大団円
季節は移る。
ヴァーリフェルト領では長い冬から春が目覚め、種まきの季節となる。秋の収穫に向けて種をまき、農家は一斉に春と共に動き出す。厳冬期では葡萄の剪定を行うくらいであったが、本格的に農作業が始まるのである。
ヴァーリフェルト当主のエドガーと次期当主クリストフェルも領内を巡り、作業を手伝ったり陳情を聞いたりと忙しい時期となる。リッツァはクリストフェルとの結婚の準備を侍女ベリトと共に行っている。衣装の仮縫いにリッツァは2度ほど皇都に訪れ、アルヴァー邸でお世話になったり結婚式の相談などをした。結婚の時期は葡萄がなり収穫を終える秋とし、それに向けてリッツァは右往左往していた。
領内は天候に恵まれ、例年になく農作物の出来は良く、葡萄も味が甘く葡萄酒に適したものが出来上がった。それと共にクリストフェルとリッツァの結婚式がヴァーリフェルト、アルヴァー両家立会いの下、ヴァーリフェルト邸で行われることとなる。
ヴァーリフェルト邸では朝から領内の女性が式のために宴の準備などに駆り出されていた。
リッツァは皇都より届けられた婚礼衣装に身を包み、ベリトによって髪を結い上げられ化粧を施されている。都より衣装を届けたブルーノは衣装を身に着けたリッツァを見るなり嘆息した。
「ああ、素敵ねリッツァ様!とっても素敵!」
揉み手をしながら、化粧をされているリッツァの周りを眺めまわしてはうっとりしている。
「ありがとう、ブルーノさん。こんなに素敵な衣装を作ってくださって、嬉しいわ」
身にまとうその衣装はリッツァの肌の美しさを引き立たせ、そのすらりとした姿を神々しいものにしていた。その出来上がりに感謝してもしきれないほどで、リッツァはブルーノに重ねて礼を述べた。
化粧を続けるベリトは男性のブルーノがこの控室にいることに眉をひそめていたが、主人のリッツァが気にしていない様子なので無視することにしていた。
「さ、リッツァ様。お化粧も終わりましたよ」
ベリトが施した化粧は薄化粧であったが、それでもそのリッツァの容貌は輝くほど美しくなった。
「ありがとう、ベリト。なんだかわたしではないみたいに綺麗・・・」
「リッツァ様はいつでもきれいですわ、でも今日は特別綺麗ですわ」
ベリトは感慨深げにリッツァの姿を見つめている。ブルーノはリッツァの仕上がりにまたもうっとりした様子で女神のようだわと興奮気味に言いたてている。その様子にリッツァとベリトは目を合わせて笑いあった。
控室の扉がホトホトと叩かれる。どなたですかとベリトが扉の向こうの様子をうかがうと、リッツァの母マーレの騎士であったヨアキムがリッツァへ面会を求めて控室にやってきていた。
お通ししてとリッツァはベリトに伝えてえると、ヨアキムがリッツァのもとにやってきた。リッツァの姿を見てヨアキムは息をのんで一瞬動きを止めて、跪く。
「リッツァ様がお美しくて驚きました。マーレ様に見せて差し上げたかった。」
「ありがとう、ヨアキム。今日はどうしたの?」
「これを姫様に」
そう言ってその手に掲げられたのは真珠の首飾りであった。
「これは?」
「マーレ様がその母君から譲られたものです。ティオーダの城が陥落したときにマーレ様がこれを我らに持たせてくれました。困ったときは換金するようにと。しかし、これはマーレ様にとって大切なもの。マーレ様にお返ししようと今に至るまでお預かりしておりました。これを今こそお返しいたします」
その首飾りをリッツァはヨアキムから受け取る。
「姫様の晴れの日にこれをお返しできること、嬉しく存じます。そして姫様とマーレ様が息づくこの地に根を下ろすことを許していただけたこと一生感謝いたします」
