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騎士は守ってくれない

 ヴァーリフェルト領に帰る日が決まり、明日にアルヴァー邸を辞すことになったクリストフェルとリッツァは帰り支度に追われていた。特にリッツァはアルヴァー邸に来てからいろいろなものが増えていて荷造りに追われていた。エドガーをはじめヴァーリフェルト邸で帰りを待つ人たちへのお土産も荷物を増やしている原因である。

 アルヴァー邸に来るときはベリトが助けてくれたな、などと思いながら荷物を詰めていると、後ろからクリストフェルが声をかけてきた。

「大変そうだね、私も手伝おうか?」

 リッツァはその言葉にとんでもないとお断りをいれる。何が悲しくて未来の夫の手を煩わせなくてはならないのか。本来であれば、リッツァがクリストフェルの荷造りを手伝わなくてはいけないはずなのに。

「クリス様はもう仕度は済んだのですか?」

「すぐに済んだ。騎士たる者、仕度が早くなくてはいざというとき誰も何も守れないからね」

 本当は荷物が少なかっただけだがとクリストフェルはにっこり笑う。なんだかんだと言いながらクリストフェルはリッツァの荷物を仕分けしていく。さすがに衣服や下着には手を触れずに差し障りのないようなものだけ荷造りを手伝う。


「あの、クリス様・・・お手伝いは無用ですので・・・」

 リッツァの言葉空しく、クリストフェルはてきぱきと荷物を詰めていく。

「少しでも早く終わらせて両親と兄と妹のために時間を作ってほしんだ。あの人たちは私よりもリッツァと離れがたいようでね。話していたんだと。」

 そう言われたら仕方がない、クリストフェルに荷造りを手伝ってもらう他なかった。


 荷造りを終え、アルヴァー邸では別れを惜しむ晩餐となった。


 長いようで短いアルヴァー邸での滞在を終え、早朝出立となる。見送りに出てくれたベルトルドとラウラに感謝の言葉を告げて、リッツァはかねてから用意していたお礼の贈り物を手渡す。他の家族やアルヴァー邸で働くすべての人の分も託した。

 ベルトルドとラウラと2人と別れのあいさつに抱き合うと、名残を惜しむようにリッツァはアルヴァー邸を後にした。


 帰りの道中は天候にも恵まれ、馬車と騎馬3つの影が街道に伸びる。先頭にクリストフェルの従者であるミカル、馬車を間にはさみリッツァ、クリストフェルと続く。

 久々の乗馬にリッツァの顔が上気している。

「白雪、久しぶりね」

 馬車に合わせて軽く走らせる、冬の風が火照った頬に気持ちがいい。都の生活も楽しかったが、自然の空気を感じ、風を感じることがリッツァには当たり前に感じていた楽しさだった。

 愛馬の頸をポンとあやすように叩く。月毛の愛馬がリッツァの声に答えるように嘶く。愛馬とのやり取りにも心が癒される。たった都に滞在した二か月の間に忘れてしまっていたやり取りだった。

