決戦前夜
ミカルがもたらした報告は自警団は全く動く気配がないこと。この報告を受けて、クリストフェルは心底失望した。そして次に告げられた報告は、自警団に所属する二人の青年騎士がこの小さな集落を救援すべく、団長の意に背きミカルと共にやってきたこと、これにクリストフェルは小さな希望を見た。
ミカルの報告を共に聞いていたリッツァの憤りは怒髪天を衝いた。その楚々としたたぐいまれなる容姿からは想像もできないほど、リッツァは優しく感情豊かな少女である。正義感の強さは父親譲りに違いない。この集落を何とかしなければと、リッツァは頭を悩ませていた。それはクリストフェルも同様であった。
「とにもかくにも、まずは長老のところへ現状を報告するしかあるまい。」
話を打ち切ると、ミカルと2人の騎士に体を休めるようにとクリストフェル達が宿泊した空家に寝床を用意する。夜明けと同時に宿場町から馬を駆ってきたのだ。疲れているであろう。
ダグが用意した食事をとると、ミカルと2人の騎士はすぐに眠りの淵に落ちた。
ミカルがもたらした情報と今後の対策について長老他、村の男たちに報告と相談を行うために、クリストフェルはリッツァと共に村の寄合所に向かった。今頃、長老と村の男たちが集まって、攫われた女子供の事や蹂躙され破壊された集落の復興について、話し合いとなっているはずである。
寄合所の入り口に垂れ下がっている菰を片手で払い上げ、クリストフェルはリッツァを先に室内に入れて、自分もあとに続いた。
紛糾していた話し合いもクリストフェルとリッツァが姿を現したことでピタリと止んだ。長老は二人を自分の傍に来るように声をかけた。土間には藁で編まれた円座が置いてあり、長老に勧められると二人はそこに腰を落ち着けた。
クリストフェルは長老と村の男たちに一礼すると、ミカルがもたらした宿場町の自警団がこの集落に出動する気配がないことを告げた。その報告に一瞬室内がざわつく。
これで攫われた女子供の救出と集落の復興を集落に残る者たちでやらねばならなくなったことに、長老と村の男たちは頭を抱えた。自警団の出動に淡い期待を寄せていたのだ。
「女子供たちの救出については我々が力を貸そうと思います。何か盗賊のことで気が付いたことはありませんか」
落ち込む長老と村の男たちにクリストフェルは情報を求めた。
「人数は10人ほどだった。先頭の男の指示を受けて残りの男が動いておったように思う。」
「確かに!何か、訓練されたというか、まとまっていたというか」
「それも全員馬に乗っていやした」
襲撃を目撃した村の男たちが盗賊の情報を口々に語りだした。
「全員が馬に?」
首をかしげたくなる情報だったので、思わず繰り返しクリストフェルはその男に聞いた。
「はい、全員馬に乗っておりやした。盗賊の癖にな」
ぶつぶつとつぶやくように男は返事をする。すると、別の男が声を上げた。
「そういや盗賊には珍しく、旗を掲げておった。紺色の地に銀糸で盾に百合の模様があった。その盾の両側を一角獣が守っておったよ。旗のふちは草みたいな模様が刺繍されておったな。」
「俺も見た!盗賊の癖に旗なんぞ掲げて何をしているんだと思った」
旗の話になると、隣に座っていたリッツァは旗の話をする男に釘付けになっていた。
「紺地、百合の盾、一角獣…月桂樹…まさか」
顎に手を当ててリッツァは呟いている。男が見たという旗は十中八九亡国ティオーダの王家の紋章を配したものだ。馬に乗って盗賊に身をやつしたのはティオーダの遺臣で間違えないだろう。ただの野盗の類であれば作戦の立てようもあったがティオーダの残党の騎士であったりした場合、状況は一変する。
「他に何か気が付いたこと、言い忘れていることなどありませんか?盗賊の根城などの手掛かりもあると助かるのですが」
ティオーダの遺臣であれば、準備は出来る限りのことは行いたい。クリストフェルは少しでもこの場で情報を見出したかった。
「盗賊が根城としているところは何となくわかっております。」
ジッと村の男たちとの話を聞いていた長老が口を開いた。
「根城はこの集落から北に行ったところに打ち捨てられた聖堂があるのです。ずいぶん前から蹄のあとがそちらに向かっているのを村のもんが何度か見ております」
そうですか、とクリストフェルはその聖堂の詳細を長老から聞き出した。作戦を立てる上でどうするか重要な点である。
昼食をはさんで、クリストフェルと途中から参加したミカルとミカルが連れてきた自警団の騎士二人を交えて、攫われた女子供たちを救い出す算段を練る。リッツァは男たちの相談をじっと聞いていたかと思った。
「わたくしが、聖堂に行きます。ティオーダの遺臣である可能性が非常に高いのであれば、わたくしの話を聞いてくれるかもしれません。」
突然立ち上がりリッツァは寄合所で宣言する。長老と村の男たちは女では危ない、女神様を危険にさらせないと口々に言い、リッツァの蛮勇を必死になだめている。
「わたくしは亡国ティオーダが王女マーレの娘です。母がいれば存命であれば、聖堂に赴くでしょう。彼らの是非を正すために。」
堂々と言い切るリッツァの姿に神々しさすら感じるが、クリストフェルは額を抑えて地面を見つめる。ティオーダの遺臣であれば、リッツァの説得も有効であるかもしれないが王女マーレではなく娘である。
盗賊などに身をやつしている彼らがリッツァの言葉に耳を傾けるのは五分五分であろう。リッツァの提案にすべてを賭けたいと思うが、彼らがティオーダと何の関係もない場合やリッツァの説得に応じない場合はかなり危険な状態になる。集落を守るためにも、聖堂へ赴く人数を割けないのが現状である。
隣の少女はその美しい色合いの瞳に強い意志を秘めていた。この少女を何としても生きて守り通さねばならないとクリストフェルは思う。
結局、聖堂に赴くのはリッツァ、自警団の騎士二人、クリストフェルの4人となった。根城となっている聖堂の入り口は一か所ということだったので、夜陰に紛れて騎士2人が入口に待機し、クリストフェルは万が一のために聖堂周辺を警戒、残ったリッツァが口上を述べる。ミカルは後方支援として集落を守ることにした。ダグもまた多少戦い方を心得ているため戦力と考えた。
作戦欠航は翌々日。新月から日も浅い、月の照らさぬ夜が夜襲に適しているとクリストフェルが決断した。猶予期間は1日であるが村に残る者たちに戦い方をとにかく徹底的に始動する。
万が一襲撃を受けた時は決して1人にならないこと。盗賊1人に対して2,3人で攻撃するように。武器は農具でどのように使うかを指導していく。
いよいよ夜襲は翌日に迫り、クリストフェルはいかなる者の命が散らないように満点に輝く星に願いを込めた。
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