそ笑む。そして、後ろで盾になり自分の行動を隠してくれている同僚の筋骨隆々たる背中を振り仰いだ。
「完了しました、バレリオさん!」
「よし、撤退するぞ!!」
茶の外套を翻し、バレリオが颯爽と洞窟内を駆け抜ける。190㎝を超えようかという巨体だが、走る姿は俊敏で無駄が無かった。エマも小柄な体の割に足は速い。子鹿のように身軽に岩と岩の間を飛び跳ね距離を詰めると、同僚のすぐ後に続いていく。
そして彼らの姿が暗闇に消えたと同時に、松明を持った数人の姿が洞窟内に現れた。
「うん? 何か今物音がしなかったか?」
「いやー? 俺は何も聞こえなかったけどなぁ。気の所為じゃねぇの?」
「そうか……」
顔を見合わせる彼らは、齢二十歳ほどの三人の青年達。
初めに口を開いた青年は、金の髪に水色の瞳を持ったすらりとした肢体の男だった。腰には剣を佩き、地味な色彩の旅装は質実剛健を旨とする武人と言った格好だが、生まれもったものだろうか眉を顰める横顔にはどこか優美さがある。
彼の疑問にあっさりと答えた男は、赤銅色の髪をした野性的な風貌の男だった。つりあがり気味の瞳は爛々と輝く琥珀色で、ちらりと犬歯が覗く口元は狼のような捕食獣を思わせる。程良く筋肉のついた長身に大斧を軽々と右手に持つ姿は、彼が戦士であることを教えてくれる。
「不可思議な物音、ですか……」
二人の後ろに控えていた黒髪のひょろりと細い男が、顎に手を当てて沈思する。夜空色の瞳は思慮深く伏せられ、ローブの下から覗く肌が色白であることも相まって、こちらは顔だけ見れば学士か吟遊詩人かといった風情だ。
事実、荒事は得手ではないのだろう、彼が持っているのは腰の高さほどもある樫の杖ひとつだった。それが彼が魔法使いであることを知らしめていた。
「小物の魔物が逃げたのでしょうか……あるいは」
「あるいは?」
「いえ、まだ不確定な要素が多いので……」
言葉を濁す黒髪の魔法使いに、金髪の剣士が静かに首を振る。
「目端の利くお前でもわからないようなら、これ以上考えていても仕方ないさ。先を急ごう」
「だな。俺達にゃー立ち止まってる暇なんてないからな」
赤鋼色の髪の戦士が頭の後ろで手を組んで頷く。その琥珀の瞳が、不意に脇の草むらを捉えて輝いた。
「おっ、宝箱はっけーん!」
「助かったな。だいぶ少なくなってきたから、薬草が入っているといいんだが」
「いやいや、それより武器でしょ」
言いながら、意気揚々と草むらから引きずり出す。
そしてすぐさま宝箱を開けると、中から出てきたのは。
「……ああ、小手ですね。これはこれで助かりますね。町で買った物よりほんの少し防御力が高い品です」
「ええー……新しい斧じゃねぇのかよー……」
赤鋼色の髪の戦士の肩ががっくりと落ちる。金髪の剣士が、労うようにぽんとその肩に手を置いた。
「残念だったな。それは次回に期待しよう。だが、これはこれで良い品だぞ」
「まあな~……。おっ、水の守護ついてるじゃん。今の装備の組み合わせ的に、お前にぴったりなんじゃねぇの?」
「そのようだな。では、これは俺が頂こう」
「では、外した装備は後で町で売りましょう。そのお金で薬草を買って……と」
賑やかに算段しつつ、若者達は宝箱の前を去って行く。
完全に姿が見えなくなると、暗闇の中、壁の窪みに潜んでいたエマとバレリオがひょっこりと顔を出す。
「今回も何とか上手くいきましたね」
「若干あやしまれはしたようだが、この程度なら及第点だろうな」
見上げひそひそ声で話しかけたエマに、バレリオが胸の前で逞しい両腕を組んで頷く。
エマがこの仕事に携わるのは、今回で五回目だ。慣れては来たが、まだバレリオ達先輩ほどの手際ではない。だからこそ、監督役として彼が付き添ってくれているのだが……。
これからも順当に腕を磨いていかなければ。そうしなければ、折角念願の仕事についた甲斐がないではないか。故郷で待つ家族にだって胸を張れない。
エマは洞窟内の暗闇に夜空の静けさを重ね、見上げてふるさとの父へと思いを馳せた。
父さん、元気ですか?