「ごめんね、白雪。そしてありがとう。」

 気が付くと隣に青毛の馬首が見える。優しい瞳がリッツァを見つめているようにも見える。クリストフェルの駆る馬がリッツァの横に並んだ。


「久々の乗馬で疲れていない?」

 クリストフェルが都を出て、しばらくたってから声をかける。

「私は大丈夫ですが、そろそろ馬たちに休憩が必要かと。特に白雪は私を乗せるの久しぶりですから」

 愛馬を気遣う言葉にクリストフェルは微笑む。では、休憩にしようと先頭を走るミカルに告げる。


 街道の途中には馬を休めるための水場が用意されている。川の水を引いていたり、地下水をくみ上げるようになっていたり場所によってさまざまである。

 地下水が湧き出る水場を選び、馬たちに水を飲ませる。人間たちもラウラが用意してくれた昼食を青空の下でいただく。

「空の下で食事するの、久しぶりです。」

 燻製にした豚肉を薄切りにしたものを乾燥させたパンの上に乗せて食べる簡素なものであったが、日持ちするので旅人が好む道中の食事である。

「皇都に住む貴族のお嬢様方はこんな風に食事はとらないだろうね。それも草むらに座って食事なんて卒倒するかもな」

 冗談めかしてクリストフェルは肩をすくめる。しばらく、馬を休めてからまた馬上に戻る。


 あと少しで今日の宿場町に到着かというところで、先頭を走っていたミカルが歩を止めてクリストフェルのところへやってきた。

「何やら前方に人影が見えます。数にして15ほどかと。その先には煙も立ち上っています」

 ミカルが主人であるクリストフェルに告げる。

「たしか、このあたりに小さな集落があったはずだ。もしやとは思うが・・・」

 街道は常緑樹の森を切り開いて作られており、身を隠すところは数多くある。人影が15以上である可能性は非常に高い。

「ミカル。先の様子を見に行くから、ここでリッツァと馬車を守って待機していてくれ。何かあったときはミカルの判断で元来た道を戻りなさい、いいね。」

 主人を置いていくことなどできないとミカルは首を振るが、主人の命は絶対である

「クリストフェル様・・・了解しました。」


 クリストフェルが単騎で人影と煙の立ち上る原因を探りに馬を走らせる。リッツァとミカルは馬上でそれを見送った。そして、お互いにその腰に帯びている剣を確かめ肯く。

 何かあったときは二人ともクリストフェルのもとに馳せ参じるつもりである。


 しばらくするとまた単騎でクリストフェルが戻ってくる。何事であったかとミカルはすぐにクリストフェルのもとに駆けだした。リッツァは馬車のもとにとどまる。

 クリストフェルの報告によると、盗賊に集落が荒らされ、女子供を攫われ村人たちが身を寄せ合ってただ茫然としていたらしい。リッツァ一行は街道を先に進み、村人たちと合流し、集落へもどる。襲われた集落の惨状は目を覆うばかりであった。焼かれた家や荒らされた田畑。復興するのにどれほどかかるのかリッツァは村人たちの悲嘆を思うと胸が痛くなる。

 集落に戻った村人たちは口々に攫われた女子供を助けてほしいと、リッツァ達に懇願する。

 リッツァの姿を目にした村人の1人は主神ソイルが女神を遣わされたと泣いてすがった。


 もう少し先に行けば宿場町であり、そこに皇国から派遣された治安をまもる騎士たちが自警団で常駐しているはずである。クリストフェルは宿場町にいる自警団に助けを求めるように進言する。

 しかし、村人たちは首を横に振る。あの人たちが助けるのは貴族と金持ちだけだと。そんなはずはないとクリストフェルは「長老」と呼ばれる村のまとめ役に話をするが、やはり自警団は頼りにならないと嘆くばかりであった。

 そこでクリストフェルは自警団を呼んでくるようにとミカルを一人宿場町まで使いに出した。

 

 クリストフェルが集落のまとめ役と話している頃、リッツァは残された村人たちを慰め、励ましていた。聖典にある女神ルミナのようなリッツァの姿を目にして、ある者は泣き、ある者はすがった。小さな子が母親を探し求める姿ををみて、リッツァはその子を掻き抱いた。

 ミカルが馬を駆って集落を出ていくところをリッツァが見送っていると、クリストフェルが集落で一番大きな家から出てきたところであった。


「クリス様・・・ミカルが出ていきましたが」

 リッツァは不安を押し隠すように隣に立つクリストフェルの袖をそっとつかむ。

「自警団を呼ぶようにと使いに出した。この集落は何度か徒党を組んだ盗賊に襲われているらしい」

「そんな・・・なんてひどいこと。自警団は何をしていたのでしょう」

 不思議に思い、リッツァはクリストフェルを見上げる。クリストフェルはものすごく腹を立てている、その表情からはあまり読み取れないが、強い瞳に宿る怒りの炎は感じ取れた。

「何もしていない。訴えても自警団はこの村にやってくることはなかったそうだ」

 とんでもないことだ。国を国民の生活を守るために生まれた自警団が何もしないとは。リッツァは憤りを覚える。先人たちが作り上げた国を守らずに何をしているのだろう。

「クリス様、私・・・ここの人たちを助けたい。自警団の怠慢が許せません」

「そうだね、私も許せない。騎士として修練を積んだはずの者たちなのに、彼らは培ったその精神をどこに置き忘れてきたんだろうね」

 そう言って自嘲的に笑うクリストフェルを見てリッツァは胸が締め付けられた。初めて目にする少し傷ついたようなクリストフェルを見たら、衝動的にリッツァは彼を抱きしめていた。恐る恐るクリストフェルの背中をさすると、クリストフェルはリッツァの細い腰をに手を回し力を込めた。


ここまで読んでいただきありがとうございます。


誤字・脱字等ありましたらご一報くださると嬉しいです。

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