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優柔不断な再会

 クリストフェルは目の前にいる少女が自分の姿を見て呆然としている様子に笑いをこらえる。驚きのあまりまるで時間が止まったように動かない少女の反応がかわいらしく思える。

 クリストフェルは少女と型通りのあいさつを交わし、差し障りのない会話を交わす。アルヴァー邸の応接間は許婚同士の顔合わせということもあり、ほんの少しの緊張感と明るい空気に包まれていた。



 ベルトルドが「クリスの将来の結婚相手が決まった、ヴァーリフェルト伯の一人娘リッツァ嬢だよ」と唐突に宣言したのは、クリストフェルが10歳のころ。

 10歳の少年に許婚といっても現実的でもなく、興味もなかった。むしろ、クリストフェルの興味は許婚の父親エドガーに向いた。


 ヴァーリフェルト伯爵といえば前皇帝ペール=エリクの「12翼の将」の内でも「3本鑓」と呼ばれた1人。彼が鑓を一振りすれば100人の戦士が吹き飛び、彼が通り過ぎた道には草の根ひとつ残らないと言われていた。そのため本国では無双の鑓使いと称賛され、隣国では死の神の遣いと恐れられていた。彼にまつわる物語は星の数ほどあり、クリストフェルはその物語に夢中になっていた。

 ヴァルフォニア皇国において知らぬ者はいない猛将が、自分の家族になるのかもしれない。それだけで心は浮き立つ。将来は騎士になりたいと心に決めていたからか、彼に稽古をつけてもらって強くなるんだと、子供心ながら妄想を膨らませていた。

 

 しかし、ペール=エリクがその息子スヴェン=エリクに帝位を譲ると、時を同じくして、ヴァーリフェルト伯爵は武勲で得た北方の国境付近にある領地に引っ込んでしまった。結局、ヴァーリフェルト伯爵に一目会うこともかなわず、クリストフェルはひどくがっかりした。


 それから数年の時がたち、クリストフェルは望み通り騎士となった。地道に研鑚を重ね、スヴェン=エリク帝の近衛を務めるまでになった。「アルヴァーの家は兄が継ぐ、自分は自分の信じる道を歩むのみ」そう思えるほど毎日が充実していた。近衛騎士団に配属された頃にはクリストフェルは許婚の存在など忘れ去っていた。

 上流階級の貴族で近衛騎士ともなると、たとえ二男であっても、娘を持つ貴族たちが放ってはおかなかった。その上、クリストフェルが美丈夫であったため、貴族の子女からも恋のお相手、ゆくゆくは結婚相手にと注目される存在であった。現皇帝に仕える身としては浮ついたことはできなかったが、それでもそれなりにクリストフェルは楽しんでいた。

 

 ところが、忘れたころにベルトルドの一声。「クリス、7日後にそなたの許婚と顔合わせだから、皇国主催の舞踏会に参加するように」と宣言した。

 はじめ、クリストフェルは許婚と言われても、ピンと来るものがなかった。古い記憶を手繰り寄せると、ようやく10歳の時にベルトルドに言われたことを思い出す。

 

 どうやら7日後にスヴェン=エリク帝の宮殿にて開催される舞踏会で、許婚同士の顔合わせをしようと父ベルトルドが決めてしまったようだ。ヴァーリフェルト伯も了承済みだ、と父ベルトルドはいつにもまして機嫌がよかった。

 許婚であるヴァーリフェルト伯の一人娘リッツァには申し訳ないとは思ったが、クリストフェルは結婚に乗り気ではなかった。

 結婚をして近衛の仕事を辞し、ヴァーリフェルト伯の領地を継ぐというのはまだ早い気がする。そしてなによりも、申し訳ないと思ったのはクリストフェルが興味をもったのはまたしてもヴァーリフェルト伯のことだ。

スヴェン=エリク帝の招待だったから、断りきれないのは分かったが希代の猛将がこの皇都にやってくる。それだけで心が騒いだ。

 

 古くからの友人のレンナルトに宮中見回りの休憩時にヴァーリフェルト伯が都に来ることを告げると、レンナルトも驚き、いつもは穏やかで閉じているのか開いているのかわからない目が一瞬カッと見開き強い光を帯びた。

 レンナルトもまたヴァーリフェルト伯爵に強い憧れを持つ男子であった。彼が騎士を目指したのもヴァーリフェルト伯爵にあこがれていたからだと何年か前に聞いたのを思い出す。