あたしは今、勇者様が入るダンジョンに先回りして、宝箱を置く仕事をしています――。
※
事の始まりは、ギルドで見かけた一枚の求人広告だった。
エマはそもそも、ギルドでクエストの斡旋を受ける傭兵の一人に過ぎなかった。それも中堅レベルの傭兵――ちなみに職業は盗賊だ。
レベルは38。初級のクエストは軽々こなし、たとえ中級でも装備に不備なく向かえば、問題無く一人で達成出来る。上級は流石にパーティーを組まないと難しいが、その積み重ねた短剣の腕前と難所も軽々と鍵を開ける器用さ、そして素早さゆえに長けた回避能力で、組んだパーティーの者達からはそれなりに重宝されていた。
だがやはり一人旅の気安さが肌に合っているのもあって、大体は単独行動だったのだが。
しかし、それにも慣れというか飽きが生まれ始めていた。十三の歳から五年、溢れる冒険心に任せ、傭兵としてひた走り続けてきたけれど、最近ではひとつ所に落ち着きたいというか――安定したい。そんな気持ちが心の隅に芽生えてきていた。
だから、クエスト斡旋掲示板を見る流れで、求人広告が貼られた掲示板を見る癖がついていた。王宮の兵士は無理でも、貴族のお抱え騎士の士官募集などがあれば、エマにだってチャンスはありそうだ。
といっても、そこまで必死に見ていた訳ではない。なにかいい仕事あるかなーぐらいの軽いノリだ。
いつもは流し見して終わる所が、その日はぴたりと視線が止まった。今までとは毛色の違う求人が載っていたからだ。
『あなたも、勇者様を陰ながら支援してみませんか?』
その題字に、まず興味惹かれた。
……何だこれ。陰ながら勇者様の支援って……ええっと、募金とか?
エマに想像出来るのはそれくらいだった。何せ、勇者は巷の話題には上るが一般人と接点なんてない遠い存在だ。もしかして勇者パーティーに入って、後衛で支援しつつ戦うとかそんな感じ? とちらりと考えもしたが、それはすぐに打ち消した。それはない、まずない。
勇者パーティーは、勇者のほか同郷の戦士と魔法使いを含めた三人で固定されていて、気心知れた彼らが今さら人員を増やすとは思えなかった。ましてや、求人広告なんかで。
じゃあなんだろうと考えても、エマには答えが浮かばない。続く業務内容を読んでも、具体的な仕事内容については明言されていなかった。
※※※
事業所名:特定非営利活動法人ゆうしゃ
事業内容:勇者の冒険を支援し、彼らの潤滑な旅程及びレベルアップを推進する。
職種:事業推進スタッフ
雇用形態:正社員
産業:サービス業(非営利的団体)
就業形態:フルタイム
雇用期間:雇用期間の定めなし
年齢:不問
必要な経験等:レベル40以上
必要な資格等:素早さ高ければ尚可
求人条件にかかる特記事項:求人理由・増員募集
※※※
……全部読んでも、全く持って職務内容が伝わって来ない。
正社員で期間の定めがないから、まあ安定してるのかなーぐらいだ。
ただ気になるのは、必要な経験や資格の部分だ。
素早さは折り紙付きなので全く問題無いのだが、レベル40以上というのが痛い。微妙に足りないし、だからといってこれから急いでレベル上げに走ってもその間に求人が打ち切られてしまうだろう。
よくわからないけれど、でもこれを見なかったことにするのは難しい。なんだか気になる。
それに、それだけでなく勇者というのは、エマにとって少しばかり思い入れのある存在でもあった。
「うーん……悩んだら、まずは行動しとけ! よね」
そうしたら、後でどんな結果になっても後悔はしない。
今までの冒険生活で得た自分なりの持論を口にすると、エマは求人票の写しを一枚取り、ギルドの求人斡旋窓口へと足を向けた。
そして求人斡旋窓口に行くと、なぜかそこに座っていた快活そうな受付嬢ではなく、彼女が奥から呼んで来た水色の制服を着たしっとりした雰囲気の女性がエマの応対をした。