座っていた椅子から立ちあがり、跪くヨアキムの前でリッツァも膝立ちになりヨアキムの手を取る。
「母様の首飾りを今まで大切に持っていてくれたのね。ありがとう」
「我らの生きる意義をもう一度与えて下さった姫様に感謝いたします。どうか幸せに」
ヨアキムが去ってすぐに、リッツァの控室にエドガーが訪れた。
「お父様!」
「うん、とても綺麗だ」
エドガーはリッツァの腰かけている椅子の肘掛けに腰を掛け、そのこめかみに口づける。
「小さくて天使のようだったリッツァが花嫁になっているのが信じられないよ、ずっと子供だと思っていたのに」
少しさびしそうに笑うエドガーにリッツァは胸が締め付けられるような切なさを覚える。猛将と呼び声の高いヴァーリフェルト伯爵のこの姿を見たら、クリストフェルもきっと驚くだろう。
「ずっとお父様の娘だわ」
「そうだね、ずっと私の可愛い娘だ」
顔を合わせて二人で笑いあう。
「お父様、今までありがとうございます。そして、これからはクリス様とわたくしをよろしくお願いいたします」
そういうリッツァをエドガーは軽く抱きしめる。
「幸せになりなさい、母さんの分まで・・・」
「はい、お父様」
「さ、クリストフェル君も待ってる。広間に行ってお披露目だ」
アルヴァー侯爵夫妻とアンドレア、そして領内の人たちがこのお祝いにヴァーリフェルト邸の広間に駆けつけていた。リッツァがエドガーに伴われて広間に入るとその姿に感嘆の声が漏れる。
エドガーはリッツァの取っていたその手をクリストフェルに引き継ぎ、軽く肩をたたく。邸内に呼ばれていた神官に婚姻の宣誓書を渡され、クリストフェルとリッツァはともに署名をし、神官に手渡す。
神官が高らか宣誓書を読み上げ、神の加護と許しを得たと二人に聖水を振りかける。参列者たちが盛大に拍手と祝辞を口々にする。
これで婚姻は成立したと神官が宣言し、二人の婚姻が無事に済んだことになった。クリストフェルとリッツァは手を取りながら、家族と参列者に感謝の言葉を述べた。
しばらくすると宴が始まり、クリストフェルとリッツァを祝いにやってきた人たちが大いに盛り上がる。領内で供される食事をとり、歌を歌い、踊りを踊り、それぞれがそれぞれに祝いをの楽しんでいた。
リッツァは一通り挨拶を終えて、広間から抜け出し露台に出る。秋のさわやかな風がリッツァのほってった頬を撫でる。広間に目をやれば、クリストフェルは皇都で騎士団の仲間だった人たちに囲まれていた。
空を仰げば、雲一つない秋の空。これから、クリストフェルと共にこの地で根を張り、暮らしていくのだ。皇都とは違う、自然と共に生きていく。クリストフェルにはきっと大変なことだろう。
「感謝しないとな・・・」
「何に?」
独り言に返答があって、思わずリッツァは振り向いた。そこにはクリストフェルが微笑みをたたえて佇んでいた。
「クリス様に」
そうか、と言いながらリッツァの隣に立ち、リッツァの肩を抱き、片手でリッツァの顎を支えて仰向かせる。リッツァはクリストフェルの琥珀に輝く瞳を見つめる。
「私もリッツァと義父エドガー様に感謝せねば。共にこの美しい地で生きよう。私が怖気づいて逃げ出そうとしたときは、リッツァが捕まえて叱ってくれ」
冗談めかしながら明るい微笑を送りながら、クリストフェルは続ける。
「でも、リッツァを泣かせないし、幸せにする。これだけは私を信じておいて」
はい、とリッツァは肯くと両手をクリストフェルの頚に投げかけ、その頬と頬を摺り寄せた。
これにてこの物語はおしまいです。
初投稿で読みづらい部分等あったかと思いますが、最後までお付き合いいただきありがとうございました。
誤字・脱字など気が付いたところがありましたら、ご一報ください。