 こうして、クリストフェルとレンナルトはヴァーリフェルト伯爵に会うという共同目的を掲げ、舞踏会に参加することを決めた。


 あっという間に7日という時が過ぎ、舞踏会当日。宮殿で開かれる舞踏会ということで正装をし、警備をしていた近衛騎士たちが花を添えていた。

 舞踏会の開催に際して、スヴェン=エリク帝より開催宣言があり、それが済めば自由に食事やダンスを楽しむ時間に移行する。

 舞踏会当日は許婚と初顔合わせであるというのを理由にクリストフェルは非番としてもらっていた。クリストフェルが許婚の話をしたときに近衛騎士団の仲間たちからは散々からかわれたのは、また別の話。

 

 舞踏会の開催宣言がなされ、自由な語らいの時間となると、あっという間にクリストフェルの周りに貴族の子女たちが群れてきた。

 無下にするわけにもいかず、根気強く、丁寧に対応していく。何とか彼女たちを振り切って逃げ込んだのは誰もいないと思われた露台。夜の闇に紛れれば少しは目立たないだろうと、クリストフェルは一息つこうとした。

 が、かすかに気配がする。クリストフェルがあたりを注視していると広間から露台の出入口にまとめられたカーテンの裾からドレスの裾が見える。

 よくみればカーテンはまとまっているのではなく、人がくるまっているというのが正しいのだろう。

 とりあえず、クリストフェルは「どなたかいらっしゃいますか?」と声をかけると、中でビクッと驚いたのか、カーテンがゴソッと衣擦れの音を出した。

 それから、二言三言会話を交わしたら、カーテンにくるまっていた人物が顔を出した。陳腐な言い方をするならば、顔を出したその人は美少女と呼ぶにふさわしい女性だった。その美しい容貌にクリストフェルは目を奪われる。

 美少女はカーテンにくるまっていた恥ずかしさからか、薔薇色に頬を染め、カーテンの中にくるまって対応したと非礼をわびた。その所作が思いのほか洗練されていて、どこか高貴な貴族のご令嬢かと考えるが、都で開かれる舞踏会でも見かけたことがない少女であった。ここまで目を引く美少女であれば、一目見れば忘れないであろう。

 

 お互いに名を名乗ろうかと思ったその時に、少女の父親が現れた。クリストフェルを一瞥すると、美少女のことを「リッツァ」とよび、少女の腕をとって、引きずるように露台を後にした。

 美少女を「リッツァ」と呼んでいた、ということはかのご仁がヴァーリフェルト伯であり美少女はクリストフェルの許婚ではなかろうかと思う。いや、間違いないであろう。

 ヴァーリフェルト伯に一瞥された時にクリストフェルの背筋に冷や汗が伝い、地面に足が縫い付けられたように動けなかったのにも納得がいく。さほど大柄ではないが、引き締まった筋肉とそのしなやかな体つきをしていた。さらにいうなれば、その鋭い光を宿す瞳は見るものが見れば、只者ではないこともうかがい知れる。


 ヴァーリフェルト伯の眼光の呪縛からとかれると、クリストフェルは深く息を吐いた。それから、しばらく露台に身を置いていた。父ベルトルドに許婚と顔を合わせるからと言われた刻限をとっくに過ぎていることにクリストフェルは気が付いた。

 父ベルトルドには申し訳なかったが、約束の刻限もかなり過ぎていたし、ヴァーリフェルト伯爵親子もすでに会場を後にしているだろうと思い、クリストフェルも帰り支度をして会場を後にしようとしたその時、出口付近に置かれた長椅子にリッツァが男性に絡まれているのに気が付いた。

 リッツァに絡んでいたのは女癖が悪いと噂が絶えないオーバリ子爵の長男エリックであった。あまり関わり合いになりたくない種類の人間であったが、自分の許婚と思われる少女を放っておくわけにもいかず、エリックから奪還し、一人でいないように諭すとクリストフェルは会場を後にした。


 屋敷に帰り舞踏会であったことをクリストフェルが思い返していると、後から帰ってきた父ベルトルドが怒っていたのは言うまでもない。

 クリストフェルになぜ顔合わせの段になり姿を消したのか、ベルトルドから散々説教を受けて肩をすくめていると翌日、再度許婚と顔合わせの機会を作ったので、宮中の見回りとけいこが終わり次第屋敷に帰ってくるように厳命された。

 明日は早番であることを承知していた父ベルトルドは旧知の近衛騎士団長に手をまわして、クリストフェルを早く帰すようにすでに算段しているのだろう。「明日は早く帰りますよ」とベルトルドに伝えると、クリストフェルは自室に戻り、翌日の仕事に備え休んだ。


