出会いは必然?それとも偶然?
足を運んでいただきありがとうございます。
頬をなでる風と鼻をくすぐる甘い香りに誘われてリッツァは目を覚ます。
うっすら目を開けると、見覚えのない天井がある。部屋の様子を窺えば、見慣れぬ調度品。自分がどこにいるのか、寝ぼけた頭を必死に回転させる。
昨日はまだ見ぬ許婚に会うために父エドガーとともに国境にある領地より皇都パーヴェルにやってきた。苦手な舞踏会に参加し、無駄な厄介ごとに巻き込まれ、その上目的であった許婚に会えずに舞踏会場を後にし、お邪魔したのが皇都滞在中にお世話になるこのお屋敷であった。
そのお屋敷とはエドガーの妹で皇都のダールマン伯爵に嫁いだエドラの屋敷である。これはエドガーが「リッツァを伴い都へ行く」とエドラに報せを入れたところ、宿泊場所が決まっていないのならば是非ダールマン邸にとダールマン伯とエドラが諸手を挙げて親子を屋敷に招き、エドガー親子もその厚情をありがたく賜った。
(そっか、ここはダールマン伯のお屋敷だった・・・)
普段寝起きが悪いリッツァはのそのそと寝具から起き上がる。寝台のわきにはエドラ付の女中アンナが控えていた。
「おはようございます、リッツァ様。ゆっくりとお休みになれましたか?」
愛嬌のあるやわらかい笑顔でアンナはリッツァに尋ねた。リッツァがダールマン邸に滞在中はこのアンナがリッツァのお世話をしてくれることになっている。
「おはよう、アンナ。おかげさまで、よく休めたわ。・・・ところで、とってもいい香りね!これはキイチゴのお茶?」
アンナに聞いたそばからリッツァのおなかの虫が鳴いた。アンナは破顔し、お茶をベッド脇の小さい卓に置く。
「本来は濃いめのさわやかな茶葉をご用意するところなのですが、奥様がリッツァ様にぜひと。キイチゴのフレーバーティーをご用意させていただきました。」
「叔母様がわたくしに?嬉しい!!」
「お茶を召し上がられたら、お支度をして朝食に参りましょう。リッツァ様のおなかの虫が鳴いていますからね。」
アンナに指摘されて、リッツァの顔が朱に染まる。照れ隠しにアンナの用意したお茶を口に含んだ。キイチゴの香りがふんわりと口の中に広がり、上品な味わいのお茶であった。
「美味しい・・・」
リッツァのためにと用意してくれたお茶とその心を思うとリッツァの心が温まった。
アンナに手伝ってもらい身なりを整える。ドレスはエドラが用意したという、薄い橙色の上品なものだった。あまり派手な意匠ではなかったが、使用している生地は一目見て上等なものだとわかる。
リッツァのためにダールマン夫妻が誂えたドレスなのですよと、得意げに話すアンナは白金に輝くリッツァの髪を結いあげていく。後程、ダールマン伯爵と叔母に篤くお礼をしなくてはとリッツァは思う。
「このドレスで許婚の方と会うなんて、旦那様と奥様は嬉しいでしょうね。リッツァ様がとても綺麗に映えるドレスですもの、きっと相手の方も見惚れてしまうでしょう」
アンナの楽しそうな口調にリッツァは顔をゆがめる。
「わたくしは・・・許婚に会うより、都を巡りたかったわ。だって、都に来ることなんて滅多にないもの。
王立図書館ってすごい蔵書なのでしょ?それに植物園も珍しい草花がたくさん見られるって聞いたわ。色々と楽しみにしていたの。それなのに---」
「リッツァ様・・・」
ハッとアンナを振り返ると、困ったような表情を浮かべていた。
「わたくしったら、いやだわ。ごめんなさいね、アンナ。変なこと聞かせちゃったわ。今のは忘れてね。」
上手に微笑んでいるか不安ではあったが、リッツァはなんとか微笑んだ。
片田舎の貴族とはいえ、貴族の娘に生まれてしまったからには「結婚なんてまだ早い、自由でいたい」なんて、戯言でありただの我儘あることくらい、リッツァも理解している。
