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言わないとわからない?

(---優しい口づけだった…初めてだったし、心臓がこわれそうだった)

 リッツァは枕に顔を埋めて、聖堂でのことを思い出す。目を閉じれば、その時のことが鮮明に蘇り恥ずかしくも幸せな気持ちに胸がいっぱいになる。

 ヴァーリフェルト領に戻ってから1週間ほどたつが幸せな感じにリッツァはふわふわ落ち着かなかった。


 約1ヶ月半滞在した皇都パーヴェルからヴァーリフェルト領に戻る道中は色々なことがあった。盗賊になった亡国の騎士たちに出会い、初恋に気が付き、結婚の誓いを立てた。16年と半分くらい生きてきたが、帰路での出来事はリッツァの人生でも経験したことないような出来事ばかりだった。

 いろいろ寝具にもぐりこんで考え事をしていると、私室の扉がノックされる。

「おはようございます、お嬢様。ベリトです」

 入ってと、リッツァは入室を促す。

「昨晩はよく眠れましたか」

 ベリトは言うなり、てきぱきと朝のお茶の準備を始める。

「ええ。よく眠れたわ。」

「それは、ようございました。そういえば、最近剣のお稽古はお休みされているんですね」

 毎朝、剣の稽古に出ていたリッツァが最近稽古を休んでいることにベリトは疑問を持ったようだ。

「そうなの、本当は稽古したいのだけど…お父様もクリス様も結婚するのだから、怪我したらいけないとか何とか言って、稽古をつけてくれないのよ!腕がなまっちゃうのに」

 拗ねたように唇をとがらせてリッツァはベリトに訴える。

「確かに、年が明ければご結婚ですものね」

「そうなのだけど、結婚と剣の稽古は別だし、稽古を控えるには早いと思わない?擦り傷とか切り傷なんてすぐ治っちゃうのに。痣なんて、お稽古していなくてもどこかでぶつければできる物でしょ」

 寝台の上で枕を抱えて座るリッツァの拗ねている様子にベリトは困ったように苦い笑いを浮かべた。

「リッツァ様・・・旦那様もクリストフェル様も万が一を考えてのことですよ。大きなお怪我をされないように、その御身を心配されているのですよ」

 ベリトに正論を言われて、抱えた枕にリッツァは顎を乗せる。

「むぅ・・・確かに大きなけがをしないとも限らないわね。でも、父上もクリス様も心配性よね」

「それだけ大事なのではないですか、リッツァ様のことが」

 大事にされているのはリッツァ自身も強く感じていることである。

「さ、お茶の用意が出来ましたよ。」

 召し上がってくださいと、ベリトがリッツァにお茶を勧める。リッツァはベリトの入れたお茶をそっと口に含んだ。

「美味しい・・・。やっぱりベリトの入れたお茶が一番ね」


 リッツァは部屋でのんびり過ごしていた。朝食の後もクリストフェルはエドガーから領主としての仕事を学んでいた。長い冬が終われば、領地は農作や酪農で忙しくなる。

 リッツァは布張りの長椅子に腰を掛け読書をし、向かいの椅子に座っているベリトは裁縫をしている。

「ねぇ。ベリト」

「なんです、リッツァ様」

 針を動かしていたベリトはいったん手を止める。

「ベリトは恋をしたことがある?」

 いきなりのリッツァの質問にベリトは一瞬遠くを見る。

「それは、だいぶ昔の話ですがございますよ」

「お相手はどんな方だったの?」

「亡くなった旦那ですよ」

 懐かしいとベリトは呟いた。

「それって初恋?」

「どうでしたっけねぇ。もっと幼い時分に隣に住むお兄さんに淡い思いを寄せていたこともあったでしょうか」

 ベリトは笑って、リッツァに返す。リッツァは何かを考えるようにベリトに尋ねる。

「初恋が実らないっていうの知っている?」

 まじめにベリトに尋ねるリッツァの様子に、侍女であるベリトは安心させるように微笑んだ。

「そんなの迷信ですよ。奥様だって旦那様が初恋だったって、奥様からお聞きになったのでしょう?」

「そうよね・・・」

「何か心配なことでもあるのですか?」

 そう問われてリッツァは少し困ったような表情を浮かべた。

「実はね、私…結婚は申し込まれたけれど、好きとか、愛しているってクリス様に言われたことがないの。小説とかでよくあるじゃない、好きですっていうの?」

「リッツァ様はクリス様にそのようにお伝えしたことはございますの?」

 言われてみれば、リッツァ自身も自分の気持ちに気が付いてから、クリストフェルにその想いを告げたことはない。

「・・・言っていないわ」

 開いていた本を閉じ、傍に置いてあった小机に読みかけの本を置いてリッツァは膝を抱えて座りなおす。

「リッツァ様。結婚の申し込みの時にどう言われたのかはわかりません。でもそれこそが愛の告白なのではないのでしょうか?それに、クリストフェル様は何とも思っていない女性に結婚の申し込みをする方には見えませんよ」