カウンター越しにある目の前の椅子に座ると、折り目正しく挨拶をしてくる。
「こんにちは。この度は、どのような御用向きでしょうか」
「あ、えっと。この求人についてなんですけど」
さっき快活な雰囲気の受付嬢に言ったから目の前の彼女も伝え聞いている筈なのだが、マニュアルというかお決まりの流れがあるのか、控えめな口調で尋ねて来る。
戸惑いつつもエマが求人票の写しを差し出すと、二十代半ばに見えるその女性は頷いた。
「こちらでございますね。畏まりました。それでは、初めにギルドカードを拝見して宜しいでしょうか」
「あ、はい」
なんだろう。クエスト斡旋窓口と雰囲気が違い過ぎる。
カードを差し出しつつエマは戸惑った。
あっちは青い制服を着たきゃぴきゃぴした女性が応対して「こっちのクエストもやりがいありますよー、盗賊さんなら更におすすめ!」だの「そちらのあなたはレベルが足りないようですから、残念また今度ですね☆」だの妙に明るいノリなのに。
こっちは大人の香り漂う洗練されたビジネスモードだ。きっちりと結い上げられた女性の栗色の髪が、ストイック過ぎて逆に色っぽい。……いや、それはどうでもいいとして。エマは首を振って思考を切り替える。
目の前の彼女は、鈍い銀色のギルドカードを手に首を傾げていた。
「エマさんは、レベル38ですね。少々レベルが足りないようですが」
「はい。そうなのですが、どうしてもこちらの求人に応募させていただきたくて」
品の良い口調につられ、自然とエマの返答も丁寧なものになる。
「ふむ……。逆にそれを補っても余りあるほど素早さは高いので、応募に関しては問題ないでしょう」
「えっ、大丈夫なんですか?」
あっさりとOKが出て、逆にエマは驚いた。
「雇用主の方からは、能力を総合的に見て柔軟に判断して良いとのお言葉を頂いております。あとは、志望理由にもよりますが」
「あーそうですよねー……」
確かにそれが一番重要だ。
「それではエマさん、志望された理由をお聞きしてもよろしいでしょうか」
「あ、はい、あたし……ご存知の通り今まで傭兵を続けて来たんですが、今は安定した職業に付きたいと考えていて」
「それなら、特にこの仕事で無くともよろしいのでは?」
お決まりの台詞に、エマは苦笑いを返す。
「他の安定した職業も、それはそれで魅力的です。でもあたし……勇者様達の力になりたいと思ってしまったんです。今までは遠い、見ることも叶わない存在だったけど。この求人広告を見た時から、あの人達の力になれたらって」
言いながら、気付けば目を閉じて思いを馳せていた。
勇者は、エマのような傭兵にとってもずっと気に掛かる存在だった。勇者パーティーがどこそこの町に着いた、どこそこの魔物を倒した。そんな町人達が頬を紅潮させて語る風の噂が、酒場や宿屋で何度も耳に入った。
同じように魔物を倒す冒険の旅をしているからと言って、道行きが交わる訳でもない。それぐらいにはこの世界は広い。それでも、彼らの旅はいつも心の隅で気に掛かっていた。
それはひとえに、彼らが魔王を倒せる可能性を秘めていたからだった。
魔王は、勇者のみが扱える聖剣でしか倒せないと言われている。――実際の所はわからない。だが、魔王に向かって行った幾千もの猛者が彼の者に傷をつけることさえ叶わず果てて行った事実が、その言い伝えに信憑性を与えていた。そして、過去に一度魔王が現れた際、当時の勇者が聖剣によって倒したという伝説も。
聖剣を引き抜いた青年が現れたという話を聞いた時、当時17歳のエマの胸は打ち震えた。
とうとう、と思った。そしてこの人達ならきっと、と望みのようなものが芽生えた。
なぜなら傭兵になって四年、その時のエマは絶望を抱えていたからだ。
「……傭兵になって四年目の時、漸く気付いたんです。ああ、あたしじゃ魔王は倒せないんだなって。遅まきながら悟ったというか」
