泣き虫で勇敢な姫君
レンナルトやほかの近衛騎士団の面々と話していたが、リッツァの姿が広間から露台に連れて行かれるのを見て、クリストフェルは苦笑いする。
あの容姿で声をかけられないわけがないが、リッツァは話しかけてくれるなという雰囲気を身にまとい、悉くリッツァに話しかけたい男性陣をを退けていた。それを打ち破る青年が現れ、リッツァと共に露台へ向かっていた。
そろそろ、リッツァを救出するかと考え、レンナルトや近衛騎士団の仲間と話を打ち切ろうとしていた時に露台に異変が起こっているのがわかった。
嫌な予感がしたクリストフェルは帯剣を許されていた近衛騎士団の仲間2人とレンナルトを連れて、露台に向かう。
露台には腰を掛けて手すりに身を預ける青年とその青年にひざまずく青年がいた。
「殿下!?」
クリストフェル達は座り込んでいる黄金色の髪の青年に深く一礼をする。目の前にいるのは皇国の第二皇子アーベルである。ひざまずく青年はアーベル付の騎士オーヴェであった。
クリストフェルに気が付いたアーベル皇子が目を見開く。
「クリストフェルが何故ここに?確か、ヴァーリフェルトのところで修行中と聞いたが」
クリストフェルがひざまずき、アーベルに告げる。
「我が許婚と共に戻っておりました。」
「そうか。」
クリストフェルと近衛の姿を認めたアーベル皇子は
「・・・そんなことよりも、僕を狙った不届き者がいてね。僕を救ってくれた恩人がその不届き者を追ってこの庭に飛び出して行ってしまった。可憐だけど勇猛果敢な姫君だ。」
その話を聞いてクリストフェルは天を仰ぎたくなった。そんなことをする貴族の子女はクリストフェルの知る限りリッツァだけだろう。
リッツァが何も考えずに飛び出したのだろう、丸腰で。アーベル皇子は言葉をつづける。
「その姫君を助けてやってほしい。クリストフェルとレンナルトで彼女を頼む。」
「御意。殿下はどうぞ部屋に下がって、御身をお守りください。すでにあたりに人の気配はありませぬゆえ。」
レンナルトがアーベル皇子に進言する。
「オーヴェにも同じこと言われたけど、かの姫君が危険な目に合っているのに僕だけ安全なところにいられないよ」
アーベル皇子はここを動く気はないらしい、クリストフェルはオーヴェをちらりと見やると、困ったように肩をすくめて首を左右に振った。
「殿下。我々騎士は御身が安全なところにあるからこそ、安心して働けます。後方が不安では仕事も集中できません。どうぞ、オーヴェ殿と共に居室へ。我々に安心をお与えください。」
クリストフェルはアーベル皇子に優しく語りかける。アーベル皇子はクリストフェルの言葉に素直にうなずいた。
「すまないな、僕の我儘だった。彼女のこと、保護したら報告して。それから騒ぎは大きくしたくないから、何事もなかったようにしてほしい。しかし、警備は強化して。陛下と宰相には僕から報告する」
それでいいかと、クリストフェルに視線を送る。一つ大きくクリストフェルはうなずくと、アーベル皇子はすっと立ち上がり、オーヴェに連れられて広間を後にした。
露台を立ち去る際にオーヴェがレンナルトに放たれた矢を何かの手掛かりになるかもしれないと手渡した。
レンナルトは近衛騎士の1人にそれを渡すと、何やら指示を与えている。クリストフェルはもう1人の騎士から剣を借りると腰帯に鞘を差し込む。
アーベル皇子から聞いた、リッツァが賊を追った方向に向かいクリストフェルとレンナルトがリッツァの捜索を始める。手燭をもったふたりが手掛かりがないかと周囲を丁寧に観察する。
ところどころ、リッツァが身に着けていたドレスが低木の枝に引っかかり布きれを残していた。
「なぁ、クリス。その姫君がどなたかは知らぬが殿下の意中の姫君だと思うか?」
「意中の姫君かどうかはわからぬが、その姫君は十中八九リッツァだよ」
ドレスの切れ端を目印に庭を探索するクリストフェルがため息まじりに言う。
「は?リッツァ嬢が?楚々とした美少女に見えたぞ」
深窓の令嬢にしか見えなかったがと、レンナルトは彼女の姿を思い返した。友人の許婚だと紹介された少女はその不思議な色合いの双眸を恥ずかしげに伏せて挨拶していた。とても皇子を救い、賊を追う娘には見えなかった。
「姿に騙されるな、リッツァは馬も上手に操る。騎士団でもあんなにうまいやつはそういないぞ」
「騙されたままでいたいな」
広い王宮の庭は二人の探索を困難にさせた。この広い庭で二手に分かれるのは上策ではない。アーベル皇子を狙った賊がほかにも仲間がいた場合、多勢に無勢になることは避けたい。
しかし、なかなか見つからないことに2人は焦りを感じ始めていた。
「おい、あの城壁に白っぽい服を着た人影が見える」
レンナルトがクリストフェルが告げる。
「たぶん、彼女だ」
そういうと、クリストフェルは探索の疲れを見せずに疾走した。
城壁に背をあずけ、息を切らして座っていたのはリッツァであった。綺麗に結い上げた髪の毛はすでにほどけており、顔や体は汗と泥であちこち汚れていた。靴も途中で脱げたのだろう、両足とも素足になっている。
