密やかな大事件
覚悟はしていたが、とうとうそのお誘いはやってきた。
皇妃主催の夜会が明日あるのだと、アンドレアがリッツァを誘いにリッツァの過ごす客室にやってきた。
リッツァと同様アンドレアも夜会やお茶会に参加するのは気が進まないらしく、リッツァにともに参加しないかと誘いに来たのだ。
アンドレアの頼みは断りにくく、つい「一緒に行きます」と答えてしまった。
リッツァとアンドレア二人が皇妃主催の夜会に出席すると聞いて、アルヴァー邸の侍女たちは活気づく。アンドレアだけでなくリッツァという二人の美しい姫を腕によりをかけて磨けると喜んだ。
当日、リッツァとアンドレアは侍女たちの手により美しい仕上がりとなった。ベルトルドとラウラは二人を褒め、レオナルドとクリストフェルはその美しさに一瞬目が奪われた。
「アン様、素敵です!とっても美しいです!!」
リッツァもまたアンドレアの美しさにうっとりしていた。群青色のドレスがアンドレアの白い肌と茶色の髪を引き立たせている。きっと、会場でも注目の的であろう。と思う。
アンドレアはリッツァに褒められて、照れ隠しをしたようにはにかむ。
「リッツァもすごく綺麗よ、まるでルミナ様の化身のよう・・・お兄様たちも見惚れているわ」
月の女神ルミナは美と才の女神と呼ばれていた。そんな女神にたとえられてリッツァは恥ずかしくなる。リッツァは赤く染まる頬を掌で覆った。
その後、リッツァはアンドレアを目を合わせると二人で照れたように笑いあった。
綺麗に身なりを整えてくれた侍女たちに、リッツァは改めて感謝の気持ちを伝えると、侍女たちは恐縮しきっていながらも、自信に満ちた表情になっていた。自分たちが磨き上げた二人の姫は誰よりも輝いている。夜会へ行ってもきっと誰よりも輝くであろう。
化粧を施し、薄桜色のドレスを身にまとったリッツァの姿は見る者誰もがため息が出るほど可憐な姿であった。アンドレアがこぼしたまるで女神ルミナのようだというのもうなずけるものだった。
「さてお嬢様方、いざ王宮へ」
リッツァはクリストフェルに、アンドレアはもう一人の兄レオナルドに伴われ夜会に向かう。夜会のような社交場では、将来の相手がまだ決まっていないアンドレアのような貴族の子女たちの出会いの場でもあった。
皇妃主催ともなると上流貴族や皇族御用達の商人たちなど身元もしっかりした者たちも集まるということもあり貴族たちは適齢の子女を参加させる。
「人がたくさんいますね・・・」
王宮に入り、大きな広間に通されるとすでにたくさんの人が集まっていた。リッツァはあたりを見回して、自分の手を取るクリストフェルに話しかける。
「后妃殿下主催ともなると、たくさんの人が集まるよ。人脈を広げるには良い機会だからね」
「クリス様にもいい機会ですよね?」
クリストフェルを見上げながらリッツァは言う。
「そうだね。ヴァーリフェルト領にとって益となるならば。」
いつくしむように自分の腕にかかるリッツァの掌の上にそっと自分のそれを重ねる。
レオナルドとクリストフェルがそれぞれ知り合いの貴族などとあいさつに回る。クリストフェルの一歩後方に控えて一緒に回っていたリッツァを「許婚」だと紹介して回っていた。
以前はあんなに結婚するのことに気乗りしなかったのに、許婚として紹介されることがそんなにいやではない。リッツァは自分の心境の変化に首をかしげたくなる。あれこれ考えているとクリストフェルがその思考を遮る。
一通り挨拶を終えたのか、クリストフェルは会場の端で飲み物を飲んでいた青年のところへリッツァを連れて行く。
その人物にクリストフェルは声をかけている。そして、リッツァを手招きすると口を開いた。
「リッツァ、こいつはレンナルト。私の大切な友人の1人だ。騎士団でもいっしょだったんだよ」
そうクリストフェルに紹介されたレンナルトはリッツァの手を取り、口づけをした。
「レンナルト・カルネウスと申します。どうぞお見知りおきを。」
「リッツァ・シルヴィア・ヴァーリフェルトと申します。どうぞよろしくお願いしますわ。」
優雅にお辞儀をするリッツァにしばし、レンナルトは見惚れた。それを横目で見ているクリストフェルは苦笑いをしている。そんな様子にリッツァは全く気が付かない。
「あの、クリス様。お二人とも久しぶりの再会でしょう。レンナルト様とごゆっくりお話なさっていて。わたくし、少し外しますわ」
「ありがとう、リッツァ。すぐに行くから」
「はい、広間の中におりますわ。美味しそうな食事も並んでいますし」