それは、傭兵に限らず戦士なら誰でも通る道と言われていた。
レベルを上げれば、魔物は倒せる。中ボスと呼ばれているようなダンジョンの奥底で待ち構える手ごわい魔物だって、修練を積んでいけばやがて倒せるだろう。更に腕を上げれば、上級の魔物にだって打ち勝つことは不可能ではない。
――だが、魔王だけは倒せない。
魔王だけはどうしてだか別物だった。だが歴戦の戦士達は初めそれを信じなかった。今まで数々の魔物を倒してきた自負と誇りを胸に彼の存在に挑み、そして塵と成り果てた。運よく刃の露と消えなかったとしても、彼の存在に傷ひとつつけられずおめおめと帰ってきた事実が彼らの心と誇りを残酷に切り裂いた。
どんなに努力しても、その一線だけは何故か超えられない。人智を超えた魔力が、只人の攻撃を無に変えているとしか思えなかった。
ある傭兵は、その事実を見ない振りをした。
冒険を続けそれなりに強い魔物を倒し、だが魔王の話がひとたび上ると、それは自分の仕事じゃないからと逃げ、聞かなかった振りをした。
ある傭兵は、その事実を知って傭兵業を辞めた。
どこまでもどこまでも昇りつめてやるつもりだった。剣士の中の剣士と呼ばれ、いずれは魔王をこの手で……そう思っていた。その目標が打ち砕かれた今、傭兵を続けていく自信が途絶えたのだ。
そしてある傭兵……17歳のエマは、悩んでいた。
悪の根本を成敗したいと思っていた。なのに自分にはできない。じゃあ、自分はなんのために傭兵になったんだろう。眠る前に思い出しては、一人頭を抱えていた。
その時に、青年が――勇者が聖剣を引き抜いた話を聞いた。
初めに胸に浮かんだのは、実を言えばまごうことなき嫉妬だった。自分には出来ないことが、天に愛された彼には容易く出来る。それが妬ましく羨ましかった。
それがある日、町に出て魔物に襲われて泣き叫んでいる子供を助けた時、ふと気持ちが切り替わった。
自分にはできない。でも彼にはそれができる……なら、それでいいんじゃないの?
この子達が泣かない苦しまない世の中になるなら、誰がやってもそれは同じなんじゃないの?
そうだ。世の中を平和にしたくて、魔物を倒したくて傭兵になった筈だ。
自分がただ活躍したくて、注目を浴びたくてこの道を歩いて来たわけじゃない。
それをエマは思い出したのだ。
そして同時に、勇者達に同情も覚えた。自分は望んでもそれが叶わなかったけれど、彼らは望むと望まぬとに限らずそれをやらなければならないのだと。
そんな勇者達が怯える様子も逃げる様子も見せず、運命を受け入れたと聞いた時、エマの心は打ち震えた。ああ、彼らならできる。やり遂げて見せるのだろうと――。
「あたし、表舞台になんて立たなくていいんです。他の誰かに評価されなくても、褒められなくてもいい。昔はそれが欲しくて堪らない時期もあったけど……」
苦く笑ってエマは首を振る。今より若い頃は、若さゆえの勇み足もした。栄誉を欲して、名声が高まりそうなクエストばかりを選んで受けたりもした。
だがその段階を数年前に通り過ぎ、世間からある程度の評価を受け、それを驕らず淡々と受け取ってきたエマはまさしく中堅どころの戦士だった。未だ18歳という年若い年齢ではあったが、自分の限界も、己の自尊心より大切にすべきことがあることも判っている。
そして顔を上げると、真っ直ぐに向かいに座る女性の瞳を見つめた。
「勇者様達を支える陰になりたい。今はただ、そう思っています」
「……そうですか。エマさんの思いのほどはよくわかりました」
エマを見つめる菫色の瞳が、初めて柔らかく細められた。
そして手元の封筒から一式の書類を引き抜くと、彼女はそっとそれを手渡して来る。
「それでは、こちらをどうぞ」