リッツァの無事な姿を確認して、クリストフェルは安堵した。
クリストフェル達の気配を察したのか、リッツァが顔を上げた。
「クリス様、レンナルト様。申し訳ありません、賊を逃がしてしまいました。」
地面に手を付け、額を地に付けてリッツァは二人に向かって謝罪した。
「謝るのはそっちじゃないよ、リッツァ。」
クリストフェルはリッツァの両腕を支えて、リッツァの体を起こす。クリストフェルの瞳の奥には静かな怒りの炎が見えた。
レンナルトは自分が纏っていたマントを外すとリッツァの肩から羽織らせる。
「危ないことしてごめんなさい、クリス様。心配かけてごめんなさい、レンナルト様」
美しい双眸から大きな涙の粒がこぼれていく。頬を伝った涙がぽたぽたとリッツァのドレスを濡らす。
「リッツァ。勇敢なのはわかるが、目の届かないところでその身を危険にさらすのはやめてくれ」
クリストフェルにそう言われると、リッツァは泣きながらなんども肯いた。泣いているリッツァをクリストフェルは強く抱きしめると、ホッと息を吐いた。クリストフェルはちらりとレンナルトの方を見ると
仕方ないと肩をすくめて、城壁に寄りかかってその様子を見ていた。
リッツァはしばらくクリストフェルの胸を借りて涙を流した。
落ち着いたリッツァをそっと離すと涙をその指で拭った。リッツァは驚いたようにクリストフェルを見ると動揺したようにその双眸を揺らす。クリストフェルはリッツァの頭を優しくなでた。
リッツァの肩に両手を置き、クリストフェルはリッツァに問うた。
「リッツァ。賊の姿は確認できたか」
リッツァは首を振り、残念そうに唇をかむ。
「城壁のところで追いついたのですが、顔は黒い布で覆っていて、目だけ出していました。中肉中背です。城壁の石組みで4つほどの身長でしたので・・・1つの石が20ファル(=約40cm)ですので80ファルくらいだと思います。」
レンナルトは手燭を地面に置き、リッツァが話したことを手帳に書き留める。
「他に気が付いたことはない?」
「実は…その賊と対峙した時、わたくしのことを見てマーレ様と。マーレとは母の名前です」
その話を聞いてクリストフェルとレンナルトは視線を合わせた。
「お、下ろしてください。クリス様!レンナルト様も笑っていないで何とか言ってください。」
リッツァの膝の裏と背中を支えて抱き上げているクリストフェルは悠然と歩き、王宮に戻っている。恥ずかしがって、ジタバタするリッツァを横目にレンナルトは笑っている。
「リッツァ、暴れると落ちるから静かにしていなさい。足の裏も傷だらけにして、どうやって歩くの」
意地悪く聞くクリストフェルにリッツァはむっと唇ととがらす。
「痛みをこらえて、歩きます。」
レンナルトはそんなリッツァの言葉を聞いて笑う。リッツァのほどけた髪が月の光を受けて、優しく輝いている。涙で濡らした長い睫毛もまた輝いている。青に碧が差す双眸がレンナルトのほうを向いて、微笑んだ。
こんな少女が皇子を賊の襲撃から守り、追いかけてぼろぼろになっている。しかし、それでもその気品が損なわれていることはなかった。
髪はほどけ、ドレスも破れているリッツァを広間に戻すわけにもいかず、クリストフェル達は騎士団の兵舎に向かう。男所帯の場所であったが、クリストフェルとレンナルトが夜会の参加者に目をふれさせない場所というと兵舎しか思い浮かばなかったためだ。兵舎には医務室もある。体中に木の枝で傷つけたと思われる小さな傷を診てもらうにはうってつけだった。
兵舎に着くとレンナルトは騎士団長に報告するためにクリストフェルに一声かけて、二人のもとから離れた。 クリストフェルはリッツァを抱きかかえたまま医務室へ向かう。リッツァは目を輝かせながらあたりを見回す。
「ここが兵舎なんですね。すごいです。」
石造りの重厚な造りで、稽古場が3間ある。医務室や休憩室、武器庫、会議室が大小1つずつ。宿舎都厩舎も併設されている。
「ここでヴァルフォニアを守って下さる皆さんが修練を積んでいるんですね」
「そうだね。リッツァの父君もここで鍛錬したり、稽古をつけたりしていたんだよ。もっともっと前の時代の騎士たちもね」
「よくわかりませんが、涙があふれそうです」
クリストフェルに抱きかかえられていたリッツァがクリストフェルの肩に顔を寄せてきた。無意識なのだろうが、たまに甘える仕草が可愛らしく思える。
「泣く前に医務室で治療だよ、リッツァ」
「痛くしないでほしいです。」
リッツァがクリストフェルを見つめて懇願する。
「さっきは痛みをこらえて歩くって言ってたのに。」
「さっきはさっき、今は今です。クリス様のいじわる。」
クリストフェルは拗ねるリッツァを抱きかかて、医務室に向かった。
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