 そして、再度顔合わせに至る。少女リッツァは昨夜会話を交わしたクリストフェルがまさか自分の許婚だとは思いもよらなかったのだろう。クリストフェルが現れた時は本当に驚いた顔をしていた。

 ヴァーリフェルト伯爵親子との対面を終えると、晩餐まで時間もあるのでクリストフェルとリッツァ両名で中庭でも散策するといいと言われ、突然二人きりにさせられる。


 クリストフェルは恭しくリッツァの手を取ると、アルヴァー邸自慢の庭を案内する。季節の花が咲き乱れる庭の様子にリッツァは感心していた。クリストフェルは草木のことはあまり詳しくなかったが、リッツァはあの花の根は薬効がある、あの木の花は香りがよく安眠効果が得られる、など実に詳しく一つ一つ草木、花について解説してくれた。

 どちらが庭の案内をしているのかわからなくなり、クリストフェルは笑いをこぼす。

「あ、わたくし・・・話しすぎですね、申し訳ありません。はしたないとお思いでしょ?」

 リッツァは恥ずかしそうに目を伏せる。

「いえ、我が屋敷の庭のことなのに、リッツァ殿のほうがよほどその草木に詳しい。そう思うとおかしくてね。いろいろご教授いただけると、こちらとしてはありがたいかな。」

 クリストフェルがそう告げると、リッツァは嬉しそうに微笑む。まるで、大輪の花のつぼみがほころぶようなそんな可憐な笑顔であった。

「よかったですわ、わたくしが住んでいるところは本当に田舎ですから、身近なものを利用して暮らしていかなければならないのです、ですから嫌でも詳しくなりますわ。都ほど物資に恵まれているわけではありませんので。」

 そういうと、目を輝かせながら庭にある植物を一つ一つ丹念に観察し、リッツァは解説していった。


 しばらく庭を散策し、庭にあるあずまやにて休憩を取る。クリストフェルはリッツァに椅子に腰を掛けるように勧め、自らも彼女の向かいに腰を掛けた。リッツァは庭の意匠や植わった植物に感心していた。

 ふと、リッツァはクリストフェルに質問をした。

「あの、クリストフェル様は昨夜お会いしたときに、わたくしが許婚だと気が付いていましたか?先程、あまり驚いていらっしゃらないようだったから。」

 庭の話から急に会話の流れが変わった。

「貴女が、お父上に引きずられて行ったときに気が付いた。お父上が貴女のことを『リッツァ』と呼んでおられたのでね。」

 リッツァが「ああ」と納得がいったようにうなずいた。

「あの・・・。クリストフェル様は・・・」

 リッツァは何か言い淀んでいるようで、うつむいている。

「リッツァ殿?」

 卓上で組んでいるリッツァの小さな手をクリストフェルの手がそっと包み込む。はっと、リッツァは顔を上げ、クリストフェルを見つめる。リッツァはとっさに手を引っ込めようとしたが、クリストフェルが優しく包み込んで離さなかった。

「リッツァ殿は何か思い悩むことでも?何かあるのなら、なんでも言ってください。これでも一応は貴女の許婚だ。」

 クリストフェルは優しく微笑む。

「なんでもないですわ。ごめんなさい・・・あの、その・・・手を・・・」

 身を縮め、消え入りそうになりながらリッツァはつぶやいた。己が手を異性に包まれるのも初めてなのか、リッツァのその初心な様子が微笑ましかった。

 あずまやで穏やかな時をすごし、クリストフェルはリッツァを介添えしながら、庭の散策を再度楽しんだ。


 二人が屋敷に戻るとアルヴー邸では晩餐の準備もできていた。クリストフェルの母ラウラと兄であるレオナルド、妹のアンドレアも集まり、アルヴァー家とヴァーリフェルト家の顔合わせを兼ねた晩餐が執り行われた。

 晩餐は和やかに和気あいあいとした空気に包まれ、クリストフェルは少しずつ結婚に向けて両家が動いていくのだなとなんとなく考えていた。

 自分が結婚するのだという実感がわかず、近衛を辞し、ヴァーリフェルト伯の領地を継承する自分の姿がぼんやりとしていて具体的な想像がクリストフェルにはできずにいた。

ここまでご拝読いただきありがとうございます。

亀のごとく遅筆ですが、お付き合いいただけたら幸いです。


誤字・脱字・言い回しの間違いがありましたら、ご連絡ください。



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