ましてや、一人娘であるリッツァの結婚は、婿を迎えヴァーリフェルト伯爵家を絶やさないようにするためであることも重々承知している。それでも恋も知らない16歳のリッツァには重い現実だった。
昨日突如決まったアルヴァー侯爵邸への訪問。リッツァの気は重くなる一方であった。エドガーに付き添われて馬車に乗り込む。馬車は気の重いリッツァの心など知らぬとばかりにアルヴァー邸に向かい走り出した。
(魔女の呪いを受けて、死の途につく姫君はきっとこんな気持ちだったのだわ)
馬車の窓から覗く風景はリッツァの心模様とは裏腹に陽光は木々の若葉を青々と美しく照らし、馬車道はその木漏れ日にあふれている。いつもであれば、馬車を止めてその景色と空気を堪能するところだが、リッツァにそんな気も起きなかった。
ダールマン邸を出立してから半刻ほどでアルヴァー侯爵邸に到着する。アルヴァー侯爵邸は皇都の郊外に建ち、森の緑に囲まれた荘厳なお屋敷であった。
「ようこそ、我が屋敷へ。二人を心から歓迎する。」
アルヴァー侯爵邸に到着し、玄関先につけた馬車から降り立つとにこやかに笑顔を浮かべるベルトルドと、馬車を降りるときに手を貸してくれた執事と思われる男性がエドガー親子を迎え入れる。
「お招きいただき、参上しました。今日という日がよき日となることを願います。アルヴァー候」
恭しく礼をするエドガーにベルトルドは苦笑する。
「今日は公式の場でもないし、ベルトルドと呼んでくれ、エドガー。そしてリッツァ殿も」
そういうと、ベルトルドはリッツァにむかって、軽く片眼を閉じた。
「ベルトルド、我が娘をからかわないでいただきたい」
エドガーは苦い顔をしながら、ベルトルドに注意する。リッツァは昨夜の様子とまた違うベルトルドに呆気にとられていた。
(アルヴァー候って変わっているわよね・・・)
ベルトルド自らエドガー親子を玄関先で出迎え、応接室まで案内している。普通ならば執事の仕事で、応接室にて家の主人を待つ。しかしながら、ベルトルドのこの行動がむしろ好ましく思うのはなぜだろう。
ベルトルドという人に興味もわくし、好感を覚える。こういう豪放磊落な人柄だからこそ、エドガーとも長い付き合いでいられるのであろう。二人は過去の思い出話に花を咲かせていた。
リッツァの3歩先を歩く父親とその友人の背中を眺めながら、そんなことを考えていた。
エドガー親子は応接室に通されると窓際に設えられた長椅子を勧められる。二人は勧められた長椅子に腰を掛けた。 ベルトルドも楕円の卓を挟んで向かい側にある一人掛けの椅子に腰を掛けて、先程の執事らしき男に指示をする。
「この者はハンス、先代からこの家につかえてくれている執事だ。そして、アルヴァー家のなかでも信頼のおける人間の一人だ。何か用向きがあれば、このハンスに言いつけてくれて構わんよ。」
この館の主にそう紹介されてハンスと呼ばれた男は優雅にお辞儀をした。
「それでは旦那様、お茶をご用意いたします。ヴァーリフェルト伯、そしてリッツァお嬢様、ごゆるりとおくつろぎくださいませ。」
主人であるベルトルドとエドガー親子に退室の礼をすると、ハンスは応接室を後にした。
エドガーは退室するハンスを見送るとベルトルドに質問を投げかけた。
「ところで、クリストフェル殿はご在宅か?」
「まだ、不在だよ。不肖の息子とはいえ、一応、近衛騎士団に属しているからな。剣の稽古と宮殿の見回りが終われば、帰ってくる。今日は早番だと言っていたから、もう間もなく帰宅するはずだ」
ベルトルドは髭をなでながら答える。間もなくして、女中たちがお茶と焼き菓子を用意し始める。