リッツァが食事の話をするときは恥ずかしそうに小声になると、大輪の花が咲き誇るような笑顔を残して、リッツァは二人のもとを辞した。
果実をしぼった飲み物を手に取り、広間を支える柱にリッツァはもたれかかる。広間を見回すと1人になったアンドレアに話しかけている男性がいた。きっとダンスに誘っているのだろう。さらにその様子を数人の男性が羨望のまなざしを注いでいる。
(やっぱりアン様は人気があるのね・・・)
アンドレアは渋々ダンスに応じたようで、広間に流れる音楽に合わせてきれいに舞っていた。
リッツァはアンドレアをしばらく目で追っていると、背後から声をかけられた。
「やぁ、迷子娘さん。今宵は町娘の姿じゃぁないんだね。」
突然声をかけられ、振り返るとそこには市場で出会った黄金色の髪の青年がたっていた。
「あ、貴方。」
「とてもきれいに化けていて、びっくりしたよ。それもこんなところで会うなんて、運命かな。迷子娘というより迷子姫かな」
(き、気障だわ・・・歯が浮きそう)
目の前で話す青年にむかってリッツァは曖昧に笑む。あまり関わり合いたくない。今日の青年の服装はまた上等な天鵞絨に金糸で襟元や袖の裾などに細やかな刺繍が施されている。腰帯は繻子でつややかな光沢を放っている。派手さはないが、上品で上等な服装である。目の前の男性はやはり裕福な家のものであるのは間違いない。
「迷子姫はまた迷子?」
リッツァの目を覗き込み、青年は楽しそうに笑う。
「残念ながら、今日は違いますわ。ご心配頂かなくて結構です。」
リッツァはぴしゃりと言い放つ。
「ではこの間はやはり迷子だったんだね。姫君は意地っ張りだ」
ははは、と声をたてて笑う青年にリッツァはひとにらみする。
「へそ曲がり殿には言われたくないわ。わたくしと話しているよりも、先程から貴方に視線を送るご婦人方のお相手をしてはいかがです?」
先程からこの青年に熱い視線を送る、美しく着飾った女性たちが青年の周りに集まっていたのにリッツァは気が付いていた。相当もてるご仁らしい。
青年は周囲の様子を確認すると、失礼とリッツァに声をかけ、手を取った。突然の出来事にリッツァは手を引かれるがままになってしまう。手に持っている飲み物がこぼれないかと、リッツァはひやひやした。
露台まで連れてこられて、ようやくリッツァの手は解放された。抗議の意味を込めて、その視線を青年にむけた。
「申し訳ない、せっかく運命の姫君に会えたのに邪魔されたくなくてね」
青年の笑顔に若干の甘さが加わる。
「貴方の勘違いではありませんか?わたくしはあなたの運命の方ではないと存じます」
「僕が運命と感じたのに?」
不意に青年に手を取られ、じっと見つめられる。
(人生で初めて殿方に口説かれている!?)
目の前の青年を観察すると、その美しい空色の瞳の奥まできれいに澄んでいて、まっすぐな視線でリッツァを射抜く。この視線が強すぎて、リッツァは目をそらす。
青年は露台の手すりに浅く腰を掛けて、視線をリッツァと合わせるように見つめてくる。リッツァはいたたまれなくなり、広間に戻ろうとしてもとらえられた手を青年は離してくれない。
人生で初めて口説かれていることは明白であり、リッツァの心臓の音が相手に聞こえてしまうのではないかというほど、体中に響いている。
「わたくしは運命を感じませんでしたし、それにわたくしは・・・」
青年からの視線をそらして、青年の背後を見ると木陰がきらりと光っている。月の光が何かに反射しているのだろう。何か嫌な予感がしてリッツァはそちらに集中する。リッツァは全身が粟立った。
瞬間、青年を思いっきり引っ張り、二人のバランスが崩れると横倒しになる。
「危ない、伏せて!!」
リッツァが青年の体を手すりよりも下に体を倒して、その上に覆いかぶさる。その瞬間、ビュッっと矢が放たれる音がし、石壁に当たった矢がリッツァの足元に落ちた。
「へそ曲がり殿、ここを動かないでくださいませ。手すりより上に御身を出さぬよう」
ちらりと広間を見ると先程から距離を取って見守っていた青年付の護衛が異変を感じて露台に向かってきている。
(もう、間に合わないかもしれないけれど・・・)
それを確認するとリッツァはドレスのスカートを膝の前で結ぶとひらりと手すりを乗り越え、賊を追った。
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拙い文章ですが、これからもよろしくお願い申し上げます。