「そうよね、クリス様はそんな方じゃない」

 リッツァはそっと唇に人差し指と中指を当てて下唇を左右になぞる。

「あの、リッツァ様の方からお伝えしてみてはいかがでしょう?それからクリストフェル様にリッツァ様のことが好きですか?と直接聞いてみたらお答えくださるのでは?」

 身を乗り出して、ベリトはリッツァに提案する。

「えっ。わたしが言うの?それはクリス様のこと・・・す、好きだけど、いつどこで言えばいいの?」

「ふふ、二人きりになる機会などいつでもありますでしょ?ご自分で動かないと望む結果など出ませんよ。と、昔リッツァ様が私に教えてくださいましたよ」

 頑張ってくださいと、リッツァの右手をベリトの両手で包む。

「そうよね、頑張る。頑張らないと、何も得られないものね」

「ようやくいつものリッツァ様に戻られましたね」

 二人は顔を見合わせはにかんだ。


 リッツァは2人きりになる時間を作ろうとクリストフェルの行動を観察しているが、エドガーと共に領内の仕事をしていたり、ミカルと剣の稽古をつけていたりであまり一人になる時間がないようである。

(クリス様って、想像以上に忙しそう・・・一人の時間なんてあるの!?)

 結局、クリストフェルを終日追っていて分かったのは、非常に精力的に動き働いているということ、雑多な用事からその身が解放されるのは夕刻になってからということであった。

 夕食を終えてそれぞれの私室に戻るところを見計らい、リッツァはクリストフェルに声をかける。

「あの、クリス様。少しだけお時間いただけませんか」

 緊張して声が震えていたかもしれない、リッツァの胸が破裂しそうなほど鼓動が早い。リッツァに声をかけられたクリストフェルは少し驚いた風であった。

「もちろん。何か大事な用でも?」

「大事な・・・私にとっては大事な用です」

「そっか。では、私の部屋へどうぞ。」

 クリストフェルは居室の扉を少しだけ開けてリッツァを招き入れる。クリストフェルは窓際に置いてあった椅子をリッツァに勧め、クリストフェルは丸い腰掛をリッツァの座る椅子の前に置いて腰を掛けた。

「それで、こんなに手が冷えるほど緊張するような、そんなリッツァの大事な用とは何?」

 クリストフェルが緊張するリッツァの手を自分の掌で包み込み質問する。クリストフェルの掌のぬくもりに幸せを感じながらリッツァは、大きく深呼吸をした。

「あの、まずは子供じみた発言をお許し下さいね、クリス様」

 クリストフェルの琥珀色の瞳を見つめた。なんだろうとクリストフェルは言いながら首肯する。

「わたし、クリス様のことがとても好きです。これが初めての恋だと思います。」

 リッツァは黙って自分の話を聞いてくれるクリストフェルの様子をうかがいながら続ける。

「クリス様はわたしのこと、その・・・どう思ってくださっているのでしょう。その、好き・・・なのでしょうか。結婚の誓いは立てましたけど、どう思われているのかなとお気持ちを知りたくて」

 しどろもどろになりながらも真剣なまなざしのリッツァの問いかけに、クリストフェルはくくく・・・と急に笑い出した。


「な、何かおかしいことでも言いましたか?」

 クリストフェルの様子にリッツァは目を白黒させている。

「いや、あの聖火の前の誓いは一世一代のリッツァへの告白だったのに伝わっていなかったんだなと」

 クリストフェルは破顔しながら、リッツァの頬を優しくなでる。

「リッツァのことはとても大事だし、好きだよ。心奪われていると言えば分ってくれる?」

 その言葉を受けてリッツァの双眸に大粒の涙が溜まっていく。

「リッツァは泣き虫だな」

 笑いながらリッツァの零れる涙をクリストフェルの指がすくい上げる。泣き虫じゃないですと否定しながらも、緊張した面持ちからまるで晴れあがった青空のような笑顔になった。

「クリス様のこと、大好きですからね」

 顔を染めながら、リッツァは小さくつぶやいた。


 

ここまで読んでいただきありがとうございます。


誤字・脱字がありましたらご一報ください。


お気に入りに登録してくださった方、ありがとうございます。

次の話で終わらせる予定です。

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