「クリストフェル殿は騎士団に属しているのか…出来得れば陛下のお傍に仕えたかろう。」
エドガーは遠くに視線を彷徨わせ呟く。
「ヴァーリフェルト伯のそばで鍛えられるのなら、それは願ってもないことなのではないか。まぁ、国境警備も騎士の仕事の一つだ。リッツァ殿と結婚しても、己が騎士であり続けたいというのなら国境警備に配属されるのもいとわないであろうよ」
その呟きに返答をし、意味深長な笑顔をエドガーに向けるベルトルド。エドガーは何も言わずに苦笑した。
騎士といえば町の子供の憧れの職だ。皇帝一族に仕え、わが身に代えても主人をまもり、国を守り、民を守る。騎士になるのは難しいが、騎士という身分に身を置けばその気高さに誇りを持つだろう。
リッツァの住む田舎街でも騎士になるために都を目指す男子が多かった。自分の許婚が騎士なのだと聞いて、もしこのまま都に残りたいという話になれば、リッツァの結婚話も白紙に戻るかもという淡い期待が心の片隅に生まれた。
少しだけリッツァの許婚の話になったが、すぐにエドガーとベルトルドは昔話に花を咲かせ始めた。二人はリッツァに気遣いつつも盛り上がって、会話を楽しんでいた。リッツァとしてはむしろ放っておいてくれた方がありがたく、お茶とお菓子を楽しんでいた。ここに祖国ヴァルフォニア史の本があれば最高なのに。などと思いながら、窓の外を眺めた。
エドガー親子が応接室に通されてから一刻ほどたった、その時、応接室の扉がノックされる。
「失意礼いたします、ハンスです。ベルトルド様、よろしいでしょうか」
「よい。」
「クリストフェル様がただ今ご帰宅されました。こちらに来るまでに用意もございますので、あと少しだけお待ちくださいますようにとのことです。」
「客人と許婚殿をお待たせしているのだから、急ぎなさいと伝えておきなさい」
ベルトルドがクリストフェルに言付けするように指示すると、エドガー親子に頭を下げた。
「昨夜の不調法という、今日もお待たせして、誠に申し訳ない。不肖息子が現れたら煮るなり焼くなりしてくれ」
冗談とも本気とも取れない口調でベルトルドはため息をついた。
ほどなく応接にノックの音が響く。
「失礼いたします、ハンスです。クリストフェル様がおいでになりました。」
「ご苦労だったね、ハンス。お前はさがっていいよ。クリストフェル入りなさい」
ベルトルドがクリストゲルを部屋に誘う。いよいよまだ見ぬ許婚殿との対面に、リッツァも緊張する。気が付けば、隣に立つ父エドガーの袖のところをしっかりと握っていた。エドガーは緊張しているリッツァを微笑ましく見つめていた。
応接室に入ってくるなり、エドガー親子に片膝を付き、ヴァルフォニアの騎士が行う謝罪の所作をした。
「ヴァーリフェルト伯並びにリッツァ嬢、このたびはお二人の貴重な時間を割いていただきありがとうございます。そして、数々のご無礼お許し願いたい。」
「気になさるな、舞踏会では手違いが起きたのでしょう。今日も陛下に仕える身であれば仕方のないこと。こちらに謝罪の必要はないから、我が娘リッツァに挨拶をしていただけませんか」
「・・・・・」
そんなエドガーとクリストフェルのやり取りをリッツァは茫然と見つめる。許婚であるクリストフェルと名乗った男性は昨夜舞踏会で会話を交わしたその人だった。
露台で会話をし、エリックとかいう貴族の子息に絡まれたときに助けてくれたあの男性であった。まだ見ぬ許婚とは、すでに顔を合わせた相手であった。
最後までご拝読ありがとうございます。
どうやったら読みやすくなるのか検討中ですが、改善できるところはしていきたい。
そう思っています。
誤字・脱字・言い回しの違う文章等がありましたら、ご意見ください。