「あっ、はい、ありがとうございます! 応募書類ですね……って、え!?」
受け取って驚いた。そこにはまごうことなくこう書かれていた。
「さ、採用通知……」
まさかの正式雇用認定だ。
茫然と呟いたエマに、女性が平然と頷く。
「はい、その通りです」
「えっ、いや、ちょっとおかしくないですか!?」
というか、ちょっと所でなくおかしい。
応募書類も何も出していないのに、求人窓口の職員が勝手に雇用を決めていいのだろうか。いや、いいはずがない。雇用主も大事な手順をすべてすっ飛ばされて吃驚だろう。
だが目の前の彼女は落ち着いたものだ。清楚に微笑むと、そっと青革の上品な名刺ケースから名刺を差し出して来る。
「申し遅れました。わたくし、ヴィクトリア・シメネスと申します」
そこには、こう書かれていた。
特定非営利活動法人ゆうしゃ
事務局人事部 ヴィクトリア・シメネス
「えっ……じ、人事部の方?」
だらだらと汗を流しながら名刺とヴィクトリアを何度も交互に見比べて、エマは首振り人形のようだ。
「はい。初めはこちらのギルドに応募者の選定を一任していたのですが、どうも条件から大いに外れた方を面接に寄こす向きがありましたので」
ヴィクトリアがちらりと視線を向けた先には、きゃぴきゃぴお喋りしているギルドの受付嬢達。その様子を見て、彼女が小さく溜息を付く。
「の、ので?」
「急遽わたくしが、こちらで応募者の受付兼面接をさせて頂くことにしたのです。その方が応募者の方々もわたくし共も無駄足を踏まず、双方ともに無為な時間を過ごさずに済みますので」
視線を戻したヴィクトリアが、にこっと微笑む。
あ、かわいい。綺麗なお姉さんだけどかわいい。じゃなくて。
エマはまた横道にそれかけた思考を無理やり戻す。
「本当にいいんですか? でもあたし、レベルも足りてないし、今だってほんの少しお話しただけなのに……」
「大丈夫です。わたくし、鑑定眼スキルが上限を超えておりますので。レベル以外のギルドカードにも載らない微細な能力値も全て考慮に入れた上でのことです。何より理事長より、人事に関しての一切を一任されておりますので」
なんかさらっと凄いことを言われた気がする。
特殊スキルの上限を振りきるって、確かレベル70以上無いと無理だと前に聞いた気がするのが……。
エマはぎこちなく姿勢を正した。
「ヴ、ヴィクトリアさん。いえ、ヴィクトリアさま」
「あら、どうなさったんですか。改まって」
改まりもする。ギルドでは、レベル70越えといえばほぼS級認定の者が大半だ。そんな雲の上のような人に、エマのような中堅所とは言え比較すれば下っ端に過ぎない者が、変に慣れ慣れしくなど出来なかった。
それがわかっているのかいないのか、ヴィクトリアがおっとりと微笑む。
「どうぞ、ヴィクトリアと気軽にお呼びくださいませ。これから同じ職場で働く仲間にございますから」
「な、仲間……」
ごくりとエマの喉が鳴る。
いいんだろうか、自分なんかで。そう思う気持ちは今も勿論あった。
けれど、それ以上にエマの胸の中に生まれたのは湧き立つような闘志だった。
やってみたい、この仕事を。
どんな内容かなんてまだわからないけど、勇者様達の役に立ちたい。
エマの心の中にあるのは、今はただその思いだけだった。
だったらもう、悩まない。自分の気持ちがわかったら前進あるのみだ。
今までも一直線に生きてきたエマの思考は、単純明快かつ前向きだった。やる気のままに、ぐっと拳を握る。
「不慣れなこともあるかもしれないけど、あたし……あたしがんばります! これからどうぞよろしくお願いします! ヴィクトリアさん」
姿勢を正して勢いよく頭を下げたエマに、ヴィクトリアは嬉しげに目を細めた。
「こちらこそ宜しくお願いいたします、エマさん。――わたくし共一同、貴女のおいでを心より歓迎いたしますわ」






